第100話 デルマのため息
「・・・ぬぐっ・・げふっ・・お、おのれ・・・ア、アルバン・ロディアス・・・わ、わ、私は諦めんぞ・・・」
リザテルト商会アーガン・べーニンが全身の激痛に顔を歪め脚を引き摺りながら街道へと向うのであった。
僕達は冒険者ギルドに到着すると再びデルマの部屋に通された。フェルネスがソファに腰掛けると同然のようにゼノアを膝の上に乗せて落ち着く。ルナレーンがソファに座ろうとしたがフェルネスに睨まれ慌ててデグリーと共に背後の壁際に立つ。デルマがテーブルを挟み反対側に座るとギルド職員のセニアが香の良い紅茶と焼き菓子を出してくれた。
「ふっ・・・先ずはアルバン・ロディアス一行の救出の件、ギルドを代表して感謝するわさ。」
デルマが深々と頭を下げる。その所作は普段のデルマの勢いとは裏腹に心からの感謝だと分かるほど丁寧であった。
「あ・・・いえ、、あ、頭を上げてください。アルバンさん達は僕の知り合いで話を聞いて思わず飛び出してしまったんです。自分の為でもあるので気にしないでください。」
恐縮して慌てるゼノアにデルマは頭を上げて肩の力を抜いた。
「ふう・・・そうか。それにしてもゼノアと話をしていると七歳の少年とは到底思えないわさ。」
「・・は、はぁ・・・よ、よく言われます・・・ははっ・・・」
(・・・まぁ、本当は七歳じゃないからね・・・)
「ふふっ・・・ところで気になっていたんだが後ろにいる二人は何者だい?」
デルマが興味深くデグリーとルナレーンを見据えた。
「あ、あぁ・・・そ、それは・・・」
ゼノアは素直に二人を紹介して良いものか迷った。デグリーはフェルネスと同じ魔獣なので良いとしてもルナレーンは人間の対敵、魔人なのである。ギルドマスターであるデルマが知った時の反応が怖かった。
「ふふっ・・・二人は私の従者ですわ。」
フェルネスがゼノアの懸念を察して口を開く。
(えっ!フェルネス?!)
(ふふ。大丈夫ですわ。ルナレーンの事は私にお任せください。)
(う、うん。さすがフェルネスだね。頼んだよ。)
(はい。)
フェルネスはゼノアと念話で話すとデルマの目を見ながら微笑む。
「そ、そうか・・・フェ、フェルネス殿の従者か。も、もし良ければ紹介して欲しいのだが・・・」
「えぇ。勿論ですわ。執事服の者はデグリー。リボンドレスの者はルナレーンですわ。以後お見知り置きを。」
「デグリーだ。よろしく頼む。」
「わ、私はルナレーン・・・よ、よろしく。」
ゼノアの心配を汲みさらりとフェルネスが紹介するとデグリーが静かな所作で一礼する。ルナレーンもデグリーの真似をしておどおどと会釈する。
しかしデルマはフェルネスの言葉に違和感を感じた。
(・・・ひ、必要以上の情報は渡さないと言う事か・・・恐らくあの二人は訳ありか・・・ならば・・こ、これ以上の詮索はタブーだわさ・・・)
「そうか・・・こちらこそ宜しくだわさ・・・」
デルマは腫れ物に触るように言葉を選ぶのが精一杯だった。そしてもう一つ気になっていた事に話に変える。
「・・そ、それともう一つ・・・聞きたい事が・・・そ、その・・ゼノアがこのセニアに渡したポーションの事だわさ。」
ゼノアは一瞬セニアの顔を見て思い出した。
(・・・あっ・・・この人、あの時のお姉さん・・・も、もしかしてバレてる・・・?どうしよう・・・ゴルじい達にもあまり知られちゃ駄目だって言われてるし・・・)
ゼノアがセニアとデルマの顔を交互に見ながら迷っているとデルマが察したのか口元を緩めソファの背もたれに身体を預ける。
「ふ、ふん・・その反応だけで十分だわさ。それに冒険者の内情をこれ以上詮索するのはマナー違反だわさ。だけどゼノア。命の恩人に礼も言えないのは心苦しいとは思わないか?」
「・・・えっ・・あ・・・はい・・そう・・・ですね。」
デルマの目力に圧倒され頷く。
「んっ・・よし!お前達入って来な!」
デルマが扉に向かって声を掛けると”断空の剣”の面々が引き締まった表情で部屋に入って来る。
「今、確認したわさ。このゼノアがお前達の命を救って依頼の尻拭いをした張本人だわさ。」
”断空の剣”のメンバーが一斉にフェルネスの膝に乗せられたゼノアに注目する。
(はうっ・・・視線が痛い・・・)
「さ、さっきも思ったけど・・・こ、こんな子供が・・・瀕死の俺達を助けた上にベルベアーを倒したのか?!」
「わ、私も信じられないけど・・・で、でも・・・ギルマスがそう言うなら・・・」
「う、うん・・・そうだよね。」
「・・・そうだよな。ギルマスが言うなら・・・」
ロギングを始めメンバー達は納得がいかないと言った表情であった。
(んーー・・・やっぱりこんな反応になるよね・・・)
ビキッ・・・
突然部屋に飾ってある絵の額縁がひび割れる。
「へっ?ま、まさか・・・」
ゼノアが恐る恐る振り返り見上げるとフェルネスとデグリーが魔力を滲ませて怒りを露わにしていた。
(あっ・・やっぱり・・・それにデグリーも!?)
