3.まるで王子様
「師匠は僕の他にも弟子がいるの?」
レスタは隣でグツグツとシチューを煮る青年に話しかける
「ん〜?そうだなぁ……昔、一人面白い子を拾ったことがあったよ、懐かしいなぁ」
「ふーん……どんな人?」
「戦いが嫌いな子だったなぁ、魔法を使うのも好んでなかったし……あ、こら、つまみ食いダメ」
青年はレスタの頬をひっぱった
「ごめんなひゃい……でもそれじゃ師匠の訓練耐えられないんじゃないの?」
「そうだねぇ、確かに戦闘は嫌いだったけど……その子はものすごく頭が良かったから、もしかしたら今頃何処かで先生なんかやってるかもしれないな」
「頭が良いって…師匠よりも?」
「そうだよ、ぼくは□□□□とか□□□は専門外だからね……その子が出ていってから触ってない部屋があるから、興味があるなら後で行ってごらん」
レスタは青年にお皿を渡す
「その人はなんて名前なの?」
「□□□……」
目を開けるとレスタは自室のベッドの上にいた
「……なん、だっけ……」
レスタは寝ぼけ眼で自身の体に巻いている縄を解き、洗面台に向かう
「ふぁ……眠……」
顔を洗い髪をブラシで整える
寝間着から普段着に着替えローブを着れば雷光の勇者レスタ・クラウンの完成だ
「……よし」
レスタが玄関を開けると廊下には人気はなく静寂に包まれていた
「サクヤ先生の授業がお昼からで良かったです、これなら静かに向かえそうですね」
今日から本格的に各科目での授業が始まる
それぞれ内容が違うので授業スタイルも変わってくるが……他の科目は朝早くから座学や実技が入る中、魔法鉱物と錬金術の授業は昼過ぎからの開始だった。何故なら……
「サクヤ先生が大の朝嫌いだから……なんて、まるで師匠みたいです。まあ僕も朝は苦手ですし、今後早起きの心配が無くなったのは幸運でしたね」
レスタは早起きが苦手だった、それはレスタの師匠が朝が苦手で早起きをさせずに育てたからだった
つい昨日測定に遅刻したのも寝坊が原因だが、サクヤの朝が苦手はそれに拍車がかかった重度なものでどんなに叩かれても起きれないというものだった
「朝ご飯……もとい、お昼ご飯を食べてから行きますか」
食堂に入るとその場にいた生徒たちの視線が一斉にレスタへ向けられる
おお…好奇の目で見られていますね、昨日の騒ぎのせいでしょうか
人の目はあまり気にならないですけど…僕が来た途端皆さん黙ってしまいましたし、なんだかここで食べるのも申し訳ないですね…
「お嬢さん、こんにちは。今日も外で食べられるランチを下さい」
「あっ……こ、こんにちわですだ、今日はサンドイッチですだ、ここの学食は外用のご飯はサンドイッチとベーグルサンドを交互なんですだ、あっ中身はちゃんと違いますだよ!」
「ではサンドイッチを25人前お願いします」
レスタの後ろでひそひそと話し声が飛び交う
「んな量誰と食べるんだ…?残したら出禁じゃなかったのか?」
「でも昨日も40人前を一人で食べての見たって友達が……」
「今日はハロルド王子は一緒じゃないのね……」
……なんだか少し話に尾ひれが付いていますが、そこまで悪い噂は流れていないようですね
「はいっ、サンドイッチ25人前、お待たせしましたですだ」
「ありがとうございます、バスケットは授業後に返しに来ますね」
レスタはずっしりとした巨大なバスケットを受け取るといとも簡単に持ち上げ食堂を後にした
「うーん…中庭で食べようにも既に人がいますねぇ……どこか人がいないところ……」
あっ、とレスタは言うとそのまま転移門の方へ向かった
「サクヤ先生、図書館で昼食をとっても良いですか?」
レスタはバスケットを持ったまま転移門により塔へ行き、教室にいるサクヤに直談判をしている
「絶対にこぼしませんし、サンドイッチなので匂いもしません」
「構いませんよ、ただ読みながら食べる時は零さないように気を付けてくださいね…」
