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5/15 9時 誤字報告ありがとうございました(*^^*)

あんなに沢山あったとは。大変感謝しています(^-^)/♪


5/19 14時 誤字報告ありがとうございました。

大変助かります(*^^*)




「………良いの? 私はきっと、ずっと追われる身なのよ」


「それこそ、愚問です。貴女でなければ、ついて行きませんよ。お嬢様」



私は執事のレオナルドと、夜の王都から消えた。

ミシナルフ伯爵家の長女、ルビィナス・ミシナルフが私の名前だったが、もう捨てた。


今はただの “ルビィ” になったのだ。



◇◇◇

家を出る前の私の日常は、いつもこんな感じだった。


「貴女なんて何の価値もないんだから、せめて仕事を手伝いなさい!」


13歳しか離れていない継母に、今日も理不尽な仕事を押し付けられている。


継母ローズは、前妻ラビィナスの娘である私を嫌っていた。いや憎んでいたと言っても良い。


私の母がいたから父のアルモンドと結婚できず、行き遅れの謗りを受けたといつも話す。


そんなことを言われても、どうしろというのか?


「アルモンド様は私の方が好きだったのに、家が男爵家でラビィナスが伯爵家だったから、家の為にラビィナスと結婚したのよ。真実の愛は私のものだったのに!」


(それ、普通のことだよ。貴族の結婚だもの、家格が高くて資産を持ってる方に親の意識だって向くわ。でも本当に好きなら、親を説得してでも好きな人を取るけどね。それが無かっただけでしょ? それにお母様とお父様は、とても仲睦まじかったわ。彼女の話は本当なのかしら?)


まあ、思っていても言わないわ。

面倒くさくなるからね。


ローズは、ピンクの長い髪とミモザ色の優しげな瞳だ。背も高すぎず低すぎず、胸もありウエストも括れている。顔も可愛いと思うけど、直情的な部分は伯爵夫人には向かないと思う。 


諦めれば良かったのに、父に執着して愛人に収まっていた。嫁の貰い手なんか、たくさんあっただろうに。


それが母が亡くなり1年を過ぎる頃、ローズが後妻として乗り込んできた。私が10歳の時のことだった。


「よく来たね、ローズ。今日から君が、ここの女主人だよ。そして娘のルビィナスだ。よろしく頼むよ」


「ええ、勿論よ。よろしくね、ルビィナス。私はローズ・ブライトンよ。いいえ、もうローズ・ミシナルフになるわね」


「……ルビィナス・ミシナルフです。よろしくお願いします」

私は挨拶の後、カーテシーをしてローズを見た。


「銀の髪に、アメジスト()の瞳………… アルモンド様と同じ色だわ。なんで………」


するとローズは、一瞬顔を歪めて私を見ていた。


「ローズ、どうかしたの?」

「いいえ、なんでも。可愛いお嬢さんですね」

「ああ、そうだろう。仲良くしておくれ」

「はい、勿論ですわ」


私はローズの顔を今でも思い出す。

全てを手に入れた筈が、邪魔なものまで付いてきたとばかりの酷く醜い顔を。

愛する男に似た憎き前妻の娘に、何とも言えなかったようだ。



◇◇◇

幼い時から、家庭教師に知識を詰め込まれてきた。嫡男ではない 女の(ルビィナス)は、政略的な結婚をして家を繁栄させる駒となる。時には婚家の秘密を握らせて、利益に繋げるのだろう。


私は父に何の期待もしていないが、その手腕だけは認めていた。だからまさか、愛人のローズを後妻にするとは思っていなかったのだ。



男爵家で教育を受けたローズには、高位貴族としての常識に乏しい面がある。下位貴族では優秀な方なのだろうが、そんなものは役に立たない。高位貴族であろうと、情報は日々更新され、常に新しい知識がものを言う世界だから。


社交一つを取っても、ローズが駒として動けることはないと確信していた。




◇◇◇

母が亡くなり、女主人としての仕事を熟なしていた私。今後はローズがそれを行うことになり、引き継ぎをしてそれを渡した。


貴女(ルビィナス)が出来るなら、私でも大丈夫ね」


私はそれとは別に自分の事業もある為、特に何も思わず日々を過ごす。


ある日私は、父に呼ばれて執務室に呼ばれた。

ノックをして入室する。


「お呼びですか?」

「ああ、座ってくれ」


指示されてソファーに腰を降ろす。


そこには疲弊した父とローズが、既に座って待っていたようだった。


「ルビィナス。済まないのだが、ローズが妊娠した。暫くローズの業務を代行してくれないか?」


当主の指示に否やとは言えない。

これは決定事項なのだ。


「解りましたわ。他には何かございますか?」

「いいや、それだけだ。済まないな」

「たいした苦ではございません。ではこれで」


早々に部屋を後にする私。

父との会話中、ローズが狡そうな顔を向けているのを見逃さなかった。私が部屋を出る前に、甘えた声で父にしなだれかかる気配も感じていた。




◇◇◇

結局ローズに渡した書類は、殆ど何もされていなかった。やはり使用人の予算や家族の維持費等、男爵家とは規模が違っていたのだろう。


何度か作成した物も、執事にダメ出しをくらい挫折したらしい。かと言って、執事に教えを乞うこともなかったのか、未決済のものが山積みだった。


執事もさすがに困り果て、父に泣きついたのだろう。


「お嬢様、申し訳ありません。しかし私が手を出せる書類ではなく、旦那様にご相談させて頂きました」


主に家政を仕切る執事のレオナルドは、私に頭を下げた。

「良いのよ、別に。ずっと行ってきたことだもの。……でも、仕事が出来なかった本人が謝らないのよ。妊娠を盾にね。それが一寸嫌だったわ」


「お嬢様………」

悲痛な面持ちで私を見るレオナルドが、とても気の毒に思えた。

(貴方のせいではないのに)


