第88話 見た目で判断
「さあ・・主様。参りましょう。」
フェルネスが冒険者ギルドの大きな扉を開けてゼノアを迎え入れる。
「う、うん。あ、ありがとう・・・」
(これは一回言っておく必要があるかな・・・)
ゼノアは一抹の不安を押し殺して冒険者ギルドの扉を潜ると一旦歩みを止めフェルネスの顔を見上げる。
「ねぇ・・フェルネス。」
「はい。何でしょうか?」
「フェルネスの気持ちは嬉しいんだけど、これからは僕の指示があるまで行動はしないで。僕はあまり目立ちたくないんだよ。」
フェルネスはゼノアの真剣な眼に自分が出過ぎた事をしていたと気付く。
「・・・は、はい。も、申し訳ありません・・・」
フェルネスは主であるゼノアの気分を害してしまったと悲しそうな顔で素直に頭を下げる。
(ふふっ・・この素直さは嫌いじゃないんだけどね・・・)
「うん。分かってくれたらそれで良いよ。それじゃあ行こうか!」
ゼノアの許しを得てフェルネスの表情か緩む。
「はい。かしこまりました。」
ゼノアが歩き出すとフェルネスは後に続き歩き出す。ゼノアは冒険者ギルドの中を見渡しポカンと口を開けたまま呆気に取られた。
「うわぁぁ・・・凄く広いし明るくて綺麗な所なんだね・・・なんか冒険者ギルドって言ったらもっと薄暗くてゴミゴミした所を想像してたよ・・・」
「はい。私も初めて来ましたが主様と同じですわ。もっと殺伐とした所と思っておりました。」
ギルドの天井は10m以上の高さがあり大きな窓からは明るい陽の光が差し込んでいた。広いエントランスの奥に並ぶ受付カウンターは五つあり受付カウンターはランクごとに分けられていた。
「主様はBランクですのであちらのカウンターのようです。」
フェルネスは”S・A・B”と表記があるカウンターに眼を向けた。そこにはまだ誰も並んでいなかった。
「あ、うん。そうだね。早く行こう!」
ゼノアが足早にカウンターに歩き出す。するとゼノアとフェルネスに興味が湧いた冒険者の男達がにやけながら近付いて来る。男達は酒が入り距離が近付くと酒の臭いが鼻を突いた。
(ん?誰?・・うっ・・お酒臭っ・・・酔っ払いか・・・)
「なあ!そこのメイドのねぇーちゃんよぉ!!そんなガキの相手せずに俺達と楽しい事しよぉーぜぇーー!」
「あーっはっはっはっ!!そうだぜぇ!!ガキの相手ばっかりじゃ物足りねぇーだろうーー?!
「あぁ!!そうだ!たまには大人の遊びもしなきゃなぁぁ!!あーっはっはっはーー!!そらっ!こっち来なぁ!!」
(あ、あれは”撃滅の拳”の奴らだろう?かわいそうに・・面倒臭い奴らに眼を付けられたな・・・)
(あぁ・・あいつらギルドでも数少ないBランクだからな・・・周りも何も言えねぇからな・・・やりたい放題だな・・)
ゴロツキの様な風貌の男が無造作にフェルネスの腕を掴んで引っ張る。
(・・・こ、この人間風情が・・で、でも・・先程、主様からの指示が無ければ動くなと言われたばかりですわ・・・ここは平常心で・・・主様の指示を・・・)
フェルネスは苛つきながらもゼノアとの戒めを守る為に殺気を収める。しかし・・・何故かその場の空気が一気に重くなった・・・
(・・こ、これは・・・私ではないですわ・・・ですが・・このオーラは・・・まさか・・・)
「・・・おい!おっさん!その手を離せ!」
「あ・・主様・・?!」
そこには殺気にも似た魔力を滲ませフェルネスの腕を掴んでいる冒険者の男を睨みつけるゼノアが居た。
「あ、あぁぁん?!こ、この餓鬼が生意気な!!ふんっ!くくっ・・・おいガキ!今はな、大人の話をしているんだ・・分かるか?お前みたいなガキはそこで水でも飲んでなぁぁ!!」
もう一人の男が威嚇のつもりか、ニヤついた顔で酒臭い息を吐き掛けながらゼノアの顔を覗き込む・・・
(臭っ・・・!!)
するとゼノアのこめかみに青筋が浮き出る・・
ピキッ・・・
「酒臭い顔を近づけるなぁぁぁぁ!!」
ゼノアの振り切った拳が男の顎に深くめり込む!!
ずばきゃぁぁぁぁ!!!
