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2.新月


入学式の次の日、新入生ら約300名は学園の大広間に集められていた

その聖堂のような広間の奥にはとても大きな羅針盤のような器具が置かれており、生徒は皆その器具を前に来た順番で並ばされている


「この魔道具を使って魔法適正を測定します、終わった者は各属性の担当教師がいる塔へ行き履修登録をして下さい」


教師が羅針盤を前に置かれた結晶に触れる

すると羅針盤の針がカチカチと動き出した

時計のようにぐるぐると回った後1つの方を指し示した、そこには赤い結晶が埋め込まれている


「このように、結晶に魔力を流すことにより針が最も相性の良い属性を指します、私は火の属性と相性が良い、という訳です

これを参考にあなた達は学ぶ科目を選んでもらいます、相性が良いからと言って他の才が無いという訳ではないので気負わないよう。

では、先頭の者から順に始めて下さい」


生徒たちは動揺した

属性相性が分かる魔道具なんてどの文献でも見たことが無い、歴史に残る遺物だ

その魔道具を自分達が使うなんて……と、静かに歓声が広がっていく


「……はい、水属性ですね、では次」


測定と言っても魔力を流して針が向く方を確認するだけ……長々とした行列はみるみる進んでいく

新入生といえど誰も彼もが各国の選りすぐりで既に実績がある者も多く、得意な属性と己の適正が合っていて安心する者、逆に全く違って落ち込むものなど反応は様々だった

羅針盤はとても大きく広間にいる者は誰でも結果が見える、なので他の生徒に結果を知られることになるのだが…


「はい次……パルティーナ・ルフォレ」


「はい」


パルティーナ、と呼ばれた少女は結晶に近づいていく

その名を聞いた後列の生徒はざわめく


「ルフォレって……聖女の?」


「まさか同級生なんて……」


その少女は『聖女』の肩書を持つ聖職者だった

17歳にして数少ない神聖魔法の使い手として身を粉にして人々を守り、国に囚われず魔物の被害を受けた地域の復興に力を入れている

そして…昨日レスターに声をかけあしられた少女でもあった


パルティーナが結晶に触れると羅針盤の針はそれまでのくるくるとした動きとは売って代わり、無駄な一振も無く白い宝石の方…光の属性を指し示した

神聖魔法は光属性、その小柄な少女が聖女の名を持つ者と証明するには充分だった


「はい、光属性ですね。では次」


パルティーナは淡々とした教師に柔らかい笑みを向け丁寧なお辞儀をした

生徒の目はパルティーナに釘付けだった


「光属性って本当にあるんだ……!」


「今までのやつは針めっちゃ震えてたのにあんなに一瞬で向くってことは…やっぱ聖女様は何かが違うんだな……」


パルティーナが広間を後にしようとすると廊下から走ってくる音が聞こえてきた


「うわ〜っ遅刻しちゃった!どうしよう!廊下で立たされっぱかなぁ!いやこの学校はもっと厳しいはず……全校生徒の前で磔にされちゃったりして!」


息を切らしながら意味不明な事を叫んで入ってきたのは灰の勇者と謳われる魔法使い、レスタだった

ちょうど出ようとしていたパルティーナはその奇行に驚き思わずよろけてしまう


「おっと、申し訳ありません。お怪我はありませんか?」


よろけた聖女を受け止め微笑みかける勇者……

その姿はまるで絵画のようなものだった

パルティーナの頬は少しずつ紅潮していく


「ゆっ…勇者様…」


「あれ?確か昨日お会いしたお嬢さんですね」


レスタは聖女を立たせるとぺこりと一礼した


「失礼しました、僕はレスタ・クラウンと申します」


「は……(わたくし)はパルティーナ・ルフォレですわ、同級生としてこれから宜しくお願いいたします」


その光景を見た生徒たちはひそひそとざわつく


「レスタ・クラウンって……灰の勇者!?あんな小さな子供が!?」


「年齢不詳と聞いたことがあったが…まさかあの様な子供だとは」


「勇者様めちゃくちゃ可愛いじゃん!女の子?」


レスタは退出する聖女を見送ると入り口にいる教師に目をキラキラと輝かせてながら話しかけた


「先生!遅刻してしまい申し訳ありません……反省の証として…僕を磔にしてください!それ以上の罰でも受け入れます!あ、殴るならパーではなくグーで!」


誰もが予想しなかった発言に全員の思考が止まった


「さあ!遠慮なく!」


「い、いえ……クラウン君、確かに集合時間より遅刻はしていますが…今は測定ですし、授業自体は塔で行いますから…罰を与えるほどではありませんよ」


