表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
曹操軍の雑務係、気づけば天下統一に貢献していました  作者: 水原伊織


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/17

第十五話 密命

 夜。


 本営の灯が一つ、また一つと消えていく頃だった。


 帳簿の整理を終え、筆を置いた瞬間。


「軍務補佐殿」


 幕の外から声がした。


 低く、抑えた声。


 振り返ると、曹操直属の近衛兵が立っていた。


「丞相がお呼びです」


 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


「……今、ですか」

「今すぐに」


 余計な説明はない。


 つまり――私的な呼び出しだ。


----


 本営中央。


 将軍たちの幕舎よりさらに奥。


 警備の密度が明らかに違う。


 ここへ来るのは二度目だった。


 だが慣れる気はしない。


 幕が開く。


 中には地図。


 灯火。


 そして――


 曹操がいた。


 机に肘をつき、地図を眺めている。


 顔を上げた瞬間、鋭い視線がこちらを射抜いた。


「来たか」


「お呼びと伺い、参りました」


 膝をつく。


「楽にせよ」


 短い言葉。


 だが命令だった。


 曹操はしばらく何も言わない。


 沈黙が続く。


 試されているのが分かる。


「補給の立て直し」


 やがて口を開いた。


「見事だったな」


「……務めを果たしただけです」


「謙遜はよい」


 小さく笑う。


「結果を出す者だけが軍を動かす」


 曹操の指が地図を叩いた。


 南方の街道。


「ここだ」


「昨日の襲撃」


 視線が鋭くなる。


「偶然だと思うか?」


 即答できない。


 だが。


「……いいえ」


 曹操は満足そうに頷いた。


「余も同意見だ」


 一枚の木簡を差し出す。


「これは表に出ていない補給記録だ」


 受け取る。


 重い。


 内容ではなく意味が。


「内部に目がある」


 静かな声。


「敵は我が軍の動きを知りすぎている」


 背筋が冷える。


 つまり――


「内通者、ですか」


「そうだ」


 曹操は迷いなく言った。


「将軍たちに調べさせればよいのでは」


 思わず口に出る。


 曹操は首を横に振った。


「将は目立つ」


「疑われれば、敵は潜る」


 一歩こちらへ歩み寄る。


「だが、お前は違う」


 視線が真正面から落ちる。


「誰も、お前を恐れていない」


 理解した。


 だから呼ばれたのだ。


「補給の流れを見ろ」


「数字の歪みを探せ」


「戦ではなく、仕事で敵を見つけろ」


 これは命令ではない。


 信任だった。


「……私に務まるでしょうか」


 正直に聞く。


 曹操は即答した。


「だから任せる」


 一拍。


 そして静かに続ける。


「郭嘉も同じ名を挙げた」


 思わず顔を上げる。


「……軍師殿が?」


「勘の良い者は少ない」


 曹操は笑った。


「余は、それを逃さん」


 胸の奥が重くなる。


 期待の重さ。


 失敗すれば終わる仕事。


「この件は極秘だ」


「誰にも話すな」


「たとえ将軍であっても」


 つまり。


 軍の中で、誰も信用できない。


 膝をつき直す。


「……承知しました」


 曹操は背を向けた。


「結果だけを持って来い」


 それが別れの言葉だった。


----


 幕を出る。


 夜気が冷たい。


 手の中の木簡がやけに重い。


(補給を見ろ、か……)


 だが。


 それならできる。


 戦は分からない。


 だが仕事なら分かる。


 歩き出す。


 静かな本営。


 誰も知らない任務が始まった。


 ――敵は、味方の中にいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