「貴女は頑張りすぎです。幼き時から、このレオナルドが見てきました。不当を訴えるのなら、私もお供いたします」

「ああもう、大丈夫だから。母が病に伏してからずっとやっていたことだもの」


レオナルドはいつも味方をしてくれる。時には父を敵に回しても。

だから私は精一杯微笑んで、その場をやり過ごしたのだった。

(泣くもんか。心配かけちゃうもの)



◇◇◇

私には、遠縁から引き取られたレインと言う義兄がいる。我が伯爵家に私しか子供がいなかったからだ。私より11歳上で、既に何個かの事業に就き多忙だとかで、今も顔を合わせぬままだ。

もしローズが男児を産んでも、継承権はレインが筆頭であることに変わりはないそうだ。



数か月後、ローズが無事に男児を出産した。


「オギャー、オギャー、オギャー」

「ああ、可愛い子。アルモンド様にそっくり。これで後継ぎも心配ないわ」


何故か後継ぎの話をしたローズ。

スペアと言う意味なのだろうか?


「ああ、本当に可愛い。頑張ったね、ローズ」

「ええ、アルモンド。私、すごく頑張ったわ」


抱き合う二人に、私も使用人達も祝福を述べた。

伯爵家に、ダニエルが新しく家族に加わった。




◇◇◇

出産後もローズは、女主人の仕事をしなかった。


「だって、ダニエルの教育をしなきゃいけないから。後継者のことが一番大事でしょ?」


言い訳とも言えない発言だった。

どうせ彼女が熟なすことは難しい。彼女に教えるなら、子供に教えた方が早く覚えるだろう。


それにしても、父は何故ローズに言わないのだろう?

ダニエルが当主にはなれないことを。


私から言うことではないし、言っても聞かないだろう。


今日も多忙なので、特に関わらず邸を後にした。




◇◇◇

「ああ、なんて素敵な髪なんだろう? 貴方が独り身なら、僕が隣にいられるのに」

「嬉しいわ、アルモンド。お世辞でも良いわね、それ。………それで、今日は何が知りたいの?」


高級レストランの10階(最上階)は、秘密の恋人達の逢い引き場だった。時間が明確に決められており、鉢合わせしないように、入室後は施錠(ロック)される。


その代わり、室内は国王の寝室と同じような作りだと評判で、なかなか予約も取れないらしい。国王の寝室を知る者は殆どおらず、真偽はあやふやでも高級感と秘密保持が人気だった。


そんな部屋にアルモンドは居た。

相手は50代のマルセイヌ侯爵夫人で、ここに来ることは十回を越えていた。軍務大臣の妻である夫人に、武器や人の流れを質問する為に。普段は使用人を派遣して情報を得るのだが、軍関係の家は臨時職員を入れないし、欠員が出ても採用基準が厳しく、入り込ませることが困難なのだ。


「そんなことより、僕の愛を受け止めてよ」

「あ、待って、あぁん…」

ベッドの中へ二人はもつれ込んだ。


・・・・・30分後。


「はぁ、疲れた。アルモンドはいつまでも若いわね」

「ありがとう。それは顔のこと? それともアッチ「もう、キスはもう良いわよ。顔よ、顔。10代から殆ど変わらないじゃない?」」

「そう、ですね。きっと仕事が楽しいからですよ。こうやって夫人とも会えるし、ね」

「良く言うわ。まあ、教えてあげるわよ。貴方の知りたいこと」


ハニトラではないが、家の情報を流すのは危険(リスク)が大きい。その代償にアルモンドは、情報源に奉仕する。奉仕の仕方は様々も、情交が最も多い。寂しい心の隙に入り、定期的な情報を得ていくのだ。この夫人とは、もう20年の付き合いだ。他にも複数の情報源が存在する。



ミシナルフ伯爵家は、国王側の諜報が仕事なのだ。

※僕呼びは夫人の希望です。



◇◇◇

ミシナルフ伯爵家は、国王の庶子の家が与えられた爵位だった。預け先の貴族が手柄をあげたと言う建前だが、真実は違う。預け先の爵位を上げて、簡単に王妃が危害を加えないように子供を守ったのだ。その養い親となるのは、国王の諜報部隊《影》 の一人だ。


だがそれは、苦難の始まりであった。

庶子の周りには、常に諜報部隊を交代で配置し、自分達との動きが連携できるように鍛え上げた。庶子自らも手の者として動く、動かす為には諜報の邪魔になることは許されない。お飾りではいられない。

