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皇帝になったブラック社員  作者: 田子猫
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アウトローとの接触

男は「タコ」と名乗った。


磨きのかかった頭頂部はそう名乗るのに相応しいものであったが、もちろん実名ではないだろう。


指定された酒場は、いかにも場末のバーといった趣で、午前中という事もあり、客は誰一人いなかった。


「俺は帝国の商人で、皇帝と呼んでくれ」


こういう場合、配下の紹介などしないのが当然だから、タコの背後にいる2名も、アリスも黙って互いを睥睨へいげいしている。


「皇帝か。商人と分からんようにするにはいい通り名だ」


タコは感心したように言った。


「タコはこの都市の闇組織のボスという事でいいのか?」

「いや、俺は通商代表だ」

「理解した。商談担当という事だな」

「そうなんだが、最初に謝罪しておくことがある」

「謝罪?」

「鉱物を扱っていると聞いたが、あんたの商品は扱えない」

「ほう、それはどういう理由で?」

「昨日議会で製造業従事者への徴兵が決議された。わかりやすく言うと、そいつらがいる間に在庫を売りさばかなきゃならんのでね、あんたから仕入れたらデッドストックになる」

「なるほど、っていうか、そんなに戦局は逼迫ひっぱくしているのか?」

「いや、そうじゃないが、まあせめてもの詫びに情報を提供しよう」


タコはため息を吐いてから


「あんた、この街っていうか、この国は初めてかい?」

「ああ」

「まず前提として、議会は腐り果てているが、役人も腐っているというのがある」

「んん?」

「役人は氏族が作ったアカデミーを出た者しかなれないのだが、役所にしろ軍の官僚ポストにしろ、既得権益を守ることにのみ、その知能を使うようになる」

「ああ」


そういうレベルの話なら理解できる。


「戦局といったが、戦いも最初は一方的な圧勝で終わると思われていたし、開戦後しばらくは獣人の肉がどこの家でも食卓を賑わしていた」

「うむ」

「で、そのうち、前線からはしきりに武器や糧食、衣服の補給要請が届くようになる」

「うん、まあ当然だな」

「軍官僚は議会へ必要の都度補給をしていると報告し、不足を言い立てているのは現場の指揮官が着服しているのだと言い出した」

「うむ」

「そこで、後方軍司令官のオルニダスが査察に乗り出したところ」

「うむ」

「前線からはるか後方の倉庫の中で糧秣が腐り始めていたというわけだ」

「なんと」

「そこの責任者の官僚は、いかなる相手であろうと規則に則った請求書類と命令書がない限り払い出しは出来ないと突っぱねていたそうだ」

「おいおい」

「そこでオルニダスの権限で前線に補給を命じたのだが」

「うむ」

「官僚が賃金前払いで役務を雇って倉庫の補給品を空にしたが、前線まで届かなかった」

「届かなかった?」

「雇われた連中が護衛を付けられなかったことを口実にして途中の渓谷にすべて放棄したからなんだな」

「なんだそれは・・・」

「それらは全て獣人たちに回収され、結果獣人の戦力を強化することになったというわけさ」

「出鱈目もいいところだな」

「そうそう、それで官僚たちは規則を無視したオルニダスが補給品を全部持ち出したのだから、後は知らないと頬かむりし、獣人たちに襲撃されて被害を出した前線の司令官が更迭され、オルニダスが徴兵された者とともに前線へ赴くよう命じられたという事さ」

「議会もそんなんでいいのか? 自分達の子弟が戦場にいるんだろう?」

「いいや、最初に徴兵されたのはどの村にもかからない国直轄の鉱山労働者だ。今回は鉱物が届かなくなって営業できなくなっていた都市共有区画部分の製造業という寸法で、自分達の村の損失になりそうなことは徹底的に忌避きひしている」

「なるほど、腐っているな」

「理解できたかい?」

「ああ、おかげでな。ところでその、オルニダスに会うにはどうしたらいい?」

「そりゃ、前線に行くしかないだろう」


確かに司令官なら現場での状況把握の為に先行するのは当然だ。


「そうか」


俺は収納袋から金貨を1枚取り出してタコに握らせた。


「これは今の情報の対価だ」


そしてアリスを手招きすると、抱えていたアイテムボックスから純金のインゴットを1本取り出し、これもタコに渡した。


「タコ、お前の組織を信用しよう。ボスに渡してくれ」

「お、おう」

「前線まで賊や獣人に手出しさせないよう頼むぞ」

「賊はともかく獣人は知らんぞ」

「こう情報を流すだけでいい。ボスが贔屓ひいきする商人だ。決して攻撃はするな、とね」

「それだけか」


攻撃という所がミソなのだが、タコは気が付かないようだ。


「まあ、そのくらいなら。わかった」


タコは労せずに金を入手したからか上機嫌で、部下を連れ店を出て行った。


「お父様」

「なんだ? アリス」

「今の話、どのくらい信頼できるとお考えですか?」

「いいところ4割だな。アウトロー特有のバイアスもかかっているだろうしな」


宿に戻ると特に襲撃の痕跡はなく、エルベレスとギルリルが机いっぱいに食事を展開して俺とアリスの帰りを待っていた。


「お疲れさまでしたなのです~」


駆け寄って来たギルリルにとりあえず口付けをし、ぎゅっと抱き締めた。


「お前を見るとほっとするよ」


ギルリルはエルベレスとお揃いの、生地は最高級だが見た目は野暮ったい、村娘が来ていそうなロングドレスをまとっている。

スカートが長い服が好きなのはエルフ達には周知の事実である。

そしてこの生地は触り心地がいいので、ついついあちこち撫でまわしてしまう。


(エロ親父か、俺は・・・)


「優一、朝から何も召し上がっていないでしょう。どうぞこちらへ」


エルベレスにうながされて席に着くと、左に座ったギルリルからではなく、それより前方からギルリルの匂いが漂ってくる。


匂いの元である器を手にして、中の液体を口に含んでみる。


「あ、これギルリルの味がする」


露骨な表現過ぎたか、ギルリルの顔が真っ赤になった。


ギルリルが好む樹液であることに間違いはない。

俺はその樹液をたっぷりと口に含み、時間を掛けてギルリルに口移しでそれを飲ませた。

ギルリルは最初こそ体を強張らせたが、次第にとろんと惚けたような表情になった。


「お父様」


アリスが珍しく介入してきた。


「エルフ王が困っておいでです」

「ん、エルベレス」

「はい」

「お前の好きな樹液もあるのか?」

「いえ、準備しておりません」

「なら、食事が終わったら、な。そのくらいの時間、融通できるよな?」

「えっと、ベッドで、ですよね」

「そうだ。ギルリル、お前、母と一緒じゃ嫌か?」

「嫌なわけないです。どんとこいです!」

「よし、まずは食事、そしてエルベレスとギルリルと交わったら宿を引き払う。アリス、その間の警戒を任せたぞ」

「はい、お父様」

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