最終話 未来を託して――誇りと絆の結末
――その後。
王家の秘宝盗難疑惑についても、改めて厳正な再調査が行われた。
秘宝は盗まれておらず、王宮内の隠し部屋から無傷のまま発見される。
偽造契約書の仕込み、保管記録の改ざん、そして密偵の自白。
すべては、フィオナを陥れるために用意された筋書きだった。
彼女にかけられた冤罪は完全に晴れ、名誉は回復される。
――辺境伯家にとって、長く続いた試練は、
こうして、静かに幕を閉じたのである。
季節はめぐり、王都の大聖堂には清らかな鐘の音が響いていた。
堂内を埋め尽くす人々が息をひそめる中、白い扉が静かに開く。
淡い光の中に、純白の花嫁と、その傍らを歩くひとりの少年の姿が現れた。
フィオナの後ろに控える少年――護衛ダニエルは、彼女の歩幅に合わせて静かに進む。
大理石の床に靴音がひとつずつ響くたび、参列者の視線が吸い寄せられていく。
祭壇の前では、カイエンが待っていた。
その瞳が、ヴェール越しに光をまとった花嫁をとらえた瞬間――
彼の表情が、ふっと揺れた。
……純白の婚礼衣装に包まれた彼女は、普段の落ち着いた美しさに加えて、
花嫁だけが放つ輝きと、どこか儚げな気配をまとっていた。
(何だこれは……普段から可憐だと思っていたが、今日はその何倍だ?……俺を殺す気か!)
息を呑んだまま動けなくなるカイエンの横で、祭壇前にたどり着いたダニエルが、わずかに口角を上げた。
「辺境伯様、顔が赤いようですが――」
「……黙れ」
小さく返す声には、照れ隠しの熱が滲んでいた。
――落ち着きを取り戻したカイエンは、フィオナの手をそっと取る。
二人は祭壇の前で向かい合い、誓いの言葉を口にした。
「……俺の伴侶となってくれて、感謝する。
――たとえ何があろうと、生涯お前を……護ると誓おう。」
低く囁くカイエンの声に、フィオナの頬が赤く染まる。
「はい。……私も、この先どんな困難があったとしても――あなたと共に歩みます。」
互いの言葉が天井高く吸い込まれ、祝福の鐘が鳴り響く。
カイエンはヴェールをそっと持ち上げ、フィオナをまっすぐに見つめた。
その瞳に込められた愛情に、彼女は小さく息を呑む。
次の瞬間、二人の唇が静かに重なった。
大聖堂は拍手と歓声に包まれ、二人の誓いが揺るぎないものとなった。
その中で、一歩進み出た執事セスが、深々と頭を垂れる。
「奥方様の無実が証明され、このような晴れの日を迎えられましたこと――家臣として、この上ない喜びでございます」
フィオナは涙を滲ませ、首をかしげて微笑んだ。
「ありがとう、セバスチャン。……あなたのおかげでもあるわ」
セスは静かに首を振り、カイエンへ視線を向ける。
「いえ、私はただのしもべにすぎません。ですが……この家を守り抜かれたこと、誇りに存じます」
カイエンは無言で頷き、その眼差しに揺るぎない信頼を込めた。
――式が終わり、人々の祝福が大聖堂を満たしたあと。
二人は控えの間へと案内され、短い休息を取っていた。
少し離れて二人を見守っていたダニエルが、一歩前に進み出る。
その表情は――どこか決意を宿していた。
「父上、母上……僕は、ここでお別れします」
「え……?」
フィオナが目を見開く。
「そんな……急に、どうして……」
ダニエルは静かに笑った。
「最初から、婚姻式を見届けたら未来に帰るつもりでした。役目は果たしましたから。母上の冤罪は晴れ、父上と母上が結ばれる未来も守られた。だから……安心してください」
――思えば、そう長い時間ではなかったはずだ。
けれどダニエルにとって、この日々はずっとここで過ごしていたかのように濃密だった。
賊から母を救い出したあの日から、幾度も危機を乗り越え、そして今――父と母が幸せそうに笑い合っている。
かつて遠い存在だと思っていた父から信頼を得て、母からは変わらぬ愛を向けられて。
すべては皆で力を合わせたからこそたどり着けた未来だ。
瞳が熱く揺らぎ、頬を伝いそうになる。
別れるのは寂しい。けれど、彼の本来の居場所は十五年後の未来。
――そう、いずれ再び会える。
指先を握りしめたフィオナの瞳に、涙があふれた。
「ありがとう……あなたのおかげで私は、未来を切り開くことができた。抗えない運命を乗り越えることができた。感謝してもしきれない……。あなたは私のーーかけがえのない息子よ」
ダニエルはその言葉を胸に刻み、深く頷いた。
カイエンが歩み寄り、短くも重みのある声で言う。
「ダニエル……お前は俺の誇りでありーー自慢の息子だ」
少年の目が潤み、口元に笑みが広がる。
「ありがとうございます……父上、母上」
そう告げると、彼は懐から小さな銀の鏡を取り出した。
古びた装飾の縁が淡く光を帯び、やがて少年の体を包み込んでいく。
光の中に消えゆくその瞬間まで、ダニエルは誇らしげに二人を見つめ続けていた。
こうして、辺境伯カイエンとその妻フィオナの婚姻は、盛大な祝福のもと執り行われ、
冤罪を超えて結びついた二人の絆は、人々の記憶に「真実の愛を貫いた結び」として永遠に語り継がれることになる。
未来から訪れた少年のことを知る者は、誰ひとりいない。
けれど、彼が残していった絆は確かにここに刻まれていた。
フィオナは時折、空を見上げて微笑む。
(ありがとう、ダニエル……あなたのおかげで、私は生き抜く力を得たわ)
カイエンもまた、ふとした時に思い出す。
その胸に宿る誇りと絆は、永遠に揺らぐことはない。
――未来を変えるために訪れた少年の物語は、こうして静かに終わりを告げた。




