表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/21

第14話 未来を知る息子と、信じる父

 数日後。祭りの喧騒が去った屋敷に、不穏な気配が漂い始めていた。 警備の兵が増員され、巡回の足音が昼夜を問わず響く。

 領内に不審な影が紛れ込んでいる――そんな報告が立て続けに寄せられていたのだ。


「ただの噂に過ぎん」


 書類をめくりながら、カイエンは吐き捨てるように言う。だが、瞳の奥に宿るわずかな陰りをフィオナは見逃さなかった。

 一方、ダニエルの表情は鋭さを増していた。


「……違います。これは三つ目の死に繋がる兆しかもしれません」


 その声音には、少年らしからぬ焦燥がにじんでいた。

 やがて、屋敷の侍従が蒼ざめた顔で駆け込んでくる。


「報告いたします! 屋敷の裏手に、何者かが忍び込んだ形跡が――!」


 一瞬で、場の空気が凍りついた。

 カイエンの瞳が鋭さを帯びる。


「場所は?」

「裏門のそばです。警備の目をすり抜けた形跡が……内部にはまだ入られておりません!!」


 フィオナは息を呑み、指先がかすかに震えた。ダニエルが即座に立ち上がる。


「やはり……! 三つ目の死が迫っているんです!」


 カイエンの表情に、わずかに怒気が走る。

 その拳が音もなく握られた。


「全員を集めろ。屋敷の警備を倍に増やせ。出入りする者は身元を洗い直せ!」


 低く鋭い声が広間に響き、兵たちは一斉に駆け出していった。

 だが、命じる当人の表情には複雑な影が差していた。


「……王都から遠く離れたこの辺境にまで、刺客が来るとはな……」


 口にした疑問は、誰に向けたものでもない。

 その言葉に、ダニエルが食い下がるように声を上げた。


「父上、これは偶然じゃありません。未来で母上が断罪されたのも、陰謀が仕組まれていたからです。

 ……始まっているんです。もう、母上を狙う流れは!」


 フィオナの顔色がさらに青ざめる。

 屋敷の裏手――物資搬入口のあたりに、忍び込んだ痕跡が見つかったという。

 もしあと一歩踏み込まれていたらと思うだけで、背筋が粟立つ。


 カイエンは腕を組み、鋭い眼差しで黙り込んだ。

 未来の話を信じきることはできない。だが、すでに現実が動き始めていることだけは否定できない。


「……必ず見つけ出す」


 低く呟いた声には、領主としての冷厳さと、一人の男としての焦燥が入り混じっていた。

 その横で、ダニエルの拳が固く握られていた。


(まだだ……母上の死は、必ず回避できる。僕が来た意味は、そのためにあるんだ)



 屋敷の警備が張り巡らされるなか、それでも闇は音もなく忍び寄っていた。

 夜更け、フィオナの私室の前に黒い影が滑り込む。

 影は袖から取り出した羊皮紙を、机の引き出しに押し込もうとする。


 ――王家への反逆を示す偽造契約書。

 発見されれば、フィオナを陥れる決定的な証拠となる代物だった。

 だがその手が震えた。背後に灯りの気配――巡回の兵が迫っている。


「……ちっ」


 影は証拠を仕込み切れぬまま懐に押し戻し、窓から飛び降りた。

 外庭。兵士が気配を追って駆けつける。


「そこだ、逃がすな!」


 短剣を抜き、黒衣の男が必死に抗う。

 だが多勢に囲まれ、捕縛は時間の問題に思えた。

 その時だった。


「……熱い、な、なんだこれは……!? やめろ、やめ――!」


 懐の護符――主に忠誠を誓う契約の証が、紫の炎を噴き上げた。

 兵の目の前で、刺客の体は護符ごと燃え上がり、証拠もろとも灰へと変わる。

 風に散ったのは、舞い散る灰だけ。


「なっ……」


 あまりの光景に、兵たちは言葉を失った。

 やがて、静寂を裂くようにダニエルが口を開く。


「……殿下の仕掛けだ。部下の命すら、証拠隠滅のために使い捨てるなんて……」


 その言葉に、兵たちがざわめいた。

 カイエンは目を細め、すぐに声を張り上げる。


「全員、下がれ。――今すぐだ!」


 領主の命に逆らえる者はいない。兵士たちは困惑の色を残しつつも一礼し、外庭を後にした。

 やがて足音が遠ざかり、残されたのはカイエン、フィオナ、そしてダニエルだけ。

 張り詰めた沈黙の中で、ダニエルが一歩前に進み出る。


「父上……」


 拳を強く握りしめ、少年はまっすぐに見据えた。


「十五年後、母上は断罪の場で処刑されました。僕はその場にいたんです」


 その言葉に、フィオナは息を呑む。

 カイエンの表情は凍りつき、言葉を失った。

 今までは戯言として切り捨てられた“未来の告白”が、目の前の異常な出来事と重なり合っていた。


「……ふざけたことだと思っていた。

 だが、この目で見た灰の惨劇――あれこそが、王家の闇そのものだった」


 険しい表情のまま黙り込むカイエンを、フィオナが心配そうに見つめた。


「……そんなに怖い顔をなさらないで、カイエン様。見ているだけで胸が締めつけられます」


 ダニエルもすかさず口を挟む。


「そうです父上。母上を守るために頑張ってるのに、怖がらせてどうするんですか」


「……おまえは余計なことばかり言うな」


 カイエンは眉をひそめ、むっとした声を返す。

 そのやり取りに、フィオナの唇がかすかに緩む。張り詰めていた空気に、ほんの一瞬だけ和らぎが生まれた。


 だが――その刹那にさえ、未来の影は重くのしかかってくる。

 カイエンは目を閉じ、深く息を吐いた。


「信じぬわけにはいかぬ。未来を変えるために来たというのなら――俺も共に抗おう」


 カイエンは顔を上げ、フィオナの瞳を真っすぐに見つめた。


「フィオナ……俺は必ず、おまえを護る。十五年後など待たずとも、命を狙う者がいるならば――今ここで断ち切ってみせよう」


 その声には領主としての冷徹さと、一人の男としての情熱が入り混じっていた。

 フィオナはかすかに目を見開き、そして静かに頷いた。


「……カイエン様」


 その横で、ダニエルは強く拳を握りしめた。


「ありがとうございます、父上。これで……未来は必ず変えられるはずです」


 フィオナは二人を見つめ、胸の奥に小さな安堵の灯を抱いた。

 ――たとえ運命がいかに険しくとも、三人の歩みが、静かに始まっていた。


 未来を変える力になる、と信じて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