そうまでしなければ、王妃に認められなかったからだ。


「役に立たぬ犬はいらぬ」と言い、庶子を追い詰めたから。


そんな王妃に国王は注意さえできない。

何故なら王妃は大国の姫であり、彼女の一言で戦争に発展する恐れさえあったからだ。それなのに庶子の母が可愛らしくて、子までなしたのは国王の最悪の過失であった。

王妃とて、国が割れるような事態を父(大国の王)に知られれば叱責では済まず、速やかな処分が妥当だと判断していた。だが彼女は国王の必死な嘆願に、怒りではなく矜持で猶予を与え、その際に多くの特権をその手に収めていく。その一つが、大国の人間を側近として多く重用し、各所で実権を握らせていくことだった。



そんな最中、庶子は意地と気力で乗り越え、王妃に存在を認められた。


だが、諜報を目的とした爵位だ。

庶子は自分の代で終わりにしようとしていた。


でもそこに、王太子の庶子が運び込まれた。

「済まぬが、この子を育てて欲しい。世に出せぬ不義の子なのだ。頼む……」

子の母は、敵国の諜報員の女だった。

王太子はそれを知らず、女は情報を得るために近づき愛してしまったらしい。既に女は殺され、王太子の血を引くこの子が狙われている。血の繋がりが証明されれば、国は荒れることになるだろう。



異母弟となる王太子の辛い表情に、庶子は頷いた。

「………解りました。我が子として育てましょう。私も父に救われた身ですので」


「感謝する。本当に、済まない」

王太子は深く頭を下げた。

(我が子には辛いことかも知れない。けれど何の楽しみも知らぬまま、死んでいくのは憐れすぎる)



「但し、生きるための教育は行います。この子の為に」

「解っている。もし怪我や……亡くなっても責めなどはせん。厳しく仕込んでくれ」

「はい。必ずや」


あろうことか伯爵家に、庶子とは言え国王と王太子の子が集うことになった。その後も王家の援助を受け、生き延びていく彼ら。


王妃は後悔していた。

自らの孫となる庶子は、王太子(息子)そっくりだった。身の安全の為には、ミシナルフ伯爵家程心強い場所はない。けれど成長すれば、彼も諜報員として生きることになる。孫だけ特別には出来ないのだ。


(こんなことなら、国王の庶子に意地悪しなければ良かった。殺そうとさえしなけば、息子そっくりな孫に会いに行くこともできたのに)



しかし身を守る術は、彼らには必要だった。

母なる出自は伏せていても、国王らの庶子だと言うことは重鎮と王家の血を引く貴族には、混乱を招かぬように知らせてある(王太子の子の母が諜報員なのは秘密にされている)。情報が漏れ、誘拐や謀反に利用される恐れがある為、強さと情報収集能力は必須なのだ。生きるならば、守られるだけではいられない状況なのだから。


それからは、父と子とも親戚とも声に出せない関係が、王家と続いていく。あまりにも血が濃い為、子孫を王家の嫁や婿には出せないが、王家に子がいない時は王太子候補にあがっても、誰もミシナルフ伯爵家に反対が出来なくなった。


その後も王族で庶子が産まれた際、男児ならば次期当主として伯爵家に引き取られた。それは伯爵家当主が、弱味になる子を作りたくなかったことと、王家の庶子が来ればその代はあまり無理使いをされないからだ。

出来るなら自分の代で諜報部隊を終焉にし、普通の伯爵家に戻ることを希望していた。


そんな経緯で、ミシナルフ伯爵家は何度も血の繋がりが断たれている。当主の血が紡がれず、王族の庶子が養子として入って来るからだ。

今の当主は、国王や王太子の庶子ではなく王弟の庶子の子だ。直系とは言い難く血が薄い為、王族とも婚姻を結べる。王子か姫でも迎えれば、今度こそは隠密の仕事を終えられるのではないかと、前当主(王弟の庶子)は期待していた。


「………私と子はもう諦めよう。でも元々この爵位は、国王の不義で出来た臨時のものであった筈。子々孫々、泥を被る必要等ない筈なのだ」

ある意味王家に爵位を戻す形になれば、子孫が血にまみれなくて済むと常に考えていた。


しかしそんな願いも虚しく、王家を裏切らない隠密軍団と化したミシナルフ伯爵家を存続したいが為に、王命で気合いの入った花嫁が送られて来た。


王家では極秘としつつも、王族の降嫁等は端から除外されていたのだ。美貌の伯爵家当主達に、王子や姫が婚姻を望んでも悉く却下され、逆に伯爵家の重要性を再教育される始末。


従って嫁に来たのは、内部事情を知りえても忠誠を誓う家門で、強さにも知性にも定評のある女性だった。ミシナルフ伯爵家の当主達は、王命で縛られた花嫁を憐れに思った。



さらに秘密裏な王命は、ミシナルフ伯爵家当主に憧れる娘達にたびたび誤解された。そこに嫁ぐことが、どれだけ危険か事情を知らない者達に。

なかなか結婚せず、いつまでも婚約者がいない為狙われていたのだ。婚活市場で。血筋故か、みな勇猛で麗しい容貌なことも原因だった。



そんな感じで、ラビィナスは王命組。

当主アルモンドを庇い、ワイングラスを代えて飲み毒に遣られて寝付いていた。その後犯人は捕まっている。


対人攻撃には強いが、女性は毒耐性がついていない。

どうしても不妊に繋がるから、飲んで毒に慣らす訓練ができないのだ。形状や臭いでは、無臭毒は避けられなかった。


それでもラビィナスは、自分を心配してかき抱くアルモンドに言う。

「ご当主様がご無事で、ようございました。お役に立てて嬉しいです」と。

「なんで……いや、大儀であった」

その言葉にラビィナスは笑みを浮かべる。

「勿体ないことです」


アルモンドは叫びたかった。

(この危険な家では、子などいらない。女にも毒耐性をつけるべきなのに!)

