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いじめられっ子代打

作者: 海月

 ある日、いつものように登校してげた箱をのぞくと、上履きが無くなっていた。

 ぱか、と俺は口を開ける。

「どーした?」

 空のげた箱を見つめてあ然としていると、友だちがひょいとのぞきこんできた。

「俺の上履き、無い……」

 友人は、えっと声をあげると、俺の肩を雑にどかしてげた箱の中を見た。

「マジで無いじゃん。いじめ?」

「そんなことするヤツいるかなぁ」

 俺が首をかしげると、友人も同じく考えるようにうなった。

 俺のクラスはそこそこ仲がいい。三年にあがって二ヶ月ちょっと経ったところだけど、普通のクラスのようにグループができて、ちょっとした相性の良い悪いも出てきた、そんな感じの普通のクラス。俺もそんな普通のクラスに馴染んだただの凡人。いじめられる覚えはない。

 そもそも高校受験を控えた三年で、いじめなんてする馬鹿がいるのか。

「げた箱間違えたとか」

「のわりにクツ無くね」

 言いつつ、友人は俺の前後左右のげた箱を開けてまわった。そのどれもにクツはきちんと収められている。

 つまり前後左右の人はすでに登校済み。

 授業開始のチャイムが、頭上で大きく鳴り響いた。


「あいつ、まじで嫌い」

 一時間目に遅刻した俺たちは、運悪く一番厳しい先生からお咎めをくらうことになった。みんなの前で怒られたうえ、放課後に補習の罰だった。

 俺はもぞもぞと来客用スリッパのなかで足を動かす。

「わりと話は聞いてくれるけど聞いたうえで怒るんだよな、猪苗代」

 そもそも俺たちが遅刻ギリギリだったのは、横断歩道で転んだおばあさんを助けていたからだ。それでもって上履きが無くなって完全に遅刻になったわけだけど、俺が先生だったらむしろ褒めている。

 猪苗代の鋭い目つきを思い出してため息をつく。ひょろっとした先生だが、威圧感の出し方はクマかイノシシにでも習ってきたのか、教師のなかではピカイチだ。

「学校生活のメリハリは重要なことです」

 友人が大げさに猪苗代先生をまねる。先生が何かにつけて言う言葉だった。

「やめろよ。先生来たらどうすんだよ」

 案外似ているモノマネに笑いながら、一応いさめる。補習としてやらされているプリントを持っていく先は猪苗代だ。

 そのあとたっぷり三十分はかけて、手強い数学のプリントはようやく終わった。

 パタパタと慣れないスリッパで廊下を歩く。そういえば上履きは結局見つからなかった。昼休みに一度げた箱を見に行ってみたが、特に変わらず、俺のクツがつっこんであるだけ。

 先生もすぐに上履きを履いていないことに気づいて、来客用のスリッパを借りにいきなさいと言ってくれたけど、無くなったことについては、誰かが間違えたのだろうとおさめてしまった。一応、三年生の先生には伝えてあったのか、帰りの会で間違っていないか確認するように言われたらしいけど、俺の上履きが見つかる様子はない。