「ありがとうございます」
レスタは昨日目をつけておいた本を数冊机に置き、バスケットを開けサンドイッチに齧り付く
「サクヤ先生は昼食食べましたか?良かったら要ります?」
「私は大丈夫ですよ、君が食べてください……って、それ全部君の昼食ですか…!?」
「?はい、美味しいですよ」
右手でサンドイッチを食べつつ左手でページを捲りながらレスタは巨大サンドイッチを食べ進めた
「……はっ、あれ、サクヤ先生?」
レスタはサンドイッチを完食した後も本に夢中になり、気がつけばかなり時間が経っていた
気がついた時にはサクヤは教室から居なくなっていた
「校舎に行ったのかな…?………ん?うわっ!」
レスタが魔力感知で気配を探ると上空から気配を感じた
見上げると、上部の階段の上からサクヤが覗き込んでおり、目がバッチリ合った
その首には柵と繋がるようにロープが結ばれている
「サクヤ先生?何してるんですか?」
「うう……授業受けてくれるって言ったのに……話しかけても無視されるし……やっぱり私は教師なんて向いてないんだぁ…!ここで死にます!」
そう言うとサクヤはのそのそと柵から身を取り出した
「ちょっ先生!?」
レスタは浮遊魔法で浮かびサクヤの体が宙に浮く前に抱き留める
「死なせてくださいぃ!私なんて…ただの引きこもり科学オタクですし……」
「サクヤ先生が死にたがるのは勝手ですが今死なれては僕が困ります!」
「うわぁん!自分本位な理由だぁ!離してぇ!」
レスタはサクヤに巻き付くロープを小さな雷の魔法で焼き切り地面まで降ろした
「どうして急に死のうとしたんですか?僕が無視したとかなんとか……」
「だ、だってぇ……昼食食べ終わってから何度も話しかけたのに、全然返事してくれないし……授業の時間になっても本読むのやめてくれないしぃ……うぅ…私なんて所詮教師どころか司書にもなれない居候ですよ……」
「ええと……読書に夢中になって授業を忘れていたのは申し訳ありませんでした。けれど、死なれては困るのでもうやめてくださいね」
「うぐう…教師やめます…」
「それはやめなくていいです」
床に突っ伏してぐずぐず泣くサクヤを置いてレスタはその場にあったロープを全て灰に変える
「これでよし……じゃあサクヤ先生、授業をお願いします」
「…うぇ………はい゛……じゃあ……今日は簡単な錬金術から……」
サクヤはむくりと起き上がると涙を拭きながらふらふらと鉱石の入っている棚に近づく
中にある色とりどりの鉱石の中から淡い黄色の鉱石を取り出し机に置いた
「これはルチルクォーツと言って……この状態ではただの鉱石ですが、錬金術によって変質させることができます」
サクヤが鉱石の欠片を手に取り両手で包んだ
手を開くと、そこには先ほどまでの淡い黄色ではなく金の欠片があった
「えっ…!?」
「これが錬金術です、今はルチルクォーツを金に変質させました………レスタ君にはこれから1年、宝石を変質させる事を学んでもらいます」
レスタは数々の魔法を見知っていたが、サクヤの錬金術は目を見張るものだった
普通、錬金術は時間をかけて行うものだ
手のひらサイズの胴をたった数粒の金に変えるまで、何日、何週間もかかりそれでいて費用も高くつく
しかもサクヤはただ早いというわけではなくほとんど質量が変わっていなかった
「先生……本当に先生だったんですね……!すごいです!僕も同じように出来るようになりますか!?」
「うう…君、結構言いますね………今はまだ無理ですがしっかり学んで一回でも成功すればすぐに出来ますよ、錬金術は慣れですから…」
サクヤはそう言うと金の欠片を大釜へ投げ入れた
「え、捨てちゃうんですか?」
「要らないものや失敗作は全部燃やしています、これ以上散らかるのは私としても本望ではないので……」
床にはあらゆるところに宝石の欠片や石が散乱している
「勿体ないです……これで荒稼ぎとかしないんですか?」
