野営地での朝
「ギルちゃん、やっほー」
焚火はあったが背中が冷え込んてきたのでギルリルに身体を密着させて寝ていたらタマがいつの間にか転移して来て、頭の上から覗き込んでいる。
ミケと全く同じ姿形なのにタマだと判別できるのは必ず俺にいたずらっぽい視線を投げてくるからである。
長く生きて退屈が身に染みている魔王は退屈しのぎを常に提供する俺に期待しているという事か。
ギルリルが寝ているふりをしているのは知っていた。
1時間おきくらいに起き上がって薪をくべていたからである。
「タマちゃんおはようなのです」
ギルリルは挨拶しながら身体を起こした。
俺も起き上がって胡坐をかいた。
服を着たまま寝たのは久しぶりである。
「マッチどうだった?」
「使いやすかったです。それとミスリルのナイフ切れすぎて、刃の方で擦ったら点火棒まで切れてしまいそうですよ」
「あはは、それはギルちゃんの魔力が刃に乗っているからだよ。魔力がなければそれなりにしか切れないからね」
「そうなのですね」
「あと2人にこれ」
タマは財布を投げて寄越した。
ずっしりと重い。
「それだけあれば当面は困らないと思うけど、足りなくなったら馬車に乗って手前のアイテムボックスに入ってるから。奥のアイテムボックスは交易品ね」
「アイテムボックスか」
「なんでアイテムボックスにしたかわかる?」
「ミケの事だから、アイテムボックスを通してお金を補充するとかじゃない?」
「ご名答。ちなみに交易品は魔界で作ってるからオレの領分ね。鉱石はインゴットに加工しておいたよ。鉄はないから心配しないで。ほかには宝石・宝飾、そして目玉はミスリルのナイフとマグネシウムマッチ」
「交易品だったのか」
国内の産業に影響が出ないように輸出品は魔界で作らせるというのはおそらくミケの発想だろう。
「うんうん、実演販売してよ。量産してるからさ」
「帝国に先に普及させた方がいいんじゃないか?」
「実験実験」
「実験?」
「人間ってさ、便利な物に慣れてしまうと戻れないじゃない?」
「まあね。コンビニでいつでも食べ物が買える時代に弓を持って狩りに行こうなんて人間はいなかった」
「うん、向こうでは生きられるかどうかは生存能力の高さじゃなくてお金を持っているかどうかだよね」
「そうだね」
「こっちの世界もそうしたい?」
「ん?」
「魔物や精霊、わけのわからない生き物がいて魔法が使え、山に入れば自由に狩りも採集もできるような世界をどれくらい崩したいかってこと」
「ああ、そういうことか」
「ということで、まずは実害が出ても問題のない場所で実験して、良ければ普及させるって手順の方が良くない?」
こちらの世界で火を点ける手段といえば生活魔法か火打石が普通である。
そこに非鉄金属のナイフで削ったマグネシウムに点火棒で火を落とすというのは、火打石を使うよりは素早く点火できるが、硫黄マッチさえ存在していないのに大丈夫かという疑念は確かにある。
(が、待てよ・・・)
タマは学者ではなく魔王であり俺の妻である。
こいつは近視眼的なことに拘る奴ではない。
以前この国を壮太に切り取らせるという話をしたことがある。
壮太を王とするエルフの楽園にさせるつもりだ。
それを踏まえると、タマの真の狙いは生活にミスリルを馴染ませることと捉えた方が辻褄があう。エルフのため鉄を非鉄金属に置き換えるのだ。
その過程で実害が出るかどうかを実験したいという事か。
「そうだな」
「それからさ」
タマはニヤリとして
「いくらギルちゃんが好きでもヤルのは1日1回にしておきなよ」
「なんだよ急に」
「メルちゃんが王でもないのにバカげた魔力を持っているのは誰のせいかな~」
それは俺のせいに違いない。
しかし、ただ単に魔力量が問題なら裏ステータスで書き換えられる。
タマが言っているのはそこではなく、毎晩大量に魔力を注ぎ込まれることに対する生体(心身)への影響だろう。
メルミアの俺への傾倒ぶりはその副作用だろうとタマは見立てているわけだ。
「メルミアには無理をさせているという自覚はあるよ」
「ならさ、2回目からはこいつにしろよ」
タマがパチンと指を鳴らすと魔物の娘が現れた。
「馬車の御者につけるから、二人は荷台で寝て行くといいよ」
「娘か」
「そう、隠蔽魔法と探索魔法を強化してあるからきっと役に立つよ。あとヤレばヤルほど仲間が増えるしね」
「お父様、よろしくお願いします」
親衛師団の娘たちは俺が増殖させてきたので、今更倫理的な葛藤はない。
「あ、お前には固有の名前があった方がいいな。これから不思議の国を探索するわけだし、アリスでどうだ?」
「ありがとうございます。これよりアリスと名乗ります」
我ながら安直なネーミングだが、素直に喜んでくれる。
「あ、あとこれ」
タマはペン状のものをぽいぽいと投げて寄越した。
「なんだこれ?」
「魔法杖の小型軽量改良版。スイッチオンにすれば魔力が見えなくなるよ」
「おおっ」
電球こそついていないが外見はペンライトそのものだ。
「少なくともこれ起動させとけば、2人とも人外の魔力持ってることを知られずに済むけど」
「うん」
「魔法や念話使いたい時にはスイッチ切ってね」
「ああ、そうか、魔力が外に出て行かないからか」
「そういうこと」
「わかった」
これもこちらの国で実験して、良ければ遊撃隊に装備させよう。
「じゃっ、馬車出すね」
そう言った途端、娘の背後に小さな荷馬車が現れた。
「一応説明はしておくね。見た目はしょぼいけど、全く揺れないし中で火も使えるよ」
「それはすごいな」
「あと牽いてる奴は馬に化けてるけど擬態が得意な魔物だから餌も水もいらない。危険を感じると結界を張るように仕込んである」
「魔物か、これ」
「うん、だから本当は御者なんかいらないけど、さすがに誰かつけておかないと変だからね」
「意思疎通が図れるという事か」
「普通にどこどこへ行けって命令すれば通じるよ」
「わかった」
「外からアイテムボックスを見られないように食い物を入れた袋積んでるから、それは適当に使って」
「気が利くな、お前」
「当然っ! あと、オレ達、アリスの目を通して見てるから、どこへでも一緒に連れて行ってね。護衛にもなるし」
魔法のペンを使った途端にミケやタマは俺とギルリルを見失うのだから、当然の処置といえる。
「わかった」
「じゃオレ、冒険者学校の実習に当たってるから、これで行くね」
「ああ、わざわざありがとうな」
「・・・あのさ」
「ん?」
「一応オレも妻なんだけど」
そう言って目を閉じるので、強く抱き締めて2分ほど口の中を舐めまわしたら満足した顔で転移して行った。
「いいなぁ」
「ギルリル、お前とはこれからいくらでも出来るんだから。それよりせっかく食糧積んで来てくれたんだ。朝食にしよう」
「はいです」
「お二人はそのままで」
娘は立ち上がろうとするギルリルを制すると、馬車の食糧を降ろしにかかった。