「えっ、そんな………しかし、そういった甘さを見せると他の生徒がつきあがるかもしれませんよ?さあ!僕を見せしめに!」


「いえ…ですから……」


ざわざわと生徒たちの声は大きくなっていく


「え……なにあれ、勇者様ってちょっと……」


「なんで自分から罰受けようとしてるんだ…?」


「いや…そういう感じなのか?」


ひそひそと勇者についての疑問や陰口が交差する中レスタは教師と何応答か繰り返していた

しかし最後には罰は無い!ときっぱり言われ、肩を落としながら大人しく説明を受けると列の最後尾に並んだ


「はぁ……学園の罰はどんなものかと期待していたのに……」


後方にいた生徒たちがレスタに話しかけるか迷っていると前方で女子生徒の黄色い歓声が上がった

レスタが人混みの隙間から覗くと先頭にいる金髪の青年が見えた


おや…確か彼は昨日寮で会った好青年ですね、名前は確か……


「はい、次の人は……」


「ハロルド・フランベルクです。よろしくお願いします」


その名を聞いた瞬間また生徒一同はざわつき始める


「フランベルク……っていうと、あの…」


フランベルクとは商業の盛んな西方の国だ

そしてそんなフランベルク王国の名を持つ彼は、フランベルク王家の王子だった


ハロルドはにこやかに結晶に近づいていく

手を当て魔力を流すと羅針盤の針はぐぐぐと動き……赤い宝石、火の属性を指し示した

しかしそれでは止まらず隣の翠の宝石…風の方にも傾き始める

ぐらぐらと揺れる針に落ち着く気配はなく……

聖女に続いてそれまでには無い様子を見せる羅針盤に全員が注目していた


「……はい、もう手を離して構わないですよ。貴方は火と風どちらとも同程度の適正があるようですね」


「ありがとうございました」


ハロルドは教師に丁寧にお辞儀をすると沸き立つ女子生徒へ手を振りながら最後尾のレスタの元へやって来た


「クラウン君、昨日ぶりだね」


「はい、ハロルド君……様の方が良いでしょうか?王子様だったんですね」


「あはは、王子と言っても四男だけどね、この学園では身分は関係ないんだし、好きに呼んでくれ」


「ではハロルド君と呼ばせていただきますね。…………ええと、僕に何かご用でも?」


ハロルドは測定が終わったので早速講義に行けるはずだが…レスタの横に立ったまま一緒に並んでいた


「君の測定結果が気になってね、秘匿することではないし俺がいても構わないだろう?」


「そうですね」


「それに……君と仲良くなっておきたいんだ、雷光の勇者殿」


ハロルドはボソッとレスタにしか聞こえないように話しかける


「?そうですか、では……そうですね、何かお話でも……ハロルド君は趣味などはありますか?」


一人一人は早いといえどまだまだ測定の列は長い、レスタは話し相手になることにした


「そうだなぁ……趣味といえるかは分からないけれど、強いて言うなら剣術練習かな。クラウン君は?」


「僕は自分を焼いたり溺れたり血反吐を吐くまで鍛錬したりですかね、趣味というよりは生活習慣の一部ですが」


「……ん?……あ、ああ、その若さで勇者と呼ばれる実力を得ているのはクラウン君が努力家だからなんだね、尊敬してしまうよ」


ハロルドはぎこちない笑みを浮かべながらもレスタに会話を合わせようとする


「いえ…最近はそれらも刺激が無くなってきまして……なのでこの学園に入学したんですよね、たくさん死闘を繰り広げられると思いまして」


その会話を聞いていた周りの者たちはレスタの言っていることをまったく理解できていなかった

それはもちろんハロルドもだった

プリマヴェーラ魔法学園は卒業生の肩書を持つだけで将来は安泰、仕事に困ることはまず無い

学園でしか扱えない魔道具や門外不出の魔法技術を学びに入学するのだ。戦うことを目的に入学する者などレスタの他にはいなかった


「……そ、そうなんだ。それは……今後が楽しみだね…?」


「そうなんですよ!しかし…まだチンピラ一人にしか誘われてないんですよね、もっと強い人に喧嘩を売られたりしたいんですが……」


ハロルドはなんとか笑顔を装っていた

それの反応にレスタは驚きと共に感激した


僕の趣味を言っても平然としている人なんて…

ハロルド君とはいいお友達になれそうな予感がしますね♪


ハロルドは培ってきた表情筋で穏やかな笑みを浮かべているが、内心はひどく動揺していた

その後、他愛ない会話をしているうちにレスタの順番が回ってきた

女子生徒やレスタに興味がある者は広間の入り口付近でその結果を見ようと(たむろ)していた

その中にはパルティーナも残っていた


「次…最後ですね。レスタ・クラウン」


