代官をやっつけろ
ミケにとっては魔法で一人の女を丸洗いしてドレスを着せて化粧を施す程度、人を消滅させたり飛ばしたりすることよりはるかに容易いことである。
しかし、される方はまさに「奇跡」が身の上に起きたという衝撃に包まれる。
奴隷の焼印が消えるなど奇跡以外の何物でもない。
だからであろう、奴隷として働き続けたいと言っていたゾフィーに寵姫のふりをしろ、うまくやったら妾に取り立てることも考えようと言ったら即座に同意した。
「おかしい、靴は歩きやすいはず、なぜそんなによろける?」
ミケが不審がってゾフィーの足元を凝視している。
それは単に腕を組んで歩くという行為に慣れていないだけだろう、と思う。
ミケとは違いゾフィーは優一より背が高い。
優一に合わせようと意識しているのか、それともコルセットが苦しいのか姿勢が明らかに前のめりである。
「胸を張れ、今のお前は貴族と変わらん。たかだか地方官ごときの館に出向いてやったのだぞ」
「は、はい」
想像と違い代官の屋敷は開け放たれた門から玄関まで人の姿はなく閑散としていた。
「もっとこう、陳情者が並んでいるのとかを想像していたんだけどなぁ」
「陳情が命取りになるような場所なら陳情者はいないでしょうね」
「そんな悪い気を感じるか? ミケ」
「ここで清浄な気を放っているのはゾフィーだけですわ」
優一の気も清浄ではないと言う意味だ。だがツンとした表情も可愛らしい。
「悪かったな、俗物で」
「ふふ」
さっきからゾフィーの胸元を幾度となくチラ見しているのをミケは当然気づいている。しかし嫉妬から出る嫌味も可愛いのである。
「あ、うるさそうなのが近づいてきます」
「あれか?」
「はい」
玄関でたむろしている騎士の一人がこちらへやってくる。
なぜ騎士とわかるかというと高そうな金属製の鎧と長剣を身につけているからである。
「止まれ!」
10歩ほどの距離で騎士は両手を開くジェスチャーをしながら叫んだ。
大仰なやつだと思いながらも歩みを止める筋合いはないので無視をした。
「止まれというのが聞こえないのか平民!」
と凄んで叫んだ途端、騎士は右横に吹き飛んで壁に激突し、崩れ落ちた。
誰の仕業かは言うまでもない。
なんだなんだと立ち上がった残り5名の騎士達は、同僚がいきなり消え、見知らぬ3人が素知らぬ顔で近付いてくると言う状況に戸惑いを隠せずにいるようだった。
「一度だけ警告しよう。余は帝王である。ひれ伏すが良い」
慈悲の心を持って(わざと反発心を引き起こすように)穏やかに警告をすると案の定本気にする様子はなく
「なんだぁ、帝王様ごっこだったら他でやれやゴルァ」
「女をおいて立ち去れ、今なら見逃してやってもいいんだぜ」
と言う不良なお子様ワードを撒き散らしながら凄んだので
「ミケ、こいつらサメの餌にでもしてしまえ」
と言った瞬間、5名の騎士は目の前から消えた
「とりあえず海に叩き込んでおきました」
ミケはしれっとした表情で言った。
この世界にも海やサメは存在しているようだ。
「陛下はすごいです」
ゾフィーが心から感動した!と言う口調で
「私だったら凄まれたら何もできなくなってしまうのに」
と言うので、すごいのはミケの力なんだがなと思いながら
「いくら言葉で凄もうが力なき者のたわごとは飛び回る虫の羽音にも劣ると言うことを弁えるがよい」
とそれらしきことを言ってみる。
「心からの忠誠を、陛下」
ここに至ってやっと心服しました、と言う意味だ。
まあ、ミケの魔力に裏付けられた帝王という地位にはいるが、その地位を失ってしまったらブラック企業に使い捨てにされた間抜けな男にすぎない。
ここは信用できる人間が増えたと喜ぶ場面なのであろう。
玄関から代官の部屋までは誰も遮るために出てはこなかった。
まあ、ゴロツキが玄関にたむろしている場所に好き好んで来る者もいないだろうが
「何か嫌な感じだな、負の魔力でも覆っているのか?」
「いいえ、これは死臭というものです」
振り返るとミケはハッとした表情で
「直ちに取り除きます」
