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1.入学初日


はぁ……早速チンピラに絡んでもらえたと思ったのに、とんだ小物だったなぁ



灰の勇者と呼ばれる一人の魔法使い、レスタ

一つの国を滅ぼすことも容易いと噂されるその人物の素性は謎の包まれていた

性別はおろか年齢も…なぜそこまでの力を得ているにも関わらず、国からの地位も富も享受せず放浪旅を続けていたのかも……

その強さとは裏腹に、見た目はまだ15前後の青年とも少女とも言えない風貌だった

焦げ茶色の髪によく映える金色の瞳には星のような模様が入っている


そんな勇者が今日、世界が誇るこのプリマヴェーラ学園へ入学した


「分からせてやるってあんなに息巻いていたのに……時間を無駄にしてしまいました」


レスタは入学式後に学園長室へ来るよう呼び出しを受けていた

その為に学園長室へと続くはずの廊下を進み続けていたが…


「……あれ?道に迷ってしまいましたかね」


一本道の廊下をしばらく歩いたが一向に扉が見えてこない

ぺたぺたと壁を触るがどこにも扉はおろか仕掛けのようなものも無かった


「困りました……」


「そこのお方、少しお時間ありますでしょうか」


後ろからコツコツと高いヒールの音を響かせやって来たのは一人の少女だった

一つに束ねた絹のような白い髪に、宝石のように赤く輝く瞳、かなりアレンジされているがこの学園の制服を着ている

右手には大きな宝石の付いた白い杖を持っていた


「ちょうど良いところに!学園長室へ行きたいのですが、どちらに向かえば良いですか?」


「校長室はこの先にありますわ、それよりも……|灰の勇者様とお見受けします、宜しければわたくしと勝負してくださいませんか?」


「大変嬉しいお誘いですが…学園長に呼び出されているんです、また今度に。それでは」


「えっ……ちょ、ちょっと……お待ち下さいませ!」


レスタはにこやかな笑みを浮かべながらあしらい学園長室へ向かおうとする

しかし少女も諦めずその横に付いてくる


「先に自己紹介をするべきでしたわね、私は…」


「おー!さっきまで突き当たりが見えなかったのに、急に着きましたね。どういった仕掛けなのでしょう?」


「っ……わ、私は……!」


レスタは少女に目もくれず扉ノックし「失礼します」と言い入っていった


「まって…!勇者様……!!」





「お初にお目にかかります、レスタ・クラウンと申します」


一切乱れない動きで膝をつき丁寧に頭を下げた

目の前にはこのプリマヴェーラ学園の学園長がいる


「そこまで畏まらなくて良い、この学園は実力主義だからね」


……この人が学園長

さすが教育者のトップ、魔力的には僕よりも下だけど…、ただならなぬ雰囲気を感じる、興味深い

手合わせしてみたいものだなぁ

もしこの魔力量の人に捻じ伏せられたりなんてしちゃったら……ああ、考えるだけで興奮しちゃいます


レスタは思わず口角が上がるのをぐっと堪え立ち上がった


「ありがとうございます、それで…僕は何故呼ばれたのでしょう、他の生徒は呼ばれていないようでしたが……」


「入学早々悪いんだが、冒険者としても名高い君に一つ頼みたい事があるんだ、もちろん強要はしないが…見合った報酬を用意させてもらうよ」


「何でしょう?」


「……最近学園の所有する森の奥地でドラゴンが住み着いてしまったようでね、生徒に危険が及ぶ前に討伐をしたいのだが…どの程度の脅威か確認する調査が必要なんだ。それを君に頼みたい」


「ドラゴン!それは良いですね、是非協力させて下さい!」


レスタは冒険者協会には報告せずに何羽ものドラゴンを討伐していた

ドラゴンは元々のエネルギー量が莫大で人や動物を襲い血を浴びたドラゴンほどその強さは比にならない


ああ〜…ドラゴンなんていつぶりでしょうか

あの圧倒的な体格を前にすると、ぷちんと踏み潰してもらえそうでいつも身震いしちゃうんですよねぇ……

もしかしたら、殺されちゃうかも……!


