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曹操軍の雑務係、気づけば天下統一に貢献していました  作者: 水原伊織


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第五十九話 戦費の逆算

炎に包まれた街道を背に、峻は本陣へと戻った。

勝利の余韻に浸る兵たちを尻目に、彼は馬車の中で算盤の珠を弾き続けている。


「……峻殿、お疲れ様です。先ほどの戦果、首級三千。我が方の損害は軽微です」

報告に来た小官が誇らしげに胸を張る。


だが、峻の表情は晴れない。

「……三千、ですか。……不十分です」


「不十分? 敵の先鋒を壊滅させたのですよ?」


峻は算盤を止め、木簡に記された「袁紹軍の総兵力」という巨大な数字を指し示した。


「今回の勝利で削ったのは、敵軍全体のわずかに過ぎません。……対して、我が軍が消費した油と火矢、そして伏兵を維持するための追加糧食。……これらを差し引くと、今のままの『戦い方』では、官渡に辿り着く前に我が軍の帳簿が底を突きます」


戦場を「武勇の場」ではなく「資産の損耗」として捉える峻の視点。

彼にとって、華々しい勝利も、コストが利益(戦果)を上回れば「失敗」でしかなかった。


----


その夜、軍議の席。

曹操は、峻が提出した「最新の収支予測書」を凝視していた。


「……半年持たせると言ったのはお前だ、峻。だがこの計算書によれば、三ヶ月後には兵糧の質を落とさねばならんようだが?」


「はい。ですから、提案します。……これより我が軍は、『敵に飯を食わせる』戦略に移行します」


軍議の場が騒然となった。

「何を言っている! 袁紹に塩を送るというのか!」


峻は静かに首を振った。

「逆です。……敵の補給路を完全に断つのではなく、わざと『中途半端な量』の食料が届くように調整します。……三万人の腹を満たすには足りず、かといって見捨てるには惜しい。そんな絶妙な飢えを、継続的に与え続けるのです」


「……なるほど」

郭嘉が、面白そうに目を細めた。

「完全に飢えさせれば敵は必死に食らいついてくるが、中途半端に生かせば、彼らは『もっと寄こせ』と身内で争い始める。……組織の内側から不平不満を募らせるわけか」


「はい。袁紹軍という巨大な組織は、その規模ゆえに『分配の不平等』に極めて脆弱です。……不純な数字(横領や不満)をこちらでコントロールし、彼らの管理コストを最大化させます」


峻は、曹操の前に一枚の地図を広げた。

そこには、袁紹軍の巨大な兵糧基地――烏巣うそうへと続く、複雑な物流の糸が描かれていた。


「……武力で奪うのではなく、彼らの管理能力を破綻させる。……それが、事務屋の官渡です」


曹操は、峻の肩を叩き、豪快に笑った。

「……峻よ。お前の算盤は、私の剣よりも敵を殺すな。……よし、その『毒入りの配給』、存分に執り行え」


深夜の執務室。峻は一人、暗闇の中で筆を走らせる。

それは、数万の敵を静かに窒息させるための、血塗られた予算書だった。

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