01-3.悪役令嬢は断罪される
「言い忘れてしまうところでしたわ」
メイヴィスは視線をエドワルドに向ける。
エドワルドが困惑していることに気づいたものの、それに対応しようとは思えなかった。
「エドワルド。私がいなくなった後のことを貴方に任せます」
メイヴィスの言葉には迷いはなかった。
魔法学園に通っていた三年間、首席を保ち続けた頭脳は伊達ではない。状況把握力はこの場にいる生徒たちの中では飛び抜けている。
だからこそ、アルベルトはメイヴィスを嫌っていたのだろう。
「バックス公爵家の者として、私の義弟として、情けのない姿を見せるのは義姉の望むことではありません。殿下を支持すると決めたのならば、その姿勢を貫き通しなさい。それでは、皆様、ごきげんよう」
メイヴィスはそこまで把握してしまっている。
理解してしまっているからこそ、自身に降りかかるものを受け入れてしまうのだろう。
メイヴィスがなにを思っているのかを想像することはできなかっただろう。
言いたいことだけを言い、会場を後にするメイヴィスの姿を見送ることしかできなかったエドワルドの表情は暗いものだった。
アルベルトがそれに気づくこともなく、エミリアは安心したように笑っていた。
* * *
メイヴィスが婚約破棄をされたその日の内に地下牢へと投獄された話題は、瞬く間に国中に広がった。
それを広げたのは、その場にいた貴族たちだったということは考えなくてもわかることだろう。
アルベルトの反感を買ったことにより、投獄されてしまったメイヴィスの解放を願う者だって少なくはなかったのだ。
だからこそ、広まったのだろう。
しかし、当人であるメイヴィスにはそれを理解することができなかった。
……求めるのは私の釈放ではなく、アルベルトの廃嫡であるべきでは?
メイヴィスは国民の意思を理解できない。
メイヴィスの釈放を訴える声が広まったのは想定外だった。
……監獄というのは初めて入ったのだけど、こうも待遇がいいものなのか?
魔法により空調管理がされているのだろう。
重罪人を投獄しておく為のバレステロス監獄にある地下牢には、メイヴィスしかいない。
他の重罪人はメイヴィスの投獄に伴い、他の場所へと移動させられていた。
公爵令嬢という立場を剝奪されていないからこその対応なのだろうと、メイヴィスは思っていたものの、丁重な扱いを受ける理由がわからずにいた。
……投獄された罪人の扱いじゃない。これが罪人に対する扱いならば市民は怒り狂うだろう。
メイヴィスが投獄をされた一時間後には、最高品質のクイーンサイズのベッドと布団、枕が搬入された。同時に机と椅子、ソファーも搬入された時には、なにも言えなかった。
待遇と罪状が釣り合っていなかった。
……拷問もなければ、必要最低限の監視役しかいない。
投獄された二時間後に、暇が潰せるようにと幾つも専門書も渡された時にはお礼しか言えなかった。
それから豪華な食事が朝、昼、晩と提供され、いつでも紅茶を飲めるようにとティーセットも渡された。お湯は、魔法で沸かすことができる簡易用の魔法道具までついていた。
……私が要求した便箋と黒色のインク、羽ペンは最高品質のものが用意されている。
机の上に置かれている便箋は品質が良いものだった。
使用する用途も聞かれず、希望していた物を取り寄せるのが監獄の方法なのだろうか。思わず、そのように疑いを抱いたものの、それはありえないだろう。
……おかしいことばかりだ。免罪がわかっているからの対応としか思えない。
本来、バレステロス監獄は重罪人だけが投獄されている場所だ。
王国に対する反旗を企てた者、多くの人の命を奪った者などが投獄され、公開処刑される日を待つ場所である。
「さて、どうしましょうか」
独り言を言ってみせても監視役は反応をしない。
なにかがあったのかと疑うような素振りも見せない。
……徹底された教育とは思いにくいけど、好都合としか言いようがない。
それはメイヴィスの行動に興味がないのか、外部の情報を漏らさない為にしている行為なのかわからない。判断のつかないことを考えることは放棄し、メイヴィスは羽ペンに黒色のインクをつける。
……最初はお父様に宛てたものを書こう。
親愛なるお父様へと、慣れた手つきで羽ペンを走らせる。
今まで何通も書いてきた文字ではあったが、僅かに文字が滲んでしまう。
最高品質の便箋が滲むとは考えにくかった。恐らく、メイヴィスの手が僅かに震えてしまっているからだろう。
……情けない。バックス公爵家の令嬢の名が落ちてしまう。しっかりしなくてはならないのに。
これは遺書である。
異常な待遇を受けているのにもかかわらず、メイヴィスの頭の中にあるのは、避けることができないだろう死に対することだけだった。
バレステロス監獄から生きて出られた者はいない。
投獄された罪人は例外なく処刑される。
それはメイヴィスの望みではなかった。晒し者になるつもりはなかった。
……お父様は優しい方だから、きっと、免罪により死を迎えた私のことを嘆くだろう。
公開処刑などという恥を晒すつもりはない。
身に覚えのない罪を背負わされたと便箋に書いたものの、すぐに羽ペンを動かす手を止め、書きかけの便箋を丸めて放り投げた。新しい紙を取り出し、再び、遺書を書いていく。
……このような結末を迎えるのならば王室に差し出すのではなかったと泣いてしまうかもしれない。きっと、誰よりも自分を責めてしまうだろう。
それならば遺書には泣かないでほしいと書くべきだろうか。
不名誉な死に方をするくらいならば、自ら死に方を選びたかったのだと嘘偽りのない言葉を書く。遺書に嘘を書いても仕方がないだろう。
せめて、メイヴィスの死後、遺書をみた父が復讐に走るような真似をしないことを願う。
……お父様の娘に生まれて、私は幸せだった。
父への遺書は短くていい。多くの言葉は必要ない。
メイヴィスは便箋を封筒へとしまい、お父様へと宛先を書く。
……お母様。
父よりも気を使った言葉を選ばなくてはならないのは母だった。
母はアルベルトとの婚約を心から喜んでいた。
代々王室と深い関わりを持ってきたバックス公爵家の令嬢として生まれたからには、一度は夢を見るものだと嬉しそうに語る母の笑顔を思い出す。
……お母様の心は荒れ果ててしまうことだろう。
投獄されて初めて胸が痛んだ。
悲しみの中に置いていくことになる母を思えば、心が痛くてしかたがない。
……家族の中では誰よりも繊細な人だから。きっと、私が命を絶てば、泣き崩れてしまう。
メイヴィスが投獄されたことは、母の耳に届いているだろう。
そうでなければ、メイヴィスが愛用しているティーセットが届けられるはずがない。
……ごめんなさい、お母様。お母様の気持ちは嬉しかった。
好んでいる茶葉の入った缶の中には、母からのメッセージカードが仕込まれていた。荷物検査を掻い潜ったとは思えないが、それは、確かにメイヴィスの手元にあった。