悔しさを押し込め、強くラビィナスを抱き締めていた。




◇◇◇

素性を隠していたが、ローズの母リーズは敵国出身だった。ローズの父ザックが中程度の商人だった時、彼女の旅行中に知りあい、付き合い始めたのだ。


リーズの父は侯爵位を持ち、この国に入り込む隙を狙っていた。リーズは彼の末娘(だが庶子)だ。ザックとリーズが平民として結婚した後に、侯爵は身分を明かし、自分に協力することを約束させた。ザックはリーズを愛するが故に、今さら離れることなど出来なかった。


リーズの父は、資金と敵国の流行や事業のノウハウをザックに伝え、大商人に押し上げた。そして男爵位を得るまでになる。


その代償に、敵国の商品をこの国で売りさばくように指示し、その中には爆弾や毒薬も含まれていた。リーズの父は自分の手を汚さずに利益を得て、この国のテロリストに容易に武器が渡るように誘導した。


それを何十年も続けている最中だ。


リーズはそれを知らず、ザックは長い間苦悩していた。

(リーズのこともローズのことも大切だ。今さら逃げることもできない。ならば静かに目立たぬように、危険の目を避けて生きよう)


そう思っていたのに、ローズはアルモンドに惹かれてしまった。選りにも選って、王の犬と言われるミシナルフ伯爵家当主に。


今の所接触はないが、きっと我が家は目をつけられている。

下手をうてば、知らぬ間に拉致され屠られることだろう。


だからザックは、結婚どころか関わることも止めさせようとした。


「アルモンド様は、アイビー伯爵家の令嬢と婚約している。だから諦めなさい。ローズにはもっと良い男を見つけるから」

「嫌よ、私にはアルモンド様しかいないの」


その後ローズは婚約を嫌がり、ラビィナスが倒れてからは家を出て、アルモンドの愛人となったのだ。



「ああ、何てことだ。自ら敵地に飛び込むようなことを」

「貴方、ごめんなさい。全部、父のせいだわ。いえ、貴方を愛した私が悪いのね」


ローズが出ていった後、隠していられず今までのことをリーズに伝えたザック。


二人は、何のしがらみもない時に出会っていた。

二人を利用したのは、リーズの父だった。


「何とか諦めさせましょう」

「そうだな。最悪君とローズだけでも遠くへ逃げるんだ」

「な、そんなこと出来ない」

「ごめんよ、リーズ。でも僕は、君達に何かあれば生きていけない。頼むよ」

「うわぁぁん、嫌よ、ザック。嫌ぁ」


そんなやり取りもあったが、ローズの説得は失敗に終わった。

彼らは諦め、きたる日まで大切に生きていくことにしたのだ。


「僕の愛は永遠に君のものだ」

「勿論、私の愛もよ」

抱き合う二人の覚悟は決まった。




◇◇◇

ラビィナスは私の最愛だった。

決して目を惹く容姿でもなく華もなかったが、諜報員の妻として文武両道で努力を惜しまない人だった。

拙いながらも私を慕うと言い、微笑んで愛を伝えてくれた。


殺伐とした日常に、彼女が彩りを与えてくれた。

そして娘までを与えてくれたのだ。

幸せだった。

全てが自分達を祝福しているようだった。


けれど彼女は毒に倒れた。

私を庇ったことで。


必死の捜査で、(表向き)国王からの捜査権を与えられている伯爵家を恨んだ犯行だと判明した。


恐らく、諜報部隊のことを知る何者かなのだろう。

ただの私怨とは思えない。


そしてその毒の入手経路を調べ、ブライトン男爵家だと掴んだ。以前からきな臭い商人だが、名が表面に浮上したのは始めてだ。たぶん強い後ろ盾がいる筈。


だから私の周辺をウロウロする、彼の娘に目をつけた。

ローズ・ブライトン。男爵家の一人娘だ。

いつものように甘言で誘惑し、彼女の聞きたい言葉を並べた。彼女は嬉しそうに、私への愛を囁いてきた。


「デビュタントの時から、ずっと好きでした。貴女が振り向いてくれるまで、いつまでも待つつもりでした」

頬を染めて私を見上げる表情からは、(はかりごと)等は無縁に見えた。実際に彼女の尾行をしても、不審な様子はなかった。


ただ彼女の父と商いをする商人の中に、隣国の言葉を話す剣呑な者が数人いて、隠そうとしても上質な衣類を纏うことで違和感を与える。内部に潜入しても、従業員の口は固く情報は得られない。


