第71話 危機そして危機
「おい!!リズナー!何故今日も誰も聖教会のポーションを買わない!?我が回復魔法を必要としないのだ?!何故ただ祈りに来るだけなのだ?!」
シュルメール教皇が焦りと苛立ちで脂汗を滲ませながら顎の肉を揺らす。リズナーは軽くため息を吐くと肩の力を落とす。
(はぁ・・全く・・・この今のセルバイヤ王都の状況も分かってないのか・・・情けない・・・)
「・・教皇様。少しは外に出て街の様子をご覧ください。今、セルバイヤ王都の人々は先日の聖魔法力騒動で病気や持病は勿論のこと手足の欠損すらも治癒したのです。ですから高い金を払って聖教会に助けを乞う必要が無くなったのです。」
「な、ななっ・・・なんだと?!そ、そんな馬鹿げた事があってたまるか!!そんな事になれば金が入ってこないではないか!!この我が聖教会の運営が成り立たないではないか!!」
(・・・ちっ・・この豚が・・もう我慢ならん・・・)
「おい!シュルメール!!いい加減にしろ!!毎月王国から手厚い運営資金を頂いているだろう!!その他にも冠婚葬祭費や結界の維持費、国民からのお布施で十分成り立っている!!貴様は長期に渡り聖教会の資金の横領し更には貴族から賄賂で好き勝手に聖教会を私物化してきた!私は先代の恩義があり今まで黙認してきたがもう我慢ならん!!国王陛下に聖教会での貴様の所業を全て報告させてもらう!!覚悟しろ!!」
リズナーは思いの丈を一気に吐き出し踵を返して歩き出す。
「リズナー!!き、貴様ぁぁぁ!!こ、この教皇である私になんたる暴言を!!き、貴様こそ覚悟しておけぇぇぇ!!」
「・・・ふん。貴様はもう終わりだ。」
リズナーはシュルメールの焦りと苛立ちが篭った喚き声をものともせず一瞥すると部屋を出て行った。
リズナーは当時の聖教会の先代シュルメールの父親シュランダル・アルデバルス教皇の姿を思い浮かべる。
先代はや慈悲深い人物であった。裕福な者からは適度に頂き貧しい者には施しを与える神の如き存在であった。正に聖教会に在るべき存在であったのだ。
(もうあれは駄目だ・・・先代様の何を見てきたのだ・・・明日王宮へ行ってこの悪政を正す。だが今日は大事な用があるからな・・・」
リズナー枢機卿は聖教会前に待たせてあった馬車に乗り込み南の平原へと向かうのであった。
「ぬぐぐぐ・・・リズナーめぇぇ!!拾ってやった恩を忘れおってぇぇ!!おい!バルガー!!リズナーを捕えろ!!」
シュルメールが脂汗を滲ませ焦りと怒りに任せて喚くが何故かバルガーは動こうとはしなかった。
「おい!バルガー!!何をしている!?」
「・・教皇様。枢機卿を捕らえた後はどうされるおつもりですか?」
「うっ・・うぐぅぅ・・そ、それは・・監禁してだな・・・」
シュルメールはバルガーの問に言葉を詰まらせる。
(ふっ・・いつもながら浅はかな・・・)
「教皇様。たとえ枢機卿を捕らえて監禁したところでこの聖教会内には枢機卿を慕う者が多くいます。必ずその者達によって助け出され結果は同じです。ならばいっその事・・・神の元へ送って差し上げれば良しいかと。」
バルガーは目を細めて腰に携えた剣の柄に手を添える。バルガーもまたシュルメール教皇に手を貸し甘い汁を啜っていた一人でありリズナー枢機卿を疎ましく思う一人であった。
「・・・うむ・・・そうするしかあるまい・・・バルガーよ。リズナー・セルナードを聖教会に仇なす異端人として排除するのだ!!」
「ふっ。畏まりました。このバルガーにお任せください。」
バルガーは一礼し足早に部屋を出て行った。その背中を見送りシュルメール教皇は肩の力を抜き大きな背もたれに身体を預ける。
「ふうぅぅ・・馬鹿な奴だ・・大人しく染まって居れば良かったものを・・・ふっ・・・だが確かにいい機会かもしれんな・・・」
シュルメールは聖教会内で人心がリズナーに集まり慕われている事を感じ少なからず焦りを感じていた。その上、聖魔法力においてもリズナーの方が上だと囁かれていた。そして今日、シュルメールが最も恐れていた事が起こったのであった・・・
「・・・ま、間違いない・・エナハーブだ・・」
〈エナハーブ〉
・ヒール草の希少種。
〈効能〉
・体力回復・気力回復・疲労回復。
ゼノアは嬉しさを押し殺し膝を付くと一際瑞々しい葉を広げるエナハーブの周りの土を慎重に取り除いて行く。
(エナハーブは根の一本一本も貴重だからね・・周りの土ごと採取するんだ・・・)
ゼノアはエナハーブを慎重に土ごと取り上げると根の部分を布で包みそっと鞄に収める。
(ふう・・・これでよし・・・ふふっ・・ユフィリアさんが聞いたら驚くぞ・・・)
ゼノアが満足して立ち上がると背後から人の気配がする。
(・・・誰か来る・・)
「おい!!お前!!何している?!森には入るなって言われたよな?!」
「えっ・・・あぁ・・」
(ミレード君か・・・あっ・・エルス君とナリアちゃんも・・・)
ゼノアが振り返るとミレードとその後ろから駆け寄るエルスとナリアの姿も視界に入った。
「ゼノア君!どうしたの?」
「・・ここに何があった?」
「・・・う、うん・・森の中の方がヒール草が沢山あって・・・つい夢中になっちゃった・・・さあ・・も、戻ろうかな・・」
ゼノアは擬ごちない笑顔を作ると森の外へと足を向けてミレードの横をすり抜けようとする。しかしミレードが不適な笑いを浮かべてゼノアの肩に手を置く。
「ちょーーっと待て!お前・・嘘をつくのは苦手みたいだな?正直に言えよ!何を見つけたんだ?」
ミレードがゼノアの横顔を覗き込む。
「・・・えっ・・そ、そんなこと・・・」
がさっ・・・がさがさっ・・・
ゼノアが言葉に詰まり焦っていると背後の茂みが揺れる。
「んっ?!」
「な、なんだ?!」
「な、何?!」
「・・・何かいる!」
がさっ・・・がさがさがさがさがさっっ・・・
ゼノア達が息を殺しながらゆっくり後ずさる。すると茂みが段々激しく揺れ何体もの赤黒いものが飛び出て来る!!
