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01-4.悪役令嬢は断罪される

 ……その言葉は私が死後の世界へ持っていくから。


 母の言葉を信じられなかったわけではない。


 免罪だということはメイヴィスが誰よりも知っている。


 ……だから、どうか、ご自分を責めないで。


 必ず迎えにいきます。と、書かれたメッセージカードは机の上に置いてある。


 遺書を書くことを止めてしまわないようにと、メイヴィスの背中を押してもらう為だけに置いたのだ。


 羽ペンが止まってしまう度にメッセージカードを見る。


 それはメイヴィスの希望の光だった。


 家族は信じてくれている。それだけでメイヴィスは前に進める。


 ……生き恥を晒すのならば、私は、死を選ぶ。


 母はそれを望まないだろう。

 父もそれを望まないだろう。


 義弟はなにを考えているのだろうか。


 ……この命を絶つことで、両親が罪に問われるような未来をなくせるのならば、それでいい。


 メイヴィスを監獄から連れ戻す為だけに足掻いているのかもしれない。それは国王の反感を買わないとも限らない行為だと知りながらも、両親は抵抗をするだろう。


 ……どうか、エドワルドのことを恨まないでほしい。義弟は義弟の信じた道を進むべきだから。


 メイヴィスは、感情のままに遺書を書いていく。


 母は遺書を抱き締めて泣くだろう。


 そのようなことを望んでいなかったと悔やむことだろう。


 それでも、いつか、前を向いて歩いて生きてくれるのならばそれでいい。


 母宛の遺書を封筒に入れ、父宛の遺書の隣に置く。


 次の遺書を書こうと便箋に手を伸ばしたものの、ふと、手を止めた。


「……必要だろうか」


 思わず声になってしまう。


 次に書こうとしたのはエドワルド宛の遺書だ。


 もう言葉遣いを改める必要はない。イルミネイト王国の王太子妃にふさわしい淑女教育を投げ捨てたところで、誰もメイヴィスを責めないだろう。


 ……あの子は殿下の後ろに控えていた。


 メイヴィスが一方的な弾圧を受けている姿を見ていた顔を思い出す。


 一瞬だけ眼が合った時、エドワルドは肩を揺らしていた。


 その表情はメイヴィスのことを嫌っているようには見えなかった。その目には迷いがあった。


 ……迷いながらも、殿下を選んだ。あの女を選んだ。


 エドワルドはアルベルトの側近として生きる未来がある。

 その道を歩んでいくのには、メイヴィスが残した遺書が邪魔になってしまうのではないだろうか。


 ……私の言葉がエドワルドの邪魔になるのではないだろうか。邪魔になるくらいならば残さない方が良いのではないだろうか。


 遺書がないことで怒るような義弟ではない。


 メイヴィスはエドワルドのことを思い出す。


 エドワルドはバックス公爵家の分家筋に当たるアベーレ伯爵家の三男だったのだが、跡継ぎに恵まれなかったバックス公爵家に養子として引き取られたのだ。それはメイヴィスがアルベルトと婚約をした後の話だ。


 ……あの子は、泣くだろうか。


 思い出すのは、公爵邸にてエドワルドの過ごした日々のことだ。

 メイヴィスにとって大切な思い出だった。


 二人は仲が良い義姉弟だった。


 魔法の才能に恵まれていたメイヴィスになにかと質問をするエドワルドのことを可愛がっていた。今だって可愛い自慢の義弟である。


 ……エドワルドにだけなにも残さないのも義姉として間違っているのかもしれない。きっと、私が恨んで死んでいったと思ってしまうだろう。


 再び羽ペンを走らせる。


 エドワルドに残すのは遺書ではない。


 ……エドワルド。貴方は私の自慢だった。


 二人は義姉弟だった。義姉弟でありながら師弟だった。


 これは義姉として残す遺書ではない。


 ……私を忘れて前に進めるように。


 免許皆伝、そう書いた便箋を見て泣くことがないようにと願う。


 東洋の文化を学んでいる時に知ったその言葉をエドワルドは気に入っていた。


 ……あの日の約束を忘れないように。


 いずれ師匠と弟子ではなく、隣に立つことの出来る一人前の魔法使いになれた時はこれが欲しいと強請られたことがある。


 今ならばその約束を果たすことができる。


 自信をもって書くことができる。


 メイヴィスにとってエドワルドは自慢の義弟であり、誰よりも素晴らしいと絶賛することができる弟子だった。


 ……貴方は私の自慢の義弟で、たった一人の弟子なんだから。


 エドワルドにはその言葉だけで伝わるだろう。


 小さく書いた言葉を見つけるだろう。それはそれでいい。

 遺書を残す行為そのものは、メイヴィスの自己満足によるものだ。


「監視役の殿方、いらっしゃるのでしょう?」


 机の上には封筒が三つ並んでいる。


 母から贈られたメッセージカードを手に取り、物音の一つもさせない監視役に声をかける。


「遺書を三枚、書きました」


 監視役の返事は望んでいない。


 しかし、メイヴィスの言葉に驚いたのだろう。なにか大きなものが落ちるような音がした。


「私が命を絶った後、バックス公爵邸に届けていただきたいのです。必ず、遺書を家族の手元に届けていただきたいのですが、お願いできるでしょうか?」


 監視役は一人だけだ。


 鉄格子の中にいるメイヴィスの傍に立っている人だけだ。恐らく、重く閉ざされている扉の奥には何人かの監視役が待機をしているのだろう。


「……公爵令嬢が書くようなものではないでしょう。それは、破棄させていただきます。貴女には必要がないものです」


「あら、意外ですわね。一日中、なにも話さないから、声が出せないのかと思っていましたわ」


「話をする必要がなかっただけです。そちらは処分をします」


 鉄格子の傍に来た監視役の騎士へと視線を移す。


 顔を隠すような古びた兜を被っている不気味な面立ちの監視役の手には、鍵が握られている。


 ……それは、私の視界に収めてはダメなものだろう。


 逃げようと思えば、逃げることができるだろう。


 監視をするつもりもないのではないかと疑ってしまうほどに警備体制は薄い。荷物を運搬したのもこの古びた兜で顔を隠している監視役の騎士だった。


 ……バカな人だ。


 かたくなに声を発しなかった理由に気づいてしまう。


 ……よりにもよって、君と会えるなんて。


 何年、その声を聞いていなかっただろうか。


 何年、彼の顔を見なかっただろうか。


 どれほどの月日が開いたとしてもメイヴィスは忘れることはないだろう。


 二度と会うことはないと諦めてしまっていたからこそ、心の奥底に追いやっていたはずの様々な思い出や感情が湧き上がるのを感じた。


「悲しいことを言わないで。これは大切なことなのだから」


 アルベルトの婚約者として生きていく為には、思い出してはいけない大切な友人だった。


 淑女の鏡として振る舞いをすることを忘れることができた友人をメイヴィスは忘れることができなかった。


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