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5.変質

短め、前回のエピローグ的な


中庭の東屋に二人の人影があった


「さあほら食べよう、君が好きそうな味付けを用意したんだ」


「……これ、どういう状況ですか…?」


レスタの前には高級食材をふんだんに使ったランチが広げられている

目の前には眩しいほどの笑顔を振りまくハロルドが座っていた


「何って……友人の為に食事を振る舞うのは当然だろう?さあほら」


ぐいぐいとパンを押し付けられレスタはしぶしぶ口に入れる


……どうしてこうなってしまったんでしょうか……




遡ること数時間前、ハロルドは医務室のベッドで目を覚ました

人の気配を感じ横を見ると隣のベッドにはレスタの姿があった


「え、クラ……レスタがどうしてここに……」


看護師達はおらず、代わりに隅にしゃがんでいる黒髪の人物がいた

ハロルドは起き上がり声を掛ける


「先生でしょうか?何故そんな隅に……」


「ひっ!す、すみません……隅っこが落ち着くもので……」


(初めて見る教師だな……)


「……俺はハロルド・フランベルクと申します、失礼ですが貴方は?」


「あっ、はひ、まっ魔法鉱物と…錬金術を担当している…サクヤ・コーモトです……ありがたいことに教師をやらせて頂いています……」


(魔法鉱物と錬金術……ということは、レスタの担当教師か?)


「それなら、レスタが何故ここにいるのか知っていますか?先程塔に戻ると言っていましたが…」


「レスタくんは……その……空腹で倒れてしまって……正気を失って手がつけられなかったのでここへ運び込みました……先程少し食べさせたので今は落ち着いているようです……あと…寝不足だとか……」


(……空腹で倒れた?それに…寝不足……

レスタはここ最近ずっと無理をしていたようだった

その無理が楽しいと言っていたので止めなかったが、まさか倒れるなんて……やけに口調が明るかったのも寝不足が原因だったのだろうか)


「……失礼ですが、コーモト教諭はレスタの体調管理はなさっていたのですか?最近は塔で生活していると聞きましたが……」


「うっ……む、無理はしないようにと言っていましたが……その……力及ばず……うぅ…こんなんじゃ教師失格ですよね……うぇ…」


そう言うとサクヤはぽろぽろと泣き始めた

まさか泣くとは思わずハロルドは動揺する


「……ま、まぁ…レスタは無理をするのが生きがいみたいなところがありますから、そこまで気を落とさなくても…」


「うぅ〜……」


(本格的に泣き始めてしまった……面倒くさいな

レスタはこの教師のことを評価しているようだったが、どう見てもただの女々しい大人にしか見えない……)


「コーモト教……」


「むにゃ……ん……う〜ん………」


ハロルドがサクヤを慰めようとすると隣から声がした

レスタは寝返りを打ちながら顔をしかめている

夢見が悪いのだろうか

ハロルドは静かにベッドから降りレスタの側へ近づく

レスタの髪がさらりと耳から溢れる

ハロルドは無意識に手を伸ばしていた


「フランベルク君…?」


サクヤの声ではっとして手を引っ込める


「あ、いえ……どうやら少し魘されているようですね」


(俺は今何をしようとしていたんだ…?)


