第72話 VSブラッドガルム 1
コンコンコンッ
「失礼致します!旦那様!!大変でございます!!」
キベリアード伯爵家の執事が当主ガルバド・キベリアード伯爵の執務室に慌てて入って来た。
「レーバンどうした?!何があったのだ?!」
「は、はい。さ、先程地下の宝物庫の点検をしていた所いつも狩に使われる〈魔物玉〉が無くなっているのです!!」
「な、何だと?!隈なく探したのか?!」
「は、はい!!他の者の手も借り探しましたが見つかりません!!」
「な、何故だ・・・先週、西の岩山に訓練も兼ねて狩に行ったばかりだ・・・その時は私も確認している・・・ま、まさか・・・誰かが持ち出した?!」
「・・・あ、あの・・・その事なのですが・・メイドの一人が昨日の夜遅く地下に降りていくラグベル坊ちゃんを見たそうです・・・」
レーバンはメイドから聞いた情報を恐る恐る口にした。するとガルバドの顔色が段々と変わる。
「・・・な、何だと?!またラグベルか?!この前もよく分からん八つ当たりで庭を消炭にしたばかりだぞ?!・・い、いや!そ、そんな事よりラグベルは学院だろう?!直ぐに行って来い!!」
「い、いえ・・・そ、その事なのでが・・今日は学院の方針で南の平原で薬草採取の講義らしいのです・・・」
レーバンが申し訳なさそうにガルバドの悪い予感を加速される発言をする。
「・・・み、南の平原だと?!ば、馬鹿な事を言うな!!あ、あそこは〈魔物玉〉の使用禁止区域だぞ!!も、もし南の平原で〈魔物玉〉を使ったりすれば・・・い、いかん!!」
ガルバドは心底寒気を感じ全身に鳥肌が立つ・・
「・・・レーバンよ・・私兵を集めろ!もしこの事が国王陛下に知れれば私の今後の進退に関わる!!間違いならそれで良い!とにかく南の平原に急げ!!」
「はっ!!畏まりました!!」
ガルバドの勢いにレーバンは頷くと同時に部屋を出て行くのであった。
上級生達は引率の先生と決められた森の浅い場所で薬草採取を始めていた。
「くくっ・・・今頃あの平民の奴は魔物に囲まれて腰を抜かしてるに違いないぞ・・・」
「ラグベル・・何をニヤニヤしてるのよ!気持ち悪い!」
「ふ、ふん!そう言うなよ。あの平民に仕返ししてやったんだからな!」
「えっ?!なになに?!何をしたのよ?!」
シーリアが興味津々でラグベルの顔を覗き込む。
「くくくっ・・聞いて驚くなよ?親父達が狩に使う〈魔物玉〉を森の入口に置いて来てやったんだ。くくっ・・今頃奴らは魔物に囲まれてビビってるに違いないぜ!」
ラグベルは鼻息荒くしたり顔を決める。しかしシーリアは一瞬考え頬を引き攣らせ思わず立ち上がる!
「あ、あんた馬鹿なの?!今私達は森の中に居るのよ?!そんな事したら私達はどうやって森を出るのよ?!」
「・・・あっ・・・しまった・・・」
シーリアの言葉にラグベルは呆けた声を洩らし顔を上げる。すると目の前には赤黒い獣が何かを探すように辺りの匂いを嗅ぎ回っていた・・・
「ぐるるぅぅぅ・・・」
「ごるるぅぅぅ・・・」
「はうっ!!」
「ひっ!!」
ラグベルとシーリアは恐怖で思わず声を漏らす。するとその瞬間、引率のイーシア先生に口を塞がれた。
(しっ!静かに・・・皆んな・・・声を出さないでじっとしていて・・・大丈夫・・この〈魔物避け〉がある限り物音や声を出さなければ魔物からこちらは認識されないわ。)
上級生達は言われた通り震えながらも声を押し殺しその場で座り込む。すると目の前を数十匹のブラッドウルフが何かを追うように走り抜けて行った。
「あ、あれは・・・ブラッドウルフ・・な、なぜこんな所に・・・それもこの数・・・一体何が起こっているの・・?)
