第93話 危機一髪
フェルネスはゼノアを背中におぶり王都の門を潜り抜ける。
「主様!しっかりと掴まってくださいね。」
「うん。」
そう言うとフェルネスがダークネスフェンリルへと姿を変える。ダークネスフェンリルが力を込めて大地を蹴ると爆発的に速度が上がり風を切り裂き駆けて行く。
「あ、あうぅぅ、、、は、はうあぁぁぁ!!!は、は、速いぃぃぃ!!!」
いきなり意表を突かれフェルネスの大きな背中に必死にしがみ付くゼノアの顔が凄まじい風圧を受け左右に振られていた。
(あ、主様!大丈夫ですか?)
(うにゅぅぅ・・・な、な、何とか、だ、だ、大丈夫だよ・・・と、とにかく・・は、早く行かないと!!)
(分かりました。速度を上げます。しっかり掴まってください。)
(ふへっ?!)
フェルネスがそう言うと身体強化を発動させて全身からオーラが滲み出す。
(行きます!!)
(へっ?)
どぉぉん!!
フェルネスの巨体が更に強く大地を蹴ると地面が大きく抉れ土煙を置き去りにし黒い弾丸のように駆け抜けて行く。
ばびゅゅゅゅゅん・・・・
「あぶばぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・」
ゼノアは更なる風圧を受けて仰け反りながら声を置き去りにするのだった。
デルマが早足で部屋の前に来て扉を開ける。
「待たせたわさ・・・ん?」
デルマは部屋に待たせていた筈のゼノアとフェルネスの姿がないのに気付く。
「・・・一体どこへ行った・・・」
デルマは空の部屋に佇んでいるとギルド職員のセニアが慌ただしく部屋に入って来た。
「ギルマス!準備が出来ました!!モーリアさんも待ってます!!」
「んあっ!あ、あぁ・・・わ、分かったわさ!今いくわさ。」
「はい!それでは失礼します。」
セニアが一礼して部屋を出て行こうとする。
「・・・あっ、セニア。」
デルマは気になっていた事がありセニアを呼び止めた。
「えっ・・は、はい。何でしょうか?」
「え、えぇ・・あの時あんたが持って来たポーションの事なんだわさ・・・あのポーションは何処にあった?」
「えっ・・・」
セニアは記憶を探り顎に指を添える。
「えっと・・・あぁ!あの・・黒いメイド服を来た女性と一緒にいた男の子がポーションを拾ったからって私に渡してくれたんです。」
「えっ、ポーションを拾った?」
「はい。間違いありません。」
デルマが考え込むように目を細める・・・
(・・・ま、まさか・・・ど、どちらにせよ、あんな馬鹿げた威力のポーションはギルドには無いわさ・・・一体あのポーションは何処から出て来たのか・・・)
「あの、ギルマスどうかしましたか?」
「えっ、えぇ。と、取り敢えず急ぐわさ!!」
デルマは一旦考えるのをやめて足早に部屋を出て行くのだった。
がぎぎぃぃぃ!!
どぎゃっっっ!!
ごごぉぉぉん!!
木箱の中の獲物を取り出そうとヘルベアー達が馬車に何度も攻撃を加えていた。だが馬車には防御魔法が付与されていて辛うじてヘルベアーの攻撃を阻んでいた。馬車の中にはアルバン・ロディアス、イリア・ロディアス、キメル・レバランスが身を低くして息を殺していた。
「お、お父さん・・・私達・・どうなっちゃうの・・・うぅ、、ぐすっ・・」
アルバンは自分の胸の中で震えている娘のイリアをそっと抱きしめる。
「心配しなくて良い。この馬車には強力な防御魔法が付与されている。だから魔物が諦めるまで待てばいいんだ。」
しかしアルバン自身も少しづつ削り取られて行く馬車の破片を見ながら不安を募らせていた。
(くっ・・・あれから大分経つが・・・何処まで耐えてくれるのか・・・)
「そ、それにしても護衛の冒険者達は大丈夫でしょうか。あれから声が全く聞こえませんが・・・」
キメルが思わずそっと窓の外を見る。だが最悪にも暴れるヘルベアーと目があってしまった。
「はっ!!し、しまった!!」
「ば、馬鹿者!!」
アルバンに叱責されキメルが慌てて頭を引っ込めるが時既に遅かった。ヘルベアーは獲物を見つけたと言わんばかりに馬車への攻撃が激しくなる。
「ぐろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
どがぁぁぁんっ!!
