第101話 商人の性
「ゼノア殿!」
ゼノア達がギルドの受付の奥から姿を現すと待ってましたとばかりにアルバンが立ち上がり駆け寄る。その後からかキメルも付いて来る。
(あぁ・・・後日って言ったのに待ってたんだ・・・)
少し困った顔をするゼノアにアルバンがバツの悪そうな表情で近付いて来る。やはり商人としてエナハーブの事が気になって帰る事が出来なかったのだろう。
「・・す、すまない・・ゼノア殿。後日と言われていたのだが・・・商人の性でどうしても気になってしまって・・・良ければだが少しだけでも時間を取れないだろうか?」
アルバンとキメルが期待の眼差しをゼノアに向ける。
(・・・ど、どうしよう・・・言葉は丁寧なんだけど目の奥が怖い・・・)
ゼノアが圧倒されていると見兼ねたフェルネスが一歩前に出る。
「・・・アルバン様・・でしたか?主様はお疲れなのです。」
アルバンがゼノアの友人である為フェルネスは丁寧な言葉を選びながらも”これ以上言わなくてもわかるでしょう?”と目の奥で訴える。
「はっ・・・た、確かに・・・こ、これは失礼した。」
アルバンとキメルはフェルネスの目力で我に返ると申し訳なさそうに片手を頭に置き一礼する。
「アルバンさん。ごめんなさい。今日はこれからルナレーンの服も買いに行かないといけなくて・・・」
(えっ?ふ、服?)
ゼノアの目線を追うと背丈とはサイズがかなり小さいリボンドレスから大きな胸が飛び出しそうなルナレーンがキョトンとした表情で立っていた。
(あの格好じゃあ人目に付くからね・・・)
「・・むっ。キメル。」
「はい。かしこまりました。」
話を聞いたアルバンの目付きが変わりキメルに声を掛けると察したキメルは軽く頷き足早にギルドを出て行った。それを見送るとアルバンは笑みを浮かべゼノアに話し掛ける。
「ゼノア殿。もし良ければ彼女の服を私にプレゼントさせてくれないか?」
「えっ・・・プレゼント?」
「うむ。こんな事では恩返しには到底足りないが、この近くにロディアス商会の傘下の店がある。そこで好きなだけ選んでくれ。今、キメルに準備をさせている。どうだろうか?」
「えっ?!いいんですか?」
「もちろんだよ。ゼノア殿には返し切れない程の恩がある。せめてこれくらいはさせてくれ。」
アルバンが満面の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。それじゃあ、お願いします。」
「うむ!さあ、早速案内しよう。」
アルバンはゼノアの返事に満足して頷くと嬉しそうに出口に向かう。しかしルナレーンは目の前で自分の事でどんどん話が進みどうして良いか分からず立ち尽くしていた。
「・・・え、えっと・・・あ、あのぉ・・・わ、私はどうしたら・・・」
「ルナレーン!おいで!さあ、行くよ!」
「えっ、は、はい!」
ゼノアが笑顔で立ち尽くすルナレーンに笑顔で手招きすると焦り訳も分からず小走りで付いて行くのだった。
アルバンの案内で店の前に来たゼノア達だったが皆が直角に空を見上げ聳え立つ建物を見上げていた。
「・・・こ、この建物が・・・ぜ、全部お店なんですか?」
「いや、七階と八階は倉庫と従業員の控室になっている。それ以外は服の販売フロアだよ。」
あっけらかんと答えるアルバンの言葉を聞きながらゼノアは口を開けたまま店を見上げていた。
(・・・こ、この中が全部・・服?!し、信じられない・・・)
「ふっ・・・毎回、人間の建築技術には驚かせられますわ。たかだか服を売るだけでこれだけの建物を建てるのですから・・・」
フェルネスが肩を落とし首を傾げる。
「さ、さあ!!そんな事より中へ!」
アルバンが足早に大きな両扉を開けるとそこには広く煌びやかで明るいフロアが広がっていた。中へ入ると壁には花畑を思わせるように華やかなドレスが幾重にも並べられ、入口から数十人の綺麗な女性達が並び花道を造っていた。