「先程回復魔法をかけて頂いたので…具合は大丈夫だと思うんですが……起こすのも悪い気がして…」


「そうですね、寝不足だったならこのまま寝かせておいたほうが……」


ハロルドの右手に衝撃が走った

下を見るとレスタがハロルドの手首を掴んでいる


「え…レス…ッ!?」


ぐいっと強い力で引かれ、ハロルドはそのままレスタのベッドに倒れ込んだ


「っ……れ、レスタ?どうし……」


「……ししょ……」


レスタの顔がハロルドの顔に近づく

ハロルドが動揺して離れようとするとレスタの手が背中に回ってきた


「え?……い゛!?………っちょ、レス……ッいだだただ!」


レスタは骨を折らんばかりの力でハロルドを抱きしめた


「レスタくん!?ちょ……彼が死んじゃいますよ!」


サクヤがハロルドを引き離そうとするがレスタは大人顔負けの力で背中を掴んでおりサクヤではビクともさせることも出来なかった


「レスタ!レス……っ」


「……ん…?ぁえ………ハロルド…?」


とろんとした声でレスタは瞼を開いた

背中に食い込んでいた手が緩まり、ハロルドはほっとする

レスタはぱちぱちと瞬きをしながら周囲の状況を確認する


「…………え…?ハロルド……なんで一緒に寝てるんですか…?」


「と、とりあえず手を離してくれないか?そろそろ俺の肋骨が折れてしまいそうなんだが……」


レスタが手を離すとハロルドはやっと解放され後ろへよろめく

ズキズキと痛む背中に手を当てるとシャツ越しにも関わらず手には血が滲んでいた


「ひっ…!?」


それを見たサクヤはその場で倒れてしまった


「コーモト教諭!?……っ」


背中から伝わるじくじくとした痛みにハロルドは顔を歪める

それを寝ぼけ眼で見ていたレスタはハロルドのシャツをくいと引っ張る


「……うしろ…」


「え?」


ハロルドが後ろを向くとレスタは背中の傷に手を当てた

その感覚にハロルドはビクッと反応する


「レ……」


その瞬間ハロルドを中心とした円形で医務室全体に広がるような魔法陣が浮かび上がった

空中には淡い光の粒が舞い、ハロルドの傷口に入っていく

ハロルドは痛みが無くなったことに気づき背中に手を当てる、すると先ほどまでの傷は跡形も無く消えていた

振り返ってレスタを見るがまだぽやぽやとした顔をしている


「は……レスタ……今、神聖魔法を……?」


先ほどまで少々気だるかった体調までも回復しており、ハロルドは信じられないという顔でレスタを問い詰める


「レスタ、君は…」


ぐうぅぅぅ………


「おなか……すいた……ごはん……」


レスタはそう言うとぼすっとベッドに倒れた


「……わ、分かった……今食事を持ってくるよ」


ハロルドは医務室を飛び出し食堂でありったけの食事を用意してもらいまた医務室へと戻った


「レスタ、食事を持ってきたよ、君の好きなサンドイッチ30人前」


「……んぇ……」


レスタはむくりと起き上がるとカゴいっぱいに入ったサンドイッチを手に取りもそもそと食べ始めた

ハロルドはその間に倒れたサクヤを自分が寝ていたベットに移動させる

レスタはしばらく無言で食事を続けていると、ぴたりと手が止まり目がぱっちりと開いた


「……ん?あれ?僕…何してたんでしたっけ?」


「レスタ!良かった……正気に戻ったんだね」


「ハロルド…?あれ、ここ医務室ですか?」


ハロルドはレスタに経緯を説明した


「それは……ご迷惑おかけしました、傷は大丈夫ですか?」


「君が治してくれたからね……それにしても、レスタは神聖魔法も使えるのか?」


「ああ……使えますけど、普段は疲れるのであまり使わないんですよ、さっきは……まぁ…寝ぼけていたので……」


レスタはもぐもぐとサンドイッチを食べながら申し訳なさそうな顔をする


「ご飯までありがとうございます」


「それは良いけれど……君っていつもこうなのか?よく食べるとは思っていたけれど…」


「僕、燃費悪くて……試験までは平気でしたけど、流石に食事抜きで錬金術を扱うのは無理があったみたいです」


(燃費が悪いというレベルでは無い気がするが……)


「…勇者ともあろうレスタが人前で手が付けられない状態になるのは良くないんじゃないか?倒れたのは空腹だけじゃないんだろう?無理するなって言われてたのに寝不足だったとこの先生から聞いたけど」


「うっ、それは……でも…今まで倒れたことなんてほとんどありませんし…」


「この場にいたのが俺だったから良いが……人を怪我させる危険が……」


レスタは説教をされる気配を感じ、口をつけていないサンドイッチをハロルドの口に無理やり詰め込んだ


「むぐっ!?」


「これからは気をつけますから……今回は先生とハロルドにしか迷惑かけてないんですし、友人のよしみで大目に見てくださいよ」


「む、むぐ……っ」




そして冒頭に戻る


「もぐ……どうしてまた急にこんなに豪華な食事を…?」


「レスタと俺は()()なんだろ?

