第十七話 囮補給隊、出発
朝焼けが薄く空を染める。
風はまだ冷たい。
戦地の匂いがする。
湿った土と馬の汗。
俺は帳簿を握り、荷物を最小限にまとめた。
今日は、初めて補給隊に同行する。
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「おい、大丈夫か?」
肩越しの声。
夏侯惇が立っていた。
鎧を軽く羽織り、目は眠らせない獲物のように鋭い。
「……はい、行けます」
背筋を伸ばす。
自信はない。
だが、覚悟はできている。
郭嘉の指示は簡単だった。
偽の補給隊を装う。
怪しい中継倉に誘導する。
途中で敵が動けば、正体が露見する。
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隊列が整う。
馬の蹄の音。
兵士たちの短い呼吸。
俺は帳簿を握りしめ、数字を頭の中で確認した。
(ここで何が起きるか、全て計算済みだ……)
最前列にいる夏侯惇の背中を見ながら、足を踏み出す。
兵士たちは囮だと知らない。
全員が真剣だ。
動きが自然で、敵を騙す。
「この先、補給所まで一直線だ」
夏侯惇の声が風に混ざる。
彼の存在が、少し安心を与える。
川沿いの小道に差し掛かる。
ここが帳簿で見つけた盲点。
敵の監視は薄い。
補給の記録は歪められる。
俺は胸の中で数字を逆算する。
敵が何を仕掛けてくるか。
どこで動くか。
目を閉じ、馬のリズムに合わせて計算する。
――来た。
小さな煙。
視界の端で何かが揺れる。
兵の気配ではない。
影。
人影だ。
間違いない。敵だ。
「夏侯惇、少し速度を落とす」
低く指示する。
彼は頷き、隊列がわずかに緩む。
敵は気づくだろう。
餌に食いつく瞬間が来る。
前方の茂みが揺れる。
兵の気配ではない。
影。
数字の通り、敵は補給所で待ち伏せしている。
俺は心の中で計算する。
何秒後に動くか。
何人来るか。
どのルートで退くか。
郭嘉の作戦は完璧だ。
この囮作戦で、敵の正体が露見する。
俺は初めて、帳簿だけでなく戦場を“読む”。
前線でも後方でもない。
数字と帳簿だけで、戦場を変える。
小さな煙が上がる度に、敵の動きが明らかになる。
心臓が高鳴る。
戦が、目の前で動き始めた。
囮作戦は、始まったばかりだ。




