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第1話 断罪と襲撃

※未来息子シリーズ最新作!

各話パラレル構成のため、単独でも楽しめます。

 剣戟と怒号が飛び交う。

 馬車を囲んだ野盗たちが、血走った目でこちらに迫ってきていた。

 護衛の騎士が一人、また一人と倒れてゆく。


「いやっ……!」


 フィオナが声をあげた、その瞬間。


「母上! ご無事ですか!?」


 影のように飛び込んできた一人の少年が、彼女を抱き寄せる。

 十五ほどにしか見えない若者。まだ幼さを残す顔立ちなのに、真っすぐな青い瞳は驚くほど力強かった。

 漆黒の髪を揺らし、しなやかに剣を構える姿は、若き騎士そのもの。


 ――母上?


 耳に焼きついたその呼びかけに、フィオナは混乱するしかなかった。


 ◆◆◆


 時は少しさかのぼる。

 ガタガタと揺れる馬車に揺られながら、フィオナは深い吐息をもらした。

 侯爵家の令嬢として成人を迎えたばかり。

 プラチナブロンドの髪を結い上げ、淡い青の瞳を伏せた姿は、まだ少女のあどけなさを残しながらも気品をまとっていた。

 これから向かうのは、辺境伯ルグランツの領地――自分の「未来の夫」とされる人物のもと。


 だが、なぜこんなことになったのか。

 思い返すたび、胸が締めつけられる。


『侯爵令嬢フィオナ・フロレンティア。貴様との婚約を破棄する!』

『罪状は王家の至宝“紅蓮の宝石”の窃盗。死刑が当然だが……特別に情けをかけてやろう。』

『辺境伯ルグランツのもとに嫁ぎ、一生をそこで終えるがいい!』


 大広間に響き渡ったのは、王太子オスカー・ヴァレンティスの声だった。

 その表情には、冷ややかな威圧感が漂っていた。

 愛のない政略婚約であったとしても、彼は常に紳士的で礼を欠かず、互いに無難に夫婦になれると信じていたのに――。


 疑いの視線が突き刺さる。

 胸が締めつけられ、言葉を失いかけた。

 だが――崩れそうになった心を必死に奮い立たせる。


(私はこれまで、オスカー殿下の隣に立つにふさわしい自分であろうと、日々努力を重ねてきた。その歩みは、私の誇り――決して誰にも否定させない)


 彼女は胸を押さえ、震える喉をどうにか押さえ込むと、静かに言葉を紡いだ。


「……私は潔白です。

 積み重ねてきた歩みを、罪で汚される覚えはありません」


 その毅然とした声は震えていたが、決して折れてはいなかった。

 だが、信じてもらえない現実は変わらない。


(誠実に見えた殿下に裏切られ……そして、次に私を待つのは)

(辺境伯……若くして軍功を立て、領地を任された切れ者。

 冷たい眼差しで人を震え上がらせるのだと噂に聞く。

 そんな人が、私の夫に……?)


