第92話 命の選択
どばぁぁぁん!
勢いよくギルド受付の奥の扉が開くと騒いでいた冒険者達が水を打ったように静かになった。
その静けさの中にあからさまに機嫌の悪いデルマが前のめりに大股で出て来た。
「お前達!!騒がしいわさ!!一体何の騒ぎだい!!!」
デルマの怒気の籠った声が広いギルド内に響き渡る。その迫力に冒険者達は後退り、お互いの顔を見合わせると誰が説明するのかを牽制し合っていた。
その中で思い切って声を上げたのはつい先日までBランクだった〈勝利の大剣〉リーダーのアルグだった。
「ギ、ギルマス・・・そ、そんなに怒らないでくれよ。お、俺はたださっき冒険者登録しに来た新人の面倒を見てやろうとしてるだけなんだ。ほ、ほら俺達はギルドにも面倒をかけてるだろ?だから・・ほ、ほら、そ、それぐらいの事はしようと思って・・・」
アルグが一歩前に出て猿芝居を始める。
「て、てめぇ!!せこいぞ!!抜け駆けするんじゃねぇーーよ!!」
「もう!!むさい男共は邪魔よ!!引っ込んでなさいよ!!あの子の面倒は私達が見るわ!!」
「う、うるせぇよ!!てめぇ等はあの新人の力を利用したいだけだろう!!調子のいい事いってんじゃねぇーよ!!」
「そ、それはあんた達でしょうが!!」
「何だとぉぉぉぉ!?」
「何よぉぉぉぉぉ!!」
再び騒ぎ始めた冒険者達にデルマの目尻が痙攣し出す・・・
「おぉぉぉ前達ぃぃぃ!!!やっかましいさ!!!」
デルマの脳天に響く怒声にギルド内に再び静けさを取り戻す。そして少し怯えて固まっている冒険者達を睨み付ける。
「ふん!お前達の魂胆なんざ分かってるわさ!!普段は新人の面倒なんか見ない癖に都合の良い時だけ囀るんじゃないわさ!!今回の新人研修は・・・」
ばぁぁぁん!!
「あんっ?!」
突然デルマの話しの腰を折るようにギルドの扉が勢いよく開いた。冒険者達もギルドの入口を一斉に注目する。
そこには身体中傷だらけで腕や脚が千切れかけ大量の血を流す四人の男女の姿があった。四人は身体を支え合いやっとの思いでギルドまで辿り着き、扉を開けた勢いでそのまま崩れ落ちた。
どざざっ・・・
「・・・うぐぐ・・・た、たすけ・・・」
デルマがすぐさま緊急事態と判断して駆け寄る。
「何だい!!何があったんだい?!こ、これはまずいわさ!!マリン!回復ポーションをありったけ用意しな!!それとベットシーツを人数分持って来させな!!急ぐわさ!!お前等も手伝いな!!」
四人の傷はどれも深く、息をしているのがやっとの状態であり一刻の猶予も無かった。
「お、おう・・・」
冒険者達も何事かと集まって来た。しかし四人を見た冒険者達は薄ら笑いを浮かべる。
「ん?はぁ?こいつ等・・・”断空の剣”か!!」
「ふん!毎回、嫌がらせや悪態ばっか吐いてくる生簀かねぇ奴等じゃねぇーか!!ざまぁねぇな!!」
「はん!いつもいやらしい目で胸ばっかり見て来る変態よ!このまま死ねば良いんじゃない?!」
四人はCランク冒険者のパーティーであった。いつも素行が悪く冒険者達の間では鼻摘み者達だった。
四人の中で男女一人づつは辛うじて意識を繋ぎ止めていたが後の男女は意識が無く呼吸も浅く危険な状態であった。
「・・・うぅ・・た、たすけ・・て・・」
「・・・お、おね・・が・・・い・・」
「お前達っ!!何をしてるんだいっ!!馬鹿な事言ってないで早く運ぶわさ!!」
切迫したデルマの怒号に冒険者達が肩を跳ね上げる。
「はぁ・・・へいへい・・」
「お前等!これは借りだからな!!覚えておけよ!」
「もう・・・仕方ないわね・・・」
冒険者達は肩をすくめながらも面倒臭そうにギルド職員が持って来たベットシーツに四人を乗せ療養室へと運んで行くのであった。
「・・・ん?何か騒がしいね。どうしたのかな?」
フェルネスの膝の上で暇を持て余していたゼノアが扉の方を見る。
「そうですね。デルマ殿も行ったきり戻って来ませんし何かあったのでしょう。もう少し待ってみましょう。」
(うふふ・・暫く戻って来なくてもいいですわ。私は主様と二人でいるこの一時が至福の時間なのですから。)
フェルネスは膝に乗せたゼノアの優しく抱きしめ微笑む。
(・・・うーん。何か普通じゃない騒ぎ方だね・・・よし!)
