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皇帝になったブラック社員  作者: 田子猫
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街中にて

「これでとりあえず3泊だ」


金貨を3枚収納袋から取り出してコンシェルジュの前に置くと、コンシェルジュはすぐにフロントにいた男の1人を手招きし


「大商人様がスイートをお使いになる。ベッドを運び込んで3人部屋にしなさい」


そう指示して金貨をそのままその男に握らせた。


宿に着いてフロントに直行しなかったのは、ロザリッテから《《金持ち》》は宿でも役所でも自ら手続きをしたりせず、コンシェルジュを執事のように使うと聞いていたからだ。


「アリスが今、切り離した馬を厩舎につないでいるが、馬の世話と馬車の警備はこれで足るか?」


そう言って金貨を1枚置くと、コンシェルジュは顔を緩めて


「馬のお世話はサービスですが、馬車の警備は街の顔役に話をつけておきましょう」


と恭しく金貨を懐に入れた。


実際には馬の世話などいらないし、馬車の警備は馬に化けた魔物が勝手にやっている。馬車に侵入しようとすると厩舎からの魔法攻撃を喰らう事になる。

魔法使いのアリスが扱う馬だから魔力ダダ洩れでも不思議には思われないだろうが、魔法で遠隔攻撃ができるという能力を暴露するのは早すぎるかもしれない。


だが、こうして依頼しておけば、例えそれで死屍累々となっても顔役とやらの成果で済むわけだ。


「それとだな」


腰の収納袋の中に手を入れると、コンシェルジュが期待の眼差しを向ける。


この収納袋はミケが帝国に帰る前に俺の服装一式を新しくしてくれたのだが、なめし皮で作った剣帯の左側に紐でくくり付けられており、綴じ紐を緩めると拳がずぼっと入る。外見は白い布に金糸で刺繍が施されている美しい袋で、機能はアイテムボックスと空間共有となってる、つまりは念じるだけで収納品が手に入るのだ。


剣帯の右側にはミスリルの短剣が鞘に納められているが、この国の男は皆護衛武器を身に着けているので目立たない。目の前のコンシェルジュも腹帯に曲刃の短剣を装着している。