「いらっしゃいませ。ご来店ありがとうございます。」
女性達が一糸乱れる事なく深々と一礼する。
「・・あ・・・う・・」
女性達の丁寧でいて迫力ある所作に流石のフェルネス達も固まっていた。
「さあ!仕事だ!このお嬢さんの服を選んで差し上げるんだ!!」
「かしこまりました。」
アルバンの一声で女性達が一礼すると数名の女性がルナレーンを囲む。
「えっ?!な、何?!」
「さあ。こちらに。」
「さあ。こちらに。」
「さあ。こちらに。」
女性達はルナレーンの両腕に腕を絡めて優しくそれでいて力強くルナレーンを連れて行く。
「あ、あのっ!そ、そ、その!ど、どこへ!!ご、ご、ご主人様ぁぁぁ・・・」
まだ圧倒されたままのゼノア達はルナレーンが女性達に部屋の奥へと連れ去られるのをただ見送る事しか出来なかった。
「は、はは・・・凄い勢いで連れて行かれたね・・・ねえ、フェルネス。」
「はい。何でしょうか?」
「あの調子だとルナレーンも一人じゃ心細いだろうから僕も見て来るよ。」
「はい。分かりました。それでは私達は外でお待ちしております。」
「うん。じゃあ行って来るね。」
ゼノアは軽く笑みを浮かべると小走りで女性達の後を追い部屋の奥へと消えて行った。フェルネスもまたゼノアの背中を笑みを浮かべ見送る。
「・・・ほ、本当に主様は我ら従魔にも優しい方なのだな・・・」
背後でどうして良いか分からず控えていたデグリーが思わず口を開く。
「えぇ。だから私達はその主様の優しさにお応えしなければなりませんわ。」
「う、うむ。心得ている。」
デグリーは度々ルナレーンの従魔だった時の事を思い出す。その度にゼノアの従魔に対する気遣いに驚きを隠せずにいた。
「さあ、行きますわよ。」
そう言ってフェルネスが振り返ると真顔で額に皺を寄せるアルバンに部下らしき男が耳打ちをしている姿が目に止まった。
「・・・くっ・・なんて奴だ・・・」
「アルバン様。どうされましたか?」
フェルネスがただ事ではない雰囲気を感じ声を掛ける。
「・・・恐らくベーニンだ。さっき森で会ったリザルド商会のアーガン・ベーニンがエナハーブ欲しさにイリアを誘拐したらしいのだ。くっ・・ふざけた奴だ・・・」
アルバンは苦虫を噛み潰したような顔で怒りを露わにする。しかしそれ以上にフェルネスの静かな怒りが魔力となって全身から滲み出ていた。
「・・・本当に・・愚かな人間ですわ・・・主様のご友人を誘拐するとは・・・ふっ・・まだ懲りていないようですわね・・・いいでしょう。ちょうど主様がお戻りになるまで時間がありますわ。二度と再びこのような事が出来ないように私がその身体に刻み込んで差し上げますわ。デグリー、行きますわよ」
「は、はいっ!」
フェルネスの迫力に気押されたデグリーは緊張しながら後に付いて行く。
「あっ・・あ、あの、場所を・・・」
「必要ありません。あの娘の臭いは覚えていますわ。」
フェルネスはアルバンの言葉に振り向きもせずに答えそのまま扉を開ける。
「ま、待ってくれ!私も行くぞ!!キメル!後は頼んだぞ!」
「は、はい!お気を付けて!」
キメルが慌ててフェルネスの後を追うアルバンの背中に一礼する。
(・・普段なら止めるがフェルネス殿が一緒なら大丈夫だろう。逆にフェルネス殿を敵に回したベーニンを心配すべきだな・・・)
フェルネスは店を出ると辺りを見回しイリアの臭いを探る。そしてすぐにイリアの臭いを嗅ぎ取った。
「こっちですわね。デグリー。アルバン様を背負いなさい。」
「は、はい!し、失礼します!」
「は、はうっ?!」
デグリーは瞬時にアルバンの目の前に現れるとアルバンの許可なく肩に担ぎ上げる。それを見てフェルネスが大地を蹴ろうと力を溜める・・・
「行きますわ・・・ん?」
フェルネスが構えたその時、肌に違和感を感じた。するとその瞬間大気が震え街中に爆音が響き渡った・・・
ずがあぁぁぁぁぁぁぁん!!