「し、しないですよ……たぶん学園長に怒られますし……君も失敗作などはここに入れてくださいね………さあ、付いてきて下さい、まずは宝石とどうすれば変質させることが出来るかを丸暗記してもらいます」
「暗記……!頭に知識を無理やり詰め込むことは大好きです、ちなみにどれくらいですか?」
「そうですねぇ……」
サクヤは教室を出て少し図書館を歩くと一つの本棚に触れた
「教室からここまでの本棚まで……ですかね、これを覚えたら実際に本物の宝石で試してみましょう」
教室からここまでということは、その量は軽く300冊は超えていた
レスタは思わずうっとりとして吐息を漏らす
「こ、こんなに……!」
「今週末は考査がありますし、そうですね……期限は今月末くらいでしょうか?……あっレスタ君が忙しいならもう少し伸ばしても……」
「いえ、本を読むのも無理難題を押し付けられるのも好きなので大丈夫です!頑張ります!……あ、でもここの本って持ち帰れますか?」
「君が持ち出す分には大丈夫ですが…本自体に魔法がかかってるので他の人には触れられないし中身も見れないですからね……えっと……じゃあ…暗記は一人作業なのでしばらく授業らしい授業は無いけれど…分からなかったら気軽に聞いてね……こんな私じゃ頼りないと思うけど……はは…」
「ありがとうごさまいます」
レスタはその後夜が更けるまで図書館で読書をし、日が変わる頃に数冊を借りて塔を後にした
「ふぅ〜…目はちかちかするし頭はパンクしそうですし……ふふ……良い充実感です……」
空には月が浮かんでいる、ぼうっとしながら歩いているとふと手にあるバスケットの存在を思い出した
「あっ、バスケット……返そうと思ってたのに忘れてました……今食堂空いてるでしょうか…」
レスタが食堂に向かうと扉は閉まっていた
「うーん、流石に入れませんよね……おや?」
扉の隙間から光が漏れていた
魔力感知で調べると中に一人分の気配を感じる
隙間からそっと覗くと、キッチンに小さな人影が見えた
どうやらこんな遅くまで作業をしているようだ
レスタは邪魔をしないようその場を後にしようとするとガチャンッと皿の割れる音が響き渡った
「うひゃあ……また割っちまっただ……」
「大丈夫ですか?」
「うひゃあ!?だだだ誰……お、お客さま……!」
レスタが声を掛けると少女は飛び上がって驚く
「ああ、危ないから僕がやりますよ」
レスタが空中で指を動かすとひゅるひゅると風が舞い上がり皿の破片を巻き上げていく
それを一つにまとめゴミ箱へ入れた
「す、すんげえ……お客さま、すげえ魔法使い様なんですだ…!ありがとうございますだ!でも…どうしてこんな時間に…?」
「そうでした、バスケットを返しに来たんです。遅くなって申し訳ありません」
「あ…っ、わざわざありがとうございますだ」
少女はぺこりとお辞儀をする
「そうだ、夜食ってあったりしますか?しばらく徹夜が増えそうなのであれば是非頂きたいのですが…」
「や、夜食ですだか……あいにくウチでは作ってないですだ……」
「そうですか…それなら仕方ないですね」
レスタがしゅんと落ち込むと少女は慌てて口を開く
「あのっその、もしまかないのようなもので良ければ作れなくもないですだ…!」
「えっ本当ですか?」
「お客さんには物足りないかもしれねぇですだが……」
「嬉しいです、ありがとうございます」
その後夜食が出来るまでレスタは食堂で読書をしていた
灯りが付かない時間帯なので火の魔法で当たりを照らしながら読む
普段厨房から出ない少女にとってはその姿があまりにも非現実的で幻想的で、美しく見えた
「あの…お夜食できましただ……」
「………ん?ああ、ありがとうございます、本当にわざわざすみません」
……先ほどサクヤ先生に言われなければ今も聞き逃していたかもしれませんね、気をつけなければ