「くべばぁぁぁぁぁぁ!!」
男は顎を粉砕され歯を撒き散らしながら放物線を描きさっきまでの居たテーブルの上に落ちる。
どがしゃぁぁぁん・・・
「あ、主様?!」
「お、おい?!な、何が起こった?!あ、あのガキ・・・何をしたんだ?!」
「わ、分からねぇ・・・」
傍観していた冒険者達が動揺する中、一人の冒険者の女性が眼を細める・・・
「・・・あっ!!あ、あの子は?!」
「何よー?いつもの喧嘩でしょう?珍しくもない。」
「ほっとけ、ほっとけ。俺達はそれどころじゃないんだらな・・・」
カミラとアルグが興味無さそうに依頼書に眼を落としている。
「ち、違うわよ!!ほら!!あの子よ!サーメリア学院にいた!!」
「あぁっ?!げげっ!!な、何であいつがここにいるんだよ?!」
「何よもう、、アルグまで・・・って・・はあぁぁっ?!ど、どうして・・・あいつがここに?!」
アルグとカミラは弾けるように立ち上がり嫌な思い出が頭を掠めて顔を顰める。
「お、おい!お前ら!あのガキを知っているのか?!」
「・・えっ・・えぇ・・まあ・・」
「・・・ふ、ふん!俺は知らん!!」
冒険者の男の質問にアルグとカミラは歯切れ悪く答えると座り直しそっぽを向く。
「・・・あの子はゲイブルの街を魔族から救った功労者よ。あんたも聞いた事あるでしょ?」
リルーナが冒険者の男を見据える。
「はぁ?!あんなガキがか?!冗談きついぜ!!」
「じゃあ、あいつの惨状はどう説明するの?」
リルーナが未だ潰れたテーブルの中で気を失っている男を見る。
「・・・あ、うっ・・そ、それは・・」
「私達もそうだった・・・あの子を見た目で判断して痛い目を見たの・・・早く止めないと、残りの二人も・・・」
「ふん・・俺達を小馬鹿にして来た奴らだ・・・ざまぁ見ろだ・・・」
「・・・そうね・・思い知ればいいわ・・」
そっぽを向いたままアルグとカミラがぼそっと呟いた・・・二人もなんだかんだ言ってもゼノアに期待していたのだった。
「こ、この餓鬼がぁぁぁぁ!!な、何しやがったぁぁぁ!!!」
仲間の男が拳を振り上げゼノアに振り下ろす!
「ふん!五月蝿い!!」
ゼノアは振り下ろされる拳をフェルネスの腕を掴む男から視線を外さずに拳で迎撃する!!
ごきっ!べきべきべきぃぃぃ!!
「うげがぁぁぁぁぁぁ!!腕がぁぁぁぁぁぁ!!!」
男の拳はゼノアの拳がめり込み粉砕された。その威力は衰えず肘まで有らぬ方向へと捻じ曲げ腕を伝い肩の骨まで粉砕しする・・男は訳も分からず激痛にのたうち回る。
「な、な、何なんだお前はぁぁぁ!!そ、それ以上、ち、近付くなぁぁ!!ち、近付いたら・・・こ、このメイドが、ど、どうなっても・・し、知らんぞ!!」
男は思わずフェルネスの背後に隠れるとフェルネスの身体に腕を回し短剣を突き付けた。
むにぃ・・・
「んっ?!」
男はフェルネスの身体に回した掌に柔らかい物を掴んでいる事に気付く・・見れば男の手はフェルネスの胸を鷲掴みにしていた・・・
ぶちっ・・・
ゼノアの中で何かが切れた音がした・・
「・・・ぼ、僕のフェルネスの・・・フェルネスのおっぱいをぉぉぉぉぉ!!!」
ふっ・・・
ゼノアがその場から消えた・・・いや・・正確に言えば消えたように見えた・・・
「へあっ?!き、消えた?!」
(・・あ、主様が・・・”僕のフェルネス”と・・・)
光悦な表情を浮かべるフェルネスの目の前に一瞬ゼノアが現れる。それを目視出来るのはこの場ではフェルネスしか居るはずもなかった。そんなゼノアに微笑みを浮かべるとゼノアは微笑みを返し直ぐに男への殺気を放つ。そして不浄な男の手を掴みフェルネスの胸から引き剥がすとその手を絶望的な程捻り上げそのまま男を石畳の床に叩き付けた。
ごべきっぃぃぃぃぃ!!!