「はい。いやあ、初めて触る魔道具……近くで見れば見るほど興味深いですねぇ、後でじっくり観察してもいいでしょうか?」


「構いませんが結晶は後で片付けるので羅針盤だけになりますよ。さあ、手を置いて」


レスタは結晶に手を置き魔力を流す


すると、羅針盤の針は突如目で追えないような勢いで回転をし始めた

聖女とも、王子とも違う明らかな異常を前に生徒だけでなく教師達も異様な気配を感じた


「おおー…随分と沢山回るんですね、いつ止まるんでしょう」


レスタがそう呟くと羅針盤の中心にある大きな留め具が弾け飛び、針ごと飛び外れた

周りが避難を声かける間も無く、その針は恐ろしい速さでレスタへ向かって飛んでいった


激しい衝突音とガキィン!と大きな金属の音が響き、辺り一帯が土煙に包まれた

少し後ろに立っていたハロルドはすぐにレスタの元へ駆け寄る


「クラウン君!?大丈夫かい!?くっ…煙が……」


「うっ……」


レスタのうめき声が聞こえ、ハロルドは声の元へ向かうと少しづつ煙が晴れ姿が露わになる


「っわあ……すごい、良い攻撃でした…」


そこに立っていたのは片手で巨大な羅針盤の針を掴み恍惚とした表情を浮かべているレスタだった

教師達も慌ててレスタの元へ駆け寄っていく


「レスタ・クラウン、大丈夫ですか!?まさかこんな事故が起きるとは……」


「怪我が無いので大丈夫ではないです、しかし……はぁ……久々にひやりとしました。むしろこんな事故が起きるなんて今日の僕は付いているみたいですね」


まるでおもちゃを貰った子どものような笑顔をしながらレスタは羅針盤の針を床に置いた


「これって僕が弁償する感じですか?」


「いいえ、こんな事は今まで一度もありませんでした……きっと誤作動を起こしたのでしょう、1つか2つまでの属性しか指さない針があんなに回転するなんて……」


「そうですか、では測定は終わりですね、見学は修繕が終わったら来ます」


その場を去ろうとするレスタを教師は慌てて引き留めた


「待ちなさい、レスタ・クラウン、属性相性を測り直さないと」


「うーん、でも僕元々参考にするつもりありませんでしたし…雷って事で良いんじゃないでしょうか、別に参考にするだけでその属性を学ばなければいけないって訳でも無いんですよね?」


「……まぁ、そうですが……分かりました、レスタ・クラウンの属性は雷ということにします、ですが測定し直したくなったらいつでも言ってください。魔法使いにとっては重要な事ですから」


「はい。では、測定ありがとうございました」


レスタが出口に向かうと人の波が開いていく

そのままハロルドと共に廊下へ出た


「クラウン君、災難だったね、まさかあの魔道具があんな事故を起こすなんて……君が無事でなによりだよ」


「この学園は歴史が長いですし、何回も使用して古くなっていたんでしょうか。まあ他の人の測定でどんなものかは知れたので構いませんよ。それに……」


レスタはくふっと笑いをこぼすと瞳を輝かせハロルドを見上げた


「見ましたか!?あの針……確実に僕のお腹を狙って飛んできました、確実に殺す気でしたよあれは、魔道具に自我は無いはずですが…やはり人体の中でも魔力を生み出す中心を狙ってきたということでしょうか?はぁん……結果的に避けきれてしまう攻撃でしたが、ああいった無機物から感じる殺意というものは、なんとも…素晴らしいですねぇ……」


「……そ、そうかい、クラウン君がそれで良いなら良かったね……」


レスタは頬に手を当て全身をくねらせ喜びが溢わす

不慮の事故で死にかけた者とは思えない反応にハロルドは深く考えることを諦めた


「……ああ、そうだ、クラウン君は講義、雷の塔に行くのかい?」


レスタははっとして平静を取り戻すとこほんと咳払いをして本来の表情へ戻る


「そうですねぇ…大抵は既に習っていそうなので、ここでしか学べない魔法鉱物と錬金術にしようかと」


「確かにクラウン君くらい強ければそこを選べるね、俺は火と風を受ける予定さ。同じ講義を受けられないのは残念だけど……合同授業で会うのが楽しみだ」


「そうですね〜……あっ、食堂!」


昨日は人っ子一人いなかった食堂には生徒が溢れかえっていた

在校生に加え先程測定を終えた新入生達が立ち寄ったのであろう、席は満席になっていた


「うわあ…お腹が空きましたが、混んでいますねぇ……ハロルド君はお昼どうしますか?」


「講義まで時間はあるし、良かったらランチを外で食べないかい?学食を友人と食べてたかったんだ」


(王子様はこういう食堂で気軽に同世代と食べる機会は少ないだろうしなぁ……)