 猪苗代にプリントを手渡して、俺たちはほっと息をつく。

「今日は部活は?」

「このあと行く」

「じゃ、俺先に帰るわ」

 友人がさっと手をあげる。俺は野球部、あいつは確か書道部で、週に二回くらいしか活動日がなかったはずだ。

 俺もさっさと部活に行かないと、また他の先生に怒られてしまう。友人とわかれたあと、歩くスピードを上げて、俺は部活に行く準備を始めるのだった。


 日もどっぷり暮れて、電気もついてない暗い渡り廊下を歩く。帰る前に上履きが戻っているか確かめるつもりだった。

 外からぼんやり届く街灯の明かりを頼りに、自分のげた箱を開ける。

「お、戻ってる」

 あまりにあっさり戻っていた。間違いなく俺の上履きで、目立つ汚れもないし、やっぱり誰かが間違えたのだろう。ほっと胸を撫で下ろす。

「……ん?」

 上履きの下に、何かある。

 小さな紙切れみたいだ。折りたたんであるそれを広げると、ごめんなさいの文字。紙の真ん中に書かれた文字は、綺麗ではあるが小さく控えめだった。


 妙に気になるそんな出来事は、翌朝、友人に話すタネになるには十分だった。

「へー。戻ってきてたんだ。これがその紙?」

「そう」

 興味津々といった様子で友人が紙切れを日に透かす。

「でもこれ、女子の字っぽくね。お前もしかして変なのにからまれた?」

 そうだよなぁ、と俺も頭を抱える。足のサイズは二十六センチで、女子でそのサイズはあまり見かけない。

「けど、ごめんなさいってなんだよ。しかも一日中無くなってたんだぞ。それに字は女子っぽくても男子かもしれないし」

「じゃあ単純に上履き借りてたってこと? 何、そいついじめられてるの」

 友人が手に持った紙を睨みつける。

 俺はハッとした。確かに、借りていった本人がいじめられていて、上履きを隠されてどうしようもなかったのかもしれない。それならごめんなさいと書いた紙を忍ばせていてもおかしくはない。

「けどそれは先生に言ったら一発でクラス会議でしょ。すぐ解決できると思うんだけど」

「言えない理由があったんじゃないかな。ほら、先生には言うなって脅されてるとか」

 先生に言って、学校ではいじめられなくなったとしても、外に出れば先生の目はかいくぐれる。そこでエスカレートしていけば、誰も助けてくれる人はいないわけで。

「……もし、今もう助けてくれる人がいない状態だったら?」

 俺と友人は顔を見合わせる。


「どうやってその本人見つけるよ。三年は七クラスあるんだぜ。そもそも三年生じゃないかも」

 ただ先生に相談するだけじゃ解決しないだろう雰囲気が紙切れ一つから漂っている。それに簡単に首を突っ込んでいいものか、そんな不安もあったから、友人はなんとなく腰が引けているようだ。

「あー、他の学年の可能性もあるのか。女子なら逆に見つけやすいのにな」

 足のサイズが同じなら、身長も同じくらいかもしれない。百七十前後だとしたら、女子としては頭一つ抜けているだろう。

「それかまた借りにくれば楽だよな。放課後げた箱張っとけばいいんだし」

「確かに。でもただ待ってるだけっていうのは、なんか嫌だ」

 

 その後もあーだこーだ言い合うも、良い案はなかなか浮かばない。


 学校について、教室へ。その途中の保健室が自然と目に入った。扉には今月の保健室だよりがはりつけられている。

「貼り紙」

「なに?」

「げた箱に紙はっつけとけばいいんだよ。上履き借りた人へって」

 俺のげた箱は廊下側にある。貼り紙をしておけば、借りた本人の目には留まるだろう。自分が勝手に借りた人のげた箱に何か貼りつけてあるのだ、自分へのメッセージだと思ってくれるかもしれない。いじめっ子は注意を払わないだろうから、俺の上履きでしのいだこともバレないはずだ。

 昼休みにさっそく貼り紙を作る。作るといっても、ノートをげた箱の大きさに合うように切るだけだ。あとは名前も顔も知らない相手へのメッセージ。

「俺の上履きを借りた人へ。どうぞご自由に借りてください……って、それだけ? もっと他に書くことあるだろ」

 弁当をもぐもぐやりながら、友人が呆れたように貼り紙を持ち上げる。

「いいんだよ、これで。で、げた箱の中にこれも入れる」

「教科書、体操服も貸します、ね。ロッカーの暗証番号も書いちゃって」

 惣菜パンをまとめて入れていたビニール袋に、二つ折りにした紙を入れて汚れないようにする。

「これで何年の教科書借りるかで学年もわかるし、いじめだったら証拠にもなる。一石二鳥。天才」

 自画自賛すると、友人は稀に見る深いため息をついた。

 帰り際、げた箱に例の紙を貼りつけ、上履きのうえに手紙を置く。悪い意味のどきどきに思わず苦笑いが浮かんだ。上履きが隠されるなんてドラマみたいないじめ、実際に受けてるなら結構キツいんじゃないかと思う。

