第二十話 戦の後、変わる視線
朝霧が戦場を覆っていた。
矢の折れた音。
踏み荒らされた土。
昨夜の戦いの跡が残っている。
俺は補給帳簿を開いた。
被害確認。
消費物資。
負傷者数。
数字を書き込んでいく。
戦は終わった。
だが仕事は終わらない。
「もう働いているのか」
振り向くと、夏侯惇だった。
腕を組み、戦場を見渡している。
「記録が先です」
「将より忙しいな」
少し笑った。
冗談らしい。
兵たちがこちらを見る。
昨日とは違う視線。
警戒でも嘲りでもない。
認める目だった。
少し居心地が悪い。
「本当に読めていたのか」
夏侯惇が言う。
「敵の動き」
「……たまたまです」
そう答えると、彼は首を振った。
「たまたまで軍は動かん」
言葉が重い。
俺は帳簿に目を戻す。
数字は嘘をつかない。
だが人は変わる。
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足音が近づいてくる。
郭嘉だった。
相変わらず気配が薄い。
「報告をまとめたか?」
「はい」
竹簡を差し出す。
郭嘉は一読し、微かに笑った。
「完璧だ」
短い言葉、だが妙に重い。
「敵は?」
「補給横流しの私兵集団」
郭嘉が淡々と言う。
「内部協力者もいる」
背筋が冷える。
軍の中に敵がいるということだ。
「だから数字が歪んでいた」
俺が呟く。
「そうだ」
郭嘉は頷いた。
「君しか見つけられなかった」
風が吹く。
戦場の匂いが流れていく。
「丞相が呼んでいる」
心臓が止まりかけた。
「……曹操様が?」
「報告を直接聞きたいそうだ」
嫌な予感しかしない。
俺はただの雑務係だったはずだ。
夏侯惇が肩を叩く。
「出世だな」
出世。
そんな言葉で片付けていいものじゃない。
一歩、間違えれば死ぬ場所に、俺は踏み込んだだけだ。
全然嬉しくない。
むしろ怖い。
帳簿を抱える手に力が入る。
数字なら読める。
戦も少しは分かった。
だが、主君の考えだけは読めない。
朝日が昇る。
新しい一日。
そして、俺の仕事は、また増えるらしい。