「そうですね、では注文しに……っとと、あ、すみません」


食堂へ入ろうとすると出てきた生徒たちとすれ違いざまに肩がぶつかった

その男子生徒は振り向きレスタの顔を見た途端顔をしかめる、白髪に青い瞳をした青年だった

するとその横にいる別の生徒……狼の耳をした男がレスタをきつく睨みつけ白髪の生徒を庇うように前に出てくる


「おいおい…嬢ちゃんよぉ、俺ら先輩なんだけど」


「そうなんですか、ここは入り口の扉ですが…先輩なのに未だに知らないんですね」


「ああん!?てめぇ……新入生だろ?舐めた口聞きやがって、ダルタリアン様が怪我してたらどう責任取るつもりなんだゴラァ!」


「ぶつかってきたのはそちらのせいでしょう、それに僕の目には至って健康に見えますが」


狼の男は盛大に舌打ちをすると、その後ろからザッと数人の男が出てきた


「おいおい嬢ちゃん、このお方はかの有名な氷上の貴公子、ダルタリアン・ルフォレ様であられるんだぞ!?」


「ベジタリアン?」


「ダ・ル・タ・リ・ア・ン!不敬だぞ!」


突然食堂で起きた揉め事にその場にいた生徒たちは注目していた


「表彰の祈祷師だか氷上の芋虫だかは知りませんけれど、僕達お腹が空いているのでそこをどいてくれませんか?邪魔なんですけれど…」


「クラウン君……キミ、結構言うね……」


「……今、なんて言った」


するとそれまで黙っていた白髪の青年が口を開いた


「お腹空いてるって言いましたけど」


「貴様……俺を祈祷師だと……言ったな……」


ふつふつと怒りで膨れ上がる青年の魔力を感じたレスタはちょっとだけ言すぎたかもな、と思いつつ面倒くささが勝ち始め、無視をして進もうとする


「待て!貴様……知っているぞ、レスタ・クラウンだろう……くくく……少し魔物を倒したくらいで調子に乗っているようだな……いいだろう、決闘だ!貴様に決闘を申し込む!」


食堂中がざわめいた

何故なら彼…氷上の貴公子とも呼ばれるダルタリアン・ルフォレはあの聖女、パルティーナ・ルフォレの兄であり、実力主義のこの学園でも他生徒に有無を言わせないほどの実力者だからだ

そんな彼からの決闘を跳ね除けることなど普通の生徒にはできない…そう、普通の生徒ならば


「お断りします、僕そんなに暇じゃないので。ハロルド君行きましょう」


「ああ、そうだね」


まさか断られると思わなかったダルタリアンは唖然として固まる

狼の男が慌てて叫んだ


「な、ま、待てっ!ダルタリアン様の命令だぞ!?新入生が断れると思うのか!?」


「…?この学園では実力主義なのでしょう?僕より弱い人の命令を聞く必要はありません」


ダルタリアン・ルフォレは聖女の妹とは違い聖職者ではない、何故なら神聖魔法が使えないからだ

代わりに氷魔法を得意としているが、しかしそれも一国の騎士団長クラスの強さ……一般生徒では刃が立たない存在だが勇者を目の前にして太刀打ちできる技術は持ち合わせていない、そんな事はレスタが勇者であると知っていれば誰でも理解できることだった