 だから翌日の放課後、げた箱に入っていた返事にあちゃーと頭を抱えた。

「返事来たの!」

 喜色を浮かべる友人に、無言でこれまたノートの切れ端であろう紙を突きつける。

 ――ありがとうございます。勝手に借りてしまって、本当にごめんなさい。もう借りません。私のことは気にしないでください。

 友人の顔からみるみる喜色が消えていった。残ったのは眉間にしわを寄せた、怪訝そうな顔だった。

「嫌味だって思われた?」

「かもなぁ」

 残念な気持ちで俺はそう返す。でも急に接触をはかられたら怖い気持ちもわかる。

「でもさ」

 いったい何を思いついたのか、友人の声が少し明るくなった。

「私、って書いてあるし、女子なんじゃない?」

 そうか、と俺は手紙を見直す。確かに私のことは気にしないでくださいと書いてあった。前半に拒否られたことで最後まで頭に入ってきてなかったのだ。

 それがわかった俺たちは休み時間、クラスで一番背の高い女子に声をかけた。

「椎名、ちょっといい?」

 百六十五に届くか届かないかといったところか。振り向いた視線の高さからはかってみる。

「足のサイズ教えてくれない?」

「えー……」

 露骨に顔をしかめられた。あまりにも嫌そうなので、ちょっと引き気味の椎名に、軽くわけを話してみる。

「あぁ。だからあのとき靴下だったんだ。えっと、上履きは二十四センチだったかな。その子相当背が高いんだね」

「椎名は背の高い女子がいじめられてる、みたいな話は聞いたことない?」

 椎名は束の間思い出すようなそぶりだったけど、やがて申し訳なさそうに首を振った。

「ごめん。少なくとも三年生の間ではそんな噂ない」

 そっか、と落胆すると、椎名が付け加えた。

「でも、部活の子とかに聞いてみるよ」

 にっこりと笑うと、どこかキツかった雰囲気がぐっと柔らかくなった。

「ごめん、よろしく」

 隣で何か言いたそうにしている友人を抑えこみ、その場をあとにする。どうせ、笑ったら可愛くね? と褒めるか貶すかの発言をしたいだけだろう。

 それから一週間ほど、張っていた気も緩みはじめたときだった。

 次の教科を準備しようとロッカーを開けて、ハッとする。一、二年の国英数の教科書を入れていたのが、一年生の国語の教科書が無い。特に書き置きは見当たらなかったが、返ってくるときに何か一言つけてくれるかもしれない。

 そんな話をしていると、さらに椎名が話しかけてきた。

「部活の子に聞いてまわってみたんだけど、いじめられてるっぽい子はいるみたい」

 一つ進展すると、次々に情報というものは集まってくるらしい。次の授業の宿題の手を止めて、椎名の話を聞く。

「一年生の子でね。女子にクスクスやられてる子がいるんだって。背は私より高いって、これくらいだって言ってくれた」

 椎名が手で示したのは、彼女の頭より少し高いくらいだった。それが正確なら百七十前後といったところだ。

「クスクスやられてるって、何その表現?」

 友人もそこがひっかかったようだ。いじめとはっきり言わない、ずいぶんとぼかした言い方。

「えっと、その子が知ってる範囲だと、授業で当てられて答えられないときとか、前に立って話すときとか、とにかくその子が注目を浴びるときにわざとしゃべるらしいの。それ以外に目立っていじめてるようなことは無いって」