ぐるるるぅぅぅ・・・
ごるるぅぅぅぅ・・・
「な、な、何だ・・・こいつら・・」
「・・・ブ、ブラッドウルフだ・・・でもおかしいよ・・こいつらはもっと森の奥に縄張りがあるはずだよ・・・」
すでにゼノア達はブラッドウルフに囲まれいつ襲われてもおかしくない状況であった。
「・・・だが現実にここにいる・・・確かこいつらは危険度Dランク・・・まずいぞ・・・」
「ゼ、ゼノア君・・どうしよう・・・」
ゼノア達は互いの背中を合わせブラッドウルフ達と対峙する。
「ふん!俺の火魔法で一掃してやる!!」
ミレードが一歩踏み出す!
「駄目だよ!まだ森の中に上級生達がいるんだよ?!森に火が付いたら危険だよ!」
「うぐっ・・じゃ、じゃあどうすんだよ?!このままじゃ食われて終わりだぜ?!」
(ど、どうする・・・僕一人なら何とかなるけど・・・みんなを守りながらだと
・・・)
ぼんっ!!ぼぼぼんっ!!
ゼノアが思いあぐねていたその時、突然の破裂音と共にゼノア達の周りに黒い煙が立ち上った!
「えっ?!」
「なに?!」
「なんだ?!」
ゼノアは一瞬驚いたがブラッドウルフ達が怯んで動揺する姿が見えた。
「みんな!!今のうちだよ!!森の外へ走るんだ!!」
「お、おう!!」
「うん!!」
「よし!分かった!!」
ゼノア達は黒い煙に乗じて混乱するブラッドウルフの脇をすり抜け森を抜ける。
すると頬を膨らませ怒り顔のメルローラが仁王立ちで立っていた。
「こら!!森には入らないようにって・・・」
「先生!!話は後だ!!早く逃げるんだ!!」
「へっ?」
ミレードが先頭でメルローラの言葉を遮り脇を走り抜けエルスとナリアも次々と走り抜ける。
「な、何ですか?!ど、どうしたのですか?!」
メルローラは走り抜けたミレード達を見送りふと森に目を向けるとそこにはゼノアが数十匹のブラッドウルフに追われながら森から出て来る光景であった。
「メルローラ先生!!早く逃げて!!」
「えっ?!はっ?!あ、あれは・・まさかブラッドウルフ?!な、何故こんな所に?!」
メルローラは目の前に迫るブラッドウルフの群に足が竦んでしまう。
(くっ・・ならここで食い止める!!)
ゼノアはメルローラの目の前で反転し全力で〈威圧〉を放つ!!
「森へ・・帰れぇぇぇぇ!!」
ずざざっ・・・
ゼノアは全力で〈威圧〉放った。しかし数十匹のブラッドウルフの全身の毛を逆立てさせて動きを止めただけであった。そしてブラッドウルフは怯みながらも牙を剥きゼノアへの威嚇をやめなかった。
「ぐっ・・ぐるる・・・」
「がぐぅぅぅ・・・」
「ごるるぅぅぅ・・・」
(・・・くっ・・追い返すつもりだったのに止まっただけ?!・・・それにしてもどうしてブラッドウルフがこんな森の浅い所に・・・)
メルローラは数十匹のブラッドウルフ群を目の当たりにしてへたり込んだ。
「・・・ゼ、ゼノア君・・・な、何が・・何があったの・・・?上級生の子達は・・・?!」
「わ、分かりません・・・でも取り敢えずこの場を何とかしないと・・・」
ゼノアがブラッドウルフ達を見据えたその時、森の木々が大きく揺れ黒いオーラを放つ体長七、八メートルの狼のような獣が現れた。
「・・あ、あれは・・・何?!」
目の前のブラッドウルフの群れを抑えるので手一杯のゼノアは息を飲む。今まで感じた事の無い威圧を放つ魔獣がゆっくりと歩を進めブラッドウルフ達の前に進み出た。
メルローラはへたり込んだまま全身の震えを抑えられなかった。
「・・・あ・・あれは・・ブ・・ブラッドウルフの群れのリーダー・・ま、魔狼ブラッドガルム・・・き、危険度Bランクの魔獣・・・な、なんで・・・ど、どうして・・・こ、こんなところに・・・」
「わおぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!」
ブラッドガルムは自身が纏う赤黒い毛並みを震わせる。まるで自分を奮い立たせるように雄叫びを上げ目の前の小さな人間ゼノアを見下ろした。それはまるでブラッドガルムが好敵手を相手にするかのように身構える姿に見えるのであった。