「ぐ…っ!この俺の氷魔法を前にして、同じ戯言を並べられ……っ!?」


その瞬間、レスタの瞳の星が光り輝いた

それを見たダルタリアンはべらべらと話し続け口を止め、石のように固まってしまった


「……もう良いですよね、失礼します。お食事中の皆様も、お騒がせして申し訳ありません」


レスタはにこりと笑い周囲へ会釈しながら固まってしまったダルタリアンには目も向けずカウンターへ向かった


「一体何をしたんだい?」


「何もしてませんよ、彼が勝手に怯えただけです」


「ふーん……」


ハロルドはレスタに合わせて屈み、顔に近づくと興味深そうにその瞳を覗いた


「綺麗な瞳だね、まるで吸い込まれてしまいそう……彼はこの輝きに目を眩ませてしまったのかな?」


「見て下さい、今のハロルド君の言葉でこんなに鳥肌が」


「ごめん、そういう意味じゃないよ」




「何…?ダルタリアン様なんで黙っちゃったの…?」


「勇者の覇気ってやつ…?おっかねー…」


周囲のざわめきを気にせず2人はメニュー表を眺める


「あ、昨日のお嬢さん、こんにちは。今日は外で食べれるものが良いんですが…」


厨房の奥には何人かの料理人が見え注文台には昨日の少女が立っていた


「あっ、サンドイッチの…!ええと、それならベーグルサンドはいかがですだか?」


「ではそれを20人前程お願いします」


「そんなに頼んでどうするんだい?」


「どうするって…ちゃんと食べますよ、あ、彼の分も追加でお願いします」


「か、かしこまりましただ!」




「では、いただきます」


レスタとハロルドは中庭の東屋にてランチを広げていた

少し離れた場所からはハロルドに興味のある令嬢達が熱い視線を向けている


「……ハロルド君、人気がすごいですねぇ」


「みんな王子としての俺に興味があるだけだよ、それに俺よりも……クラウン君の方が人気があると思うよ」


そう言ってハロルドが視線を向けた先には性別年齢問わずのファン……もとい、また何かしでかさないかと見ている野次馬が集まっていた


「一応僕勇者ですからねぇ、もぐ、流石にエリート揃いのここでは無闇矢鱈に声をかけられることは、もぐ、少ないですが……好意より殺意を向けられたいものです」


「……気になっていたんだけれど、クラウン君はその……戦うのが好きなのかい?」


「うーん、戦い自体はそこまで、もぐ、死の間際を感じるのが好きなんですよね」


レスターはさも平然と言う、ハロルドはどう反応したものかと必死に頭を回転させた


「……痛みを感じるのが好きなのかい?」


「いいえ?ささくれができたら嫌ですし頭痛も嫌いです、痛みや苦しみ自体ではなくて…もぐ、他者に圧倒されている状況が好き…といいますか、もぐ」


「そうなんだ……俺は苦しいことは苦手だからなぁ…辛いことから逃げてばっかりさ」


「普通はそうなんでしょうね、同じような人見たことありませんし、もぐ、まあ共感されたいとは思っていません」


レスタは巨大なベーグルサンドを既にほぼ食べ尽くしていた

その手は止まることを知らず最後の分を口に入れる


「クラウン君の食べっぷりは見てて気持ちがいいね、その体のどこに入っていっているんだい?」


レスタの背丈は高いというほどではなく女子生徒とさほど変わらず腰も細い、レスタの半分以上の体積があったはずのベーグルサンドがその体内へ消えていく光景はなんとも不思議なものだった


