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第77話 魔闘気

「・・そうか・・・残念だ・・・」


キベリアード伯爵が馬から降りる。そして躊躇無く剣を抜きイーシアの胸を貫いた・・・


ざしゅ・・・


「えっ・・・あ・・・何・・これ・・・」


イーシアは自分の胸に刺さっている剣に目を落とし困惑の表情を浮かべながらその場に崩れ落ちた。


どさっ・・・


「えっ?!」


ゼノアは警戒していたにも関わらず目を見開いたまま動けなかった。人がそんなにも冷静に躊躇なく魔物を狩るように人に剣を突き立てる事が出来るのが信じられなかった。


「なっ?!」


咄嗟にリズナーが倒れたイーシアを抱き抱える。そして直ぐに治癒しようとするが魔力切れで聖魔法が発動しなかった。しかしリズナーは落胆する事はなかった。何故なら今ここには自分よりも遥かに規格外な聖魔法使いがいるのだ。


「ゼノア君!!頼む!!!」


リズナーは無駄な言葉を省き全ての意味を込めてゼノアに叫んだ。


「う、うん!!」


ゼノアは弾かれるように目の焦点を戻すとリズナーとアイコンタクトで大きく頷きイーシアの元へと全力で駆け出す!

そしてリズナーはそれと同時にナリア達の背後兵達が腰の剣に手を掛けるのか見えた。


キベリアード伯爵の躊躇の無い行動に意表を突かれたゼノアとリズナーは同時に己のすべき事を判断して駆け出す!


(間に合えぇぇぇ!!!)


(くっ!子供達が危ない!!)


ゼノアとリズナーの声に何が起きたのか分からず呆然としていたナリア達も我に返る。そして目の前の光景を目の当たりにし心の底から恐怖が込み上げて来た。


「う、嘘・・・な、何で・・どうして・・・」


「マ、マジかよ・・・」


「ま、まさか・・・僕達も・・・」


ナリアとミレードが動揺する中、寒気を感じたエルスが恐る恐る顔を上げるとキベリアード伯爵の私兵団長サリバル・ギリアードが腰の剣を抜き振りかぶっているのが見えた・・・


「あ・・・み、皆んな・・に、逃げ・・」


エルスは今まで感じた事のない殺気に気圧され自らも立ち尽くしていた。


「くくっ・・・これは伯爵様の命令だ・・恨むなら伯爵様を恨めよ・・」


サリバル・ギリアードはエルスに小声で話しかけると無常にも振りかぶった剣を躊躇無く振り下ろした。エルスは動けず妖しく光る刀身が迫るのをただ見ている事しか出来なかった。


ギギギィィィンッッ!!


エルスの頭の中に走馬灯が走り出したその刹那、背後から大きな影に覆われ迫り来る刀身が横一文字に差出された刀身に受け止められていた。


「な、何?!」


サリバル・ギリアードは自分の一撃を受け止めた男を見据える。


「え・・・あ・・・」


エルスはサリバルの目線を追い震えながら振り返り見上げると歯を食い縛り無理やり微笑むリズナーと目が合う。


「ふ、ふっ・・・き、君達を・・こんな所で死なせる訳には行かないんだ・・・早く私の後ろへ!」


「は、はい!」


エルスを始めナリアとミレードも慌ててリズナーの背後に隠れる。


リズナーはナリア達が背後に来たの見ると剣に力を込めて弾き返し距離を取る。


「ふんっ!!」


ギギィィン!!


(さて・・・この状況・・・どうする・・)


「あっ!メルローラ先生は!?」


「むっ?!」


ナリアの声にメルローラに目を向けるとリズナーの血で染まった場所の近くで気絶したままであった。知らない者が見れば血を流して死んでいるようにも見えた。


「くくっ・・・あの女はブラッドガルムにやられたのか・・・ふっ・・悲しむ事はない。お前らもブラッドガルムにやられた事になるんだ・・・手間が省けたぜ。」


サリバルの目にもそう見えたらしくメルローラは標的から外れたようだ。

子供達を護るので手一杯なリズナーからすれば内心ホッとする。


(ふっ・・そのまま勘違いしていてくれよ・・・だが・・以前この状況は・・まずい・・・また君の力を借りる事になりそうだな・・・)


剣を構えて躙り寄るサリバルを前にリズナーの額から一筋の汗が伝い顎の先端から地面に落ちる。そして横目で淡い期待の眼差しをゼノアに向けた瞬間・・・今まで感じた事の無い重い空気が辺りを包み込むのであった・・・




「先生ぇぇぇ!!!」


ゼノアは聖魔法を纏いながらリズナーが駆け出した後直ぐにイーシアの元へ辿り着く。それと同時にイーシアに両手で触れ聖魔法を発動させる。


(絶対助ける!!全開!!エクストラヒール!!!)


