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曹操軍の雑務係、気づけば天下統一に貢献していました  作者: 水原伊織


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第十二話 囮の行軍

 夜明け前。


 空気はまだ冷たく、地面には薄い霧が残っていた。


 補給隊は静かに動き始めていた。


 車輪の軋む音。


 馬の鼻息。


 誰も大きな声を出さない。


 ――囮だからだ。


 荷車には木箱が積まれている。


 だが中身の大半は石。


 本物の物資は、すでに別経路へ向かっている。


 この隊列は。


 敵に見つかるために進んでいる。


「落ち着かねぇ顔してるな」


 横から声。


 夏侯惇だった。


 巨大な体躯が朝靄の中でも目立つ。


「初めてか、前線は」


「……はい」


 正直に答える。


「だろうな」


 彼は笑った。


「安心しろ。怖いと思える奴の方が死ににくい」


 行軍は続く。


 予定通り、警戒を“甘く”見せながら。

 護衛兵の配置も意図的に薄い。

 餌をぶら下げて歩く気分だった。


(来るなら……この辺り)


 地図で何度も確認した地点が近づく。


 森が街道へ迫り、見通しが悪くなる場所。


 襲撃には最適。


 風が止んだ。


 次の瞬間。


 ――矢。


 空気を裂く音。


「敵襲!!」


 叫び声と同時に、荷車へ矢が突き刺さった。


 森から黒い影が飛び出す。


 数十。


 予想通りの規模。


「来たな」


 夏侯惇が笑う。


 剣を抜いた音が低く響いた。


「前列、防御! 荷車を囲め!」


 兵たちが即座に動く。


 訓練された動き。


 だが敵は迷いがない。


 一直線に中央の荷車へ向かってくる。


 ――補給の位置を知っている動き。


(やはり情報が漏れている)


 確信に変わる。


 敵は箱を斬り裂いた。


 木片が飛び散る。


 中身が転がる。


 石。


「……何だと?」


 敵の動きが一瞬止まった。


「今だ!」


 夏侯惇の怒号。


 伏せていた兵が一斉に立ち上がる。


 側面から包囲。


 罠は完成していた。


 混乱した敵が押し返される。


 だが。


 その時。


「後方だ!」


 叫び声。


 別方向から新たな敵影。


 想定より多い。


(伏兵……!)


 敵は二段構えだった。


 隊列が揺らぐ。


 護衛が分断される。


 このままでは――


 本物の補給路が露見する可能性。


 最悪の展開。


「下がれ!」


 兵が俺を引こうとする。


 だが視線が止まった。


 敵の動き。


 狙い。


 指揮している者がいる。


 中央ではない。


 森の奥。


(あそこだ)


「将軍!」


 思わず叫ぶ。


 夏侯惇が振り向く。


「敵指揮は左奥です! 中央は囮!」


 一瞬の沈黙。


 普通なら無視される。


 だが。


 夏侯惇は笑った。


「分かった!」


 迷いがない。


 巨体が地面を蹴る。


 護衛数名を連れ、一直線に森へ突入。


 次の瞬間。


 激しい衝突音。


 叫び。


 剣戟。


 そして。


 敵の動きが崩れた。


 指揮官が倒れたのだと、すぐ分かった。


 統率を失った敵は散り始める。


「押し返せ!」


 兵の士気が跳ね上がる。


 戦は一気に終息へ向かった。


 やがて静寂が戻る。


 荒れた街道。


 折れた矢。


 倒れた敵兵。


 そして無事な荷車。


 夏侯惇が戻ってきた。


 剣の血を払う。


「当たりだったぞ」


 短く言う。


「貴様、よく見ているな」


 言葉は軽い。


 だが評価だった。


 胸の奥が遅れて震える。


 怖かった。


 今さら実感する。


 帳簿の上では終わらない仕事だと。


「補給は守られた」


 誰かが呟く。


 その言葉を聞いた瞬間。


 力が抜けた。


 膝が少し震える。


 遠くで朝日が昇る。


 本物の補給隊は、今ごろ安全圏を進んでいるはずだ。


 つまり。


 作戦は成功した。


 だが同時に理解する。


 敵は偶然ここに来たのではない。


 情報は確実に漏れている。


 軍の中に――


 まだ。

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