不思議な関係
いけない、図書室の鍵教室に置いて来ちゃうなんて…!
早く図書室を閉めないとまた怒られちゃうよ!
トウマ様と出会った後日、私は焦りながら廊下を駆けていた。
私が図書室まで戻る途中、廊下を塞ぐように人だかりが出来ている。
わ、ついてない…!一体誰よこんな所で 女子を侍らせてるのは!
「トウマ様、『最強の聖女』を探してるって本当ですの?」
「やだやだ!トウマ様は私を選んで下さるでしょ~?」
あれ?トウマ様…!?
女性、苦手って言ってたのに楽しそうにお話してる。
女子に囲まれたトウマ様は、
にこにこと愛想良く笑っているように見えるが
顔色が悪い上に額にうっすら汗が浮かんでいるようにも見えた。
…無理してる…?
いや…まさか、嫌なら嫌って言う筈だし…
気づかれない様に通り抜けよう。
「あら、トウマ様!肩にゴミが…!」
1人の女子生徒が彼の肩に触れると、
彼の顔は一瞬恐怖したかのように強張る。
やっぱり、怖いのかな?
お、お節介だったらごめんなさい…!
私は意を決すると、女子達の輪に入って彼の腕を掴む。
「あの!トウマ先輩!図書委員の予算案を見て欲しくて…!
今からお付き合い頂けませんか!」
彼は目を丸くして私を見ると、
「あ…ああ!今行くよ!
…ごめんね皆様、また後で」
と言って女子生徒達に礼をした。
「あの方…エミリさんでしたっけ?」
「平民の癖に王族に馴れ馴れしいですわ」
背後から私を貶めるような囁き声が聞こえて来る。
うう…恨みを買っちゃったかも…
…
「ごめんね、声掛け辛かったでしょ?
リコにまた会えて嬉しいな!
図書委員の予算案、もう作ったなんて感心だね」
「…あ…」
「ん?どうかした?」
私は彼に顔を覗き込まれ、体をびくりと震わせる。
「あの…すみません…!嘘…なんです」
私の言葉を聞いたトウマ様はキョトンとした顔で私を見る。
「予算案全然できてなくって…
昨日トウマ様は女性が苦手と聞いたものですから
あのように囲まれては…辛いかなって…」
私がもじもじしながらやっと口にすると、
トウマ様の顔をちらりと見やる。
彼は満面の笑みを私に向けていた。
「助けてくれたの!?
うれしいなあ、ありがとう!
君ってやっぱりいい人だね!」
彼はそう言って私の手を握りブンブンと振る。
しかしその手は少し震えていた。
「あの…無理にスキンシップ取ろうとしなくても」
「え?ああ…こんなの大した事無いって!俺王子だよ?
女子が苦手って言ってもちょっと話しにくいくらいで…」
「震えるほど怖いのは大した事無いとは言わないと思います」
私の言葉に彼は少し固まるとそのまま俯く。
「そう、だね…なんか、リコにはいつもかっこ悪い所ばっかり見せてるな、俺」
「怖いものを怖いと思うのはかっこ悪いことじゃ…ないですよ」
あ、トウマ様なんか驚いてる…?やばい!無礼すぎたかもしれない!
「す、すみません!解ったような事ばかり言って…
私、図書委員の仕事があるのでこれで失礼します!」
私がその場を離れようとすると、トウマ様は
「せっかくだし俺も付いて行くよ!
女子が一人で出歩いたら学校であろうと危険だろ?
なあ、君って婚約者はいるの?」
と言いながら当たり前のように横に並んで歩きだす。
「いないです…」
「へー!良いね!」
彼は輝くような笑顔で言い放つ。
良いのかな…?居た方がいい気もするけど…
「じゃあバディは?」
「そ…れも、いません
私みたいな人間と
好んでバディを組む人なんていませんから」
「私みたいなってどういう事?