それならばと思い、ローズを餌にする為に愛人として側に置いた。僅かな証人と商品経路が紐解かれていくが、確証は掴めないまま時が過ぎた。


寝たきりのラビィナスが、とうとう亡くなった。

「ごめんな、ラビィナス。まだお前の仇を見つけらない。……もう少し待っていてくれ」


葬儀では涙を見せず乗り切ったが、その夜は声をあげて泣いた。防音の部屋だから、誰にも気づかれてはいない筈だ。


ローズのことは解放しようと思っていた。

彼女といても、誰も接触してくることもなく、かと言って目新しい情報も得られないからだ。それに私といれば危険に巻き込まれることさえある。


でも彼女はこう囁いたのだ。

「やっと邪魔な奥さんが死んだのね、おめでとう。私達結婚できるのね」


満面の笑みで、悪びれもせずに。


その時私は思ったのだ。

「愛するラビィナスに、死んでおめでとうなんて。彼女の魂を汚すなら、お前も同じようにしてやろう」


そうして彼女の死後1年してから、ローズと結婚した。小さな教会で、家族と友人に祝われて。


これで彼女と私は縁付いた。

彼女の父ザックの店で彼女のプレゼントを購入後、帰宅中に襲撃にあったり、外出先で馬車に轢かれそうなこともあった。ローズと一緒の方が逃げられずに、襲撃の成功率は上がりそうなのに、いつも一人の時に襲われた。


返り討ちにして、死体は暗部が処理しているから見つかってはいない。


そのうちにローズが懐妊したと言うから、襲う方はそれを知っていて考慮したのかもしれない。ますますローズの生家が怪しくなった。


私は不幸な子が増えないように、ローズの食事に避妊薬を盛らせていた。けれど偏食な彼女は外食し、あまり食事を口にしていなかったらしい。私が不在の時は部屋で食事をしていたと言うから、心配されないようにこっそり袋に入れて捨てていたのかもしれない。


だから妊娠した報告を聞いた時は、咄嗟に動揺の表情を浮かべた筈だ。

(嘘だろう?)と。

取り繕い、すぐに笑顔で祝福を伝えたが。


父親に祝福されない子は、なんて可哀想なのだろう。

(ごめんな、愛してやれなくて)



◇◇◇

とうとう毒を盛った実行犯に、毒を渡した人物が見つかった。

「家族だけは助けてください。どうか、どうか」


平伏して願う初老の女は、病の息子とその家族の為に手を汚した。嫁には幼子がおり、息子の介護もあるので内職で凌いでいたが、薬を買うことが出来なかった。それを井戸端会議で話した後、見知らぬ男に声をかけられたのだ。忘れ物を届けて欲しいと。


夜会の行われている横庭で、小瓶を取りに来た男に “忘れ物” を渡す。

男はありがとうと言って、予定より多くの金を渡してくれた。


その後に、伯爵夫人が倒れたと大騒ぎになった。


「いつか、こんな時が来ると思っていました。申し訳ありませんでした」

初老の女は組織の者ではないと判断され、むち打ちの刑を受けた後。帰路で殺害された。きっと黒幕の手の者だろう。


初老の女は家族に咎を受けず、安堵して旅だって逝った。



◇◇◇

「なんだって。本当かいレオナルド?」

「はい。全員屠りましたが。これで3回目です」


細かな証拠が出ている中、ルビィナスは3回も襲撃を受けた。幸いレオナルドが付き添っており、2人で戦えば勝てたそうだが、目に見えるように敵の強さは上がっているようだ。


「学園は暫く休んで様子をみましょう」

「ああ、そうだな。頼むよ」


レオナルドが部屋を去り、一人になったアルモンドは、深く嘆息した。


「きっともう潮時なのだろうな。お前は生きろよ、ルビィ」



◇◇◇

ローズの子ダニエルが3歳になり、いろんなことを話し出した。


「ルビィは、よめにいくしかやくにたたない」

「ルビィは、しごとしなければおじゃまむし」

「ダニーは、このいえをつぐからえらい」


次から次に、ろくでもない言葉を発する異母弟。

教えるのは継母ローズ。

ルビィナスは反論せず、ただ悲しげに幼い弟を見ていた。

(私のことはもう良いけど、こんなことばかり言えば周りに嫌われてしまうわよ。厳しく教えてくれる家庭教師がいれば良いのだけれど)


反論すると、ローズが大袈裟に喚いてダニエルを庇うので、ルビィナスはもう距離を置くことにしたのだ。




相変わらず女主人の仕事はせずに、社交界で愛され自慢と息子自慢を繰り返す。たぶん浮いているけど、下位貴族は逆らえず付き合っているのだろう。


そこに義娘の悪口も追加している。

「学校を休んで、家に籠って駄目な子なの。でも責めたりしなくてよ。おほほっ」



ルビィナスは亡き母ラビィナスに似て、文武両道で礼儀正しい令嬢だと認識されていた。その彼女が貶められるのを聞くと、継子虐めでもされているのかと周囲は訝しむ。それに気づかない能天気さが、彼女の首を絞めることになるのだ。




◇◇◇

「ルビィ、見損なったよ。君は弟に暴力を振るったのだって? 大事な男児に何てことをするんだ。不満があるなら、もうこの家から出ていきなさい」


執務室に来るように言われ、父の元へ向かうと告げられた言葉は青天の霹靂であった。誓って危害を加えたこと等はないからだ。


「そんなことは致しません、お父様」


血の気がひいていくのが解る。

愛してくれていると思っていた父が、憎しみの籠った目で私を追い詰める。また何か言おうとしても、喉が張り付いたように声がでない。


ローズも父の隣で悲しげな顔をしていた。

「やはり母違いの弟は愛せないのね。仕方ないけど、辛いことだわ」


「もう部屋に戻りなさい」

父の低音の怒声で、泣きそうになりながらも部屋を後にした。


(………もう私のことは、大事じゃないの? 信じてくれないの?)