「感謝する、レスタ・クラウン。誰も請け負ってくれなくてね、とても助かるよ、必要な装備はこちらで整えよう」


「いえ、このままで大丈夫です。それでは早速今から行ってきます」


「……は、いやいや。君が英雄だとは知っているが…いくらなんでも危険だろう」


「ご心配なく、それよりも…調査と言いましたが、最終的に討伐するということは今僕が討伐しても構わないということですか?」


レスタの瞳は爛々としていた

その迫力に、かの大魔法使いと呼ばれた学園長すらも気圧される


「か、構わないが……既に森にいた数々の魔獣を制圧しているドラゴンだ、もしかしたら歴史に残るような個体かもしれないんだぞ」


「そうですか!それは楽しみですねぇ…ああ!待ち切れない!それでは行ってきます、校長先生」


レスタはローブを翻しスキップでもしそうな足取りで退出していった

呆気にとられていた校長は嵐のように去っていったレスタを思い大きなため息を吐いた


「はぁ……英雄の器というものは計り知れない、か……」





「う〜ん……強いドラゴンならすぐに見つかると思いましたが……ちゃんと場所を聞くべきでしたね」


レスタは学園の上空を浮遊していた

ドラゴンは山頂や洞窟に巣を作ることが多い

数々のドラゴンを討伐しているレスタにも森に住み着くというドラゴンを見つけることが出来なかった


「ふ〜む、地上にいないならば地底に穴でもあるのでしょうか。穴を開けたいところですが……まあ、物は試しですね」


レスタはピッと1つの場所に指を差した

すると、青空だった場所に突如雨雲ができ始め……その雲は森一帯を覆っていく

魔力感知で人が居ないことを確認する


「……おや、動物どころか虫もいませんね……これは…大物の予感…♪」


レスタが指を天に上げると同時に、雨雲から鋭く、大きな光が森へ落ちた

数秒遅れて耳を裂くような轟音が学園中に響き渡る


「……あれ?地面を割るつもりでしたが……学園の地面は固いんですかね?」


雷が落ちた場所は周りごと全てが消し炭になっていた

地面は黒く、まるで隕石が落ちたかのように凹んでいる

落雷により引火した近くの木々は降り注ぐ雨により鎮火されていった


「うーん、これ以上やると生態系が……ん?おおおっ?」


雷鳴とは違う地響きのような音が空気を揺らした

次の瞬間、雷を受け凹んでいた座面から噴火のように土が爆発した

レスタは目を輝かせその爆発を起こしたものへ近づいていく


「これは……!」





コンコン、学園長室の外側からノックが鳴る


「失礼します。レスタ・クラウンです、ただいま戻りました」


「おお!クラウン君!無事かい!?先程の大きな爆発…森で発生したようだったから心配していたんだ」


「ご心配ありがとうございます、僕は無事ですよ。怪我も無いので。そう……怪我…………」


レスタの声はだんだん声が落ちていき、俯きながら体を震わせると……その場でガクッと膝をついた


「クラウン君!?やはりどこか…」


「うう……あのドラゴン……完全に見かけ倒しでした……殺されはしなくてもちょっとは怪我しちゃうかな〜なんて思っていたのに……あんなに一瞬で……」


「ええと…クラウン君…?一体どういう意味だい?」


レスタは起き上がり腰の革袋をゴソゴソと弄ると1つの鱗を取り出した


「森にいたドラゴンの逆鱗です、重かったので体は森に置いてきました。これで討伐の証明になりますかね?」


逆鱗というのはドラゴンの数少ない弱点だ

体表に生えている無数の鱗の中で一枚だけ逆さに生えている鱗があり、一撫でされただけでもドラゴンは苦痛に悶え弱体化する。その逆鱗を剥がしたものをこのレスタは手に持っていた

学園長は理解が追いつかず完全に動きが止まる


「…………すまない。クラウン君が、その……まるでこの短時間でドラゴンを単独討伐したように聞こえるのだが……」


「そうですね」


レスタの平然とした返答に学園長はさらに唖然とする


「……そうか………いやでも……ドラゴンを……」


「学園長、報酬というのは何を頂けるのでしょうか、僕…ドラゴンに夢中でしっかり依頼内容を聞くのを忘れてしまっていました」


「えっ?あ、ああ……そうだね……何か欲しいものはある?知りたい魔法とか……」


学園長はなんとか表情を作り直し笑顔を浮かべる


「そうですねぇ……あ!この学園長室に来るまでの道って何か仕掛けを教えて頂けませんか?先程来た時は少し長いくらいに感じたのですが、今来た時はまるで……無限回廊に迷い込んだかのような長さをしていたんです。何か魔法の一種なのでしょうか?」


「ああ、廊下ではなく扉に魔法を掛けてあるんだ。体内に秘めた魔力量が多ければ多いほど距離を感じるようになっているから、クラウン君の魔力量では長く感じてしまったんだろう」


(無限回廊とは……私でもせいぜい数十秒で辿り着くというのに、この子は一体どれほどの魔力を秘めているんだ?)