リコみたいな子って素敵だと思うけど」
彼は本当に理解出来ないと言った具合に明るく笑ってみせる。
…不思議な人…前もそうだったけど
私が平民って事なんか全く気にして無さそう。
「ありがとうございます…
トウマ様も…いない…ですよね
今年の序列試験でも聖女とバディを組んでおりませんでしたから」
マリスの継承権は生まれた順では無く序列試験で王子達が戦い、その結果で階級が決まる。
彼の戦いを少しだけ見ていたが、
トウマ様は誰ともバディを組んでいない様だった。
「あれ?序列試験観戦してたの?」
「あっ!いやその…!たまたま見てて…」
「そうなんだ、
聖女と組みたいけど君も知っての通り女性が苦手で
中々相手が見つからないんだよね
このままじゃまずいとは思ってるんだけど~…」
彼は宙を見ながら他人事のように言う。
「…だから、最強の聖女をお探しに?」
「えっ…知ってるの!?」
「皆様噂されてますから
なんでも、魔王の生まれ変わりで世界を滅ぼす力がある聖女とかなんとか」
私が言うと彼は苦い顔をしながら項垂れる。
「うわ…尾鰭付きすぎ…いくら何でもスケールおかしいでしょ」
「違うんですか?」
「違うよ!…それに、確かに最強の聖女には興味あるけど…
悪い人とかだったら嫌だしなー」
彼はそう言って伸びをすると
「まあ、バディは焦らず探すよ」
と言って笑った。
…
図書室の前まで来ると、私の足は止まってしまう。
図書室の前にいる男…
濃い金髪にキリっとした顔立ちの彼は、
「ルネ・アンドルシュ」様。
カレンの婚約者でこの国の第二王子…!
よりにもよって今一番会いたくない人に会っちゃった!
ルネ様は私に気付くと、険しい顔でこちらに歩いて来る。
「リコ…しっかり戸締りをしてから図書室を離れなさいと
いつも言っているだろう
…そして何故トウマと一緒にいるんだ?」
彼が何で私と一緒に行動してるかなんて私が知りたいのですが…
「あ…心配して…着いて来て下さって…」
「レディを一人でうろつかせちゃいけないって配慮だよ兄さ…
ルネ第二王子!
ルネ王子こそこんなとこで何してるの?」
「俺は風紀委員だぞ?見回りをしていたに決まっている
…なんだリコ…また一人で行動していたようだな
婚約者やバディはいないのか?」
「…!」
私はその言葉を聞いて拳を強く握る。
「リコ?大丈夫?」
トウマ様の声にハッとして、私は平静を装ってみせた。
「ま…まだいません…」
「彼女、男性が苦手らしいよ」
「そうか…俺にも責任がある
君の将来に傷を付けてしまって申し訳ない」
「…いえ、ルネ様が謝る様な事ではありませんから」
「リコ、以前君には断られてしまったが…」
ルネ様が何かを言いかけると、トウマ様は何かを察したのか目を輝かせながら、
「ねえ…!2人ってどういう関係なの!?
何か友達って感じじゃ無さそうだよね!」
とルネ様に尋ねる。
「何故お前に言わねばならん」
…まあ、言いたくないよね
ずっと隠して来た事だもの。
「…私がルネ様の使用人だったのです
ただ…それだけですよ」
私が言うと、ルネ様は押し黙ってしまう。
否定してくれない…当たり前か。
「何だそっか、ただの使用人ね…」
「そう言う貴様はリコとどういう関係なんだ?」
「え?どうなんだろ」
ルネ様に尋ねられ、トウマ様は考え込む。
まずい、平民と何か関係があると思われたらトウマ様の評価が下がりかねない!
関係ないって言わなきゃ…!
「あの…!」
「彼女は何度か助けてくれたし…
秘密も共有してるし?
…うん!リコは俺の友達!」
私が言いかけた時に、彼が朗らかな顔で答える。
…友達…?
私と…トウマ様が…?
私が驚いていると、ルネ様は顔を顰めながら
「そうか」と言ってどこかへ消えて行った。
「何あれ?機嫌悪いのかな」
トウマ様は、そんなルネ様を不思議そうに見送る。
友達…そっか、私トウマ様からそう思われてたんだ!
私はにやけた口元を隠す様に、俯いたのだった。