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皇帝になったブラック社員  作者: 田子猫
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娼館と奴隷

「姉を・・・返して欲しいんです」


少年は思いつめた表情でそう言った。


「ミケ」

「はい」

「返すと言うのは返却するという概念で合っているか?」

「はい、その通りです」

「ならば問う。余は汝の姉を借用しておるのか?」

「へっ?」


少年は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして


「い、いえ、ただ、後宮にいるという話を聞いて・・・」

「誰から聞いたのだ」


まるで圧迫面接だが、後宮内の人事配置が伝わるということは、後宮内で口にした秘密も漏洩すると考えなければならない。


「う、噂です」


答えになっていない。


「ユーイチ」

「ん?」

「微弱ですが、確かに後宮につながる気があります」

「微弱?」

「はい、おそらく実の姉弟ではないのではないかと」


なるほど、血の繋がりのない姉に対する恋慕か。

それであれば帝王の気分ひとつで人間が消え去るような、タネを知らない者にとっては恐ろしい場所に平民の身分で入り込む勇気も理解できる。


「ミケ、ここに呼べ」

「御意」


刹那目の前に人が現れた。

転移魔法である。

詠唱も予告もないので、突如そこに人が現れたことに驚いた少年は腰を抜かしてしまった。


「ね、姉さん?」


呼ばれたその姉は事態が飲み込めず、ぽかんとした顔をしていたが、やがて目の前に弟がいることに気が付いた。

だが、目の前で姉弟が抱き合う感動の再会シーンは発生しなかった。


「なんであなたがここにいるのよ」

「姉さんを連れ戻しに来たんだ!」

「はぁ?」

(なんだこの違和感は・・・)

「おい」


姉はビクッとして振り向いた


「出て行きたいのなら自由にしてやろうか」

「いいえ、いいえ・・・」


姉は跪き


「どうかこのまま、奴隷のままここに置いてください」


なぜ奴隷のままでここにいることを哀願するのか


「理由を聞こうか」

「はい、私のいた村では男は酒を飲み(まつり)を行い、女が生活費などを稼ぐのが役割でした」

「ミケ、それは一般的なことなのか?」

「まあ、山間部にある村でしたら」


表向きは、とつながるような少々引っかかる答え方ではあるが、話を進めさせることにした。


「わかった、話を続けよ」

「はい、女たちが稼げる場は娼館か浴場、つまり身体を売るしかなく、見ず知らずの男たちに抱かれる生活が嫌なのでございます」


つまり娼婦は嫌だということか。


「ミケ、娼館と浴場で働く娼婦の違いは?」

「はい、娼館は売春に特化した施設で税も収めており、そこで働く女性は子供ができても自分の子として育てるので平民の中でも地位的には高い方の扱いです。浴場はそこに住み着いた女性、まあ村から追い出されたような女性ですが、子供ができると殺して捨ててしまうため忌み嫌われ、地位的には奴隷以下の扱いです」

「なるほど、感じとしては娼館は出稼ぎか」

「はい」

「稼ぎを女だけに頼っているというのもなぁ・・・」


標高が高くなるほど換金作物が育たないというのはわかる。

しかし木材を加工したり鉱脈を探したりはしないのだろうか。

弟が自分のヒモになるためにやって来たというのなら、拒絶するのも理解はできる。


「そもそも、汝はどうやってここまで来たのだ」

「はい、女が身体を売るには、代官の許可が必要で」

「代官?」


いきなり出た時代劇用語に首をひねると


「地方の税を取り立てる責任者です」


ミケが素早く耳打ちをする


「代官にそんな権限があるのか?」

「明文化したものはございません」

「わかった、話を続けよ」

「はい、私も許可のために代官に抱かれたのですが、あまりの痛さに突き飛ばしてしまい、その場で奴隷の焼印を押されて売り飛ばされ、奴隷商人によってここに納品されたのでございます」


そう言うと服の胸の部分を広げ、乳房の上に入れられた焼印を見せた。

つまりその代官は処女を喰いまくっているということか。

そして意に沿わなければ奴隷・・・


(け、けしからん)


まあ自分も今朝けしからんこと未遂をしてしまってはいるが、結婚している相手であるし何より本人が喜んでくれている。


「ここでは掃除など雑役をしていれば食べさせてもらえますし、両親のように私を蹴り飛ばす人もなく、嫌な男に抱かれる心配もありません」

「よくわかった。汝の名は?」

「ゾフィーと申します」

「ならばゾフィー、汝は好きなだけここで雑役をするがよい」

「ありがとう存じます」

「ただ2つ気になる点がある、ミケ」

「はい」

「その村へ直ちに移動することはできるか?」

「はい、すでに場所は特定しています」

「ならばゾフィー、案内せよ。弟やらは待っておるがよい」


一瞬にして広間が草原に変わり、天井が大空に変わった。

転移の違和感は全くなかったが、椅子を失って行き場をなくした優一の尻が草の上に着地した。

流石にこれは無様なので素早く立ち上がるとミケが駆け寄り


「転ばせてしまったのはミケの未熟、罰をお与えください」

「じゃあ、ほっぺにチューしろ」

「はい」


ミケは躊躇いなく背伸びをして優一の頬にキスをした。


「でもこれ、ミケにはご褒美・・・」

「いいんだよ」


右手をミケの頭に乗せて撫でると、本当に嬉しそうな顔をする。


「素晴らしい能力だ。ところでここは?」

「あ、失礼しました。欲情している場合ではありませんでした」


(欲情していたのかい!)


上目遣いに可愛い顔で言われるとすごく違和感のある台詞である。


「この方向にまっすぐ行くとゾフィーがいた村、この方向にまっすぐ行くと代官の館、この方向にまっすぐ行くと娼館です」


テキパキと説明するミケに、ゾフィーを連れてくる意味はなかったかなと思い始め、ゾフィーを見るとガタガタと震えている。

(まあ、いい思い出のなかったところだろうしな)


「ミケ、いきなり俺たちが現れたらどう見られると思う?」

「ユーイチの絵姿は結構出回っているから貴族なら帝王陛下だというのはわかるかも知れない。ミケは見た目こうだからお付きの女官かな。ゾフィーは奴隷印を消せば愛妾といったところ。ユーイチが乳女が好きだというのは結構知られているから」


何かグサリと刺されたような気がする・・・


「奴隷印は消せるのか」


胸の上に入れられた焼印は胸元をアピールする傾向のある女性用の服を着ると否応無く目立つ。まあ、奴隷印があると人間扱いされないので男に言い寄られる心配はないのだろうが。


「容易いことです。ついでに飾ってみましょう」

ミケが気負いもなくそう言った瞬間、ゾフィーの胸に押されていた奴隷の印は消滅し、薄汚い服が薄紅色のドレスに変わった。

「この色なら商売女らしくないですし」

「こうして見るとなかなかの金髪美人だな」

「はい、何ならバカ女の後釜に据えてもよろしいですわよ」


ミケにとって扱いやすそう、ということだ。


「えっ? えっ?」


ゾフィは状況が全く呑み込めていないようである

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