君が他人に迷惑をかけないように俺がサポートしてあげようと思ってね」


…なんだかハロルドからやけにきらきらとした圧を感じます

記憶が無いので何をしたか自覚はありませんが……何か彼のスイッチを押してしまった気が…


「……これ、この間のより美味しいです、これもハロルドの国の料理ですか?」


「ああ、さっき頑張って作ってみたんだ、気に入ってもらえて何よりだよ」


「作っ…?」


「元の味も美味しいけれど、レスタはこういう味付けのほうが好きかと思ったんだ」


ふふっと笑いながらハロルドも自分の分を食べ始める


……何故僕の味の好みを把握しているんでしょう

しかも……ハロルドの……王子の手作りご飯…?

やたらと()()と言っていますし、もしかして…

初めての友達でテンションがすごく上がっているのでしょうか…



レスタはハロルドの熱量に少し引きつつも、食事に罪はないと言い聞かせ食べきった


「……ハロルド、わざわざありがとうございました、僕はこれで……」


「夕飯も楽しみにしてくれ」


「えっ!?いえ、夕飯は塔で摂るので……」


レスタが塔に籠もっている間、夕飯は基本サクヤが用意したものを食べていた

わざわざ塔から出る意味がない……というのもあるが、レスタはハロルドの謎の熱量に少し引いていた


「遠慮しなくていいさ、俺達は友……」


「先生にもお礼を言わなければなので……僕はこれで!」


レスタは早足でその場を去った

東屋にはハロルドとバスケットだけが残った






「はぁ……体力的には回復しているはずなのに……すごく疲れました」


とぼとぼと塔の図書館を歩いていると、視界の端にまた大量の本が山積みになっているのが見えた


「………もしかして」


レスタは近づいて魔力感知で調べる

本の中からはサクヤの気配がした

レスタは風魔法で本をどかしサクヤを引っ張り出した


「先生?また一人で本を整理しようとしていたんですか?」


「………す、すみません……」


「言ってくれれば手伝いますよ、何を探していたんですか?」


「い、いえ……それより、レスタくん、もう体調は大丈夫なんですか…?」


「空腹だっただけですから…医務室まで運んで下さってありがとうございました

僕は大丈夫ですけど、それより起きたらサクヤ先生が倒れてた事に驚きましたよ」


サクヤはハロルドの血を見て倒れた後、起きたレスタによって塔の自室に運び込まれていた


「不甲斐なくてすみません……」


レスタは話している間にひょいひょいと風魔法で本を元に戻していき、本棚は元の整列している姿に戻った


「……それよりサクヤ先生!僕、倒れる前に気がついたことがあって、先生に聞きたかったんですよ」


「……?なんですか?」


レスタとサクヤは教室に向かいながら一緒に歩く


「錬金術って、物質を変化させる魔法全般を言うって言ってましたよね」


「そうですね……石を金に、金を石に……素材の組み合わせは無限大ですが、どれも一括りに錬金術と呼ばれています」


「それなら、人の細胞を書き換えること……って、錬金術で出来るんじゃないですか?