「よっと!」
ゼノアは騒ぎが気になりフェルネスの膝から降りる。
「あん・・・あ、主様何処へ行かれるのですか?」
「うん。ちょっと様子を見て来るよ。」
「そ、それなら私も参りますわ。」
(・・うぅ。至福の時間が・・・)
ガチャ・・・ゼノアに続きフェルネスも残念そうな表情で部屋を出て行く。すると慌てるギルド職員が右往左往していた。
「急いで!!療養室に回復ポーションを!!」
「で、でも在庫が殆どありません!!」
「えぇっ?!で、でもあるだけ持って行って!!」
「あっ、は、はい!!」
ゼノアはバタバタと走り去るギルド職員の女性の後ろ姿を眺める。
「今の話しからすると、怪我人が運ばれて来たのかな・・・よし!行ってみよう!!」
ゼノアはフェルネスを見上げ走り出す。フェルネスも静かに頷き後を追った。
「ギ、ギルマス!!出血が止まりません!!も、もう無理です!傷が深過ぎます!!」
ギルド職員の女性が悲鳴に似た声を上げる。
「馬鹿言ってんじゃないわさ!!泣き事言ってる暇があったら死ぬ気で止血しな!!ほらっ!!そこ!!ぐずぐずするんじゃないよ!!回復ポーションを無理矢理にでも飲ませるわさ!!」
「で、でも・・こ、これが最後のポーションです・・・」
マリンが震える手で最後のポーションを差し出す。
「な、何ぃぃぃ!?ちいぃっ・・・せ、背に腹は変えられないわさ!!マリン!聖教会に使いを頼むわさ!!」
「・・・は、はい!!分かりました!!」
(・・・ま、間に合うか・・・奇跡でも起きない限り最悪の事態を覚悟する事になるわさ・・・どうする・・・)
デルマは瀕死で横たわる四人の冒険者を横目に俯き何も出来ない自分に唇を噛み締め俯くのであった。
ゼノアはそんな様子を療養室の扉を少し開けて覗いていた。
「主様。どうですか?」
「う、うん。かなりまずい状況だね・・・早く助けないと・・・だけど聖魔法は目立ち過ぎる・・・どうすれば・・・ん?」
ゼノアが焦り気を揉んでいると覗いていたゼノアの目の前に空になった小瓶が転がって来た。
(あっ!こ、これだ!!)