(・・・や、やばい・・・た、助けて・・・な、何でこんな事に・・・く、くそっ・・あいつだ・・・あいつが全部悪いんだ・・・)
そしてその場で震えるラグベルは自分がしでかした事の重大さに気付き始めるのであった・・・
「枢機卿様。南の平原に着きました。ここで待機しております。」
「あぁ。お疲れ様。よろしく頼む。」
リズナーは開けられた馬車の扉を何気なく潜り南の平原に降り立った。すると突然リズナーの魔力感知にただならぬ状況を知らせるように反応が出る。
「むっ?!こ、これは魔物か?!そ、それも何だこの禍々しい強力な魔力は?!こ、これは危険だ!皆に知らせねば!」
リズナーは平原を見渡しメルローラの姿を捉えると走り出す。しかしその時、森の中からブラッドウルフの群れに追われて飛び出して来る子供達を目の当たりにする。
「なっ?!あ、あれはブラッドウルフか?!な、何故だ?!何故ブラッドウルフがこんな所に?!奴らは森の最深部に縄張りがあるはず・・・はっ!い、いかん!!追い付かれる!!」
リズナーの居る位置からは到底間に合わない。魔法も射程範囲外である。何も出来ないまま見ているしかない自分を不甲斐なく思い胸の前で両手を組み祈るように膝から崩れ落ちた。
「・・か、神よ・・・お力をお貸しください・・・」
リズナーは震えながら祈り数秒後、恐る恐る目を開ける。そしてメルローラと子供達の最悪な状況を想像していたリズナーの目に映ったのは、たった一人の少年の前で数十匹のブラッドウルフが立ち止まっている光景であった・・・
リズナーは目を見開き肩を震わせる・・
「・・・お、おぉ・・な、なんと・・・あ、あれは・・ゼノア君か!!おぉ・・神よ!!ここにゼノア君を使わせて頂いた事!感謝致します!!」
リズナーはすぐさま立ち上がると一目散に駆け出し子供達の元へ向かった。
「君達!!大丈夫か?!」
「あっ!枢機卿様!」
近付くリズナーに気付いたナリアが立ち上がる。するとその姿を見たリズナーの動きが一瞬止まった。
「んっ?!き、君は・・・い、いや・・貴女はもしかして・・・」
するとナリアは人差し指を口元に立て小さく頷いた。それを見たリズナーは全てを察し口を噤んだ。
(むう・・・なるほど・・そういう事か・・・ゼノア君はそれほどの人物という事か・・・)
「お、おい・・・あ、あれは何だよ・・・」
突然ミレードが震える指で森の方角を指差した・・・リズナーとエルス、ナリアが指差す先を見て息を飲む・・・
「な、なによ・・・あの魔獣は・・・」
「あ、あれは・・父様に聞いた事がある・・南の森の主・・・魔狼ブラッドガルム・・・危険度Bランクの魔獣・・・」
リズナーすらも息を飲む。南の森の主が出て来た事に緊張感が露わになる。
「・・・くっ・・何故だ・・何故あんな魔獣が表に出てくる・・・何か理由があるはずだ・・・だが今はこの絶望的な状況をどう切り抜けるかだ・・・」
リズナーは祈るようにゼノアの背中を見据える。
「君達はここでじっとしているんだ。先生もここへ呼んでくる。動けば狙われるかも知れない。いいね?」
ミレードとエルスは不安そうな顔で黙って頷く。ナリアは立ち上がるリズナーを見上げた。
「分かりました。でも枢機卿様はどうされるのですか?」
「うむ。私はゼノア君に加勢する。この状況を切り抜けるにはゼノア君の力に賭けるしかない。それに私にはここを死守する義務ができた・・・」
リズナーはナリアを優しく見つめて頷きブラッドガルムを見据える。しかしその時ブラッドガルムが威嚇するように雄叫びを上げた。
「わおぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!」
その雄叫びはリズナー達の全身を萎縮させその場から動く事が出来きなかった。
「う、うぅ・・・」
「うぐっ・・・」
「あうっ・・・」
「うっ・・くっ・・こ、これはブラッドガルムの威嚇の雄叫び・・・くっ・・ゼ、ゼノア君は・・・」
リズナーが顔を上げるとブラッドガルムの威嚇にも屈する事なく立っているゼノアの背中があった。
「・・・こ、この威嚇の中で平然と・・やはりゼノア君は・・・私達とは何かが違う・・・」
「うぅっ・・ゼ、ゼノア君・・・は、早く・・に、逃げて・・・」
メルローラはゼノアの背後でへたり込み震えながら声を絞り出す。
「メルローラ先生・・・大丈夫。下がっていてください。僕が皆んなを護って見せます。」
「えっ・・えぇ・・・」
(・・や、やだ・・・私ったら・・・こんなにドキドキして・・・)
肩越しに見せた七歳とは思えないゼノアの微笑む横顔にメルローラの頬が赤く染まるのであった。