「いえっ!その…お客さまになら、いつでも作りますだ…………はっ、いや違、ええと……お、お皿は次に食堂に来る時に返して貰えれば良いのでッ!」
夜食を渡すと少女はもじもじとしながらレスタを見上げる
「?どうしましたか?」
「え、えっと、その……お、おやすみなさい、ですだ…!」
「?それでは、本当に夜遅くまでありがとうございました。おやすみなさい、貴女も早く寝てくださいね」
「はい…っ!」
レスタは寮の自室へ戻るとまた借りてきた本を読み始める
「……もぐ……ふふ……流石に文字を見るのが辛くなってきましたね……もぐ……しかし夜食を作ってもらったからには頑張らないと、ふふ……ふ……」
レスタが次に目を覚ました時には日が真上に上がる頃だった
「……ん……あれ、僕…寝て……いっ!?」
起き上がると背中と首が軋み思わず悲鳴を上げる
本を読みながら寝落ちしたらしい
「ん〜っ……んふっ……睡眠の質さえ良ければ…毎日こんな寝方をしたいものなんですが……」
レスタは体を伸ばしてほぐした後、本が汚れないよう食器を水属性で洗浄し、本とともに鞄へしまい込む
「……よし、借りてた分は読み終えましたし……順調な滑り出しですね」
レスタが食堂へ向かうと人だかりができていた
「すみません、カウンターに行きたいので通してくれませんか?」
「え?……うわっ!勇者様が来た!皆どけどけ!」
「灰の勇者様が来たって!?」
おや…?なんだか物々しい空気…僕、何かやらかしましたっけ?
空いた道を進んでいくとカウンターの前に白髪の青年と狼の青年がレスタを睨みつけて仁王立ちしていた
「フンッ、やっと来たか、この俺を待たせるとは言い度胸をしているではないか」
「注文しないならどいてくれませんか?僕お腹が空いてるんですが…」
「だからどうした?この俺より優先される物事など無いだろう」
レスタは呆れつつ無視して通り抜けようとする
しかし白髪の青年はレスタの前に立ちはだかった
「待て!この間の決着をつけようではないか、まさか勇者ともあろう者が逃げ出すわけではあるまいな?」
「…決着?…………ああ!えーっと、この間の……………どなたでしたっけ?」
レスタは興味のない人間を思えることが苦手だった
もちろんこの白髪の青年……聖女の兄、ダルタリアン・ルフォレのことはとうに忘れかけていた
「きっ貴様ぁ………!ダルタリアン様の名を忘れたとでも言うのか!」
狼の青年が前に出て唾を撒き散らしながら吠える
その後ろでダルタリアンの顔はみるみる紅潮していった
「……っここまで侮辱されたのは初めてだ、今ここで俺の手で貴様を殺して……ッ」
ダルタリアンは片手をレスタへ向け魔力を集中させる
「そこまでだ」
レスタの前にスッと一つの手が出てきた
見上げると、そこにはハロルドがレスタを庇うように立っている
「ハロルド君?」
「これ以上見過ごすことは出来ないな、ダルタリアン……君、国の目が無いからって少しハメを外しすぎているようだね」
「ぐ…っ…ハロルド…王子、ふんっ俺はただ俺に無礼を働いた者に躾をしようとしているだけだ!ハロルド王子こそ、国の目が無いからと少々奔放に行動しすぎているのではないですか?」
ダルタリアンは怒りで震える声を必死に抑えながらもそのギラギラとした鋭い目はハロルドとレスタに深く突き刺さっていた
ハロルドはため息をつくとスタスタとダルタリアンに近づいていく
「なっ、なんだ、何を……ゔっ…!?」
ハロルドがダルタリアンの首を突いた
ダルタリアンはその場で崩れ落ち、狼の青年は慌ててダルタリアンを支える
「だっダルタリアン様!?おのれ……たかが四男の肩書だけの王子の分際でよくも…っ」
ハロルドは狼の青年に近づくとヒュッと腕を振るった
狼の青年の首筋にバターナイフを沿わせる
「君が彼の従者なら、君の発言が主の発言となることを肝に銘じておけ、次は無い」