ゼノアは名案を閃きそっと療養室の中へ入ると小瓶を掴んで再び外へ出た。
「あ、主様・・一体何を?!」
「説明は後だよ!時間が無い!!」
「・・・はい。」
フェルネスはゼノアの気迫に押し黙る事が最善だと認識した。
(間に合え・・・魔力創造で小瓶の中に魔法を留める結界を・・・よし!良いぞ!そしてここへ・・・上級魔法エリアハイヒールを封じ込める・・・)
ゼノアが小瓶に手を翳すと魔力を集中すると小瓶の中が蒼白い光に満たされる。
(・・・よし!そしてこの蓋に魔力創造で魔法を留める結界の起点を付与した蓋をする・・・)
きゅっ・・・
「・・・うん!よし!!上手く行った!!」
ゼノアは出来たマジックポーションを眺めて満足そうに頷く。
この様子を見ていたフェルネスは目を見開き唖然としていた。
(こ、こ、これは・・・せ、繊細で緻密で高度な魔力操作と上級魔法の同時行使でなせる至高の一瓶・・・こ、こんな神業をたった数十秒で・・・さ、流石・・私の主様・・・)
ゼノアは拾った小瓶をマジックポーションに作り変えると療養室へ駆け込もうとするギルド職員の女性を呼び止めた。
「あ、あの!!さっきこのポーションを落としましたよ。」
ゼノアが作り変えた小瓶をさし出すとゼノアを知らないギルド職員の女性が目を丸くする。
「え、えあっ!!あ、ありがとう僕!!い、急いでいるからまた後でね!!」
女性はゼノアから小瓶を受け取ると今出来る限りの笑みを見せて直ぐに慌てて療養室へと消えて行った。
「セニア!本当に回復ポーションはもう無いのかい?!」
デルマが必死の形相でギルド職員の女性セニアに詰め寄る。
「い、いえ!!で、でもこれが正真正銘最後の一本です!!」
セニアはさっきゼノアに渡されたポーションの小瓶を差し出した。
「・・・そ、そうかい・・そ、それなら・・・」
セニアの言葉にデルマは命の選択が頭に過ぎった。
(・・こ、この中で生残る可能性があるのは・・・リーダーのロギング・・・そこから何があったか情報を聞き出してギルドとして対処するしか無い・・・くっ・・・聖教会まではまだ時間が掛かる・・・それじゃあ遅い・・・でも一人でも助かるなら・・・ゆ、許しておくれ・・責任は私が全て取るわさ!!)
デルマは苦悶の表情を浮かべ思い切って最後のポーションの蓋を抜いた・・・
ぽんっ・・・
「んあっ?!」
その瞬間、療養室に淡い緑の光と共に魔法陣が現れる。そして優しく温かな光が療養室に溢れた。
「な、なな、何だいこれはぁぁぁ!!」
デルマを始めギルド職員達は警戒し辺りを見回し温かな光の中で立ち尽くす。そして不思議と心安らぐ光に警戒心を解いて行った。
「・・・こ、これは・・・ま、まさか・・聖魔法?!な、な、何だい・・・このポーションは・・・一体な、何が起こってるんだい・・・んんっ!?」
デルマは我に返り驚愕する。今まで虫の息だった四人が何も無かったようにベットの上で上半身を起こしていたのだ。
「んっ・・・はぁぁ・・」
「う、うぅ・・ん・・・」
「ぶはぁ!!!」
「し、死ぬ・・・し・・あ、あれ?傷が・・・無い?!」
「あ、あ、あ、あんた達!!!だ、だ、大丈夫なのかい?!き、き、傷は?!」
デルマが四人に詰め寄る。
「あ、あぁ・・・だ、大丈夫・・みたいだ・・」
「お、おう・・・俺の脚も元通りだ・・・腹の傷も・・無い・・死ぬかと思ったけどな・・・それにしてもギルドのポーションは凄ぇな・・」
「う、うん・・・ほ、本当に凄いわ・・私の腕・・・ちゃんと付いてるし・・傷も・・無いわ・・うぅ・・よ、良かった・・も、もう死んじゃうって思った・・・ぐずっ・・」
「う、うぅ・・・も、もう駄目かと思った・・・あうぅ・・い、生きてるの・・わ、私・・私・・・生きてるぅぅぅ!!!」
後衛職であろう若い女性が自らを震えながら抱きしめる。生還し死の恐怖から解放され涙が溢れ出した。
デルマも同じく肩を震わせ片手で目を覆っていた。数秒前まで命の選択を迫られギルドマスターとして決断して行動した。だがそれが無駄に終わった嬉しさと目の前の奇跡に肩の力が抜け涙が頬を伝ったのだった。
(・・・良かった・・・とにかく良かった・・・もう目の前で誰かが死ぬのを見るのは・・・ふっ・・それより今は感傷に浸っている場合じゃないわさ!)
「ロギング。一体何があったんだい?」
デルマは肩の力を抜いて口元を緩める。
「・・・うっ・・あ、あぁ・・・な、なんと言うか・・・」
デルマは煮え切らないロギングの態度に目を細め他の三人にも目をやると三人も俯き目を逸らした。
「何だい?!はっきり答えな!!」
デルマは何か都合の悪い事があるのだと感じて威圧的にロギングに詰め寄る。
「・・・あ、あうぅ・・・し、し、仕方無かったんだ!!い、い、いきなり東の街道でヘルベアー三体に襲われて・・・そ、それで・・あの・・・その・・・」
「東の街道でヘルベアーだって・・・?」
デルマは歯切れの悪いロギングの話に違和感を覚えた。襲われた事事態は責められる事ではない。しかしロギングが何か話しずらい事があると感じたのだ。
(んっ・・・ま、まさか!)