「ごばべぇぇぇぇぇぇ!!!!」
男は何が起きたのか分からず石畳にひびが入る程の衝撃を顔面で味わう。そしてそのまま小刻みに震えながら意識を失った。
「・・・お、おい・・何がどうなった・・・突然現れて・・・」
「はぁ・・・だから言ったじゃない・・あの子を見た目で判断すると、ああなるのよ。」
(・・でも切れた理由が・・おっぱいって・・・ふふっ・・)
リルーナは規格外の強さを持つゼノアの子供っぽい一面に口元が緩むのだった。
「ふはぁぁぁ・・・すぅぅ・・ふぅぅぅ・・・よくも僕のフェルネスのおっぱいを・・・この手か・・・この手が・・・」
びきっ・・・ごきっ・・・
ゼノアは気絶する男の右手を踏み躙る・・・するとフェルネスが頬を赧め大切な物を抱えるようにゼノアを持ち上げ胸に収めた。
「主様ぁぁ・・・」
「うぶっ・・・ほぉぶっ・・・フェルネス?」
ゼノアはフェルネスの胸の中で怒りが引いて行った。
「フェルネスは感激していますわ・・・主様からそんな風に思って頂いて・・・本当に嬉しいですわ・・・」
フェルネスの腕に力が入りゼノアを胸に押し込んで行く・・・
(・・はふぅぅぅ・・・柔らかい・・・さっきまでのむかむかが無くなって落ち着く・・・)
ばぁぁぁん!!
「一体何事だい?!」
「はうっ?!何?!」
フェルネスの胸を堪能していたゼノアが驚きフェルネスの胸から顔を出す。
見れば受付の奥の扉が勢いよく開き赤毛の女性が受付嬢と共に苛立ちながら出て来た。受付嬢が騒ぎを報告しに行ったのだろう。
女性はすらっと背が高く年配ではあるがそれを感じさせない美人である。白と青を基調としたギルドの制服はサイズが合っていないのかと思うほど胸が大きく強調され身体のラインを露わにしていた。
「・・うわぁぁ・・・凄い・・・」
思わずゼノアは女性の服からはみ出しそうな胸に目が釘付けになる・・・
「マリン!ぼーっとしてないで状況を説明しな!」
「は、はいぃぃ!!」
普段からこの女性は余程怖い存在なのだろう。受付嬢の背筋が一気に伸びる。
受付嬢が女性に見たままを報告する。
「はんっ!また”撃滅の拳”の奴らか?!修理代はあいつらに付けときな!全く・・・んで、私はギルドマスターをやってるデルマ・スランダーよ。お前達は何者だい?ここらでは見ない顔だね。」
女性が眼光鋭く目を細めてフェルネスとゼノアを交互に見据える・・・
「主様。アレを見せた方が話が早いと思いますわ。」
フェルネスは女性の眼光を物ともせずにゼノアを下ろす。
「そうだね。」
ゼノアはポケットからセルバイヤ王からもらったカードを女性に差し出した。
「はい!これ!」
「ん?何だいこれは・・・」
女性は首を傾げながらゼノアから受け取ったカードをまじまじと見た・・・
「なっ?!こ、これは・・・こ、国選冒険者カード?!まさかあんた達が・・」
「そうです。主様はこの国の王から認められた冒険者なのです。今日は王命でこの冒険者ギルドで登録をしに来たのですわ。」
フェルネスが自分の事のように胸を張る。
「・・話は聞いているよ。それにしても何てこったい・・・こんな子供がねぇ・・・だけど、私はこの目で見た物しか信じないんだ!陛下から認められとは言えその実力を測らせてもらうよ!付いて来な!」
「は、はい!フェルネス。下ろして!」
「・・はい。」
フェルネスは名残惜しそうにゼノアを床へ下ろす。
デルマがツカツカと壁に沿って伸びる階段を登って行く。その後を追いかけるようにゼノアとフェルネスが登って行った。
「・・お、おい・・今、国選冒険者って聞こえたよな・・・」
「お、お前もか?!まさか・・あ、あんなガキが・・・ちっ・・やってらんねぇーぜ・・・」
自分よりも遥か年下のゼノアに先を越され恨めしそうにゼノアの後ろ姿を目で追った。
「まっ・・・あの子だったら有り得るわよね。」
リルーナが諦めたように椅子に身体を預ける。
「・・・でもよ、これってチャンスじゃないか?」
思いに耽っていたアルグが小声でテーブルの真ん中に顔を突き出す。
「何がよ?」
「何よ?」
カミラとリルーナが怪訝な顔を向ける。
アルグは周りを気にしながら二人に小さく手招きをする。二人がアルグと同じようにテーブルの中央に顔を寄せた。
「・・だからよ・・・学院の卒業生なら・・・」
アルグの話を一通り聞いたカミラとリルーナは顔を見合わせ口元が緩む・・・
「あんた・・・たまには良い事言うじゃない。」
「同感よ。試してみる価値はあるわね・・・」
「・・だろ?」
三人の意見が久しぶりに合った瞬間であった・・・