 俺は遠慮なく顔を歪める。目立ったいじめが無いのは、たぶん彼女自身が目立たないように努力しているからじゃないだろうか。例えば誰かの上履きを借りたりして。

「先生は注意しないのかよ」

「してるらしいよ。でも注意されたらすぐ静かになるからキツくは言えないし、それだけだからなおさら大ごとにもしたくないんだろうね」

 どうやらそのいじめっ子は、先生の目を盗むのが上手いらしい。さらに先生側の気持ちもよくわかるときた。

 椎名からクラスと名前を聞き、あとはまた様子見に入ろうと思っていたのたが、返ってきた教科書を見て、俺はそう悠長にかまえていられないことを悟った。

「これ、どう思う?」

「これはもういじめだと思う。あたしちょっと二人に加勢するよ」

「何これこわ!」

 冷静に怒っているらしい椎名は腕を組み、机の上に置いた俺の教科書をじっと睨みつけている。対照的に友人はかばうように自分の腕をだいて震えている。

 俺は教科書を持ち上げる。名前の部分をアルコールで消していたのが、ネームペンで大きくブス、と落書きされていた。周りはぐちゃぐちゃと感情に身を任せたような汚さで塗りつぶされている。これはまたアルコールで落とせばいいけど、問題は中身だ。

 ページが何枚か破られている。それも破った痕がなければ、落丁を疑うような、丁寧な破り方だ。あとは字が読めないように真っ黒に塗りつぶされていたり、とにかく授業に支障が出るように工夫されている。

「これさー、授業で答えられないってさ。教科書を見ればわかることも答えられなかったんだろうね。あとは丸読みとかね」

 友人の言葉に唇を噛む。中途半端なページを破いたり、ところどころ塗りつぶされていたりするせいで、答えられるときと、そうでないときができてしまう。

 そうなれば周りからは怪訝な顔で見られ、さらにクラスからは孤立してしまうだろう。

 だけどそれでも本人が隠そうとするならできてしまえるように、表紙には何も細工をされていない。


 そして一番の問題は、これが借り物だと知っていて汚した可能性があることだった。

「持って帰って写真撮るわ」

 原則携帯は持ち込み禁止なので、家で写真を撮るしかないのだ。携帯を持ってくるには先生に理由を話して許可をもらわないといけない。

 二人はこくりとうなずく。それから俺は二人に、ある考えを話した。


 手の中の手紙を開く。

 ――十七時に先輩の教室へ行きます。

 その前には教科書を汚したことに対する謝罪と、律儀に弁償します、と書かれていた。

 俺は自分の机に腰かけてちょっと笑う。こんな律儀さを持っているのに、他人のクツをこっそり借りてしまう矛盾。

 そしてそんな矛盾を起こさせてしまういじめ。


 ガラリと教室の扉が開く音に顔をあげる。

「あ……」

「萩原風花さん?」 

 少したじろいだ様子の彼女に笑いかけてみせる。野球部のユニフォームを着たままだったから、少し予想と違ったのかもしれない。

 帽子をとって立ち上がると、彼女はようやく教室内に入ってきた。

 確かに背が高い。一年生でこの高さとなるとかなり目を引くだろう。

 でも今は視線は低く、猫背気味だ。

「なんで、名前……」

 戸惑ったのはそのせいもあったか、と思い直して、俺はとりあえず近くのイスを引き寄せた。

「まぁ座ってよ。ちょっと話したいことがあるからさ」

 促すと、萩原さんは今にも泣きそうな表情でぺこりと頭を下げた。

「すみませんでした。先輩」

「うん」

「勝手に上履き盗んで、教科書も、汚しちゃって、」

「うん」

「けど、私、」

 堪えられる限界に達したのか、涙がぽとぽとと床に落ちた。

「辛かったでしょ。なんで周りの大人に言わなかったの」

 まだ他人の気軽さでざっくり切り込む。

「……言っても、意味ない」

 嗚咽の隙間に、しぼりだすような声だった。

 答えてくれたことにひとまず安心して、俺は様子を見ながら質問を重ねた。

 窓の外がオレンジから薄い青色にグラデーションをえがいている。二十分ほどの時間をかけて、俺は萩原さんの置かれている状況を理解した。

 いわく、いじめは小学校のころから始まっていたのだとか。萩原さんの母親は芸能人、父親はモデルと、傍から見れば羨ましいかぎりの家庭だ。父親がモデルをやっているなら、その背の高さが遺伝したんだろう。そんな家庭事情は、萩原さんを否応なく目立たせた。容姿も相まって、妬みの対象になるのは時間の問題で、表立ったいじめが始まったのは六年生のときだそうだ。