やっと状況を理解した狼はナイフを見てガタガタと震えだし後ずさる
そのままダルタリアンを抱え食堂から走り去っていった
「……クラウン君、平気かい?」
「庇ってくださりありがとうございます、でも大丈夫ですよ」
やっと去ったダルタリアンに食堂の空気が和らぐ
そしてハロルドへ拍手と歓声が沸き起こった
「ハロルド王子〜!最高です!」
「王子……やっぱり素敵だわ…」
「流石です王子!ハロルド王子万歳!」
万歳コールが始まってしまった中ハロルドは手を振りながらレスタに手招きし、その場を後にした
「ふふ、ハロルド王子万歳!ですって、ハロルド君はもうこの学園のヒーローですね」
「クラウン君までやめてくれ……嬉しいけれど、昼時くらい静かに過ごしたいよ」
「あの…でも僕食堂で昼食にしようと思っていたんですが……どうして中庭に?」
レスタと共に食堂を出たハロルドが向かった先は中庭だった
「クラウン君とランチをしたいと思ってね、良いかな?」
「それは構いませんが……僕まだ自分の分を用意してないですよ?」
ハロルドに連れられたまま着いたのはこの間の東屋だった
机には大きめのバスケットが置かれている
「騒ぎが起きる前に買っていたんだ、もちろん君の分もね」
「えっ、良いんですか?」
「ああ、一人で食べるのは味気ないしね、こんな量俺には食べ切れないから」
バスケットからふわっといい匂いがする
レスタのお腹がぐぅぅと鳴った
「……ありがとうございます、ハロルド君」
「クラウン君の方はどうだった?授業初日」
「んー、先生は面白そうな人ですし、授業…というか今はひたすら自習なんですが、もぐ、楽しいですよ、ハロルド君は確か…火と風でしたっけ?」
「ああ、こっちは散々でね……塔に入ったなり罠の魔法が掛けられてたり、いきなり切りかかってきたり……まあ、個性的な先生だったけれど実力は確かな人たちだったかな」
「やっぱり属性によって先生のタイプも結構違うんでしょうか」
「だろうね、俺は見てないけれど水属性の先生はかなり怖いらしいよ、土属性の先生は穏やかとか」
「ハロルド君はいろんな塔にお友達がいるんですね」
「いや、さっき通りすがりの女の子達が教えてくれたんだ」
穏やかな顔をしてハロルドがそう言う
遠くから女子の黄色い歓声が聞こえた
ハロルド君は王子で容姿も言動も皆の憧れなんでしょうね、罪な男というやつですね…
「……なんだいその目は…」
「いやあ、ハロルド君は人気者なんですね」
「……皆王子としての俺に興味があるだけだよ」
「それだけじゃないと思いますよ、先程僕を庇ってくれた時のハロルド君はとても格好良かったですし…もぐ、まるで王子様みたい…って、王子様でしたね」
レスタはパンを大きく頬張る
「それにしても、このパン美味しいですね、初めて食べました」
「……ああ、俺の国で有名なパン料理なんだ、クラウン君にも食べてほしくて転送してもらったんだ」
「へぇ〜、もぐ、わざわざありがとうございます、行く機会があれば現地でも食べてみたいですね」
「気に入ってくれたなら嬉しいな、クラウン君ならいつでも大歓迎だよ」
「ごちそうさまでした、ふはぁ〜美味しかったです」
レスタは久しぶりに感じる満腹感に満足していた
「午後の授業がそろそろ始まるから俺は行くよ、一緒に食べてくれてありがとう」
「こちらこそ、色々ありがとうございました、また時間が合えばお話しましょう」
レスタはハロルドに手を振って彼を見送る
「……結構楽しくて思ったより時間が過ぎてしまいましたね、僕も早く行かないと……」
「……あれ?サクヤ先生?」
塔に入り真っ直ぐ教室に向かったがサクヤの姿は無かった
魔力感知をしてみるが近くには気配がない、この広大な図書館のどこかにいるのか出かけているのか……
「うーん、聞きたいことがあったんですが……読書を進めるしかないですね」
レスタは借りた本を元の場所に戻し新たに数十冊を持ち机で読書を始めた