「なるほど〜……確かに手強い侵入者が来た時なんかは役立ちそうですね、しかし初めて体験しました、学園長がお考えに?」


「私はそういった魔法を考えるのが得意でね、学園のブローチを身に着けていれば本来の距離で着くのだが……すまない、君にも説明しておくべきだったね」


学園長は引き出しから魔法の込められたブローチをレスタへ渡した


「ありがとうございます。それでは依頼は完了ということで、これで失礼します」


「待ってくれ、扉の魔法の情報だけでは報酬にならない、他に何かないかい?」


レスタは首を傾げうーんと唸る

ドラゴンを討伐したのだ、しかも希少な逆鱗を取ってきた

本来であれば領地を与えられてもおかしくないような偉大な功績だったが、レスタは至って平然としていた


「……報酬にしてはすこし欲張りかもしれないのですが……」


「な、なんだい?」


学園長はごくりと唾を飲み込んだ

金?この学園にある全ての魔法?

緊張する校長をよそにレスタはにこりと微笑んでいた


「いつか、僕と勝負して頂けませんか?校長先生と一度戦ってみたいんです」


「……は?ええと…それは構わないけれど、そんな事で良いのかい?それに…情けない話だが私では君とは良い勝負にならないと思うが……」


「そんな事はありません、実際扉の魔法も僕は見たことも考えたことも無かったものですし……学園長だけが知る魔法で僕を殺せる魔法があるかもしれないじゃないですか!ああ…未知の魔法で訳も分からず蹂躙される……なんて…なんて……」