 そして中学にあがり、いじめは終わったかと思いきや、いじめの中心にいた女子が同じクラスになってしまった。

 だからたった二ヶ月でここまでエスカレートしていったのだろう。

 いじめのことを言っても意味がないと言ったのは、多忙な両親を幼いころから見ていたがゆえの諦め半分、遠慮半分だ。

 ハンカチを持ってぐすぐす言わせながらも、萩原さんは笑顔を見せた。

「聞いてくれて、ありがとうございます。手紙すごく嬉しかったです。でも」

「ちょっと待ったーー!」

 待ったをかけたのは、教室の外で話を聞いていた椎名だ。たったと駆け寄り、萩原さんのもとへ行くと膝をついて彼女の手をとる。そして、突然のことに目を白黒させている萩原さんにむかって、諭すような口調で話しかけた。

「風花ちゃんが言う言葉はそれじゃないよね? それにここまで来て見て見ぬふりしろって言われても、あたしたちはいじめに加担しちゃうことになるの。だからあたしたちのためにも言って」

 椎名が萩原さんの目をのぞきこむ。その仕草に必死さがうかがえる理由は椎名が加勢を宣言した後に教えてくれていた。

 椎名は、いじめの傍観者側だった。小学校のころに、同じクラスの男子がいじめにあっていたのだ。椎名自身はその男子と特別仲が良かったわけでもなかったが、家は近くで、一緒に登校していたらしい。それがある日学校に来なくなり、そのまま姿を見かけなくなった。止めたかったけど、怖くて声すらかけられなかった。いつも遠巻きに見ているだけだった。きっとその後悔が、今になって燃えているんだろう。


 萩原さんがくしゃりと顔を歪めた。握られた手に額を当てるようにして背を丸め、今度はしゃくりあげるように泣いている。

 椎名が慰めるように肩を叩くと、小さな声で萩原さんは言った。

「……助けて、ください」



 最初に汚された国語の教科書。教科書を破いたり、ペンで塗りつぶしたりするのは、国語が初めてで、困り切った萩原さんが俺の教科書を借りた。そこでまた汚したのは、萩原さんが誰にも教科書を借りられないようにするためだ。借り物でも汚せると示したのだ。だから俺はほとんどの教科の教科書を萩原さんに貸した。名前もきちんと書き換えて。

 そしてその教科書たちは、全部ではないけど、主要なものは破かれ、汚されていた。

 他にも上履きが土で汚されたり、机のなかにゴミが入れられていたりと、周りには気づかれにくい嫌がらせが起こっていた。毎日ではないにしろ、精神的にはかなりキツい嫌がらせだ。

 教科書の件からいじめは明らかにエスカレートしていた。味方がいることがわかって悔しかったんじゃないとは友人の意見。

 

 ちなみに友人は嫌がらせをいつ行っているかを放課後の空き時間に見に行ってくれていたりする。

 それは大体の部活も終わって、下校時間もせまるころ。

 萩原さんのクラスに近づけば、かすかな笑い声が聞こえてきた。上履きはこの三日間ほど、学校には置かず、わざわざ持って帰ってもらっていたので、嫌がらせ先は教室しかない。

 俺たちは足音を殺し、教室前まで移動する。扉は閉め切られているけど、嫌な笑い方なのは十分伝わってくる。

 友人を振り返れば、手に携帯を持ち、胸のあたりで掲げていた。ぐっと親指を立てた友人にうなずき返す。友人はいじめの証拠になるだろう動画を撮ってくれているのだった。


 大きく息を吸い、扉に手をかける。

 ガラリと勢いよく開け放ち、すばやく教室内に目を走らせれば、案の定萩原さんの席に女子三人が集まっていた。驚きに振り返った一人がさっと机を背にする。その行動に俺はいじめっ子たちだと確信した。遠慮なく距離をつめて、机の上を指差す。