部屋に向かう途中、ルビィは堪えきれず眦から涙が溢れ出した。自室に戻り亡き母の形見のオルゴールを胸に抱き、身の置き所なく部屋を徘徊していると、真っ暗な部屋に月明かりが優しく差し込む。



「チャラララ♪ チャララ♪ チャラララ♪」


出窓でオルゴールを開き、母の好きな音楽が奏でられると、思い出が鮮やかに呼び起こされた。長い時間ではなかったが、母と父と過ごした楽しかった笑顔の日々を。


たくさんの星が煌めいて、ルビィの落ち込んだ気持ちを慰めてくれた。



◇◇◇

「あー、スッキリした。いつもすかした顔だから、いい気味だった」


ローズはアルモンドに構って欲しくて、彼の気を引く話題をきりだした。ダニエルは虐められてはおらず、彼女(ルビィナス)は切なげに見ていただけだ。


「何も言わないで、いつも馬鹿にした目で見て。視覚の暴力だわ」


だからローズは、ルビィナスが叱られれば良いと思った。それで気が晴れる筈だっだ。



◇◇◇

「お父様、この服飾の商会を買い取って頂けますか?」


ローズがお茶会に行っている間、ルビィナスはアルモンドの執務室に訪れた。


「どうしてだい? 利益の出ている良い店じゃないか」

ちらとこちらを見て、すぐに手元の書類を目で辿る。


「………もう私には必要がないものですので。お父様が駄目なら他を当たります」

踵を返そうとした背中に、アルモンドの声がかかる。


「……買い取るよ。色をつけてね」

「ありがとうございます。お父様」


ルビィナスは、とても良い顔と明るい口調でお礼をした。

アルモンドは暫くその顔に見惚れた。

ラヴィナスそっくりの、その強い眼差しに。


「ああ。私の方こそ、ありがとう……………」



アルモンドはルビィナスの出ていった扉を見つめ、流れる涙を両手で覆ったのだ。

「っく、さよなら、ルビィ。どうか幸せになって」




◇◇◇

その夜ルビィナスは、アルモンドに貰った小切手を握り締め小型のスーツケース一つを持ち、伯爵家を後にした。

部屋は特に片付けもせず、普段通りで無くなった物もないようだった。

彼女は気配を消して、闇夜を駆け抜けた。

「取りあえず脱出は成功ね」


息が切れた場所で少し休憩すれば、微かな足音を察知した。

「襲撃か? 一人だと分が悪いわね」


懐からナイフを出し構えれば、懐かしい声が聞こえた。

「わー、私です。攻撃しないで! お嬢様」

「え、何でレオナルドが! お父様に言われて来たの?」「いいえ。ですが、私も連れて行ってください。きっとお役に立ちますから」

「………良いの? 私はきっと、ずっと追われる身なのよ」


「それこそ、愚問です。貴女でなければ、ついて行きませんよ。お嬢様」

「うん。じゃあ、行きましょうか」

私は執事のレオナルドと、夜の王都から消えた。



◇◇◇

「此処にいるのは、俺の意志だから。俺もあの家から逃げてきたんだ」

「うん、解ったよ。でも、何か口調が軽いね」

「硬い方が良いならそうするよ。でももう執事止めたから、できればこのまま行きたいけど。駄目か?」


子犬のような縋る表情に、笑みが溢れる。


「良いよ、別に。もう執事じゃないし、私も家を捨てたから、お嬢様でもないしさ」

「ありがとう。じゃあ、ルビィナスって呼んで良いか?」

「うーん」

「駄目なの?」

「いいや、良いよ。でもルビィって呼んで欲しい。私はルビィナスじゃなくて、ルビィになる」


「そうか。………じゃあ俺も、レオにするよ」

「……そっか。よろしくね、レオ」

「ああ。こちらこそ、ルビィ」


旅の道中、ミシナルフ伯爵家と別件の盗賊・山賊・海賊がワラワラ。旅人二人は狙いやすいのかな?


