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曹操軍の雑務係、気づけば天下統一に貢献していました  作者: 水原伊織


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第一話 配属先は戦場の裏側でした

俺の仕事は、戦うことじゃない。

書類を揃え、物資を数え、怒鳴られないようにすることだ。


――ここは、曹操軍の補給幕舎だった。



「おい、新入り! そこに積んである袋、数え直せ!」


怒鳴り声に肩を跳ねさせ、俺は反射的に返事をした。


「は、はい!」


気づけば、土の匂いと汗臭さに満ちた巨大な天幕の中に立っていた。

周囲では鎧姿の兵士たちが忙しなく行き交い、米袋や武具が山のように積まれている。


どう考えても、日本じゃない。


いや、それどころか――。


(これ、三国志の世界じゃないか……?)


混乱する頭を押さえながら、俺は手元の木簡を見る。

そこには乱雑な字でこう書かれていた。


『兵糧 受領記録』


どうやら俺は、曹操軍の兵站――つまり補給担当の末端役人になっているらしい。


戦場に転生とか、普通もっとこう、武将とか軍師とかじゃないのか。


なんで雑務係なんだよ。



「数え終わったか!」


「え、えっと……たぶん、三百二十袋です」


「たぶんじゃ困る!」


怒鳴られた。


だが、怒鳴った男のほうも帳簿を見て首を傾げている。


「……記録だと三百八十だな」


四十袋も違う。


いやいや、おかしいだろ。


俺は思わず周囲を見回した。

袋の山は雑然と積まれ、種類も混ざっている。

受領印も統一されていない。誰がどこまで管理しているのかも不明だ。


(これ……管理方法が終わってる)


前世の記憶が、嫌でも蘇る。


俺は中小企業の総務部だった。


在庫管理、発注確認、部署調整――つまり、こういう「誰もやりたがらない仕事」が専門だった。


そして断言できる。


この現場、絶対に兵糧不足を起こす。


「……あの」


気づけば口を開いていた。


「袋に印を付けて、種類ごとに列を分けませんか? あと受領した人の名前も統一して記録したほうが――」


周囲が静まり返った。


やばい。出しゃばったか?


だが、怒鳴っていた男は腕を組み、少し考えてから言った。


「……やってみろ」



それから半日後。


「おい……なんだこれ」


兵士たちがざわついていた。


米袋は種類ごとに整列し、木簡には数量と担当者が一目で分かるよう記録されている。


誰が見ても、状況が把握できた。


「不足分、すぐ分かりますね」


俺が言うと、男は無言で帳簿と山を見比べた。


そして。


「……輸送隊が誤魔化してやがったな」


小さく呟いた。


本来届くはずの兵糧が、途中で抜かれていたらしい。


もし気づかなければ?


次の進軍で兵糧不足。

最悪、軍が止まる。


俺は背筋が寒くなった。


(いやいや、ただ整理しただけなんだけど……)


その時、幕舎の入口がざわめいた。


兵士たちが一斉に道を開く。


入ってきたのは、黒い外套を纏った細身の男だった。

穏やかな笑みを浮かべながら、鋭い目が周囲を観察している。


「面白いことをした者がいると聞きましてね」


静かな声。


場の空気が変わる。


誰かが小声で囁いた。


「……荀彧様だ」


――曹操軍きっての名臣。


その人物が、まっすぐこちらを見ていた。


「これを整えたのは、あなたですか?」


「え、あ……はい。整理しただけです」


荀彧は帳簿を手に取り、しばらく眺める。


そして、ふっと笑った。


「整理、ですか。なるほど」


その視線が、妙に楽しげに細められる。


「軍を動かすのは武勇ではなく、秩序です。あなたはそれを理解しているようだ」


いや、そんな大層な話じゃない。


ただ仕事をしただけだ。


だが次の言葉で、俺は凍りついた。


「明日から、補給全体の記録を任せましょう」


――え?


雑務係のはずだった俺の仕事は、その日を境に少しずつ変わり始めた。


そして後になって知る。


この“帳簿整理”が、歴史の流れをわずかに変え始めていたことを。

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