そうしたら、たとえば……相手に触れるだけでその箇所が土になって崩れたり、逆に鉄製の皮膚にして防具無しで強化したり……なんて

できませんか?」


レスタは瞳をきらきらと輝かせながらサクヤを見上げる


「……人の細胞、ですか……不可能ではありませんが……細胞はとても細かいので、全体を変化させるには術者の脳が追いつかないと思います」


「そうですか……」


「ですが、理論自体は間違っていませんよ」


「え?」


「私は人の細胞を書き換えたことはないですが……人の皮膚につく微細な物質を変化させて炎症や腐敗のような変化をさせることができます、もちろん頭と魔力を使うのでかなり疲れますが……」


「それって……今サクヤ先生が僕に触れたらそこだけが爛れる…みたいな事ですか?」


「そうですね……しかし綺麗な皮膚ではそもそも変化させる物質が少なかったりするので……

どんな状態だったら変質させやすいと思いますか?」


綺麗な状態だと変質させる物質が少ない……ということは、汚れていればいるほど変質させやすいはず

しかし汚れているかなんて一目見ただけじゃ……

表面に何かがある状態……?


「……濡れているとか?」


「はい、水や泥など皮膚にぴったりとついている物質が多ければ多いほど、広範囲で変質させることができます」


全身が泥まみれの人の泥だけを変質させたら、その物質によってその人にとっては避けられない攻撃となる

それこそ人間に有毒な物質に変化させれば毒を浴びせるのと同義の攻撃になるということだ


「ふふ、練習がより楽しみになりました。ところで、今日はどんな鉱石を使うんですか?」


「そうですね……初心者向けの鉱石を用意したので、その中から選びましょうか」






「ふぅ………」


レスタは少し汗ばんだ額を拭い意識をぼーっとさせる

今日の授業も無事終わり、レスタはソファに寝転がっていた


……錬金術、キツくて楽しい!

魔法を使った時とは違う魔力の抜け方……脳みそがギュッと絞られるような感覚……そしてこの脱力感……

さすがにまだ変質をさせるのは無理でしたけど……


レスタは机に置いた鉱石だった粉を見つめる


こんなに疲労して粉にしか出来ないなんて……道のりは長いですね

サクヤ先生は全く疲労も見せずに宝石を金に変えられていましたし、僕もいつか出来るようになってみたいものです


「レスタくん、夕飯どうぞ」


「……ありがとうございます」


レスタがぼうっとしているうちに、サクヤは備え付けのキッチンから皿を持ってきた

中には出来たてのシチューが入っている


「いただきます……今日も美味しいですね」


「えへへ……お口に合ったなら良かったです……」


サクヤ先生の作る料理は基本普通の家庭料理だ

味の好みが近いのか、何故だか懐かしいような味がする


「そういえば…先生は夕飯は作ってくれてますけど、昼間はどうしているんですか?」


「私はそこまで食べなくても平気なので……」


「えっ、夜しか食べてないんですか?倒れちゃいますよ」


「レスタくんは育ち盛りですから……それに、たくさん食べると胃がもたれるんですよね……」


……サクヤ先生は20代くらいの見た目をしているけれどもしかしたらもっと上なのかもしれないですね


「レスタくんに聞こうと思っていたんですが……医務室で寝ていたあの金髪の青年はレスタくんのお友達ですか?」


「ハロルドですね、友……まぁ友達ですね、昼はだいたい彼と食べたりしてます」


「そう、ですか……」


サクヤは神妙な顔つきになる


「ハロルドがどうかしたんですか?」


「……いえ、なんでも……」


サクヤは何事もないと言うようにスプーンを口に運んだ


「……あぁ、そうでした。学園長がレスタくんにお話があるそうで……明日の昼に学園長室へ来てほしいと連絡が入りました

なので明日の授業はそれが終わってからになります」


「学園長がですか?」


呼ばれるとしたら……毒の件か、阻害魔法の件でしょうか

もしかしたらまたドラゴンの討伐依頼かも…!?


「分かりました、じゃあ明日は早起きしないとですね」


嬉々とするレスタとは違い、サクヤの表情は少しだけ曇っているようだった

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