恍惚とした表情を浮かべるレスタに学園長は異常さを感じた、しかし校長としての意地でなんとか持ち直す


「……………あ、ああ……そうだね……私は教師という立場もあるから、君を殺す事は出来ないけれど……手合わせなら…まぁ……」


「学園長もお忙しいでしょうしいつか時間が出来た時で構いません。それでは、よろしくお願いします」


レスタはぺこりと頭を下げるとそのまま退出していく


「それでは失礼します」


学園長がはっとして呼びかけようとした時にはレスタは既にいなかった、疲労感が襲ってきて椅子の背もたれによりかかり眉間を押さえた


「な……なんなんだ……あの子は一体………」





「おおーっ!本当にすぐに中庭に出られました!」


レスタはブローチを手に廊下を歩いていた


「ふーむ、不思議な魔法です……魔力の気配が一切無い……校長先生が外出中も発動しているのでょうか…」


今日は入学式だったので授業は無く、レスタは校舎の散策をすることにした

先程中庭で絡まれた時はたくさんの野次馬がいたが、今は驚くほど人がいなかった


「……ん?ここは…食堂!」


食欲を唆る香りに誘われ入った大広間は食堂だった

多くの生徒と広い校舎を誇る学園だが、座席は数十人分と少なかった

そして昼過ぎにも関わらず生徒は一人もいなかった

レスタはカウンターへ向かいメニューを吟味する


「お腹が空いているとなんでも美味しそうに見えますねぇ……」


カウンターの向こうには大きなキッチンがある

三角巾にエプロンを身に纏った一人の少女がせっせと料理をしている


「すみませーん、ランチを頂きたいんですが、オススメはありますか?」


「へっ!?」


少女は驚いたのか真上に跳ねた

瓶底眼鏡から桃色の瞳が見えた


「あっ…お客さんですだが?え、ええとっ、今日は……ハムサンドセットがありますだ!」


少女はカウンター上にあるサンドイッチの文字を指さす


「ではそれを10人前程お願いします」


「じゅっ!?お、お持ち帰りですだか?」


「いえ、この場で食べます」


「ええと……ここではお残しする人は出禁で……結構量も多いので、そんなに食べるのは難しいと思いますだ……」


「大丈夫です!僕今結構お腹ぺこぺこなので」





「おぉ……これは……」


「お、お残しされた場合は今後食堂に立ち入りできません、大丈夫ですだか?お客さま、初めてお見かけするお方ですし…」


「確かに一人前が結構ボリューミーですが……全然大丈夫です!運ぶの大変だったでしょう、ありがとうございます」


レスタは目の前に積み重なる自身と同じくらいある巨大なサンドイッチの壁をものともせずにこにことしていた


「いただきまーす」




「ごちそうさまでした!は〜…美味しかったです」


レスタはサンドイッチを見事に完食した

様子を見ていた食堂の少女はその光景を信じられず口をぽかんと開けていた


「美味しかったです、これから卒業までこんな美味しいご飯が食べれるなんて…入学したかいがありました、また来ますね」


レスタは皿をカウンターへ戻すとそのまま食堂を出ていった


「…す、すんげえ……あの人………絶対残すと思ったのに………」





「ほ〜ここが寮ですか……」


レスタは人気のない校舎を抜け生徒寮へ来ていた


「そのまま生活して良いと言われましたが……寮長さんには挨拶したほうが良いでしょうか」


「寮長ならいないよ、今頃教師は全員招集されているだろうから」


声を掛けられ振り向いた先にいたのは金色の髪をした好青年だった

胸元に先程渡されたのと同じブローチを身に着けアレンジをされた制服を着ている


「初めまして、今日入学したレスタ・クラウンと申します。この寮の方ですか?」


「俺はハロルド、君と同じ新入生さ。ここにもさっき来たばかりなんだ、良かったら部屋まで少し話さないかい?」


「構いませんよ」


レスタとハロルドは一緒に寮の玄関へ入っていく

単位が取れれば出席を矯正されること無いこの学園では転移魔法により通学している者が多く、学生寮に住む者は少ない


城のように巨大な校舎に比べ寮は数階建てだった


「ところで…さっき森の方で色々あったみたいだね、それで教師も生徒もみんな避難した訳だけど……」


ハロルドの視線がレスタへと突き刺さる


「こんな緊急時にどうして君は今ここに?」


目の座った笑みを浮かべるハロルドの妖しい雰囲気をレスタはものともせず、目も合わせずに淡々と答えた


「さっき討伐したドラゴンの死体をそのままにしてしまったからでしょうか、避難指示出てたんですね。この寮は距離が離れていますが……大丈夫だと思いますよ」


「……ん?いや……君は避難しなくていいの?」


「?だってドラゴンはもう殺しましたし」


そう平然と言ったレスタにハロルドの張り付いたような笑顔は硬直した


「……君が倒したの?」


「はい、校長先生に依頼されて……あ、ここ僕の部屋ですね、お話ありがとうございました。では」


レスタはハロルドに会釈し部屋へ入って行った




「おお〜…中々良い部屋ですね…」


レスタは不用心にも鍵の施錠もせずに部屋に入る

部屋には備え付けの家具が置いてあるのでそのまま生活出来るようになっていた

レスタは腰の革袋から魔法でしまっていた必需品や本を机に広げていく

窓を開けると学園が一望できる眺めが広がっており、暖かな陽光と優しい風が心地良い


「さて…明日から授業ですし、予習でもしておきますかね」


ローブを脱ぎ椅子に腰掛けると事前に配布された教科書を手に取って読み始めた




読み耽っているといつの間にか日は傾き腹の虫が鳴っていた


「はぁ……お腹が空きました、どうして人はこんなにもすぐ空腹を感じるのか……」


レスタは服を脱ぎ、体を拭いてから布団へ飛び込んだ


「今日は肩透かしを食らってしまいましたし……はあ……誰か急に決闘とか申し込んでくれないかなぁ……」


レスターは革袋からロープを取り出した

それを首に巻き付け固く縛り、手と足にも同じように巻いていく

少し動くだけでもその白い肌には赤い跡が残っていく


そのままレスターは瞼を閉じ眠りについた




魔法使いレスタ・クラウン、数年前に発生した魔物による大災害をたった一人で食い止め国を救った英雄。雷を用いた鮮やかな戦い方で魔物を圧倒し、通った道には灰しか残らなかったと言われている

その偉大さを称え人は彼を『灰の勇者』と呼んだ

しかし、その気になれば全てを手に入れ支配者にすらなれるだろうと言われるいるにも関わらずレスタは地位も名誉も富も名声も必要としていなかった


彼が求めているもの…それは……


「むにゃ……もっと……強く……強く……へへ…」


痛み、苦しみ、絶望………そして、敗北

自分を負かし、苦痛を与え、殺してくれる強者_____ただそれだけだった


レスタ・クラウンは殺されたい


これは、勇者が殺されるまでの物語


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