何でお前は勘当されないんだと言われましても
ギャグにしたかった……
「なんで、お前は勘当されていないんだっ!!」
いつもは城内からほとんど出ないのだが、これは直接視察に行った方がいいと判断して出かけた先で、学生時代の元友人に出会った。
「…………」
元友人と言っても今は平民になっている相手だ。相手をするつもりがないので視線を外してその場から離れようとしたらそいつは護衛に殴り掛かって、あっという間に間を詰めよってきた。
「…………何の用ですか?」
正直相手にしたくない。だが、これ以上被害が出るのは見ていられない……勘当される前は騎士団長の秘蔵っ子と有名だったのだ、一介の護衛では正直敵わない。
(下手をしたら人死にが出る)
それは避けたい。こいつのためではなく、こいつの所為で立場が悪くなった騎士団長の名誉をこれ以上汚したくない。
そっとこちらに向かおうとする護衛を手で制しながらずれてもいない眼鏡を直す仕草をする。
「“何の用?”決まっているだろう!! エイムズ!! 何でお前は勘当されていないんだよっ!! お前もアイリと一緒に居ただろう!!」
アイリと言われて、こいつが……いや、こいつを含む数人の男性が勘当されたきっかけの騒動を思い出す。
もともと自分を含む数人は王太子の側近として将来を約束されていた。王太子が王になり国を守り育てていくのを傍で支えていくという責務が誇らしく、そのために様々な努力を続けてきた。
そんな自分は外交関係を行っている伯爵家のマリアナと婚約をしていて、仲は良好だった。もちろん、王太子や王太子の側近であった面々にもそれぞれ婚約者がいたのだが。
学生時代に王太子の傍に男爵の庶子という少女アイリが現れた。
彼女は貴族同士の関係で疲れていた王太子の相談に乗り、貴族の在り方がおかしいと言い出して、もっと平等であるべきだと語っていった。その距離は異様に近くて友人と言っていたがそんなものにははっきり言って見えない状態で当然王太子の婚約者は苦言を呈した。
だが、その苦言も件の男爵令嬢は虐めだと判断して王太子に泣きながら訴える始末。それを慰める王太子という悪循環。
このままだと婚約者の公爵令嬢の立場が悪くなると思ったので父を通して、公爵令嬢には秘かに王家の影を付けて護衛をしてもらうように手を回していたのだが、その作業中に今度は王太子の側近達も次々と陥落していって、今度はそちらの婚約者の方々とギスギスしだしたので、それもまた父を通して関係者各所に報告して、その対策を手伝い……この時ばかりはまだ未成年なので直接指示できない立場が歯がゆかった。
状況を甘く見ている方々を説得して、王太子の所業を信じたくない王妃に王家の影からの報告を見せて、ふつふつと怒りを溜めていくご令嬢たちを宥め、その間にもマリアナに手紙やプレゼントを贈ったりして会えない時間を恨めしいと愚痴りたいが愚痴れない状況に胃を痛める日々。
当然王太子にも側近達にも弁えるように伝えた。件の男爵令嬢にも伝えたが、
『そこまであたしのことを心配してくれるんだ♡ 優しいねエイムズ♡』
となぜそうなったかと謎の考えに暴走してくれる。かなり気持ち悪かったので彼女と話をした後はしばらく食事をする気にもなれないほどにダメージが来ていた。
このままだと自分も男爵令嬢とあらぬ噂を立てられると人の目がある場所を敢えて選んで、敢えて聞こえる音量で遠回しな言い方をしないで直接的に告げたのだが、全く意味をなさずに、周りの同情を買った。
そんな自分の苦労を人づてに聞いたのかマリアナがわざわざ会いに来て慰めてくれた時は不覚にも涙が出た。マリアナの用意してくれた胃に優しい料理が無かったらげっそりと痩せていただろう。倒れてもおかしくないくらいストレスにやられていたのだから。
そうやって、何とか解決しようと手を回してきたのだが、
「「「「お前との婚約を破棄する」」」」
と王太子と側近らが男爵令嬢を取り囲み宣言した時は気を失うかと思った……いや、マリアナが傍で手を繋いでくれなかったら意識は飛んでいただろう。
それだけショックだった。まあ、ほとんど諦めていたけど、そこまで愚かじゃないと良識を信じてきたのだ。
それは自分だけではなかっただろう。誰もが予想しつつも信じていた分失望が大きくて、婚約破棄する理由をつらつらと並べ立てていたが、父を通して手を回してきたことで王家の影が冤罪であるという証拠を残していたし、男爵令嬢の行いもしっかり記録に残されていたので男爵令嬢、及び、王太子と側近は有責と言うことでそれぞれ処分された。
つまり、
「勘当される理由がないから……」
としか言えない。逆に同情されたし、気を使われた。
王太子……婚約破棄された王太子は当然廃嫡で弟の第二王子が王太子になるという話だったが……第二王子は辺境伯の娘と婚約していて娘しかいないので婿になる予定だから断ると揉めに揉めて……第三王子が王太子になる事になったのだ。その騒動もあってますます胃が痛くなったのだ。
これもすべて元王太子と側近たちが男爵令嬢に騙されなければ……。
「そんな訳ないだろう!! 一人だけ助かりやがって!!」
助かったじゃなくて当然であると思うが聞く耳もたない感じで殴りかかってこようとする。
「エイムズ様っ!!」
護衛が慌ててこちらに向かって走ってくる。だが、若干間に合わないだろうと思ったので、マリアナが用意してくれた護身用のスプレーを顔に掛ける。
「いってえぇぇぇぇぇぇ!!」
「ハバネロとジョロキアをすり潰して液体化させた成分のスプレーとか言っていたな」
効果は抜群のようだ。
痛みで悲鳴を上げている隙を突いて護衛がさすまたを使って捕らえる。
「エイムズ様っ!!」
いまだ暴れているそいつに縄を掛けてやっと動きを封じた矢先に、動き易い格好――確か外交先で見つけたニンジャという職業の格好を身にまとったマリアナがこちらに向かってきて、
「よかった無事でしたね。元王太子がどこぞの国に唆されて反乱を起こそうとしているという話を同盟国で入手したので慌てて報告に来たのですが……」
「……そこまで愚かだったのか」
「ちょうどそこに元騎士団長の息子がいますからちょっと拷問をして話を聞きましょう。彼の元婚約者は尋問の専門家ですからね」
マリアナの言葉にこの騎士団長の息子は治安の維持をより強固にするための婚約だったことを思い出す。
「先ほどの貴方の質問ですけど」
きちんと答えていなかったなと思いだして今度はしっかりと、
「自分は貴方方のやらかしの報告をしてフォローをして、一歩間違えれば貴族間の争いになってもおかしくなかった状況を何とかしようと動き回りつつ、婚約者との仲が良好だったからですよ。揃いも揃ってあんなハニトラに引っ掛かって……」
完全に止められなかったことを差し引いても勘当される謂れはないときっぱりと告げて、元主君と同僚になるはずだった友人たちのやらかしをまた何とかしないといけないのかと胃が痛くなる。
「大丈夫ですよエイムズ様。わたくしも手伝いますので」
マリアナがそっと手を握って告げるのを支えに後始末に奔走するのであった。
ヒロインの出番が少ない