と周囲に風を走らせた。臭いを飛ばして正常な空気で包んでくれたらしい。
つまりミケは今まで死臭など気にならないような環境にいたということだろう。
王宮内、おそるべし・・・
代官の部屋の扉には鍵がかかっていたが、そんなものでミケの侵入を阻むことはできない。普通に解錠もできるそうだが、帝王殿下のお出ましという演出効果を高めると言って扉を粉々にして吹き飛ばしてしまった。
もちろん中の人間に破片が当たらないように突き刺さる場所を指定してである。
その運動エネルギーは当然当たれば人間を貫通するほどのものなので、落雷のような大きな音が発生した。
代官はすぐに分かった。
ベッドに少女を縛り付けて行為の真っ最中であったからである。
執務室にベッドを持ち込んでいる時点でおかしいのであるが、そこで行なっている行為はケシカランを通り越して吐き気を催すものであった。
相手に血を噴き出させてまですることではないだろう・・・
ミケは優一の気持ちがわかったのであろう、ぎょっとして凍りついている代官を少女から引き剥がして壁に張り付けた。
少女を縛り付けていたように壁に大の字で貼り付けられた超肥満の中年男は醜く、下半身には少女の血がべったりとついていた。
風圧で縛り付けられているために声を出すこともできないでいるのが幸いだった。
おぞましい声など聞く趣味はない。
ゾフィーはベッドに駆け寄って少女の戒めを解いたが
「なんてこと・・・」
少女の意識はなく、出血が止まらない
「ミケ」
「ダメです」
「ダメとは?」
「魂が残っていれば例え下半身を失っていても再生はできます。でもこれは生をあきらめて魂が出て行ってしまった肉の塊にすぎません、この部屋に転がっている他のものも同じです」
「そうか・・・」
「それよりこれ、どうしましょうか」
これとは代官のことだ
「地位を剥奪してこ奴を恨む者たちの前に放り出してやれ」
「わかりました、代官の官職と爵位を剥奪、手足の自由を奪った状態で娼館の前に放置します」
「それで良い」
代官だった男は壁から忽然と消えた。
こちらの言葉が代官に聞こえていたかどうかは、どうでも良いことだ。
「あの」
ゾフィーが骸になった少女を抱え上げて
「埋葬をしてあげられないでしょうか」
魂のないものの埋葬に意味があるかどうかはわからないが、埋葬してあげたいと言う心情は理解できる。
「なあミケ」
「はい」
「その、ここにある肉塊の人数分、穴を掘ることはできるか?」
「大きさはいかがいたしましょう」
「仰向けに寝かせられる大きさで、深さは我々の身長ほど」
「掘りました」
「肉塊をそこに横たえよ」
ゾフィーの手から少女の骸が消えた。
「土を被せ、地表の頭の上になる部分に石を置き、生前の名前がわかればそれに刻め」
「出来ました」
「ではそこに案内せよ」
転移した場所は館から出ですぐの道路脇である。
道路に沿って整然と並んだ墓石はここを訪れるものに墓の存在を確かに示すであろう。
「あれだけの指示でよくわかったな」
「貴族の埋葬は何度か見ました。平民は埋葬しないで谷などに放置するのが普通ですので」
「ゾフィーのおねだりだから貴族として扱ったということだな」
「はい」
「申し訳ありません」
いきなりゾフィーがミケに向いて跪いた。
「お手を煩わすことに思いが至りませんでした」
ミケはどうしよう、という表情で優一を見た。
「ゾフィー、立つが良い。ミケの手を煩わせたのは余であって汝ではない」
今度はゾフィーが驚きの表情をこちらに向けた。
「そもそも手を煩わすというのはこういうことを言うのだぞ、ミケ、館を解体してしまえ」
「はい」
また雷のような音を発して館も塀も崩れ去った。
「さて、呆けてないで娼館に行くぞ」
「は、はい」
ゾフィーに手を差し伸べると素直に手を出したので立ち上がらせた。
「娼館の近くでは何か食えるか?」
「はい、市の中にありますので」
「では腹を空かせるためにも歩いて行こうではないか、ミケ、いいよな」
「仰せのままに」
ミケはにっこりと微笑んだ。




