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皇帝になったブラック社員  作者: 田子猫
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王女の相談と壮太の家

「あのう」


今日は第1王女から相談があるというので、王女の執務室にミケと訪れている。

ギルリルが非番で暇そうにしていたので帯同し、お土産の紅茶を淹れさせている。

王女付きの侍女が恐々とカップを運んで来る。


「なんでしょうか、これは」


エリカでさえグエッとなるような栄養ドリンクを毎日飲まされている王女からすれば、得体の知れない液体を前に身構えるのは分かる。


「紅茶というものだ。菓子と一緒に普及させようと思っている」


と、これもお土産の半生菓子を勧める。この世界ではまだあり得ない甘味品だが。


「な、なんですかなんですか、ん~」


こいつのいい所は、飲食物を俺が勧めると躊躇(ちゅうちょ)なく口に入れることだ。


「口の中が甘くなったところで紅茶を飲んでみろ。渋みがさっぱりして美味しいだだろ」

「はい、香りもとてもいいです」


今まで見たこともないような幸せそうな顔をする。


「砂糖作りが軌道に乗ったら菓子職人という職域が新たに出来るし、このように組み合わせて提供する喫茶店も開業できるだろう」


そして、帝国の領土を拡張して行けば、いつかはコーヒーに巡り合うだろう。

酒については居酒屋でチート噛ましている奴がいるが、おそらく入れ替わり前に酒を扱う仕事をしていたのだろう。まあ、こちらは好きにさせておいてかまわない。


なぜなら、俺も色々な酒を飲みたいからだ。


「で、相談というのは?」

「はい、軍事費の使途についてですが」

「うん」

「えっと、陛下が近衛を解散させてしまったため、予算が浮いたのです」

「いらんだろ、あんな能無しども」

「まあ、実際儀式での儀仗にしか役に立ちませんでした・・・それで、親衛旅団の旅団長にお話を聞いたら衣食住武器装具お給金ともいらないと言われまして、これは冗談でしょうけど陛下の愛情だけで十分だと」

「いや、それ冗談でなくて本気だから」


(そのうちに師団規模になるように増員しよう)