「……今日はここまでですかね」
レスタは読んだ本を返しに本棚へ向かう
「うーん…ここで寝泊まり出来たらもっと読めるんですが……」
辺りを見回したがやはりサクヤの姿は無かった
「……探索がてら探してみますか」
レスタは魔力感知の範囲を広げまだ行ったことのない方へ向かっていく
「しかし…本当に広いですね、学園のどこにこんな敷地が……もしかしたら森と同じくらい広いんじゃ…」
しばらく歩いていると魔力感知に反応があった、レスタはぴくっと体を動かすと集中して反応地点を特定する
「……サクヤ先生の反応だ」
その場所へ近づくにつれ床に落ちている本が増えていく
「なんでこんなに散らかって……って、うわあ!」
そこには大量の本が山積みになっていた
一帯の本棚が倒れ一箇所に降り注いだようだった
「え…サクヤ先生…?まさかこの中に…?」
レスタは風魔法で本を退かしていく
すると隙間から脚、腕が見え始め……ぐったりとしたサクヤが埋まっているのを発見した
「サクヤ先生大丈夫ですか?」
息はしているが返事は無かった、それもそのはずだった
サクヤの上にあったはずの本はどれもとても重たい本だ、一冊降ってきただけでも危ないだろう
「サクヤ先___」
「っぶはあ!あれっ!?私は何故ここに……」
「っ!?」
サクヤは急に魚のように跳ね上がるとその勢いでレスタのおでこに激突した
「っ……さ、サクヤ先生……」
「えっ、あっ、レスタ君!ごめんなさい大丈夫ですか!?」
レスタはじんじんするおでこと上がりそうになる口角を抑えながらサクヤの様子を確認する、どこも怪我していないようだった
「…ふふ…サクヤ先生…おでこ固いですね………こんなところで何してたんですか?この本たち……」
「実は…少し本棚の整理でもと思ってここまで来ていたんですが……うっかり転んで本棚にぶつかってしまい…何故か他の本棚も倒れて…」
サクヤは気まずそうに指をもじもじさせながら俯く
「受け止めようとしたんですが……無理で…そのまま埋まっていました……」
「ずっと埋まっていたんですか?呼んでくれれば助けに来たのに……」
「うっ……レスタ君、一人で頑張っていましたし……邪魔をするのも良くないと思いまして……でも結局こうして手を煩わせてしまいまうなんて教師失格ですよね私なんかここにいていい人間じゃないんだ今から死んできます」
「いや死ななくていいですから……まあ無事ならなによりです。それより、本で少し気になるところがあって聞きたかったんですけど良いですか?」
「あっ…はい……」
「ここの宝石についてなんですけど……」
「ありがとうございました」
「いえ…こちらこそ本を戻してくださって助かりました……」
レスタはサクヤに教えてもらった後魔法を使い落ちていた本を全て本棚に戻した
「にしても…サクヤ先生、ハシゴだけでこの量の本を整理するのは難しいと思いますけど……」
「う…私……魔法使うの苦手で……教師なのに出来損ないでごめんなさい……」
「いやそこまで言ってないですが……今度時間がある時にでも手伝いますよ、僕もいつか読む本達でしょうし」
「れ……レスタ君…!…君は本当に良い子ですね………!!」
サクヤはレスタの手を握りぶんぶんと振った
「先生……埃臭いです」
「ひぇっ、す、すみません!もう近寄りません!ごめんなさい!」
レスタはハッと何かを思い出したようにポンと手をつく
「そうでした、サクヤ先生、僕…もっと早く本を読むために少しの間ここで寝泊まりできないかなって思っていたんですが……」
「ね、寝泊まり、ですか……私は構いませんが……大丈夫ですか…?無理は体に良くないですよ…?」
「大丈夫です、無理するのは気持ちいい…じゃなくて、本を読むのは好きなので」
「そうですか……では、教師用の部屋が余っているので案内しますね」
そうして連れて行かれたのは教室の上の階段……