 行く末を思うだけで、フィオナの心は不安に押し潰されそうだった。

 それでも――「無実を証明してみせる」その思いだけは胸に燃えていた。


 フィオナを乗せた馬車を守っていたのは、辺境伯家から派遣された数名の護衛騎士たちだった。

 王都の監視役ではなく、辺境領の騎士だからこそ、その態度には罪人を見張る冷酷さよりも、職務に徹する誠実さがにじんでいた。

 それでもフィオナは、疑念の目を向けられていることを痛いほど感じていた。


 ――その時。

 外から怒声と金属音が轟いた。


「敵襲――っ!」


 御者の叫びと同時に、馬車が急停止する。

 窓越しに見えたのは、土煙を巻き上げて迫る十数人の影。

 粗末な鎧に身を包んでいるが、その連携は妙に整っていた。

 剣戟が響き、護衛の騎士がひとり、またひとりと倒れてゆく。

 馬車を守っていた四人のうち、二人はすでに地に伏し、残る者も必死に応戦していた。


「ひっ……!」


 扉が開かれ、血走った目の賊が刃を振り上げる。

 フィオナの喉が凍りつき、悲鳴がこみ上げた――その瞬間。


「母上! ご無事ですか!」


 影のように飛び込んできた少年が、彼女を抱き寄せた。

 十五ほどの若者。まだ幼さを残す顔立ちなのに、真っ直ぐな青い瞳は驚くほど強い光を宿している。

 漆黒の髪を揺らし、しなやかに剣を構える姿は、若き騎士そのものだった。


 賊の剣を弾き飛ばし、彼は体を翻す。

 華奢な体格のはずなのに、動きは鋭く、斬撃は淀みない。

 一撃ごとに敵が押し返され、残った護衛も息を吹き返したように剣を振るう。


「な、なんだこのガキは……!」

「引け! 隊列を崩されるぞ!」


 数で勝っていたはずの賊たちは、少年の介入で一気に形勢を崩された。

 護衛の騎士と連携するように、彼は次々と敵を追い払い、瞬く間に馬車の周囲は切り伏せられた屍と逃げ散る影で埋まっていく。


 周囲には呻き声をあげる護衛が数人。

 まともに立っているのは、もうフィオナと少年だけだった。

 剣を構え直した少年は、振り返ってフィオナを見つめる。

 汗に濡れた額から流れる黒髪、まだあどけなさの残る顔立ち――だがその瞳は、まるで彼女を守ることだけを誓うかのように強く澄んでいた。


(……母上? どうして、私をそう呼ぶの……?)


 戸惑いながら彼の顔を見上げた瞬間、息が詰まった。

 少年の瞳――澄んだ淡い青は、鏡に映した自分とまったく同じ色をしていたのだ。


(同じ……私と同じ瞳……?)


 刺客が退き、辺りは静まり返っている。

 だがフィオナの胸は荒く波打ち、心臓の鼓動ばかりが響いていた。

 恐怖と混乱、そして理解できない感情が胸の奥でせめぎ合う。


「ま、待って。あなたは誰……? どうして私を“母上”なんて……」


 思わず問いかけると、少年はわずかに言葉を探すように沈黙した。

 けれど、すぐに真剣な面持ちで口を開く。


「本当は、まだ言うつもりはありませんでした。けれど……襲撃を目の前にして、もう黙っていられなかった」


 その声音には、迷いよりも決意が宿っていた。

 そして彼は懐から小さな銀の鏡を取り出した。

 古びた装飾の縁が不気味に光を帯びている。


 見ただけで分かる――ただの鏡ではない。


「これは王家に伝わる禁忌の魔道具。未来と過去を繋ぐ“時の鏡”です」

「未来……?」


 フィオナは息をのんだ。

 少年は震える手で鏡を掲げ、彼女の目の前に差し出す。


「母上。どうかこれをご覧ください。――あなたに待ち受ける三つの死を」


 言葉と同時に、鏡面が白く輝いた。

 冷たい光がフィオナを包み込み、視界が一瞬にして反転する。


 鏡の中に広がったのは、先ほどと同じ街道だった。

 夜の闇に炎が立ち昇り、護衛の騎士が次々と血の中に倒れていく。

 馬車の扉を引きずり開けられたフィオナは、必死に抵抗する間もなく刃に貫かれた。

 胸の奥に灼けるような痛みが走り、視界が赤に染まる。

 息が途切れ、膝から崩れ落ちる――。

 そこまで映したところで、景色は霧のように掻き消えた。

 少年は苦渋の表情で言った。


「これは……“もしもの未来”です。


 もし僕がここに来なければ、母上はこの襲撃で命を落としていた。

 けれど本来の歴史では、母上は生き延び、その後も人生を歩まれた。

 だからこそ未来はつながり、僕は生まれることができたんです。


 未来は一本きりじゃありません。

 選択次第で枝のように分かれていく――。


 そして今この瞬間こそが……母上の運命を大きく変える“分かれ道”なのです」


 映像は霧のように消え去り、暗闇が戻る。

 荒い息を吐きながら、フィオナは自分の胸を押さえた。


 ――たった今、自分が死んだ。

 そんな馬鹿な、ありえない。

 けれど刃の痛みも、血の温度も、あまりに生々しかった。


「……母上。これはまだ始まりにすぎません」


 少年の低い声が、胸を震わせる。


「次にお見せするのは……さらに残酷な未来です」


 ◆◆◆


 王都の私室に、震えながら頭を垂れる密偵がひとり。


「……しくじりました。辺境へ向かう馬車を襲いましたが、取り逃がしました」


 オスカーの紫の瞳が、薄闇の中で冷たく光った。


「失敗か」


 短く吐き捨てる声に、密偵はさらに震え上がる。


「……構わん。生き延びたのなら、それでよい。いずれ辺境伯の妻となる女だ――標的としては、むしろ都合がいい。

 妻を守れなかったとなれば、辺境伯の威信は揺らぐ。あの女を利用して、必ず追い込んでやる。」


 オスカーは金髪をかき上げ、指先で軽く額をなぞった。

 その仕草は、考えを整えるようでもあり、冷笑を隠すようでもあった。


「辺境は力をつけすぎた。今のままでは、王家との均衡が崩れる。――力を削ぐ、絶好の口実になる。」


  肘掛けを軽く叩くと、彼の瞳に野心が宿る。


「王国随一の切れ者――と評されるのも悪くはない。次期国王の座も、もう目前だ」


 その声音には、ためらいも情も一片もなく、ただ冷酷さだけが滲んでいた。

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