「それ、俺の教科書」

 えっ、と動揺したように真正面の女子が机を振り返る。そのすきに俺は教科書を奪い取った。細工していたのは社会の資料集だ。

「それは、萩原さんの教科書じゃ」

 破ったページらしきものを持っている女子がうろたえるのを一瞥して、俺は背後に向かって資料集を見せた。動画として収めているので、十分ないじめの証拠になる。

「萩原さんのはこっち」

 後から入ってきた椎名が数冊の教科書を掲げてみせる。綺麗なそれらには、名前の欄に萩原の文字がしっかり書かれている。

 今まで抵抗しないのを良いことに嫌がらせしたきた相手に味方がいたことに動揺しきっている彼女たちは、まだ一言もしゃべらない。

「みんなが必死にいじめてたのは萩原さんじゃなくて俺だったんだよ。残念だったね。萩原さんは優しいから黙ってたみたいだけど、俺は優しくないから、全部先生に言わせてもらうよ」

 今の俺は代打だ。いじめられっこ代打。

 さーっと真ん中の女子の顔が青くなった。悪いことをやっていた自覚はあるのだ。

「……ずるいでしょ」

「何が?」

 ようやく出した反論らしきものに切り返す。でもそれ以上の言葉は出てこないのか、うつむいてまた小さくずるいと呟いた。自分でも逃げ道が思いつかないらしい。

「ずるいのはそっちだよね。萩原さんが何も言えないのをいいことに嫌がらせしてさ」

「だって、それは、萩原さんが」

「撮ってるよ」

 友人がすばやく遮った。それで黙るということは、続くのは萩原さんを貶す言葉だったのかもしれない。

 言い訳を探して、うろうろと視線をさまよわせる彼女たちに厳しく尖った声がかけられた。

「砂川さん、加藤さん、佐伯さん」

 猪苗代は一年の学年主任だ。いじめも誤魔化したりしないだろうことは、鋭い目線でわかる。

 名前を呼ばれたいじめっ子たちはますます青くなった。

「これはあなたたちがやったんですか」

 聞くまでもないその質問に答えられるわけもなく、全員が視線をそらしていた。それに猪苗代がため息をつく。

「今日は遅いので親御さんにきてもらいました。事情は説明してありますから、言い訳は通りません」

 びく、とそれを聞いて一番怖がったのは、いじめの主犯らしい女子だった。

 実は教科書が汚された時点で、すでに先生には相談していた。だから携帯を持ってくる許可もおりたし、証拠もとれた。


 去り際に主犯格の女子は俺をにらみつけてきたが、下からの目線は何も怖くない。

 後のことは、萩原さんが話してくれた。あの後三人は猪苗代に絞られ、親からも叱られていたらしい。そのまま謝られたけど気まずかったと萩原さんは苦笑していた。主犯格の女子は萩原さんと小学校のころから同じだったそうだ。また仲良くとはいかないかもしれないけど、もういじめられはしないだろうと、萩原さんは少し悲しそうな様子で言った。小学校のころは意外と仲良しだったのかもしれない。

「ありがとうございました。親ともたくさん話ができたし、これから何かあったら、親に相談してみようと思います」

 椎名が嬉しそうに笑う。助けてとわざわざ言わせたのは、後からそう言えるようにしたかったからかもしれない。

「俺たちにも相談してよー」

 友人が軽く言う。萩原さんはそれにくすりと笑ってうなずいた。それからふと思い至ったように口を開いた。

「古賀さんと大賀さんの名前、素敵ですよね」

 俺と友人は顔を見合わせる。名前を出されると、少し気恥ずかしい。けど友人がいないといじめにも気づけなかっただろうし、行動も起こせなかったと思う。

「たまたまなんだけどね」

「正直ちょっとめんどいよー」

 二人してちょっと外した返事をすると、椎名がにっこり笑って、茶化すでもなく、まるで心の底から思っているように言った。

「いいじゃん。かっこいいと思うし、二人にめちゃくちゃ合うよ」

 素直に褒められてこそばゆい。友人も同じ気持ちなのか、照れたように視線を外していた。

 

 俺が正義の正に、友人が正義の義。どちらも呼び方はただしだ。


 

 

 

 

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