竜の背に乗って
「すごいのです!!」
興奮したギルリルの声に目を覚ますと、映電が森の上を梢すれすれに飛んでいる。
足元を流れ去る木々を見ると、映画でこんなシーンがあったなぁ、などとあやふやな記憶が頭をもたげてくる。
斜め左前方に先行する編隊長がファイアフライ、映電が「蛍ちゃん」と呼ぶ竜だ。
左にはアンビがおり、竜娘3人できれいな三角形を作って飛んでいる。
「わおわお!」
ギルリルは手すりをつかんで身を乗り出している。
映電の背には、いつも乗せて飛んでいる遊撃隊の子たちの要望を取り入れて広いバスケットが取り付けられており、バスケットに固定された椅子に俺は座っている。
シートベルトはないが、腰に巻いたロープをバスケットの手すりに結んで確保しているため、竜から外に振り落とされる心配はない。
『上昇するよ』
ファイアフライの念話と同時に、3人の竜娘は進路上の山を乗り越えるために上昇を始めた。竜の翼は動かすだけでかなりの揚力が発生するらしく、3人ともゆっくりと羽ばたきをしている。
堂々としたその姿を見ているうちに、頭の中でリムスキーコルサコフのシェヘラザード第1楽章が響きだした。
「海なのです~~~」
山頂を越えた時、10キロほど前方から奥に向かって海が広がり、キラキラと光っているのが見えた。
ギルリルは興奮しっ放しだが、子供の娯楽のないこの世界では無理もない。
森の上を超低空で飛んでいたのは、スピード感を楽しんでほしいという竜のギルリルへのサービスである。
(テーマパークでも作るか・・・)
沢山の皇子皇女をテーマパークで遊ばせる皇帝というのも悪くないかもしれない。
『前方に船影』
ファイアフライから報告が来た。
この距離で船影が見えるということはかなり沿岸に接近している。
港町や砲台のある方向ではない。
「映電、この方向に港はあったか?」
「漁村はありますが港という港はないです」
この国の漁村は港湾施設からの出漁ではなく、浜辺に置いた小舟を押し出しての出漁が一般的だ。
『ファイアフライ、漁村に降着しろ』
『わかりました、アンビ、先行偵察して』
『はい、漁村の周囲を偵察します』
アンビが編隊を抜け、大きく羽ばたいて、かなりの速度で前進していく。
「速いのです~」
「ギルリル、きっとあれが竜の本当の速さだよ」
「ほえぇぇ」
今日はミケが王宮内のムシを退治すると言ったのでギルリルと2人で先行して来ている。何のムシかは聞かなかったが、Gならバ〇サンでも焚くのだろうから俺達はいない方がいいだろう。終われば転移ですぐに追いつけるから心配はいらない。
『村に人影なし』
『総出で浜に出ているのかもしれん、浜沿いに探ってみろ』
漁が終わって戻った漁船に村人が総出で手伝いに行くのはおかしな事ではない。
浜で網引きをしているのかもしれない。
『村から離れた入り江に多数の小舟が見えます』
『その入江から見えない場所に降着点はあるか?』
『いい場所があります』
『誘導しろ』
(船に適した入り江があるのなら、なぜ村がそちらの方にないのだろう?)
『メルミア』
『は、はい』
『遊撃隊から10人差し出せ、隠密行動が特にうまい奴を』
『では、第3小隊をお連れ下さい』
『わかった、ミケをその小隊に向かわせる』
『はい、今なら小隊は壮太の家近くの泉にいる筈です』
『わかった、ミケを向かわせるので泉で待機させろ』
『はい、あなた』
『ミケ』
『はい』
『もうすぐ降着するが、その場所に遊撃隊第3小隊を連れて来てくれ。小隊は壮太の家近くの泉にいる』
『わかりました』
着地の衝撃を感じさせないほど静かに降り立った映電は、俺とギルリルが背から降りると上空から監視するため、再び舞い上がった。
ファイアフライとアンビは人型(幼女姿)に化けている。
「なるほどここからなら隠れて監視できそうだな」
地形が隆起した場所に木が密集しており道路から離れているので、こちらが動かなければ容易には発見されないだろう。
ちょこちょこと動き回っていた竜娘2名は窪地を見つけた。
その中で昼寝する気満々だ。
「来ました」
背後から声がかかり、振り向くとミケと10名の遊撃隊員が立っていた。
今は戦時ではないので30名の小隊は10名ずつ3交代で勤務している。
「ご苦労、第3小隊は前方の入り江が見える場所まで前に出よ」
10名のエルフは無言で入り江が見える場所に駆け寄った。
「知りたいのはあの小舟がどこに荷物を運び込んでいるのかだ。荷物の中身まで調べる必要はない。ここから先に建物があるかどうか、あるならばその位置を正確に記録しろ。戦闘は避け、発見されたら撤退を優先しろ。日没までにここに帰来すること、かかれ」
エルフ達は無言で頷くと森の中に散って行った。
ギルリルがその後を追う。
邪魔をするなよなどと野暮なことを言う必要はないだろう。
「沖合に帆船がいますね」
ミケが探索魔法を放ったらしい。
「うん、その帆船と入り江を小舟は行き来しているんだな」
「なぜこんな場所で」
「そう、こんな場所でアリのように小舟を行き来させているのは何故か」
「それを知りたいと」
「うん、それでメルミアの大事な部下を借りた。最終的に欲しい情報は、あの帆船を寄越している国が誰をどう支援しているかだ」
遊撃隊にとって来いと命じた情報は、そのための1つのピースでしかない。
「ああ、だからすぐに攻撃を命じなかったのですね」
「うん、娘たちに命じたら跡形もなく消滅させてしまうだろう?」
「あれが元凶なのか、あれは元凶を支えているにすぎないのか、確かに今は判断できないですね」
「ああ、だから今は情報収集にとどめ、あれらをどうするかという方針については決心しないことにした」
「わかりました。人間の動きは私が追っていますので、少し休んでください」
「ありがとう、そういえば」
「はい」
「ムシは退治できたのか?」
「はい、それはもう」
ミケは嬉しそうに
「タマから聞いたホイホイというのを応用して」
(ああ、Gか・・・)
「私たちの部屋の近くに立ち入り禁止の機密庫という部屋を作って扉を半分開放しておき、魔法で入ったら出られないようにしておいたところ3人ほど掛かっていましたので特殊娼館に送っておきました。ユーイチは拷問好きではなさそうですので」
「そういう意味か、ホイホイというのは・・・」
「中には前陛下の集めたがらくたをぎっしり収納してあるので、それを見るのに夢中で閉じ込められている事にすら気付いていないようでしたけど」
「なんらかの情報が出て来るといいな」
「はい、しかし、大した情報はないとは思います」
「まあ、ちょろちょろ動き回る目障りなのが減ったのだけでも違うよ」
「それより、ユーイチ、まだ十分に睡眠はとれていないのでしょう」
「うん、まあな」
「どうぞこのまま、私の脚を枕にして・・・」
「わ、すまんな」
「ちょうど葉が茂っていい感じですけど」
ミケは掌を閉じた目の上に置いてくれる。
ひんやりとして気持ちが良い。
今はこのままミケに甘えていよう。