どごぉぉぉんっ!!
ヘルベアー達は中々破壊できない馬車に苛立ちを覚えたのか馬車に全体重を乗せた体当たりをし始めた。
どぉぉぉぉんっ!!
どどぉぉぉぉんっ!!
馬車はヘルベアー三体の体当たりで左右に激しく揺らされる。馬車の中の三人も激しい揺籠の中に居るように身体をあちこちにぶつけ耐えていた。
「お、お父さんっ!!こ、こ、怖い!!」
「ぬっ、ぬぐっ!!だ、大丈夫だ!お、お父さんにしっかり捕まっていなさい!!」
アルバンはイリアの身体と頭をしっかりと抱えて全力で踏ん張る。
「アルバン様!も、も、申し訳ありませんっっ!!」
キメルも頭を抱えて馬車の床に伏せる。
そして馬車はヘルベアー達の体当たりで段々と傾きが大きくなって行く・・・
「ま、まずい!!馬車が倒れる!踏ん張れぇぇ!!」
アルバンが叫んだその時、ヘルベアー一撃で馬車が耐え切れず勢いよく横転する。しかしその衝撃が収まらずそのまま転がり街道脇の森の中に転がって行く!
ががんっ!!どががががががっっっ!!
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「イリア!!捕まってなさいぃぃぃぃ!!」
「あがぁぁぁぁぁ!!」
アルバン達は転がる馬車の中で天も地も分からず馬車の中で身体を打ち付ける。
そして馬車は森の木々にぶつかり続け一際大きな大木に打ち付けられ止まった。
ががぁぁぁんっ!!
「うがっっ・・・」
「・・・う、、う、うぐっ・・・イ、イリアは・・・」
馬車の中で辛うじて意識を保っていたアルバンは真っ先に娘のイリアの様子を見る。するとイリアは意識を失いぐったりしていた。アルバンはイリアに外傷が無く静かに呼吸をしている事を確認し気絶しているだけだと安心する。
「ア、アルバン様・・・お、お怪我はありませんか・・・あがっ・・うぐっ・・・ぐふっ・・・」
キメルは身体を起こそうとするが脇腹に激痛が走りその場で吐血する。
「キメル!!どうした?!大丈夫か?!」
「・・・ア、アルバン・・・様。お、恐らく・・ほ、骨が何本か折れているようです・・・わ、私は・・・ごほっ・・う、動けません・・・こ、ここに残って魔物の気を引きます・・・そ、その隙に・・・逃げて・・・ください・・・」
キメルは激痛で顔を歪めながら衝撃で開いた馬車の扉を指差す。
「ば、馬鹿者!!そんな事が出来るか!!一緒に逃げるぞ!!」
アルバンが近付きキメルの腕を掴み引き寄せる。
「うっ!うぐっっっ!ぐふっ・・・ア、アルバン様・・・お、折れた骨が・・内臓に刺さっているようです・・・わ、私は動けません・・・くっ・・で、ですから・・は、早く逃げて・・・ください。」
「・・・くっ・・お、お前を残して行けるか!!」
「ア、アルバン様!き、聞いてください・・・あ、あの護衛の・・ぼ、冒険者達が・・・ギ、ギルドに・・も、戻れば、救援が来る筈です・・・そ、その時にこの場所を教える人間が・・・必要です。ふふっ・・・こ、このキメル・レバランス・・・そんな簡単には死にませんよ。救援が来るまで・・・がふっ!ぐふっ!・・・た、耐えて見せます。」
「・・・キメル・・」
アルバンはキメルは苦悶の表情の中に男としての意地と覚悟を見た。ロディアス商会の中でも切れ者と言われるキメル・レバランスのここ一番の判断に今まで間違いは無かった。そしてアルバンも覚悟を決めキメルの手を力強く握る。
「・・・必ず迎えに来る!それまで耐えろ!いいな!!」
「・・・えぇ。ま、任せてください。」
「うむっ!」
(ふっ・・救援が来るかどうかは・・・運次第だが・・・な。)
アルバンとキメルは誓いとばかりに頷くとアルバンはイリアを抱えて馬車から降りて行く。キメルはその背中を見送る。そして静かになった馬車の中で微かに重量感のある足音が聞こえて来る。
「・・・い、いかん!!アルバン様を追わせる訳にはいかん!!」
キメルはアルバンの足音を消すように激痛に耐えながら両脚で馬車の床を踏み鳴らした。
どんっ!どんっ!どんっ!どんっ!
