婚約破棄と新たな出会い
「リコ、君との婚約を今日をもって破棄する事にした
…父上からも許可は得ている」
「…はい、かしこまりました」
―これは、半年も前の事。
時々思い出す、深い心の傷。
あの時、言えなかった言葉があって…
私は未だに、それを後悔している。
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「マリス国立魔法学校には…最強の聖女がいるんだ!」
学校の生徒会室で、黒髪の少年が目を輝かせながら語る。
「最強の聖女だあ?トウマ…また訳の分からない事言い出したな」
金髪の少年が呆れ気味に呟く。
トウマと呼ばれた少年は冷たい反応を向けられてもなお、
自信に満ち溢れた顔で続けた。
「最近僕の兄さん…じゃなかった!ルネ王子の魔法が弱くなった気がするんだ
彼、半年前から婚約者が変わったろ?」
「ああ…前は誰か知らないけど
カレン嬢になったな」
「きっとルネ王子の前の婚約者が最強の聖女なんだと思う!」
「何を根拠に…
そうだとしてもうちの生徒かは解らないだろ?」
「半年前、学校主催のパーティーがあったでしょ?
その時にさ…」
トウマは数カ月前の出来事を回想する。
ーーー
俺は悪ふざけで二階のバルコニーの手すりに座って友達と話してたんだけど…
そしたら調子に乗ってバランスを崩し
頭から真っ逆さまに落ちそうになったその時!
咄嗟の起点で風魔法を地面に放ち衝撃を抑えようとした。
それでも少しは覚悟したよ?
結構な怪我を負う事になるってさ。
しかし俺の放った魔法はとてつもない強度で出力されて、
ふわりと身を持ち上げられる感覚を覚えた後に無傷のまま床にストンと体が降りる。
何が起きたか分からずに周囲を見渡すと、
走り去る少女の姿が見えた。
(…聖女…俺の魔法を強化した?
あの一瞬であれほどの威力を…だとしたらかなり優秀…
いや、天才かもしれない)
そう思ったんだ。
ーーー
「俺、しっかり見てたよ!彼女の二の腕には星型の痣があった…
きっとあの子が最強の聖女なんだ」
トウマはうっとりとした表情で言い放つ。
金髪の少年はそれを青い顔で聞いていた。
「きも…よくそんな一瞬で身体的特徴を…
で?お前はその聖女様とバディを組みたいわけ?」
「あー…はは、どうだろう」
トウマは言葉を濁しながら微笑んだ。
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一方、マリス魔法学校の廊下で、小柄な女子生徒が気の強そうな女子生徒に囲まれていた。
「リコ・エミリさん
あなたバディがいないって本当?」
女生徒達が言いながら詰め寄って来る。
私はどうしたらいいか解らず困惑気味に俯くのみだった。
「聖女なのにバディがいないなんて貴方って本当に無能ね」
女生徒の一人が失笑交じりで言い放つ。
この学校において…いや、マリスという国家において
バディのいない聖女というのは本当に位が低い。
古来より男性は攻撃魔法、女性は補助魔法を得意とする事から
その2つが手を組み男性は戦い、
女性は祈りを捧げて男性の魔法を強化するのが
一般的となった。
その中でバディを持たないという事は聖女としての役目を果たしてないと見なされ嫌煙される。
平民出身という事もあり当然のようによく顔も知らない方々にお叱りを受けるのも日常茶飯事…
更に言うならそろそろ本気でバディを見つけ出さなきゃ
学校を退学にさせられてしまうかもしれない。
しかし私の様に地味で家柄も良くない女には全くと言っていい程殿方が寄り付かず、
私自身にも「特大の問題」があり状況は最悪だ。
荷物を畳んで田舎に帰るのは遠くない未来だろう。
「す、すみません…気を付けます」
私が涙目で言うと、女生徒達は私の後ろを見て唖然とする。
…?何だろう?
見ると、そこには亜麻色の髪に新緑の様な色の瞳をした可憐な少女…
私の友人「カレン」が立っていた。
「あなた達…何の権利があって私の友人に説教しているのかしら?」
カレンが言うと、彼女達は「失礼しました!」と血相を変えて逃げていく。
それもその筈、彼女は侯爵家の令嬢にして現在「ルネ第二王子」の婚約者。
この学園で彼女に大きな顔を出来る者はそうはいない。
「…えっと、ありがとう、カレン」
「いいのよ!それより手を上げられたりしなかった?」
「大丈夫…あ!私図書委員の仕事があって…
それじゃあね!」
私は言いながら身を翻し
その場を走り去った。
彼女…カレンとはこの半年程こんな気まずいやりとりが続いている。
顔を見る度に何と言ったらいいか解らないのだ。
助けてくれたのにごめんなさい…!