面倒くさいけどほっとけないから、憲兵につき出した。

他の人が被害に合うと可哀想だしね。


平民の武芸者として届けを出せば、謝礼金を貰った。

「こいつらお尋ね者で、懸賞金もかかってるんだよ。二人で戦ったのか ? 最強夫婦だな」


何て言われたら、私は照れたけど、レオは満更でもない顔をしていた。

「俺の方が弱いんだ。やっぱり女が強い方がうまくいくよね」

なんて適当に言って、笑いを取っていた。

夫婦として偽装するのは良いけど、何だか失礼なのよね。

解せないわ。


何日も何日も辻馬車と徒歩を繰り返し、ずっとずっと南下して、一年中夏の国に住んでみることにした。

そこに着いた時、私はレオに言った。


「ついて来てくれてありがとう、レオ。ここは安全だからレオも好きにしたら良いよ」


その言葉にレオは、泣きそうだった。

「ルビィ、俺のこと嫌いなの?」

「何泣きそうな顔してんのさ? 嫌いな訳ないでしょ。ずっと一緒だったのに」

「じゃあ、何で好きにしたら良いとか言うのさ。今さら放り出すの?」

「そんな訳ないよ。せっかく執事を辞めたから、ゆっくり休暇でもと思っただけだよ」

「あ、そう言うことか。良かった」


何か安心したらしい。一安心だ。


その足で二人で住む家を借りにいった。

大家さんには、若い人が来てくれて嬉しいよと言われた。いつも二人でいたら、夫婦だと思われていた。


私は良いけど、レオが嫌じゃないか聞いたら、良いに決まっていると言われた。私が17歳でレオが28歳だけど、レオは若く見えるから不自然じゃないようだ。


「ルビィ。今すぐじゃなくて良いから、結婚して欲しい。考えてみてよ」

「………うん。解った」


いつも自信ありげのレオは、今日はとってもしおらしかった。レオは背が高い。いつも見上げるくらい。180cmくらいあるんだって。私は160cmないからなあ。


あと、群青の艶々の髪。執事の時は後ろに撫で付けていたけど、今はおろしているから若く見える。

瞳は紫で、とっても綺麗だと思う。

顔は見慣れているけど、街に行けばキャアキャア言われているのを私は知っている。私のことを奥さんだと思っている人も言ってくるのだ。


総合的に言って、レオは格好いいんだと思う。

でも時々、雨に濡れた子犬みたいなこともある。


その後も私はずっと考えたけど、レオのことが好きだと思う。


テーブルに座り考えを巡らしていると、声がかかった。

「今日の夕食は、鶏肉のシチューだよ。サラダと黒パンと牛乳だけど、足りるかな?」

「うん、美味しそう。ありがとう、レオ」


どんどん並べてられていく料理に、喉がなる。


「どう? 美味しい?」

「うん、最高。今日は猪狩りだから、動いたしね」

「そうだね。でもそのうち、何か事業でも始めようか?」

「うん、そうだね。 頭が鈍っちゃうもんね。モグモグ」


あ、もし結婚したら、お料理は私が作るのかな?

作ったことないなぁ。


何てことを話すと、「勿論、俺が作るよ。でもさ、一緒にキッチンに立つのも夢なんだよ」だって。


政略結婚すると思っていたから、誰かを選ぶなんて思ってなかった。だから私はレオを選ぼうと思う。


「ねえ、レオ」

「何?」

りんごを剥いているレオ。

「結婚しよう」

「えーー!!!!! 痛っ、ヤバい、少し切った」

「嫌?」

「まさか! すごく嬉しいよ。ヤッター! まさか、今日初夜かな?」

「腹は決めた。いつでも来いだ!」

「男らしい、好きだー!」



そして二人は結ばれた。





◇◇◇

その頃のミシナルフ伯爵家。


「ルビィナスとレオナルドの遺体が、川の下流でみつかった。たぶん伯爵家に恨みを持つ者の犯行だろう」


二人が姿を消し、伯爵家と騎士団総出で捜索していた。

必死の捜索にも手がかりがなかった。


部屋は何も持ち出されておらず、家出の件も除外された。

買い物か散歩の時に、襲撃されたのではないかと推測された。

体は膨れて判断できないが、髪型と身長、服装で判断された。複数人が二人が着ていたのを覚えていたからだ。


「ああ、ルビィナス。何て姿に」

妻の死でも毅然としていたアルモンドが涙を拭い、周囲の悲しみを誘う。


ローズも信じられない表情をしていた。

「何で? 喧嘩はしたけど、死んで欲しいとは思ってなかったわ。嘘でしょ?」

彼女も涙を頬に伝わせていく。


ダニエルには死体を見せず、ルビィナスの死だけを伝える。

「どうして? ぼくがわるぐちいったから? ぼくのせいなの?」

「違うわ、違うのよ。悪い人に殺されたの。貴方のせいじゃないわ」


ローズはダニエルを抱きしめて、号泣していた。

ただ社交の場で、義娘の不満をいつも漏らしていた為、もしかしたらとの噂も飛び交っていた。


(何でよ。私は殺してない。変なこと言わないでよ!)

