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第18話 王太子失墜

 ――大広間の扉が轟音と共に開かれた。

 荒い息を吐きながら、ひとりの少年が駆け込んでくる。


「――母上!」


 その叫びに、群衆が一斉にざわめいた。


「母上だと……?!」

「誰だ、あの少年は」

「まさか……辺境伯の……?」


 フィオナは信じられない思いでその姿を見つめた。

 血に染まった手で後ろの影を引きずり出すダニエル。

 青ざめた顔をした女――屋敷から逃げ出した密偵だった。


「――母上を貶めた証拠と証人です!」


 ダニエルの声が広間を震わせた。

 その姿に、群衆は一瞬息を呑む。

 彼が荒れた呼吸のまま、懐から血で汚れた羊皮紙を取り出したとき――空気がさらに張り詰めた。


「それは……!」

「契約書か……?」


 ダニエルは震える指で羊皮紙を掲げ、声を張る。


「これこそ、母上を陥れるために仕込まれた偽造の契約書です!」


 広間がどよめきに包まれる。オスカーの眉がわずかに動いた。


「ふざけたことを……!」


 怒声を張り上げようとするオスカーを遮るように、ダニエルは密偵を前へ突き出した。

 女は足元を震わせ、逃れようと必死にもがく。


「し、知らない! 私は……!」


 ギラリと音を立てて、カイエンが腰の剣を抜く。

 大広間に冷たい金属音が響き渡り、群衆が息を呑んだ。


「――ならば、この場で言え」


 低く響く声とともに、鋭い刃が女の喉元へ突きつけられる。

 逃げ場のない鋼の眼差しが射抜き、女の顔から血の気が引いた。


「……王太子殿下の命で……契約書を……」


 その瞬間、大広間の空気は一変した。

 ざわめきが、恐怖と驚愕に変わる。


「オスカー殿下が!?」

「まさか王太子がそんな……!」

「いや、だが……証人が……」


 ダニエルは必死に声を張った。


「母上は何もしていません! 彼女は無実です! ――未来を変えるために、僕はここへ来たんだ!」


 フィオナの目から涙が溢れた。

 廷臣たちの顔色も揺らぎ、さきほどまでの確信めいた視線が、一斉にオスカーへと向けられる。

 壇上に立つオスカーの紫の瞳が鋭く光り、顔を歪ませた。


(――保険は打った。屋敷に潜ませた密偵は仕込み完了と報告してきた。

 二重にも三重にも罠を巡らせたのに……どこで間違ったというのだ!)


 群衆のざわめきが遠のいていく。

 視線を上げれば、玉座の王が――そして、アメリアが。

 誰も、自分を信じていない。


 喉の奥まで出かかった言葉を、彼は噛み殺した。

 声を出せば、崩れるとわかっていたからだ。 


「……オスカー。なんと愚かなことを……」


 国王が戸惑いながら、口を開く。


「オスカー殿下! これは……本当なのですか!? 私を、国を、裏切ったのですか……!」


 アメリア王女が震える声で叫ぶ。

 無垢な琥珀色の瞳に浮かぶ涙が、群衆の心を完全に離反させる。


「恥さらしめ!」

「国辱だ!」

「王太子にふさわしくない!」


 罵声の矛先は、もはやフィオナではなくオスカーに注がれていた。


 群衆も廷臣も、誰ひとり彼を支える者はいなくなった。

 先ほどまで味方のはずだった全ての人間が、冷たい視線で背を向ける。


 焦りと葛藤が胸を渦巻く。唇の端が、かすかに上がる。

 それは笑みとも、嘲りともつかぬ歪み。

 ――次の瞬間、紫の瞳が燃えるように光り、声が大広間を震わせた。


「嗤うがいい! 愚民ども!

 貴様らが何を思おうと、私の信念はゆるがぬ!!

 決して後悔など――せぬ!!

 どれだけ卑怯と言われようと、冷酷だと言われようと――

 民のために、国のために生きてきた!!……そう、信じてきたのだ!

 それが――私自身の生き様だ!!」


 オスカーは魂の叫びとともに剣を抜き放った。

 ――誰かに突き立てるためではない、己の信念を示すための剣――

 だが広間に走った緊張は、流血の予感となって衛兵を動かした。

 振り下ろされる前に、鋭い一撃が横から剣を叩き落とす。

 甲高い金属音が響き、オスカーの剣は床に転がった。


 衛兵たちが素早く取り囲み、彼の両腕を押さえ込む。

 ――もはや抗う術はない。それでも、その紫の瞳はなお燃えていた。

 縛り上げられ、膝をつかされても、オスカーは誇りを折らなかった。

 玉座から国王の低い声が響く。


「……聞け、オスカー。お前の配下が、王家への反逆を示す偽造の契約書を所持し、どこかへ仕込もうとしていたとの報告を受けた。

 真偽がどうであれ、王家の名の下で起きた責は免れぬ。

 ゆえに、王として命ずる。

 ――お前の王位継承権を、ここに剥奪する。」


 その宣告に、群衆が息をのむ。

 かつて将来を約束された王太子が、今この場で失墜したのだ。

 アメリア王女は顔を覆い、涙に震えていた。


 群衆は冷笑し、誰ひとり彼を擁護しようとはしなかった。

 衛兵に引き立てられながらも、オスカーは振り返ることなく歩を進める。

 背筋は最後まで伸び、紫の瞳は鋭く前を見据えていた。


(たとえこの身は潰えようとも……私の信じた道が、誤りだったとは思わぬ)


 孤独に沈んでいくその背中は、敗者でありながらもなお、燃え続ける信念を纏っていた。


 こうして、王太子オスカーは断罪の場で失脚した。

 王位継承権を剥奪され、彼の名は王家の系譜から外された。

 ……後日、彼は王宮の奥深くへ幽閉され、二度と広間に姿を現すことはなかった。

 輝かしい未来を約束されていたはずの王子は、廃嫡の烙印を押され――歴史から静かに消えていったのである。


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