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私は逃げ込むように図書室へ入ると息を吐く。
学校の隣に大きな図書館がある事が影響して、こちらを使用する生徒はかなり少ない。
いつしかここは私の精神を安定させるための場所と化していた。
心を休めていると、勢いよく扉の開く音がして咄嗟に目をやる。
するとそこには焦った様子で息を切らせる男子生徒の姿があった。
この柔らかそうな茶髪にヘーゼル色の目…見た事がある
確かこの国の第6王子「トウマ」様だ。
余裕がないみたいだけど、どうしたんだろう?
「ねえ!ちょっと匿って貰ってもいい!?
困ってて…!」
息を荒くしながら彼は言う。
匿うって…何かに追われてるって事?
それにこの様子、まさか暗殺でもされそうになってるんじゃ!?
「ど、どうぞ!ここで姿勢を低くしてたら多分誰にも見つかりません!」
私はそう言って彼を奥の本棚に誘導した。
扉に耳を当てると、複数人の足音が近づいて来る。
微かに、女子生徒の甘い声も聞こえて来た。
私は焦ってカウンターに戻ると、女子生徒達が図書室のドアを開ける。
「失礼、ここにとっても麗しい殿方が来なかったかしら?」
「いえ…み、見てないです」
私が答えると女子達は周りを見渡し、残念そうに帰って行った。
「トウマ様~、どこに行かれましたの~?」
…まさか、彼が逃げてたのって…あの女子達から?
「あの…皆様帰られました、けど」
私が言うと、彼は深く息を吐いて立ち上がりにこやかに笑う。
「ありがとう!君って親切な人だね」
彼はそう言って私の手を握る。
「ぎゃっ!」
私は思わず尾を踏まれた猫の様な声を出す。
…そう、私の特大の問題…それは
男性が得意では無いという事!
触れられただけで拒否反応が起きてしまうのだ。
「あ…大丈夫?」
「すみませんすみません!
ちょっとその…殿方に苦手意識がありまして」
私が頭を下げると、彼は何故か嬉しそうに私を見て
「その気持ち良く分かるよ!」
と返す。
よく解る?どういう意味だろう?
…そう言えば、聞いた事がある
トウマ様は王族では珍しく婚約者もいないどころか
バディも持ちたがらないんだとか、何とか。
「もしかして…トウマ様も女性が苦手なんですか?」
「まあね!王子なのに変でしょ?」
「わ、私も聖女だけど…!男性、苦手、で…
だから身分は関係ないと思います」
彼はその言葉を受けて呆けたように私を見る。
「そっか…うん!
王子だからって得意とは限らないよね
俺、昔ちょっと女性に騙されてさ
苦手なのに、気付けば囲まれてるんだー…」
そりゃあ、それだけ格好よくて身分も高ければおモテにもなるでしょうに。
「でもこれ、内緒ね!同じく異性が苦手な者同士の秘密!
ねえ、君の名前は?…そういえばどこかで見たような気もするんだけど…」
「うっ…!同じ学校だからじゃないでしょうか!?
ただでさえ私は平民で悪目立ちしてますし!」
「…何で平民だと悪目立ちするの?何か悪いことした?」
「えっ…」
そんな事初めて言われた。
身分を気にされない方なのかな…?
この人なら…少し信用してもいいのかも。
「私…リコ・エミリです」
「リコ!またお礼させてね!それじゃ!」
彼はそう言って元気に図書室を飛び出していった。
トウマ様、いい人だったな。
…日も暮れて来たので
私は図書室の戸締りをすると、そのまま廊下に出る。
すると女子生徒達が怪訝な顔で噂しているのが目に入った。
「ねえ、聞いた?トウマ様の話」
速足で通り抜けようとすると、よく知る名前が出て来て思わず足を止める。
「彼、『最強の聖女』を探しているんですって!」
「何よそれ?」
「とにかく強い魔力を持ってて、なんでもその気になれば
この国を壊滅させられるらしいわよ?」
怖い…!そんな人いるんだ。
…でも、そっか…彼は王子だし強い聖女を探すのなんて当たり前だよね
私は、トウマ様の顔を思い浮かべ少し寂しい思いを抱えながら廊下を通り抜けた。
恐らく10万字以下の短期連載になります