第13話 運命の分岐に立つ者たち
祭りのざわめきが戻ってくる。
だが、先ほどの占い師の言葉は重く残り、場を冷えさせていた。
占い師の姿はすでになく、残された三人だけが沈黙の中に立ち尽くしている。
沈黙を破ったのは、カイエンだった。
「……馬鹿な。あんな老女の戯言に、意味などあるものか」
吐き捨てるように言いながらも、その声音にはわずかなざらつきがあった。
言葉とは裏腹に、どこか胸の奥をざわつかせるものが残っている。
その横で、ダニエルが小さく息を吸った。
「……母上」
低く、しかしはっきりとした声。
「僕がなぜ未来から来たのか……その理由を、父上に話してもいいですね?」
フィオナは一瞬ためらった。けれど、鏡の映像を共有した母として、逃げることはできない。
静かにうなずく。
ダニエルは大きく息を吸い込み、カイエンをまっすぐに見据えた。
「父上、じつは――」
説明を聞いたカイエンは、驚愕に目を見開いた。
「……そんなばかな」
「――本当です」
ダニエルは揺るぎない声音で告げる。
「母上はすでに二つの死を回避しました。そして……三つ目の死が、今まさに迫っているのかもしれません」
カイエンは苦々しく視線を逸らし、唇をかすかに震わせた。
「……だが、その断罪とやらは十五年も先の未来のはずだ。なぜ“今”死が迫っていると言える?」
ダニエルは静かに首を振った。
「鏡が映すのは、年数じゃありません。……“運命の分岐”です。
十五年後に起きた断罪死も、母上がその分岐を選んだから起きた。
もし今、この時代で同じ分岐に足を踏み入れてしまえば――死はすぐにでも訪れるんです」
カイエンは息を呑み、十五年先の惨劇と、目の前の妻の姿を重ね合わせた。
「……ならば、その鏡を俺にも見せろ。俺の目で確かめさせろ」
ダニエルは苦しげに目を伏せた。
「できません。鏡が映すのは母上の未来です。だから母上自身と、その血を継いだ僕にしか見えない。
それに……僕には王家に連なる血も流れています。鏡は“選ばれた血”にしか応えないんです。
父上は血で繋がっていないから……どれほど望んでも映らないのです」
カイエンの拳が震える。
「……信じろというのか。根拠もなく、ただお前の言葉だけを」
沈黙が落ちた。
その言葉は、彼自身にも突き刺さるようだった。
その手を、フィオナがそっと取る。
「……カイエン様、信じてください。――ダニエルの言葉は、真実なのです」
彼女の指先は冷たく、それでも必死に震えを抑えていた。
「私は……鏡を通して、確かに見たのです。私自身の――死を」
カイエンは目を伏せる。フィオナの声が胸に深く沈み、頑なだった心を揺さぶった。
ダニエルの真剣な眼差しと、フィオナの切実な手の温もり。
信じたい――だが信じることは、恐ろしい未来を認めることでもあった。
張りつめた空気の中、フィオナの肩が小さく震えた。
それに気づいたダニエルが、慌てて彼女の手を握る。
「……母上、大丈夫です。僕がついています」
フィオナは小さく息を呑んだ。
温かな手のひらの感触が、現実へと引き戻してくれる。
「……ありがとう、ダニエル」
ふとその様子を横目で見ていたカイエンは、ほんの一瞬だけ言葉を失った。
(……なぜ、俺ではなくあの小僧に)
思わずそんな感情がよぎり、カイエンは奥歯を噛みしめる。
(馬鹿か、俺は。――息子に嫉妬してどうする)
己の内心を振り払うように、きびすを返して屋敷の方へ向き直る。
「……もう遅い。屋敷に戻るぞ」
低く告げた声には、無意識の苛立ちがにじんでいた。
フィオナは怪訝そうに瞬きをし、ダニエルは小さく首をかしげる。
そんな二人を前にして、カイエンはただ無言で夜風を受けていた。
――胸の奥に渦巻くざわめきの正体を、自分でも持て余しながら。