さすがのローズも、怒鳴って絡むことはしなかった。




◇◇◇

「陛下、申し訳ありません。レオナルド様はルビィナスと共に殺害されました」

悲痛な面持ちで陛下に報告するアルモンド。

国王の隣には王妃がいて、共に聞いている。


国王は魂が抜けたように、一点を見つめ涙していた。

本来なら、国王が落ち着いてから報告するべきだった。


報告を急かしたのは、王妃だった。


ルビィナスが一度も見たことがないと言っていた義兄レインは、執事のレオナルドのことだった。身分を隠し、普通に生活していたのだ。それと言うのも、身を守る術を早期に身につけられたからだ。


「仕方のないことです。今までご苦労様でした、アルモンド。では後継は、ローズ夫人の産んだダニエルかしら?」


淡々とした口調で、進行していく王妃。

「暫定ではそうですが。それは叶わないかと」

「そう。解ったわ。ではこれで話は終わりね」

「はい。国王陛下、王妃陛下。御前失礼致します」


礼をして踵を返すアルモンドに、王妃の声がかかる。

「これは貸しですよ。解っていますね、アルモンド」

振り返り、再び王妃へ礼をした。

「御意に」


王妃は扇を揺らし、アルモンドを見送った。

ついぞ国王は気づかずに、悲しみに沈んでいるのだった。


国王は知らないが、レオナルドは彼の子ではない。

混乱を避ける為詳細は伏せているが、王妃は知っている気がする。でも先に庶子として預けられたので、特に報告する義務はないのだ。国王の愛人に真実の愛人がいたとしても、気づかない方が悪いのだ(言えないが)。


もし本当に庶子ならば、既に王妃の手の者に屠られていただろう。王妃は嫉妬深く、側室さえ存在しない。

既に子供は5人いるので安泰であるが。


◇◇◇

「お前も大胆だな。娘だけでも大概なのに、国王の庶子も纏めて亡き者にするなんて」


二人の死体は、襲撃者の死体を偽装したものだった。

それを知るアルモンドの悪友ルベールは、肩を叩き軽口を言う。

彼は諜報部隊で、何度も死線を潜った仲間なのだ。


「少しくらい良いだろ? 私は既に最愛を亡くしている。ルビィナスまで政治の道具にされたくないんだ」

「ああ、解るよ。俺だって妻を亡くせば、同じことを思うだろう。でも、どうするんだ? ローズとダニエルは?」


同じ諜報員なので、ローズの父であるザック男爵と、隣国の侯爵家の繋がりは把握している。あと少し証拠が揃えば、侯爵は無理でも男爵は罰することはできる。


そもそもローズに近づいたのも、ラビィナスの仇を取る為だと言っていい。避妊失敗はアルモンドのミスだ。本当は、子をなす気はなかった。


今後、表向きではザック男爵は横領罪で領地の片隅に下がることになり、新たに領主が選ばれる。裏では敵国と通じた(ザック男爵)は、死刑を賜るだろう。それを知る男爵夫人も同罪だ。夫人は侯爵の娘だが、即座に切り捨てられる筈だから。


ローズにはそれを知らせないので、両親には二度と会えなくなる。ダニエルも祖父母を失うのだ。


王族と一部の高位貴族にその顛末は知らされ、ローズ達だけが知らずに過ごす。ミシナルフ伯爵家をダニエルが継ぐのを王家は承諾しない。神籍に移り生涯を過ごすなら生き延びられるだろうが、それをローズが許さないだろう。恐らく、成人(18歳)前に命が尽きる運命。ローズくらいは生かしていても良いが、煩くなれば…………


彼女は、(ラビィナス)のことも(ルビィナス)のことも悪し様にした。だからいくら私を愛してくれても、私は彼女に強い情を抱けない。愛なんて勿論ない。


もし彼女が、娘を大切にしてくれたなら、私も大切に思えていただろう。可能性の話に意味など無いけれど。


伯爵夫人の仕事も、今後はローズ一人の仕事だ。

「出来るまで、頑張って貰おうじゃないか、伯爵夫人。くすっ」


夫人の書類で積み上がる執務机を見て、乾いた声を漏らすアルモンド。



◇◇◇

そしてアルモンドは、いつもの日常に戻る。

全てを知るレオは、ルビィが落ち着けば全てを話すだろう。

アルモンドが、突き放して別れを告げた理由を。




「ルビィ。一緒には行けないが、ここで君の幸福を祈るよ。この空の下で、共に生きていくんだ。寂しくはないよ」

アルモンドに後悔はない。娘に自由をプレゼント出来たのだから。


この国には冬が忍び寄り、冷たい風が頬をひりつかせる。彼は、高くなった空を泣き出しそうに見上げた。



もう二度と会えない父と娘。


死人と処理された彼らを、王妃は再び入国させることを許さないし、諜報活動以外でアルモンドはこの国から出国できない。王妃の権威は強く、(アルモンド)から彼女の影は離れないだろう。



ルビィから全ての誤解が解けた時、二人の心はもう一度通いあう。


そして娘は父の愛に涙するのだ。



5/15 9時 日間ヒューマンドラマ(短編) 17位でした。

ありがとうございます(*^^*) 

18時 10位でした。ありがとうございます(*^^*)♪


5/16 16時 0時 日間ヒューマンドラマ(短編) 6位でした。ありがとうございますヽ(´∀`)ノ♪♪

9時 4位でした。 ヽ(*´∀`*)ノヤッター♪♪♪

ありがとうございます♪



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[良い点] 複雑な血縁関係と多くの人の思惑が絡み合った重厚なヒューマンドラマ。とても面白かったです。 [気になる点] たくさん誤字報告入れてますが、大半は「感嘆符の後ろは全角スペース1字空け」という小…
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