第6話 Sランク冒険者
ゼノアがゴルド水産で働き始めて5日が経った。今日も午前の仕事を終えて行き付けの〈港食堂〉で厳ついおっさんと共にお昼ご飯を待っていた。
ふぅぅ・・今日も終わったね・・・おっさん達も厳ついだけで優しいし仕事は単純だし魚籠の重さにも慣れたから楽勝だね。それにお昼ご飯が食べれるのがいいな。
ゼノアがまだかとお腹の虫と会話しているといつもの元気で大きな声がお腹に響く。
「はーい!お待ちどうさまぁーー!」
食堂の女将ジーンが恰幅のいい身体を揺らしながら両手いっぱいに料理を運びどんどんテーブルに置いて行く。
「うふっ!可愛いゼノアちゃん!今日も沢山食べて行きなよ!!んーーむちゅっ!!」
ジーンがゼノアを抱き寄せてほっぺに吸い付く!
「はうっ!」
(あぅ・・もう・・毎日毎日ほっぺがベトベトだよ・・・)
すると今度はゴルドが勢いよく力の加減なくゼノアの頭をガシガシと撫で回す。
「ゼノアーー!!ジーンの言う通りだぞ!!沢山食えぇぇーー!!わーっははっはっはっぁぁ!!」
(あぅぅ・・・そんなにガシガシしたら禿げるだろう!!全くもう・・・大人って・・」
ゼノアは首を縮めて不機嫌な顔でゴルドを見上げる。
しかしそんなゴルドの姿を男達が頬を緩ませ眺めていた。
(・・・ゼノアが来てから親方・・元気になったよな・・・)
(あぁ・・そうだな。・・だけどよあんな事があれば誰だってそうなるさ・・)
(もうあれから5年経つのか・・・あんなに本気で笑う親方は久しぶりだぜ・・なんか泣けてくらぁ・・・ぐずっ・・)
男達は5年前にゴルドの身に起こった悲劇を思い出していた。そして思い詰めたように仕事に没頭するゴルドをずっと見て来たのだ。男達は目の前で満面の笑顔で笑うゴルドに目頭が熱くなるのだった。
するとその雰囲気に水を差すように乱暴に店の扉が開かれた。
バァァァン!!!
大きな音に皆が驚いて入口を見ると剣や斧を携えた人相の悪い三人組みの男達がズカズカと食堂内に入って来た。
「ふん!やっぱり港の食堂は魚臭ぇな!!」
「ギルドで噂の食堂らしいが・・小汚いな・・・」
「ふふん。港街の食堂ならこんなものだ。王都と比べては可哀想だぞ。」
男達は入って来ていきなり大声で喋り出す。誰が見ても気持ちの良いものでは無かった。食堂に居た客達も眉間に皺を寄せて様子を見ていた。
「あんた達!!扉を壊す気かい?!もっと静かに入って来な!!」
ジーンが腰に拳を当てて男達の前に立ちはだかった。その雰囲気は何処となく迫力があった。
「ふ、ふん!!うるせぇよ!ババァ!!こっちは客だぞ!!どう入って来ようが勝手だろうが!!けっ!これだから田舎者は面倒なんだ!」
これ見よがしに声を上げる赤髪の男に仲間が諌めるように肩に手を置く。
「ルガル・・まあ、落ち着け。飯が美味けりゃいいだろう?こちらも少々乱暴だったのもある。」
「ふん!どうだかな!どれ・・・」
ルガルは事もあろうにゼノアが口に運ぼうとフォークに刺した肉を摘み上げて口に放り込んだ・・・
「あっ!!僕の肉・・・」
ピキッ・・・
その瞬間・・食堂内の空気が張り詰めた・・
「ほむ・・はむ・・・ふん!まあまあ美味いじゃないか!いいだろう!注文だ・・・って・・ん?どうした・・・?」
ルガルが異変に気付き周りを見渡すとお客と店員が全員一点を見詰めて固まっていた・・・
「な、何だって言うんだよ?!・・・何なんだよ!!」
「・・・ル、ルガル・・う、後ろ・・・」
仲間の黄色い髪の男が指差す先には身体の周りの空気を歪めながらルガルの背後に立つ怒りの形相のゴルドであった・・・
(あぁ・・またゴルドさんのいつものやつだね。まあ、お腹空いたし構わず食べよう・・)
ゼノアはゴルドが自分の事を気に掛けてくれているのを知っていた。しかしそれが過剰な事が悩みの一つでもあった。それが何故なのかは分からないがそれが日常だと思う事にしたのだった。
(あ、あいつ・・死んだぞ・・・)
(あぁ・・この前みたいな・・ゼノアを小馬鹿にした奴が叩き出されたからな・・)
(この辺りでゴルドさんを知らない奴はよそ者だな・・・馬鹿な奴だ・・・)
ゴルドを知る客達がルガル達の末路を想像する。そして予想通り振り向く前にゴルドの大きな手がルガルの頭を掴かんだ・・
ビキビキビキッ・・・
「あぐっ!!や、やめっ・・・あうっ!うがぁぁぁぁ!!!」
ゴルドの握撃から逃れようともがくがガッチリと掴まれ頭蓋骨に食い込んでいるかのように激痛が襲っていた。
「貴様ぁぁぁ・・・ゼノアの飯を取り上げるたぁ・・どう言う了見だぁ・・・この俺に喧嘩売ってんのかぁぁ?!ああっ?!」
ぎしっ!ぴきっ!ぱきっ・・・
ルガルの頭蓋骨から嫌な音が聞こえて来る!
