表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
曹操軍の雑務係、気づけば天下統一に貢献していました  作者: 水原伊織


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/3

第三話 乱世の英雄は帳簿を見る

進軍準備が終わった補給幕舎は、いつになく慌ただしかった。


兵士たちの動きが早い。


怒号ではなく、確認の声が飛び交っている。


「第三隊、積載完了!」


「不足なし!」


「次、出発可能!」


以前なら半日かかっていた作業が、わずか一刻で終わっていた。


理由は単純だ。


帳簿が、機能している。


(いや、本来これが普通なんだけど……)


俺は木簡を抱えながら、少しだけ遠い目になった。


その時だった。


幕舎の外がざわめいた。


ざっ、ざっ、と規則正しい足音。

兵士たちが一斉に道を開く。


空気が変わる。


理由はすぐに分かった。


――ただ一人の男が入ってきたからだ。


背は高くない。だが視線を引き寄せる圧がある。


鋭い眼光。余裕を含んだ口元。

黒い外套を揺らしながら歩く姿には、不思議な威圧感と軽やかさが同居していた。


誰かが膝をつく。


「丞相閣下!」


曹操。


後に魏王と呼ばれる、乱世最大の英雄。


その本人が、なぜか補給幕舎に立っていた。


(なんでトップが現場に!?)


内心で叫ぶが、もちろん声には出せない。


曹操は周囲を見回し、積まれた物資と整然とした記録を眺めた。


「……ほう」


短い一言。


だが、それだけで周囲の空気が張り詰める。


荀彧が一歩前に出た。


「最近、補給の効率が向上しております」


「聞いている」


曹操はゆっくりと帳簿へ手を伸ばした。


俺が整理した記録だ。


(やばい、粗があったらどうする)


心臓が嫌な音を立てる。


曹操は木簡を開き、無言で目を走らせた。


沈黙。


長い。


やがて、口元がわずかに上がった。


「面白い」


その一言に、周囲がざわつく。


「誰が作った?」


逃げ場がなかった。


荀彧の視線が、静かにこちらへ向く。


終わった。


「……その者です」


全員の視線が刺さる。


俺はぎこちなく前に出て、頭を下げた。


「雑務係の者です」


曹操はしばらく俺を見ていた。


値踏みするような、だが楽しむような視線。


「戦は好きか?」


予想外の質問だった。


「い、いえ。できれば関わりたくありません」


正直に答えると、周囲が息を呑んだ。


しまった、失言か。


だが次の瞬間。


曹操は声を上げて笑った。


「ははは! 良い!」


周囲が驚愕する。


「戦を好む者は多い。だが戦を支える者は少ない」


彼は帳簿を軽く叩いた。


「軍とは剣では動かぬ。腹で動く」


――兵糧のことだ。


「お前は兵を戦わせる男だな」


いや違う。


本当に違う。


「整理しただけです」


反射的にそう言うと、曹操はさらに楽しそうに目を細めた。


「自覚なしか。なお良い」


そして振り返り、短く命じる。


「この者を補給監督の補佐に置け」


場が凍った。


補佐?


雑務係が?


「進軍は速さが命だ。速さを生む者は重用する」


それだけ言い残し、曹操は幕舎を去っていった。


嵐のようだった。


静寂が戻る。


次の瞬間、周囲の兵士たちが一斉に俺を見る。

尊敬と困惑と、少しの恐怖が混ざった目だった。


(……なんでこうなるんだ)


ただ仕事をしただけなのに。


気づけば俺の立場は、曹操軍の中で少しずつ変わり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