「ふん・・・無駄だ。どう足掻こうがその女は・・・なっ?!」


キベリアード伯爵は向かってくる少年が先生であろう女の死体に縋り泣きじゃくる姿を想像していた。そして不適な笑みを浮かべ言葉を続けようとしたその時、イーシアの身体が蒼白く眩い光に包まれるのを目の当たりにし言葉を詰まらせた。


「な、何だと・・・こ、このガキ・・聖魔法使いか!だが・・・たかがガキが使う聖魔法ではどうしようもあるまい。」


キベリアード伯爵の剣は確実にイーシアの心臓を貫いた。その手応えは残っている。たとえ聖魔法が使えたとしても上位の聖魔法でしか助からない事は誰の目からも明らかであった。キベリアード伯爵の顔に余裕の笑みが戻り無駄な努力をする者とばかりにゼノアを見下していた。


・・がしかし・・・キベリアード伯爵の顔色が段々と曇って行く・・・自分が殺した筈のイーシアが蒼白い光に包まれた途端に血の気が無く青白かった顔色が赤みを帯び、胸の傷も傷跡すら無くなり塞がったのだ。


「・・・な、、、ま、まさか・・・」


トクン・・・


蒼白い光がイーシアに吸い込まれると止まりかけていた心臓が鼓動を取り戻す。そしてイーシアの瞼が震えゆっくりと目を開けた。


「・・・ん・・んん・・・」


「先生!!イーシア先生!!分かりますか?!」


心配するゼノアの顔が朦朧とするイーシアの視界に飛び込むとイーシアの意識が段々とはっきりして行く。


「・・・ゼ、ゼノア君・・・?私は・・・私は・・・あん・・・」


イーシアはゼノアの顔を見ながら胸の辺りに違和感を感じる。身を捩りながら見るとゼノアの両手が自分の右胸を鷲掴みにしていた・・・


「あ、あの・・ゼ、ゼノア・・君・・・」


「イーシア先生!!良かった!!」


意識を取り戻したイーシアに嬉しさの余りにゼノアの両手に力が入る・・


むにっ・・・


「は・・はんっ・・・」


「えっ・・・あっ・・・柔らかい・・・」


ゼノアも両手に柔らかいものを握っている事に気付き手元に目を落とす。


「はうわ!!ご、ごめんなさい!!し、心臓に近い所と思って・・・つい・・」


慌ててイーシアの胸から手を放す。


「き、貴様!い、一体何をした?!致命傷だった筈だぞ!?」


キベリアード伯爵は手に持った剣をゼノアに突き付けた。剣先がキベリアード伯爵の動揺を伝えるように震えていた。


(・・・絶対に許さない・・・)


キベリアード伯爵の言葉にゼノアの中で怒りが込み上げる。自分に関わり尊敬する先生を傷つける者・・ましてや殺そうとした者・・・ゼノアの全身から闘気と魔力が入り混じった圧倒的な殺気が辺りを支配する。


「・・・なんで・・・そんなに簡単に人を殺せるんだ・・・なんで・・そんなに人の人生を簡単に奪えるんだ・・・絶対に許さない・・・お前は・・・僕に関わった大切な人を傷つけた・・・絶対に・・・絶対に・・・許さない!!」


ゼノアの魔力と闘気が入り混じり立ち登る!


「・・・なんだ・・こ、この寒気は・・・この押し潰されそうな空気は・・・」


リズナーと対峙していたサリバルは脂汗を垂らし無意識に震えていた。


「こ、これは・・・殺気・・・ば、馬鹿な・・・これ程の殺気をこんなガキが?!」


キベリアード伯爵も冷たい物が背中を伝い無意識に後ずさる・・・周りの私兵も馬が暴れ出し地面に投げ出され膝を付き肩で息をしていた。


「リズナー枢機卿・・・これは一体・・・私達は何ともないのに・・・」


周りの様子に違和感を覚えたナリアがリズナーの脚にしがみ付く・・・


「う、うむ・・・今、ゼノア君から魔力と闘気が溢れ出ている・・・〈魔闘気〉とでも言おうか・・これは・・ゼノア君の怒り・・・言わば殺気だ・・・さっきのブラッドガルムの威嚇の比では無い。私も今気付いた・・私達が無事なのは・・・結界だ。私達の周りに張られている・・・それも・・私も知らない強力な結界・・・ゼノア君・・なんという少年だ・・・この状況で私達を護りながら戦っていると言うのか・・・」


リズナーは肩の力を抜いて構えた剣を鞘に収める。


「ふぅ・・皆んなこの結界の中に居れば大丈夫だ。さて私はキベリアード伯爵の説得に行くとしようか。」


「は、はい・・・」


リズナーはナリア達に微笑みながら頷き安心させる。そして踵を返すとゼノアと対峙して顔が引き攣るキベリアード伯爵の元へ向かうのであった。

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