「うぎゃぁぁぁぁ!!!離せぇぇ!!この野郎ぉぉぉ!!!」
「このクズが・・・うちのゼノアにふざけた真似しやがって・・見ろ!ゼノアの寂しそうな顔を・・・」
ゴルドを始め皆がゼノアに注目すると騒ぎなどお構いなしに肉を頬張り口の周りをタレで汚したゼノアが顔を上げる・・・
「ん?早く食べないと冷めちゃうよ?」
「・・・・お、おう・・」
ゴルドはゼノアの拍子抜けした顔を見て頬を緩ますと目の色が戻りルガルを突き飛ばすように放した。
ごぉん!!
「うがっ!!」
ルガルは突き飛ばされ床で頭を強打して蹲る。
「ふん!命拾いしたな!!目障りだ!!ゼノアに詫びを入れてさっさと消えろ!クズ共が!」
「クッ・・クソが・・・痛っ・・頭が・・」
ルガルは頭を抱え痛みで顔を歪めながらヨロヨロと立ち上る。側に居たルガルの仲間2人はゴルドの雰囲気に飲まれて膝が笑っていた。
「お、おい・・ルガル・・行くぞ・・い、今のはお前が悪い!それにこのおっさん・・ただ者じゃないぞ・・」
「そ、そうだ・・お、お前が悪い・・そ、それに今・・ゴルドって言ったよな・・・何処かで・・聞いたような・・」
しかしルガルは痛みが残る頭を振りながらゴルドを睨み付ける!
「うるせぇ!!こんなおっさんにビビってんじゃねぇよ!!俺達は王都ゼルガリアのCランク冒険者だろう!!ここまでコケにされておめおめ帰れるか!!」
ルガルの言葉に食堂内が一瞬静まる。そしてお客達が肩を震わせて堪えていたものを吹き出した・・
「くっ・・ぷぷっ・・・」
「ふっ・・ぷっ・・・」
「ぶわっはっはっはっはっはぁぁぁ!!」
「ひぃーーひぃーーっ!!腹いてぇ!!」
「馬鹿がぁぁ!!たかだかCランクがゴルドさんに何言ってんだよぉぉ!!!」
「あぁ・・・っ!!」
すると緑髪の男が目を見開きゴルドの名を思い出した。
「ルガル・・・駄目だ・・やめろ!思い出した・・王都ゼルガリアの守護者と謳われたSランク冒険者・・〈鋼の意志〉のリーダー・・・鋼のゴルド・・」
ルガルは言葉が出ずに唖然とした。それは王都ゼルガリアの冒険者達はSランク冒険者〈鋼の意志〉に憧れ、そして目標に日々を送っているのだ。その憧れの1人が目の前にいるのだ。
「・・・こ、こ、このおっさんが?!お、俺の憧れた・・・」
ルガルが顔を引き攣らせ立ち尽くす。
「くっ・・そ、そんなはずはねぇ!!俺が憧れた鋼のゴルドがこんなおっさんな訳ねぇ!!認めねぇ・・・確かめてやる・・おっさん勝負だ!!表に出ろぉぉ!!」
「はぁ・・・馬鹿が・・・」
「若気の至りじゃ済まんぞ・・」
「もう笑えねぇな・・・」
客達は勝敗が分かりきった勝負に興味を無くして食事を始めてしまう・・しかしゴルドはルガルに若き頃の自分の姿を重ねて居た。
・・相手が格上と分かっていても退けないか・・俺も若い時は・・ふん・・だが・・さてと・・どうするか・・
「ふぅ・・・お腹いっぱい!ご馳走様でした。」
ゴルドはふと昼ごはんを食べ終わりお腹を摩っているゼノアに目が留まった。そしてニヤリと笑い眉が上がるのであった・・・
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