不穏な影
「悪趣味な張り紙を大勢の見える場所に貼った阿呆がいるそうだが、
今の内に名乗り出ないと痛い目を見るぞ。」
放課後、私たちがアメリ先生を連れて掲示板の前まで来ると、
ルネ様が眉間に皺を寄せながら生徒達を威圧していた。
「ちょっと、何事なの?」
先生が尋ねる。
掲示板に貼られていた記事は剥がされており、ルネ様の手元にそれらしき物があった。
「下賤な内容の記事が貼られていたのです。個人的な誹謗中傷は校則違反、
先生の合意など要りますまい。これは風紀委員が回収させて頂く。」
ルネ様…張り紙を剥がしに来てくれたんだ…!
ルネ様は少し私を見ると、バツが悪そうに目を逸らす。
「あのー……ルネ様の元婚約者が平民って本当なんですか?」
男子生徒の問いに、ルネ様は押し黙る。
王子相手になんという質問をしているのか、
今までだって隠して来たのだ、ルネ様が正直に言う訳ない。
しかし、私の予想に反してルネ様は
「そうだ、何か問題が?」
とあっさり答える。
……え……何で……何で肯定しちゃうの?
平民が元婚約者だったってバレたら、まずいんじゃないの?
私の心臓鼓動は早くなっていき、うまく息ができないくらいに頭が混乱していた。
「まじかよ……どういう繋がり?」
「そんなルネ様……弱味でも握られてたのかしら。」
生徒達が口々にいう中、ルネ様は少し目を閉じると
「単純に彼女の内面に惚れていた。それ以上の理由はない。
妙な噂話を流してみろ、俺がただでは済まさない。」
と言って去って行った。
掲示板の前でざわつく生徒達。
先生は何が起こったか理解できないような顔で私を見る。
ルネ様の気持ちを初めて耳にした私の頬に、涙が伝うのを感じて慌てて拭う。
やっと悪れることが出来そうだと思っていたのに、この一瞬で私に頭はルネ様の事でいっぱいになってしまった。
ーーーーー
一方、ロイドとトウマは掲示板の事には気付かず黙々と生徒会室で作業をしていた。
「トウマ、何か今日2階に人いなかったな」
ロイド君が気怠げに言う。
「確かに…今日はすんなり抜けられたね」
俺たちがそんな他愛のない事を話していると、エリックが
「おいおいおいおいおいおい!」
と言いながら生徒会室に入って来る。
「エリック、いつにも増してうるせえな」
「何かいい事でもあったの?」
尋ねると、エリックは目を輝かせながら俺を見て
「おいトウマ!何で『お友達』と密会してキスしてる事黙ってたんだよー!隅に置けないなお前ー!」
と言いながら肘で付いて来る。
「は!?密会!?ラブラブ!?聞いてねえぞトウマ詳しく!」
ロイド君がペンを置いて身を乗り出す。
「いや俺も何の事か解らないんだけど……?」
「なんでも?人の居ないとこで毎日会って熱い口づけを交わしてたらしいじゃん?」
「……あー!違うよ、あれはリコに女性が苦手なのを
克服するの手伝って貰ってただけ。キスなんて本当にしてないよ。」
エリックはそれを聞くと残念そうに肩を落とす。
「なーんだ……つまんないの。あ、でもこっちは正真正銘大スクープだぜ!
なんと!その『お友達』の元婚約者が……ルネ第二王子だって話!
ルネ王子がさっき事実だって認めたらしい!」
「「あ、ごめん。知ってる」」
俺とロイド君はほぼ同時に言い放つ。
……そっか、ロイド君も知っているんだ。
「……エリック、そんなしょうもないゴシップ垂れ流しに来たんなら帰れ。」
「何だよ冷たいなー!ちゃんと仕事してから帰ります!」
エリックは席に着くと何事も無かったかのように作業を始める。
終わったらすぐに様子を見に行こう、リコも今困惑してると思うし……
俺はリコとの根も葉もない噂が広がっているのを気にしつつも再び作業に戻った。
…
生徒会の仕事が終わると、俺は急いで図書室に向かう。
するとそこには図書室から出て来るリコの姿があった。
「リコ!」
俺が声をかけると、彼女は少しきまずそうに縮こまる。
「聞いたよ、妙な噂が流れてるみたいだけど平気?」
「だ、大丈夫です!ルネ様が張り紙を剥がしてくれて……」
リコはそう言って扉の奥に目をやる。
すると図書室からルネ兄さんが顔を出した。
「げ、ルネ王子…」
よりにもよって今1番見たくない顔を見ちゃったよ。
「げ、とは何だ兄に向かって」
「そんなところで何してるの?また戸締りがどうのとか適当な理由付けてリコに会いに来てたんでしょ」
「今日は違う……いやそんな事をした覚えはない!
……コホン、そうではなく、張り紙の件について報告に来ていたのだ」
「記事?」
「あれ、トウマ様もそれを見てこちらに来たんじゃないんですか?」
リコが不安そうに尋ねる。
「ううん、知らない」
「…今朝、彼女を誹謗中傷する様な記事が一階の掲示板に貼られたのだ。
トウマ、お前も一応無関係じゃないぞ。リコと密会して愛し合っていた事になっていたが……」
ああ、だからエリックがあんな事を言っていたのか。
「違うよ、あれは俺の女性恐怖症を克服する為にリコに色々手伝って貰ってたの」
「まあそんな所だろうとは思っていた。
…犯人の目星はもう付いている。今朝侯爵家の娘と医者の娘がやけに朝早く登校してこそこそと何かしている所を事務員が見たらしい。」
やっぱりこの前の2人だよね……どう見てもリコに恨みがありそうだったし。
「ただ、問題は……」
「どうしてルネ様と私の事を知っているか、ですよね」
確かに今まで全く公になってなかった事実のようだし、どうして今になって秘密が漏れたのだろう?
「俺との関係を知っている者は当事者とお父様、カレンくらいしか知らん。
……君は誰かに話したか?」
「最近ロイド先輩には話しましたけど……他には一切話してません。」
「エリックと比べてロイド君は口固いし漏らさないと思うよ。」
俺が言うと、2人は気まずそうに沈黙してお互いを見合っている。
「…とにかく、この件は少々不気味だ。
過度な嫌がらせ被害等も予想される、気を抜かずに過ごすように。」
ルネ兄さんはそう言って廊下の奥へと消えて行った。