「・・・おのれ・・・お前達の命を救った主様に対してなんたる態度・・・」
「ぬう・・・主様の慈悲の心を踏み躙るとは・・・万死に値する!!」
(はひっ?!こ、ここはそう言う場面なの?!)
「・・・そ、そ、そうよ!!ご、ご主人様に謝りなさい!!」
フェルネスとデグリーの姿を見て眠そうにしていたルナレーンも慌てて腰に手を添えて声を上げる。
(・・・ルナレーンは・・・話を聞いてなかったな・・・ならいいか。)
「フェ、フェルネス、デグリーお、落ち着いて・・・」
「こんの馬鹿垂れ共ぉぉぉぉ!!!さっき見た目で判断するなと言ったばかりだろう!!!」
「ひぃぃっ!!」
ゼノアがフェルネスとデグリーを宥めるより早く部屋にデルマの怒号が響き渡った。
そして断空の剣のメンバーの背筋がピンと伸びる。フェルネスとデグリーは魔力を収め様子を見る事にした。
「・・・あ、あの・・・その・・・で、でもよぉ・・・」
(・・・はぁ。確かにこんなにも見た目で見下されると・・・少し気分が悪いよね・・・)
デルマに諭されながらも納得し切れずはっきりしないロギング達にさすがのゼノアも苛立ちを覚えた。
「馬鹿垂れ!!まだ言うか!!ゼノアの強さはこの私が保証するだわさ!お前達がゼノアに束で掛かったとしても五秒も持たないわさ!!それにお前達は命の恩人に礼が言いたくてここに来たんじゃないのかい?!」
デルマが勢いよく立ち上がりロギングに詰め寄る。
「そ、そそ、そんな事ある訳ないだろう!!こんな子供に俺達が・・・」
それでも納得出来ないロギングがゼノアに指を指す。
「・・・もう良いよ。」
ゼノア静かな一言が部屋に響き渡る。その声はその場の空気を重く張り詰め支配する。
「な、なんだよ・・・」
ゼノアはフェルネスの膝から降りると固まるロギング達の前に進み出る。
「・・僕はお礼が言われたいから助けた訳じゃ無い。僕が君達を助けたのは僕が勝手にやった事だよ。アルバンさん達を助けたのも僕の知り合いだから助けたんだ。これも僕が勝手にした事だよ。だから無理にお礼なんか要らないよ。見た目が子供だからと見下した態度でお礼を言われても気分が悪いしね。その気が無いならさっさと冒険に行っておいでよ。はっきり言って時間の無駄なんだよね。」
(少しお仕置きするか・・・)
「なっ・・・こ、このガキ・・・んっ・・・んがっ?!」
ロギングが言葉を続けようとするがゼノアの発する殺気にも近い〈威圧〉に言葉を失う。そして部屋全体が軋み始める。
ピシッ・・ベキッ・・・ビキキッ・・
ロギング達はゼノアの〈威圧〉に立っていられずに床に両手と両膝を付き肩で息をしていた。
「は、はぐっ・・・な、何が・・・」
「はぐぅぅ・・・む、無理・・・」
「・・・あ、あぐぅぅぅ・・・」
「・・・し、し、死ぬ・・・」
(・・・こ、これが主様の力か・・まるで本気ではないが脚の震えが止まらん・・・)
(・・・や、やっぱり・・・ご、ご主人様を怒らせたら駄目だわ・・・)
デグリーとルナレーンの頬に汗が垂れる中、フェルネスはロギング達が苦しむ姿を微笑みながら見ていた。
「うふふ・・・愚かな者達よ。私の主様の力の片鱗を思い知るがいいわ!」
(あぁ・・・この主様の殺気にも似た波動は心地良いですわ・・ですが・・・このままでは・・・)
フェルネスは正面のテーブルに両手を付いて脂汗を垂らすデルマの姿を見る。
「・・・う、うぐ・・ゼ、ゼノア・・・そ、その辺りで・・・」
「・・・主様。それ以上は皆の命に関わります。」
「あっ・・・デルマさんまで!!ま、またやり過ぎた・・・手加減が難しいんだよね・・・」
フェルネスの声に気付きゼノアが威圧を解除すると解放された断空の剣のメンバーが床に転がり肩で息をしていた。
「エリアヒール!」
ゼノアが魔法を放つと部屋全体に魔法陣が広がりデルマを始めロギング達を癒した。
「こ、これは・・・聖魔法?!それも無詠唱?!・・・あ、あの戦闘力に加えて・・・魔法も?!あ、あり得ない・・・ゼノア・・・お前は一体・・・」
デルマは目の前の出来事に目を見開き震えていた。
(あ・・・ここは退散した方がいいかな・・・)
「デルマさん。ごめんなさい。また少しやり過ぎちゃいました。今日はこれで帰りますね。」
ゼノアはそそくさと笑顔で会釈するとそのまま扉へと歩いて行くとその後をフェルネス達も追ってついて行く。
「えっ・・あ、あぁ・・・わ、分かったわさ。きょ、今日は本当に助かったわさ。」
「それじゃあ。」
デルマは動揺しながらも立ち上がり一礼し手を振りながら部屋を出て行くゼノア達を見送った。
「はふぅ・・・」
どさっ・・・
デルマはゼノア達が出て行った後、全身の力が抜けてソファに身体を預けた。
「・・・ふうぅぅ・・・ただ対峙してるだけでも圧倒されるわさ・・・まったく王様もとんでもない新人を寄越してくれたわさ・・・」
デルマは気を失って横たわるロギング達に視線を落としながら大きなため息をつくのであった。