「うぐっ・・・こ、ここだ!!ここに居るぞ!!さあ!来い!!」
馬車から聞こえる物音にヘルベアー達の真っ黒な目玉が馬車を捉える。そしてキメルの思惑通りにヘルベアー達が馬車に襲い掛かるのであった。
(主様。東の森の街道の入口が見えて来ました。)
(・・あれが東の森か・・・あれ?街道の入口に人が集まってる・・・)
(はい。恐らく話にあったヘルベアーが街道に居るので通れずに居るのでしょう。)
(そういう事か・・・よし。フェルネス、急ごう!だけどあの人達には怪我とかさせないでね。)
(はい。かしこまりました。)
フェルネスは王都から東の森まで通常なら二時間掛かる距離をほんの十数分で駆け抜けて来たのだった。ゼノアはフェルネスのスピードから来る風圧を魔力創造で風魔法を身体に纏い激しい風圧の中を突き進んでいた。
「ちくしょぉが!!何でこんな所にあんな魔物が出るんだ!!ここは冒険者でも初心者レベルの狩場だろう?!」
「全くだ!これじゃ商売上がったりだ!」
「これは冒険者ギルドの怠慢だ!!戻って抗議してやる!!」
するとベテランの商人であろう身なりの良い年配の男が静かに声を響かせる。
「・・・待ちなさい。それより今この先で襲われているのはロディアス商会の馬車らしい。少し前にロディアス商会の護衛の冒険者が瀕死の重症で出て来てヘルベアーが出たと教えてくれた。だから私達は無事でここに居る。言わば冒険者達は私達の命の恩人とも言えるのでは無いか?それと瀕死の冒険者達は我リザテルト商会の馬車で王都の冒険者ギルドまで運ぶように指示しました。あの惨状を目の当たりにすればギルドは否が応でも対処するでしょう。」
(ふっ・・アルバン・ロディアスが生きていようがいまいがロディアス商会に恩を売る事が出来るのなら是非も無い・・)
リザテルト商会の番頭は商人らしい笑みを浮かべる。そしてその時、行商人の一人が異変を感じて声を上げた。
「お、おい!あ、あれは何だ!?」
「何だ・・・あぁぁぁっ?!あ、あれは・・ま、ま、魔物だぁぁぁ!!!」
「や、や、やばいぞ!!な、何だあの馬鹿でかい魔物はぁぁぁぁ!!に、逃げろぉぉぉぉぉぉ!!!」
リザテルト商会の番頭は驚異的な速さで迫り来るダークネスフェンリルに死を覚悟する。
「い、いや・・・も、もう・・遅い・・・し、死ぬ・・・」
迫り来るダークネスフェンリルの前にその場に居る人間は逃げ惑い、覚悟を決め運を天に任せる者、祈りを捧げる者と様々であった。
「・・・か、神よ・・わ、私達を御守りください・・・」
死を覚悟し気休めのように祈りを捧げた瞬間、陽の光が遮られ皆が大きな陰に包まれた。
「えっ・・・」
「な、何・・・」
リザテルト商会の番頭が空を見上げると大きく美しい毛並みが風に靡き空を覆っていた。
「・・・な、何と美しい・・・」
フェルネスはゼノアの言葉通り人間を傷つける事無く力強く地面を蹴り商人達を飛び越えたのだった。恐れていた商人達はその姿に見惚れていた。その後、フェルネスが着地しそのまま走り去る姿を呆然と見送ったのであった。
「・・・あ、あれは何だったんだ・・ブラッドウルフに似ていたようだが・・」
「・・・あぁ・・だ、だが、その上位種だろう・・・それにしても10mはあったぞ・・・」
「・・・おう・・・な、なあ・・あの魔物の背中に誰か乗ってなかったか?」
「・・ははっ・・・そんな訳ないだろう!」
「あ、あぁ・・・そうだな・・・み、見間違い・・だよな・・・」
「・・・うぐっ・・・ぼ、防御魔法が・・・」
ヘルベアーの攻撃を受け続けた馬車に限界が訪れていた。キメルは衝撃で出来た壁の亀裂に捩じ込まれたヘルベアーの太く鋭い爪を虚な眼差しで眺めていた。だが既に覚悟が決まっているキメルは不思議と落ち着いていた。
メキメキメキッッ・・バキバキッ・・
(・・・ふっ・・つ、遂にこの時が来たか。アルバン様とお嬢様は無事にお逃げになっただろうか・・・うぐっ・・・ふっ・・・そ、そうか・・・馬車の内側にも防御魔法を付与しておけば・・・もう少しは持ったかも・・・も、もう遅いがな・・・)
メキメキメキッ・・・バガァァァン!!
