二の舞
ルネ様は少し呆れた様に息を吐くと、
「誰から聞いたか知らないが……本当だ。
君は聖女として優秀すぎる。……故に、存在を公にするのを避けていた。」
と答える。
私の口元はそれを聞いて思わずにやけた。
私が嫌いだからとか、平民だからって訳じゃなかったんだ……!
「婚約破棄の理由は個人的な事だ、君には話せない。」
「そ、そうですよね……」
「だが君を嫌いになったからと言う訳では無いと断っておく。」
「え……」
私はしばらくルネ様と見つめ合う。
嫌いになった訳ではないなら、どうして……?
「リコ、この前話した件だが訂正させてくれ。俺は別に元々王位にそこまで興味はない。」
「でも……」
私といた時は王様になりたいって言ってたのに……
「前向きに考えてくれないか、今度は君を傷つけない様に気を付ける。」
ルネ様は真っ直ぐ私を見て言う。
私は彼の真意が解らず戸惑う事しかできなかった。
「えっと……」
言葉に詰まっていると、背後から「リコ!」と呼ぶ声がする。
見ると、そこにはカレンが息を切らして立っていた。
「カレン!?どうしたのそんなに慌てて」
「ちょっと話したい事があって……あらルネ様、何か大事なお話しでしたか?」
カレンが尋ねると、ルネ様は
「いや、大方話したい事は話した、これで失礼する」
と言ってそのまま何処かへ去ってしまう。
カレンはルネ様を見送ると
「少しだけいい?中で話しましょ、あんまり書かれたい話じゃないの。」
と言って図書室に入るよう促した。
……私とカレンは図書室に誰もいない事を確認すると向き直る。
「それで、どうかした?」
尋ねると、彼女は中々言い出せない様子で俯いた後
「昨日……トウマ様と喫茶店で一緒にお話しをしたのだけれど」
とカレンが切り出す。
トウマ様と……?二人とも、帰りにお茶する仲なのか。
いけない、何をモヤモヤしているんだ、応援すると決めたではないか。
「そ、そうなんだ!それで?」
「その時あなたの話になって……それで、聞いちゃったの。
トウマ様、あなたと友達でいるのはもう限界だって……そう、言ってたわ。」
私は彼女の言葉を受けて、まるで時間が止まってしまったかのような閉塞感を感じた。
嘘…?何で?この前話した時はそんな感じ全然しなかったのに……
「な、何かの間違いじゃ」
私が笑い交じりに言うと、彼女はバッグから何かを取り出す。
それは大きな貝殻のような魔道具だった。
「これは色んな音を記録しておける魔道具なの、
大好きなトウマ様との会話を忘れてはいけないと思って、彼との会話を録音していたのだけれど…」
カレンは言いながら貝に何かの魔法をかける。
すると貝の中から
『……彼女とずっと友達でいるのは……無理、
というか、俺は…もうリコと友達でいるのにも限界を感じてるんだ』
という、トウマ様の声が聞こえてきた。
間違い無い、話し方も声も全て本人のものだ。
「……ごめんなさい、リコはトウマ様と親しそうだったから言うべきじゃないとも思ったのだけれど…知らずにもしトウマ様に避けられでもしたら、よりリコが傷ついてしまうんじゃないかって思ったの。」
カレンの言葉を全て聞いて、私は大粒の涙を流す。
駄目だ、我慢しなければ。
カレンはトウマ様を慕っている、トウマ様に嫌われて泣いていることが解れば、彼女を不安にさせてしまう。
私が必死に涙を堪えていると、カレンは私の体を抱きしめる。
「……いいのよ、泣いても。」
「……え?」
「リコはトウマ様の事、本当に大事な友人だと思っていたのよね……私に気を遣って泣くことないわ、言ったでしょ?
リコの事は私が全部わかってる。だから泣きたかったら泣いていいの、私が受け止めるから……」
「……カレン……!」
私は彼女の胸で沢山泣いた。
カレンはそんな私の傍を離れずに一緒にいてくれた。
……トウマ様がどうして私と友達でいれないと感じたかは解らない、
私が意識していたのがバレたのか、頑なに宝石の弁償をしようとしたからなのか……でも一つだけ確かなのは、トウマ様と友達でいられたその一瞬だけでも
奇跡みたいなものだったという事だ。
そう、単純に夢が覚めただけ。
分不相応な気持ちを持ったから天罰が下ったに違いない。
……
私が泣き止むと、カレンは私の頭を撫でながら
「良く解るわ……辛いわよね。お母様がよく私に言ってた、女は花、男は虫だって。
奇麗に咲く花に集まって来て養分を吸い上げ、葉を食べて枯らしてしまう……」
と、優しい声で言う。
……虫……?
「でも私は違う、私はリコと同じ花……しかも毒を持ってるの。
だから私が傍にいる限り、リコは大丈夫。
何も心配いらないわ……ただ、私の傍にいればいいの。そうしたら、幸せにしてあげる。」
私にはカレンの言っている事がいまいち理解できなかったが、
泣き疲れた私に彼女の声は優しすぎて、自然と瞼が閉じる。
「大好きよ、リコ……」
カレンのその言葉を最後に、私の意識は遠くなっていった。
……
「あれ」
目を覚ますと、私は車の中にいた。
「あ、起きた……寝坊助。」
言いながら、ロイド先輩が私のおでこをつつく。
「やばい……!私寝ちゃったんだ!戸締りは!?」
「カレン嬢が代わりにやってた。迷惑かけんなよ、ったく……」
隣に座る先輩が呆れ気味に言う。
……そうか、カレンがやってくれたのか。
色々迷惑をかけてしまったようだ。
「……あのさ。」
「はい……?」
「目、腫れてる」
ロイド先輩はそう言って私に手鏡を渡す。
「あっ!?」
本当に真っ赤だ……!そりゃあれだけ泣いたらこうなるよね、恥ずかしい……!
「何かあった?」
「あっ!いえ違うんです!大したことなくって……」
「大した事無いって顔してない!あんた、解りやすいから気になるんだよ。
……俺に言いにくいことなら……黙ってるけど。」
ロイド先輩はそう言い切ると窓の外に顔を向けてしまう。
「……トウマ様に……嫌われたかもしれなくって……」
私が言うと、ロイド先輩は
「は!?」と言いながら思いきりこちらに振り返る。
「トウマ様が『もう私と友達でいるのは限界だ』って言ってるとこ、聞いちゃったんです。だから……」
私は、思い出してまた目に涙を滲ませる。
「言っておくけど!大分あり得ないと思うぜ、それ。」
「で、でも……」
カレンに聞かせて貰った声は確実にトウマ様のものだった。
「い、いいんです……!もう、しょうがないって言うか……
色々やらかし過ぎて嫌われた理由も解らないし、だから……仕方ないんです。」
私が言うと、ロイド先輩はため息を吐く。
「あんたの悪い癖、自己嫌悪にばっか浸って真実をなあなあにしたままだとまた後悔するぞ。」
「……それは……」
「元婚約者の二の舞になりたくなければ!……トウマに本当のこと聞いてみるのがいいんじゃない?」
ロイド先輩は真っ直ぐに私を見ながら言う。
「ロイド先輩……」
「言っておくけど、これを言うのは大変不本意だからな」
「どうしてですか?」
「……鈍い奴、もう知らない。」
ロイド先輩はそう言いながらまた車の窓の方を向いてしまった。
トウマ様に、本当の事を……
私にそんな事、できるのだろうか。