を遥か高く登ったところにある部屋だった
「ぜえ…はあ…ぜえ……こ…ここが……空き部屋です……」
「先生、普段こんな高さから降りてるんですか?」
「私の部屋はもう少し下なので……こっちは疲れるので…使っていなくてぇ……はぁ……私は階段で登りましたが……レスタ君は飛ぶなりしてもらって構いませんので……」
べしゃりと床に転がるサクヤを置いてレスタは部屋の扉を開ける
「学生寮と似たような作りですね、窓は無いですが……」
振り返るとサクヤはまだ床でへばっていた
レスタが背中を擦ると今度はまた泣き始めた
「うっうっ……生徒に介抱されるなんて…情けない大人でごめんなさい……」
「……サクヤ先生はどうしてそんなに自信が無いんですか?」
「……昔からずっとこうなんです……わ、私には……錬金術しかないから……」
「そんな事ないですよ、サクヤ先生って本当は強いですよね?情けない体制してても足腰の重心しっかりしてますし…本が振ってきたのに打撲一つ無いですし…」
「そっそれはぁ……昔……先生に無理矢理教えられて習慣づいてしまっただけで……魔法も好きじゃないですし……というか、やっぱりレスタ君も私のこと情けないと思ってたんですね……死にたい……」
レスタは徐々にその反応が面倒くさくなり擦るのをやめると今晩読む本を部屋に置いていく
「サクヤ先生、もう遅いですし寝たらどうですか?」
「……そう…ですね……では……何かあれば下の部屋に来て下さい……おやすみなさい……」
サクヤを部屋に返すとレスタはあっとやり忘れたことに気がつく
「食器返してない……まぁ、明日の昼にでも返しますか」
レスタは少しほこりっぽい布団を叩き寝る準備をする
「ずっと本を読んでると眠くなるのが早いですね……ふあぁ…」
いつも通り体に食い込むようにしっかりと縄を巻き寝転がった
天井に少しクモの巣が張ってあるのが見えた
「う〜ん……サクヤ先生…絶対強いと思うんだけどなぁ……あの調子じゃ僕を殺してくれるのは先が長いですね……」
殺す、という単語でふと白髪の青年の事が頭をよぎった
「…ふふ……人に庇ってもらうなんて……いつぶりでしょうか……」
レスタは幼い頃から魔法での戦闘に長けており自衛能力が高かった
それ故他人に守られるということは新鮮な体験であった
「……僕を…殺せる人以外で…興味を持ったのは…初めてかも…しれ……ないです……ね………」
「クシュッ」
ハロルドは自室のベッドに横たわりながら窓の景色を眺める
「……ふっ、兄上派のやつらが俺の悪評でも吹いてるのかな」
(……俺は…こんな学園まで来て……何をしているんだろうか。せめてもとして勇者と関わりを持とうとして……)
『ハロルド君はとても格好良かったですし…もぐ、まるで王子様みたい…』
「……〜ッ!」
(…何故こんなに動揺しているんだ、お世辞だと分かっているのに……)
「……灰の勇者、レスタ・クラウン…」
最初に寮で見かけた時は、こんな小さな子供が、と思った
幼くして勇者と呼ばれ生意気か野蛮な子供かと身構えていれば痛いことが好きだの殺意を向けられたいだの…想像の斜め上を行くとんだ変人だった
しかし隣にいれば分かる圧倒的な強さ……一切の隙を感じさせない立ち振る舞い、彼に喧嘩を売れる愚鈍な頭が羨ましいくらいだ
(国に囚われない彼と親交を深めれば俺の、ひいてはフランベルク王国の強みになる……だから接近した、それなのに……)
ハロルドの脳内ではレスタの何気ない言動が反芻されていた
「……格好良い……か…」
ハロルドはぼうっと手から炎の魔法を発動させる
(今の俺では…クラウン君には到底及ばない、今は彼も友人がいないから一緒に過ごせているだけだ。俺より強い者が彼と親しくなったら……)
ぐっと拳を握り火を消した
「……隣に立てるように、強くならなければ…………なんて、ははっ…放蕩王子らしくないな……」