壁の亀裂に捩じ込まれた鋭い爪が亀裂を更に拡げる。そして遂に馬車の壁が耐えきれず破壊された。
「ぐろろぉぉぉぉぉ・・・」
「ぐるるぅぅぅぅぅ・・・」
馬車の壁が無くなりキメルの姿がヘルベアー二体の前に露わになる。キメルにはヘルベアー達の口元が僅かに笑みを浮かべたように見えた。
「・・・やっと昼飯にありつけて嬉しいのか?・・・ふっ・・せっかくこの馬車の改良点を見つけたのにな・・・伝える事なく私はここまでか・・・」
ヘルベアーの半開きの口元から見える鋭い牙から大量の涎が伝い落ちる。そして獲物を見る目が真っ黒に変わり半開きの口を限界まで拡げ鋭い牙を剥き出しにしてキメルに襲い掛かった!
ぐろぉぉぉぉぉ!!!
(ア、アルバン様・・ご無事で・・・)
ズパンッ・・・
しかし鋭い牙が迫りキメルが死の覚悟を決めたその瞬間、ヘルベアーの牙が鼻先で止まる。
「・・・は、はへっ・・ふっ、ふっ、ふっ、ふっ・・・な、何が・・・ど、どうした・・・」
ずるっ・・ごとん・・・ごごん・・・
キメルが自分の心臓の鼓動を聞きながら唖然としているとヘルベアーの首がずれてキメルの股の間に転がった。そしてもう一体のヘルベアーの首も手元に転がって来た。
「は、はふっ?!こっ、こ、これは・・・」
キメルはふと気配を感じてゆっくり顔を上げると、そこには漆黒のメイド服を着た美しい女性が佇み一礼していた。
「・・あ、あ、貴女は・・・」
「お初にお目に掛かります。私はフェルネスと申します。我が主様の命により参上致しました。」
「・・フェ・・フェルネス・・・あ、主様・・・?」
キメルは理解が追い付かず目をぱちくりしているとフェルネスは静かに微笑みヘルベアーを踏み越えてキメルに歩み寄る。
「ご無事で何よりでした。それにしても流石、主様のご友人様でございます。死を目前にしてあの胆力。人間にしておくには勿体無いですわ。」
「へっ・・・今なんて・・・」
「さあ。行きましょうか。主様をお待たせしてはいけません・・・ん?」
フェルネスは異変を感じ取り言葉を切ると辺りを見渡す。
(・・・何でしょうかこの気配は・・・それに今までこの辺りでヘルベアーが出るとは聞いた事がありませんわ・・・ですが今は主様のご命令が最優先ですわ!!)
フェルネスは呆けた顔のキメルの襟首をむんずと掴むとそのまま仰向けのまま引き摺って行く。
ずるずるずるずる・・・
「んがっ!!あ、あぐうっ・・・あがっ!!フェ、フェ、フェルネス・・ど、殿・・で、出来れば・・・も、もう少し優しく・・・ぐふっ・・・ほ、骨が・・程よく内臓に刺さって・・・」
しかしそんなキメルの言葉など無視してフェルネスは構わず引き摺って行く。
「・・・私は主様以外の殿方には触れたくないのですわ。主様からは貴方を助けて連れて来るようにと言われましたが、方法までは言われておりませんわ。さあ、急ぎますわよ!主様が待っていますわ!!」
フェルネスはキメルの襟首をしっかり握ると地面を踏み締め一気に駆け出す。
ずだぁん!!
「どあぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・」
(こ、今度こそ死ぬぅぅぅぅ・・・)
キメルは声だけをその場に残し引き摺られる事なく風にはためく旗のように連れて行かれるのあった。