爆音はフェルネス達の目的地の方角から響き渡り衝撃波が吹き荒れる。
「なっ・・・フェ、フェルネス殿!!あれは!?」
デグリーが目を見開き指差す先には雲を吹き飛ばし空高く瓦礫を巻き上げる極太の竜巻が畝っていた。
「・・・こ、この凄まじい魔力・・・いけません!!このままでは街が甚大な被害を受けますわ!!デグリー!急ぎますわよ!!」
「は、はい!」
フェルネスは敷石を踏み砕き荒れ狂う衝撃波の中へと走り出す。デグリーもアルバンを肩に担いだまま走り出した。
「・・・い、一体何が起こって・・・ぶあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
肩に担がれたアルバンは風に靡く旗のようにはためきながら声を置き去りにするのだった。
「うふふっ。お着替えもしたし!待っててね!ゼノア様!!」
イリアは王都に帰って来てからアルバン達から一時離れて着替えをする為にロディアス商会に寄っていた。
「お父さんは冒険者ギルドでゼノア様を待つって言ってたわね!急がなきゃ!!」
イリアは待ちきれずに使用人の手をすり抜け楽しみな笑顔を浮かべて駆け出す。そして商会の前に待たせていた馬車に飛び乗った。しかし使用人が馬車の扉を閉めようとすると厳つい男二人が無理やり乗り込んで来た。
「大人しくしな!!」
「きゃあ!!何よ!!」
「な、何ですか!?あなた達は!!」
「うるせぇよ!こっちも仕事なんだよ!!オラァ!お前は降りな!!」
後から入って来た男が使用人の女性の腕を掴み馬車の外へ放り出す。
「あうっ!!」
どさっ!!
「うぐっ・・・お、お嬢様!!」
「ふん!これを渡しておけ!!」
男は倒れて手を伸ばす使用人の前に紙切れの束を投げ付ける。そしてそのまま馬車は走り出す。
使用人は紙切れを広げると地図と書き殴った文字が目に飛び込んで来た。
” 娘は預かった。
返して欲しければエナハーブを持って南の郊外にある倉庫跡へ来い。
当然、口外すれば娘の命は無い。”
使用人の女性は目を丸くして建物に駆け込んで行くのだった。
猛スピードで駆ける馬車の中でイリアは正面と左隣を厳つい男に塞がれムスッとした顔で座っていた。
(・・・もう!早くゼノア様に会いたいのに・・・)
「ふん。ガキだから泣き叫んで鬱陶しいと思ったが意外と大人しいじゃねーか。」
「くくっ。怖くて声が出ねぇだけじゃないのか?」
二人の男が嘲笑いながらイリアの顔を覗き込む。
「・・・臭い顔を近付けないで!あんた達リザテルト商会の回し者でしょ?言っておくけど、あんた達なんか怖くも何ともないわ!」
「なっ・・・」
(・・・ついさっき死ぬ思いしたばっかりだし・・・)
イリアは森の中でヘルベアーに襲われ恐怖の感覚が麻痺してしまっていた。怯る様子もなく気怠く面倒くさそうに自分達を睨むイリアに男達は目尻を震わせながら言葉を失う。
「・・・ほ、ほう。ガキの割には肝が据わってるみたいだな・・・」
「ふ、ふん。粋がってるのも今のうちにだぜぇ?今に鼻水流しながら泣き叫ぶ事になるぜぇ?」
「ふん・・・ゼノア様が来たら泣き叫ぶのはどっちかしら?あぁ・・もしかしたら泣き叫ぶ暇も無いかもね。」
男達の末路を想像しながら自然と口元に笑みが浮かぶ。
「ちっ・・・可愛げのねぇガキだぜ。」
「全くだぜ・・・っと!着いたぜ!」
男が眉間に皺を寄せて窓の外に目を向けると大きな倉庫のような建物の前に馬車が荒々しく止まった。
「おい!降りな!」
男の一人が先に降りると腰の剣を抜いてイリアに突き付ける。しかしイリアは怯えもせずため息を吐きながら馬車を降りる。
「はぁ・・・はいはい。分かりましたっ!」
かちゃっ・・・
イリアが馬車から降りたその時、肩から掛けた小さな鞄から聞き慣れない音が鳴る。
(・・あれ?何?この音・・・あっ、これって・・・)
「おい!さっさと歩け!!」
馬車から降りてきた男が後ろから苛ついた声でイリアを追い立てる。
「・・・はいはい。」
(ふん・・・見てなさいよ・・・)
イリアが先頭の男に付いて行く。すると大きな門を潜り厳重に施錠された鍵を男が幾つもの鍵を開けて中に入って行く。
中に入ると薄暗く埃っぽい臭いが鼻を擽る。辺りを見回すと幾つもの木箱が倉庫一杯に山積みにされていた。
(ここは・・・リザテルト商会の倉庫ね・・・ふふ・・・いい事思い付いたわ・・・)
イリアは歩きながら口元を緩めて鞄の中にある赤と青の小瓶に目を落とす。
更に進んで行くと倉庫の奧で三人の男がテーブルを囲んでカードゲームをしていた。
「おっ!早かったな!このガキで間違いないんだろうな?」
「おうよ。俺達の仕事はここまでだ。お前らはこのガキが逃げないようにふん縛って見ておけよ!」
「ふん。分かってるさ。それにしてもこんなガキ攫うだけで一人金貨十枚とは破格だよな。」
「それにしてもよ・・・このガキ不気味なくらい大人し過ぎないか?まあ、面倒がないのはありがたいがな。そのまま大人しくしておけよ。」
男の一人が縄の束を持って立ち上がるとイリアに近付いて来る。
「ふふっ・・・ゼノア様が来るまで大人しく捕まってあげようかと思ったけど・・・止めたわ。」
「はぁ?何を言ってるのかな?このお嬢様は・・・この状況が分からないくらいお馬鹿なのかな?」
男がニヤつきながら近付いて来る。するとイリアは鞄の中に手を突っ込み青色の小瓶を取り出した。
「ふん!あんた達の思い通りになるのが嫌になったのよ!!」
(青は防御魔法!)