「よく噛んで食べてるだけですよ、もぐ、ハロルドはそれで足りるんですか?」


「それだけって……2人前だからね、充分だよ」


少し噛み合わない会話をしつつも時間は穏やかに流れていった

青空の下東屋で同級生とランチ……レスタにもハロルドにとってもそれはとても新鮮なものだった

こんな時間も悪くない……と思っていると周りの群衆から声が上がるのが聞こえた


「勇者様、そして…ハロルド王子、ごきげんよう。(わたくし)もご一緒してよろしくって?」


そこに来たのはパルティーナだった

レスタはハロルドに視線をやると、ハロルドは聖女に向けて甘い笑顔を向ける


「どうぞ『聖女殿』。久しぶりだね、君もランチかい?」


「ええ、それもだけれど…お二人に挨拶をしておきたかったのです。聞きまして?今年の首席候補は(わたくし)達3人らしいですわよ」


パルティーナはレスタの隣に座るとにこりと微笑みかける


「もぐ……首席候補って何の首席ですか?」


「来週ある試験のですわ、普通の学園ならば入学前の結果を元にしますが……ここは授業開始後に退学する生徒が多いですから、授業が始まってから試験を受けるんですの」


プリマヴェーラ学園は魔法科目に特化した学園だが、実技だけでなく座学や剣術もレベルが高く、数日で心が折れる者も少なくない


「首席ですかぁ、もぐ、お二人共凄いんですね」


「はは、クラウン君…勇者殿と聖女殿と肩を並べるなんて光栄だな」


「ところで、勇者様、昨日のお話の続きですが……私と勝負して頂けませんか?」


パルティーナは食い気味にレスタの方へ近づく


「うーん…もぐ、聖女様と戦うのは少し気が引けます。そもそも何故戦いたいのですか?」


(わたくし)、勇者様の強さに憧れているんです、本来ならば聖女である(わたくし)が殲滅すべき魔物の軍勢を薙ぎ払ったそのお力が……」


「……なるほど、もぐ、しかし貴女と僕では勝負になりませんし……僕が受ける理由は無いですね、申し訳ないですがお断りさせてもらいます………ふー、ごちそうさまでした」


レスタはベーグルサンドを完食すると立ち上がり聖女にお辞儀をした


「僕を殺したいならまずはもっと力を付けてください、では。ハロルド君、そろそろ時間ですし塔の方へ行きましょう」


「そうだね、聖女殿、また会おう」


レスタはパルティーナが何故戦いを望むのか理解した

魔物の殲滅は本来聖騎士など教会のもの行うべき仕事だ、国家に与せず助けを求める人々の元へどこでも魔物を討伐する…それにより教会は世界中からの信頼を培ってきた

しかしそんな中、神聖魔法も使えないただの小さな子供が国を滅ぼすような魔物の大群をいとも簡単に討ち滅ぼしたのだ、さらにその魔法使いはその褒美を受け取ることはなかった

更にその後は各国を旅しながら立ちはだかる数々の魔物を討ち取ってきた

高額の依頼料で討伐を請けている教会からしてみれば、面白い存在ではない

故に聖女がわざわざその勇者に近づき決闘を申し込むなど…殺意が見え透けていたのだ

しかしレスタは己を殺せる実力者にしか興味は無かった

神聖魔法および光属性の魔法は魔物には有効だが人間にはほとんど無害だ、羅針盤が真っ直ぐ光属性を示すほど光属性向きの魔法使いなどレスタにとってはただの一般人と変わりなかった


少女はまさか2回目も断られるなど考えてもいなかったのか、レスタを追いかけることもせずに東屋で呆然としていた



「良かったのかい?聖女殿と戦えばクラウン君の求めている刺激を得られたかもしれないのに」


「ハロルド君…分かっていませんね、彼女のような覇気のない殺意を向けられても嬉しくないものですよ、僕は、僕を殺す!と明確な意思がある強者が好きなんです」


「そうかい、まあ君が良いなら良いけれど……あんなに積極的な聖女殿は初めて見たな……ん?あれが転移かな」


どの属性においても授業は『塔』の中で行われる

学園にはその塔へ続く転移門の部屋があり、情報漏洩を防ぐため履修登録した科目の塔以外へは立ち入りできない仕組みになっている、もちろん外部から塔へ侵入することも不可能だ

