フーセン
それは突然の出来事だった。
フーセン
パパが亡くなった。朝一番に看護師さんに呼び出されると、それを取り乱した母の口から電話越しに知らされた。死因は急性くも膜下出血だった。でも東京の病院で聞かされた田舎での訃報に対して、特に実感も感慨も──僅かな感傷さえ湧いてはこなかった。テレビの画面越しに見る事件のように。
「ああ、どうしましょう、あなた、お通夜には出られそう?」ママが言った。ママは家事以外の家庭での実務的なやりくりは全て父に任せていたので、きっと心細いのだろう。本音では喪主を誰かに押しつけたいのだ。
「無理よ」私は正直に、かつはっきりと言った。「私も具合がよくなくてずっと入院しているのに、長旅なんて。どうしていいかわからないなら、親戚のおじさんが、頼めば全部引き受けてくれるでしょ?」
「まあ、まあ、何ていう子なのかしら。お父さんが亡くなったっていうのに、その言いよう」ママは皮肉っぽく泣き声を発した。
私は適当に謝り、宥め、電話を切った。
そのあと医師の許可を得て、病院の外に出た──ラフな恰好で。近くの海岸の砂浜の上に座り込むと、さざめく波を見つめながら大好きだったパパのことを思い返した。仕事で重責を負いながらも、休日には必ず家族サービスを欠かさない几帳面さ。たくさん遊んでくれて、色んな所に行ったなあ。お菓子だって内緒で買ってくれた。私の内定が決まったときの喜びようなんて、それはもう……
陽光は目の奥が痛いほど眩しく、空は果てしなく青かった。海の上には小さな浮雲がいくつか留まっていた。まるで用心深く考えを留保するように。今の気分と丁度重なる。
こんなことになるなら、もっと早くに会社を辞めるべきだった。精神がパンクするまで(その瞬間、破裂音はたしかに聴こえたし、その不吉な余韻は今も耳にこびりついている)意地を張っていたもんなあ。医師には今後はもう専門職以外、就くのは無理だと宣告された。でも未来のことなんて考えられない。ずっと過去に囚われている。もはや心の風船に適宜ガスを注入し、コントロールすることが適わないのだ。とうに涙も涸れてしまった。
「パパに会いたいなあ」私は呟き、立ち上がると、遺書を詰めた瓶を海に放った。
それでも背中が灼けるように熱いのは、決して太陽のせいだけではなく、私自身が過去に起こった出来事の記憶を、その心象を構成する主要な音声を、今まさに棄て去ろうとしているからかもしれない。