ポンッ・・・
イリアが青の小瓶の蓋を開け放つと小瓶が蒼白く光輝きイリアを中心に直径十メートル程の魔法陣が描かれる。
「な、な、何だこれは!?」
「な、何をしやがった!?」
(えっ・・・な、何これ・・・い、今から何が起こるの?!)
男達が動揺する中イリア自身も想像以上の出来事に動揺していた。そして緊張すし立ち尽くすイリアを中心に展開された魔法陣から蒼白い光が勢いよく立ち登りその魔法陣に触れていた男達が吹き飛ばされ壁や木箱に叩き付けられる!
ごがぁぁぁん!!
どばぁぁぁん!!
「ぐはっ!!!」
「ぶべぇぇぇ!!」
「ぐふっ!!!!」
「こ、こ、このガキ・・・魔法を使えるのか!?聞いてないぞ!!」
男達が警戒し固まっていると眩く立ち登る光は少しずつ収まりイリアを護るようにドーム状に形を変えた。
「うわぁぁぁ・・・綺麗・・・す、凄いわ・・・やっぱりゼノア様は凄いわ・・・私の事を護る為に・・・うふっ・・・うふふ・・・これはもう・・・」
魔法陣の中心で身体をくねらせてニヤけるイリアがいた。
「お、おい!!ガキ!!な、何を笑ってる!!気持ち悪いぞ!!」
「むっ!失礼な!レディに向かって気持ち悪いだなんて!!ふふ・・いいわ・・・アルバン・ロディアスの娘であるこの私を攫った事を後悔させてあげるわ!!」
妄想を中断され我に返ったイリアは再び鞄に手を突っ込み赤の小瓶を取り出した。
「ふふふっ・・・ここはリザテルト商会の倉庫よね?高価な商品もここにあるんだよね?」
「お、お、おい!!ガ、ガキ!!な、何をする気だ!?」
「うふふ・・・ロディアス商会に手を出すとどうなるか教えてあげるわ!!」
イリアは”かぜまほう ふつう”と書かれた赤の小瓶に目を落とす。
(・・普通ね・・・ゼノア様の普通は少し怖いけど・・・やっちゃえ!!えいっ!!)
イリアが意を決して赤い小瓶の栓を抜くと小瓶が眩く白く輝く。そして周囲の風が動き出し唸りを上げ始める。
「えっ!えっ!えっ!い、嫌!!だ、駄目!!」
栓を開けたイリアだったが瞬時に危険を感じ小瓶を結界の外に投げる。
ぱりんっ・・・
「お、おい!!な、何をしたっ!!」
「な、な、何だぁぁぁぁ!!」
「うがぁぁぁぁぁぁ!!!」
小瓶が割れた瞬間、倉庫全体に巨大な魔法陣が描かれ風の渦が徐々に肥大化し男達を飲み込み巻き上げる。そして風の渦は更に巨大化し勢いを増して積み上げられた木箱を巻き上げ天井を突き破り空へと登って行く。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!!な、な、何よこれぇぇぇぇぇぇ!!!こ、こ、怖いぃぃぃぃぃ!!!!」
イリアは荒れ狂う竜巻の中で結界に護られていたが幾つもの木箱や瓦礫が目前に迫り弾け飛ぶのを見て恐怖で頭を抱えて蹲っていた。
(や、やっぱり、ゼノア様の普通は普通じゃなかったわぁぁぁぁぁぁ!!!!こ、この魔法陣、大丈夫よね?!だ、大丈夫だよね?!お願いぃぃぃぃ!!!は、早く終わってぇぇぇぇぇぇ!!!!)
イリアは荒れ狂う嵐が早く過ぎ去るのを祈るように願うのであった。