廊下を進むと大きく荘厳な扉が待ち構えていた


「クラウン君は本当に五大属性は選ばなくていいのかい?魔法鉱物に錬金術は……手間が空いたときに履修する副科目のようだと聞いたけど…」


「僕、知識を頭に詰め込むのが好きなんです、魔法鉱物も錬金術もこの学園以外ではで学ぶ機会はほとんどありませんし、結構楽しみですよ」


「すごいなあ、俺も家庭教師に色々教え込まれたけど…とてもじゃないけど学ぶ気にはなれないな、クラウン君は本当に優秀なんだね」


扉を開けると中には中央に魔法陣が浮かぶ部屋があった

2人がそこへ立つとじわじわと魔法陣が動き出し発光していく


「ではハロルド君、また寮で」


「ああ、またね、クラウン君」


次の瞬間二人の姿はフッと消え、無人の空間だけが残った




「………ん、おお…!」


レスタが目を開けるとそこには先が見えないほど長く、広い図書館のような場所に出ていた

図書館は四方に広がっており、扉はなく同時に帰り道も分からなくなった


「うわあ…!こんな量の本、師匠でも持ってなかったんじゃ………あっ!あれ昔読んだやつ!」


視界の端、高くそびえる本棚の上部に見覚えのある背表紙を見つけるとレスタは浮遊魔法で飛び本に触れようとした

すると、触れようとした手がバチンと弾けてしまった


「おや、流石に勝手には触れませんか…」


貴重な書物を扱う図書館には盗難防止の魔法がかけられていることが多い

どうやらここの本は許可が無いと触れることすら出来ないようだ

レスタは諦めて教師を探すことにした


「それにしても……本の数に対して人がいませんねぇ……」


魔法鉱物、錬金術は5代属性とは原理が違う

一般的な魔法は体内の、または周囲の魔力を消費して自然現象を発生させるものだが、魔法鉱物、そして錬金術は対象の物のみの資質で変化させるのだ

その為素材や術式の明確な知識が無いと扱うことはできず、更に日常生活で役立つことはあまりない為履修する者が少ない


「すみませーん、どなたかいらっしゃいませんかー?履修登録をしたいのですがー

……まったく反応がありませんね」


レスタは魔力感知で人の気配を探りながら奥へと進んでいった

何分か歩いたところでやっと壁が見える

そこには石の扉が立ちはだかっていた

レスタは扉の奥にうっすらとした人の魔力を感じ取った


「すみません、新入生のレスタ・クラウンと申します、履修登録をしに来ました」


大きめの声で話しかけるも返事はない


「……あのー、そこに誰かいらっしゃいますよね?開けてくださいませんか?」


レスタはめげずに声を掛け続けるがやはり反応は無かった


「困ったなぁ……暇を潰そうにも本は読めないし、帰り方も分からないし……餓死は本望じゃないんですが……」


周りは本棚しかなく、出口はおろかその扉以外に部屋すら無かった


「……分かりました、では中の貴方が出てくるまで僕はここにある本を一冊一冊丁寧に燃やして灰にしていきます!それが嫌だったら出て来てください!」


レスターがそう言うと中から慌てたように物音が聞こえた

するとバンッと勢いよく扉が開き中から一人の男が飛び出してきた


「待って!出てきたから!本を燃やすのは辞めてくれぇ!」


目が隠れるほど長い黒髪は内側が灰色に染まっている、ヨレヨレとした少し大きめの白衣を身に纏ったその男は流れるように滑り転げそのままレスタの足にしがみつく


「すみません許してください私が悪かったですちゃんと仕事しますからぁ!」


「……ええと……とりあえず離れてくれませんか?」


男ははっとして正座し直すとぺこりと頭を下げた


「ごめんなさい……どうかこの通りなので本を燃やすのはやめてください……」


男は地面が削れるくらいに頭を擦り付けた


「半分冗談ですから…すみません、頭を下げさせたかった訳では……頭を上げてください」


「は、半分は本気だったんですか!?どれも超貴重な文献なんですよ!?」


「そもそも僕はここの本に触れないので燃やすなんて出来ませんよ。それより……履修登録をしに来たのですが、担当の先生はいらっしゃいますか?」


男ははっと顔を上げると乱れた服を整える


「私が魔法鉱物と錬金術を担当しているサクヤ・コーモトです……一応この塔の教師…です………」


「そうでしたか、僕は新入生のレスタ・クラウンと申します。よろしくお願いします」


サクヤはのそりと立ち上がるとレスタよりもかなり長身だった


「この扉の奥に教室兼実験室があります……履修登録用の魔術具もそちらにあるので付いてきて下さい……」


のろのろと心配になるほどの猫背をしたサクヤにレスタは付いていく

扉が開くと、中には石畳で出来た円形の空間があった

反響音を感じ見上げると天井は見えないほど高く、壁面には螺旋状に階段がついている

部屋の中心には人が10人ほど入れるような大釜が置かれてあり、中では怪しげな緑色の液体が発光しながらポコポコと音を立て熱されている

床には希少な鉱石や金のようなものが乱雑に置かれてあった


うわあ…なんだか師匠の家にあった研究部屋と雰囲気が似てる……散らかってるけど、なんか落ち着くなぁ


「この結晶が履修登録用の魔道具です、この先端の針に指を刺してください、血液で登録するので、少し血が滲む程度で……」


「分かりました!」


レスタは針に向かって思いきり指を刺しこんだ


「ちょちょっと!そんなに深く刺す必要は無……ぎゃあ!血が床に落ちてる!うわあぁ……しっ止血しなきゃ……」