「マリン!!今日の断空の剣の依頼内容はなんだわさ?!」
「は、はい!えっと・・・あっ・・ご、護衛依頼・・・です。アルバン・ロディアス様一行をブリングルの街までの護衛・・・です・・・」
(・・断空の剣がここに居るって事は・・・い、依頼者は・・ど、どうなって・・・)
マリンは書類に目を落とし読み上げ事の重大さに声が震える。聞いていた他の職員たちも大変な事だと気付く・・・
「ええっ?!」
扉から覗いていたゼノアは思わず声を出してしまった。
(い、今・・アルバン・ロデアスって言った?!ヘルベアー三体の前に置き去り?!いけない!!急がないと!)
ゼノアはそっと扉を閉める。
ぱたん・・・
(あれ?今、何か聞こえたような・・・)
マリンはふと扉の方を見て首を傾げた。
「やっぱりかぁぁ!!何で早くそれを言わない!!!ロギング!!依頼者はどうしたんだい?!?!えぇっ?!何とか言いな!!」
デルマが必死の形相でロギングの両肩を掴み揺する。
「・・・し、し、仕方なかったんだ!!!と、突然襲われて・・お、俺たちもあの有様だったんだ!!だ、だから・・・ヘ、ヘルベアーが・・・馬車に気を取られている隙に・・・そ、その・・・」
「それで依頼者を置き去りにして逃げて来たってのかいっ?!」
デルマの顔が鬼の形相に変わる。
「し、し、仕方なかったんだ!!!あ、あんな状態で・・・どうしようも無かったんだ!!!」
「ギ、ギルマス!!ロ、ロギングは右脚と腹を抉られて動けなくなった俺を・・俺を庇って大怪我をしたんだ!!ゆ、油断してた俺が悪いんだ!!」
「そ、そうよ!ロギングはそれでも馬車を護ろうとしてたの!だ、だけど・・・私達の背後からもう二体のヘルベアーが現れて・・・うぅ・・」
「・・・う、うん・・・ロギングは自分も大怪我をしてるのに私達を護りながら・・・馬車も護ろうとしたの・・・だけど・・・だけど・・・皆んな傷が深くて・・・うっ・・うぅ・・・ロギングが私達を絶対助けるって・・・仲間だからって・・・うぅ・・」
「あぁ、、ロギングがいなけりゃ今ここには俺達は居なかったろうぜ・・・」
断空の剣の面々の言葉には嘘は無かった。皆が涙を浮かべリーダーであるロギングの背中を見つめる。
(・・・冒険者の中じゃ鼻摘み者だけど仲間との絆は深いという事だわさ・・・ロギングもリーダーとして命の選択を迫られたんだわさ・・・)
黙って聞いていたデルマも込み上げるものを抑え俯き涙を落とすロギングの肩に優しく手を置いた。
「・・・ロギング。よく頑張ったわさ。だけどまだお前達の仕事は終わってないわさ!」
「・・・えっ・・」
「馬鹿たれぇぇ!!”えっ”じゃないわさ!!依頼者を助けに行くんだわさ!!確かロディアス商会の馬車は最近、安全対策で物理防御と魔法防御を付与してるらしいわさ!!なら間に合うかも知れないわさ!!ギルマスの仕事は冒険者の尻を拭く事だわさ!!急ぐよ!案内しな!!」
「そ、そうなのか?!わ、分かった!!行こう!!」
「おう!い、行こうぜ!」
断空の剣のメンバーがベットから降りると汚名返上とばかりに立ち上がり頷くのであった。
「ねえ、フェルネス。東の街道って知ってる?」
「はい。勿論ですわ。お任せください。」
「うん!じゃあ、急ぐよ!!」
「はい。」
ゼノアとフェルネスはギルドの受付カウンターから飛び出すと、冒険者達の注目をも無視して真っ直ぐに入口の扉を開け放って飛び出して行くのだった。