「明日にでも取扱商品の見本をもって商談に回りたいのだが、インゴットに加工した金属の取引相手について紹介と、面会予約を頼みたい」


そう言って金貨を置くと、コンシェルジュはそれをさっと懐に入れた。


「という事は、正規のルートではなく、という事ですな」

「どういう意味だ?」

「この街で取引をする場合には役所の認可が必要です」

「あーわかった。正規の手続きを経ずに大量の商品を捌けるルートが確立できたなら、取次の報酬として金貨10枚を差し上げよう。いかがかな?」

「かしこまりました。細部はお夕食の際にお持ちいたします」

「頼んだ。あとは、小腹がすいたので軽く何かを食べたいと思うのだが、妻が好みそうな食べ物があってゆっくりできそうな場所はあるか?」

「はい、それでしたらこの宿を出て2件右隣の店がカフェでございます」

「カフェ!? ここにはコーヒーがあるのか?」

「はい。もとは砂漠の遊牧民が(たしな)んでいたとかで」

「わかった。先にそこに行っているから、アリスが商品の見本箱を運んできたら、それを部屋に運び、店に来るよう伝えてほしい」

「アリス様、でございますね」

「そうだ。魔法使いだから、外見よりも魔力ですぐにわかるだろう」

「はい、では魔力のある方が来たらステータスを見て、ご案内いたします」

「よろしく」


 コンシェルジュから勧められたカフェは確かに2件右隣にあった。


屋外に4セット白い円卓が出ていたが、残念なことに椅子にも机にも往来の埃が積もっている。今は野外で団欒をするような時間帯ではないのだろう。


扉を開けて店内に入ると、雰囲気が一転し、重厚な空気に包まれたような気分になった。


「すごいのです」


店内は老木の枝を活かしたような装飾がなされ、花や観葉植物がジオラマのように配置されている。エルフであるギルリルには嬉しい配慮だろう。


「好きなところでいいのかな」


特に案内される様子もなかったので、まっすぐに老紳士が佇むカウンターに向かい、そこに腰掛けた。


「いらっしゃいませ」


老紳士は少し硬めの笑顔で俺達を迎えた。


「ここに来ればコーヒーが飲めると宿で聞いた」

「カフェでございますれば」

「ならば俺にはコーヒーを、妻には甘味を出してくれないか」

「かしこまりました。銘柄の指定はございますか?」

「少し酸味のある物が好みだが、任せるよ」


こちらでは存在しないであろう国名のグァテマラとか言われても困るだけだろう。


「あなた」

「ん?」

「コーヒーって、美味しいのですか?」

「ギルリルには熱くて苦い水にしか思えないと思うよ」


帝国には茶の実は存在したがコーヒー豆は存在しなかった。

当然焙煎技術など根付いていないから、口にしたこともない筈だ。


「ご夫婦でいらっしゃいましたか」

「そうだよ。俺は優一、こちらはギルリル。旅の商人だ」

「左様でございますか。私はこの店の2代目主人のパウロと申します」

「パウロか、すごくいい名前だな」

「おそれいります」


パウロは作業の手を休めずに会話の糸口を探っているようだ。


「ギルリル様にはイチジクのコンポートとチャイでよろしいでしょうか」

「ああいいね、それで頼む」


甘々だろうが、ギルリルの口に合うだろう。

もとの世界であればとりあえず水が出されるところだろうが、ここで水が安全だという保障はない。コーヒーにしろチャイにしろ煮沸されていれば安心できる。


「お二人はどちらからいらっしゃったので?」


旅の商人と名乗った以上当然の質問だ。


「帝国だよ。海の向こうのね」

「はあ、これはまた遠くからいらっしゃいましたな」

「儲けの為ならどんな遠くでも足を向けるのが商人だからな」

「左様でございますか」


パウロは相好を崩し


「最近は正義正義と正義を振りかざすのが流行りですが、私としては利益のために行動する方の方が信用できますな」


とにこやかに言った。


「正義が流行りか。それはまた、随分と窮屈なことだな」

「まったくで。この街での取引は少々厄介ですぞ」

「厄介?」

「商取引一件ごとに莫大な時間と費用が必要になるのです」

「んん?」

「この街では商人に不正をさせないための正義の条例というものが施行されていましてな」

「うん」

「まずは商取引ごとに申請書を朝早くから役所に並んでもらい、代書屋に行って書いてもらうのです」

「代書屋?」

「役所を定年した役人の小遣い稼ぎの場で、代書屋のサインがない書類は正確に書いて提出しても難癖付けられて却下されるので、皆袖の下を代書屋に包むという」

「なんだそれは・・・」

「そして役所の担当が許可印を押した書類に取引相手が必要事項を書き込んで、取引完了の書類を租税徴収官事務所に提出して税を払い、支払い完了届を役所に提出してやっと取引が一件終了したと看做されるんでさ」

「よく商人たちが黙って従っているな」

「優一様はこの国の成り立ちはご存知で?」

「いや、知らん」

「その昔、と言っても400年程度の昔ですが、この国を統一した始祖が、この国の在り方は全て国民が決めていくのだと仰いまして」

「うん」

「その時の国民は、俺たちは食うのに精一杯で、政治だの経済だの知ったことかと協力しようとしなかったので、始祖率いる魔道騎士の軍勢を氏族としてこの国の中枢に据え、各村単位で代表者を出させて全ての問題を議会で話し合わせることにしたのです」

「ほう」

「だからどんな都市でも、この街もそうですが、村の区画が細かく仕切られているのです」

「村の寄り集まりで街になったという感じか」

「左様で。だから村民の利益になるように議題が組まれるわけで」

「なるほど」


どうやらここには帝国とはまた違った病が蔓延はびこっていそうである。

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