ずるりと指を引き抜くと半透明だった結晶は赤く染まり血が滴っていた

レスターは傷口を見てうっとり微笑む


「ふふ……指じゃなくてお腹とか頭だったら良かったですけど……悪くないですね」


「な…何を言っているんですか……ほら、手を出してください、うっ…血がいっぱい……ひぃ……」


サクヤはほとんど目を閉じながらもレスタの指に包帯を巻いていく

血が見えなくなるまで巻き付けしっかりと結ぶと、ふーと息を吐く


「殺菌と回復促進効果がある包帯なのでしばらく外さないでくださいね……あとここでは不必要な血は流さないで下さい、私が失神するので…」


その顔は青ざめていた

どうやらサクヤは血が苦手のようだった


「はーい。それで……この結晶はどうすれば?」


「うぅ……こんなに血が付くなんて……血とは別に結晶が発光しているでしょう、なのでこれで登録は完了です……」


レスタは周りをきょろきょろと見回した


「そういえば……ここまで他の生徒を一人も見かけなかったんですが、やっぱり生徒は少ないんですか?」


「ああ…魔法鉱物や錬金術は必修じゃありませんから……受講生は数年に一人いるかいないかですよ」


「えっ、それは…今いる生徒は僕だけということですか?」


「……はい」


…いくら他の科目より優先度が低いといってもそこまで人が少ないとは……


「魔法鉱物と錬金術なんてプリマヴェーラ学園以外ではろくに教えてもらえないのに……貴重な授業を受けないなんて、皆さん分かってないですね」


「そう!そうですよねえ!私の授業はともかくここにあるのは後世に語り継ぐべき技術ばかりなのに……こほん、まぁ、ともかく……私は見ての通りダメ人間ですが、君のような若者が生徒になってくれて嬉しく思います……これから宜しくお願いします」


サクヤはぺこーっと深く頭を下げる


「こちらこそ、改めてよろしくお願いします」


レスタが手を差し出すとサクヤはハッとして少し戸惑いながらも手を出した

子供の小さく華奢な手と、大人の骨ばった手が重なり合った



「単位についてですが……まず1年を通して必ず行ってもらうのが研究成果が3つの提出……あとは課外実習ですね、それさえやってくれれば他の科目を学ぶなり好きにしてもらって構いません………ああ、登録が済んだので塔内にある本は好きに読むこともできます」


「えっ、それだけですか?もっとこう、週に何回か授業を受けるとか……」


「昔はそうだったんですが…魔法鉱物も錬金術も、皆さん片手間に受講するものですから……これくらいゆるくしないと本当に誰も来なくなってしまうんですよ」


サクヤはげんなりとした顔をし俯いた


…数年に一人いるかいないかって言ってたし…それ以上ノルマがあった時は誰も来なくなったのかな…


「分かりました、でも僕は他の科目を受ける気はあまり無いので……先生の授業を沢山受けたいです」


「……えっ!?そ、そんな……わ、私なんかの授業を……?」


サクヤはばっと顔をあげ目を輝かせる、しかし同時に不安げな表情になった


「で、でも…他の科目を受けないのは…大丈夫ですか…?」


「普通の魔法についてはだいたい習っているので…魔法鉱物と錬金術はほとんど触れたことがないので、是非受けたいんです」


レスタは知らないことを学ぶ事が好きだった


ふふ…魔法鉱物と錬金術はどちらもとても頭を使うと聞きました、脳の処理が追いつかずにむしゃくしゃする時の感覚も好きなんですよねぇ……師匠の魔法を最初に教わった時なんて頭が追いつかず鼻血を出して倒れましたっけ……

ああ、一体どれほど複雑な術式なんでしょう♪


「く、クラウン君……!君は……っ!ぐすっ、私、とても嬉しいです、期待に応えれるように、頑張りますぅ…っ」


サクヤ先生はぶわっと涙を流し始めレスターの手をまた握り直しぶんぶんと振る


「僕達しかいないんですし、良ければレスタって呼んでください、サクヤ先生」


「はい゛…っ……レスタ君……よろしくお願いしますぅ……」


こうして、無事レスタの履修登録は済ませることができた

その後レスタは塔を後にし寮へ戻っていく


まさか塔からの帰り方が特定の本を動かして作動するからくり扉からとは……登録をしていなければ本に触れないので、先生が出てきてくれなければ本当にあの場で餓死していたかもしれませんね


外へ出ると空は既に暗くなっており星が浮かんでいた


「おや、今日は新月ですか……師匠の家で見る星が一番ですけど、ここの星も悪くないですね」


レスタは寮への道を歩きながらサクヤの事を考えていた


…サクヤ先生からは魔力をほとんど感じなかった

普通の人間にしては反応が小さすぎるし……その割に、あんなみっともない動作をしていてもまったく隙が無かった


その言動のちぐはぐさから感じる不気味さに、レスタの心はわくわくとしていた


まるで師匠に初めて会った時のような感覚……

サクヤ先生は人に殺意を向けるような人じゃなさそうだけれど、本気を出せば僕を殺せる人かもしれない

ふふ……興味深いなあ、他の教師は皆平凡だったし、サクヤ先生が担当なのは本当に運が良かったかもしれないですね


レスタはサクヤと握手した手を見つめる


「サクヤ・コーモト……どこかで聞いたことのある名前な気がするのですが………うーん、どこで聞いたんでしたっけ?」


レスタは空に浮かぶ漆黒の月を見つめる

にっと口角を上げ不敵に笑った


「楽しい学園生活になりそうですね」


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