「・・・エルフの遊撃隊は、メルミアさんに聞いたら特にいらないですね~と返されました」

「相談するなら遊撃隊長じゃなくてエルフ王だろ」

「私には王が相手だと荷が重すぎます」

「そんなことはないと思うが」

「王同士でお願いします。お父様」


エルベレスの称号が王女を委縮させるとは思ってもいなかったので驚いた。

まあ、実は未知の魔力が怖いのかもしれないが。


「軍事費に限らず、例えばエルフは後宮内の服を自前で準備しているから、そういうのにも予算つけてやれよ。あと、ミスリルって鉱物は知っているか?」

「はい、聞いたことだけはあります」


ミスリルはファンタジー世界定番の鉱物だが、ちゃんと存在してくれていた。


「ミスリルの鉱床探しと採掘、武器防具への加工に予算を差し向けろ。非鉄金属で鉄より防護性能が高いのに軽いそうだからな。エルフの近接戦闘能力を上げられる筈だ」

「わかりました」


現在は使い勝手の良くないマスケットも将来ライフルに進化したなら、ミスリルは銃や弾丸を軽く強力にするため重要な役割を担う事になるだろう。


「他には?」

「現在、遊撃隊に国土の測量をしてもらっていますが」

「うん」

「ただ、それを記録するだけで国庫の紙が切れそうです」

「あ、すまん、当面必要な紙はこっそり補充しておく、お前も紙の製造に予算をつけ、国産の紙を利用できるように持って行ってくれ」

「紙は私の方でこっそり補充しておきます」


ミケが申し出てくれた。多分タマを使役するつもりだろう。

地図の完成まで漕ぎつけることが出来れば、国防や防災計画も正確に立てられるようになるし、道路や橋梁も戦略的な優先順で整備できる。


「遊撃隊で思い出した。壮太のところへ行くか」

「はい、ギルリルも来る?」


ミケが誘うと


「はいです」


ギルリルはやったーという顔をする。


「王女、こんなところでいいか?」

「はい、今のところは」

「悩んだらまたいつでも頼って来い」


・・・・・・・・・・・・・・・


佐藤壮太が暮らすガーベラの家は池の水源である湧水地に近いので、エルフ達が周辺で(たむろ)していることが多い。


常時遊撃隊で勤務しているのは半数くらいのようだ。

あとの半数は森で遊んだり食料を採取したり水を汲みに来たり身体を洗いに来たりする。

そのため、いつ訪れても壮太に液を塗りたくられたエルフが裸で寝転がっている。

今日は珍しく見掛けないなと思ったら家の中にいた。


「陛下」


こちらに気が付いたエルフが跪く。


「ああいい、立て立て、緑の服を着ているときは作戦中と同じだ。礼は不要」


ミニスカートで立膝の姿勢をとられたくない、というのもある。


「あれ? 魔王たんは?」


壮太は身分とかを気にする奴ではない。


「いつも一緒に居るわけではない。気が向けば来るだろう。しかし、よくタマでないと分かったな」


最近タマは面倒になったのか髪型などもミケに合わせているので、服装やステータス、口調以外で識別することは常人には困難である。


「愛情?」

「なーんだ、そんなにオレに会いたかったのか、ニシシ」


案の定タマが現れた。

今日はセーラー服にタイツ姿。壮太好みそのものだが、暑いだろう・・・


「タマ、やるなら姿変えろよ」


ミケと同じ姿が他の男に舐められたりする図というのはさすがに見たくない。


「この子らいるんだし、真昼間からやんないって。それよりなんで集まってるの?」

「ああ、そういえば珍しいよな。いつもは外で転がっているのに」

「あ」


先程のエルフが進み出て、近くに置かれていた袋を開いて見せた。


「蜂の巣がたくさんとれたのでミードにしてみんなで飲もうと持ってきました」

「蜂蜜酒はエルフには一般的なのか」

「はい、蜂の巣さえ見つければ簡単に作れますので」


逆に言えば養蜂などはしていないので安定して入手できず、幸運にも見つけたら酒にして飲んでしまえという事か。


(まあ、見た目は少女でも未成年という事はまずないから飲酒はいいか)


「わぁ、こっちはシナモンなのです」


ギルリルが違う袋に首を突っ込んでいる。


「いつも壮太様にばかりしていただいているので、せめてものお礼として、木の実や岩塩なども持ち寄っています」


「そういえばガーベラは?」

「産み月が近づきましたので」


共同養育場の方へ移動したという事か。


「あ、もしかしてお前たちは」

「はい、子種をいただきにまいりました」


エルフは基本的に性的なことを恥ずかしがったり隠そうとはしない。


「まあ、そっちの方は頑張れとしか言いようがないな」

「小娘で物足りない分はオレがいるから大丈夫!」


(いや、タマ、変な自慢しなくていいから・・・)


「こっちは樹液なのです」


ジルリルが器に入った液体を舐めている。いいのか?


「エルフってすごいよね」


壮太が感心したように言う。


「わざわざ森に水筒をもっていかなくても木からもらえるんだから」

「あの、それは、どちらかというと食事に近いので、水があるのなら水を飲みますよ」

「そうなの?」

「どの樹液が好きか好みが皆違うので、同じ木が弱ったりとかはないです」

「そうなんだ」

「ちなみに、何を好んで飲んでいるかは体臭でわかります」

「それで、洗い草を塗る時にちょっとずつ違う香りがするのか」

「はい、壮太様に塗っていただくとき、その、興奮してしまいますので」

「あ、もしかして香るのって、愛液?」

「はい」

「じゃあ、今日は飲み比べてみようかな」


途端にエルフ達がきゃぁと声を上げて喜んだ。


(そんなにしたかったのか・・・)


「そういえばお前たち、サトウカエデって知っているか?」

「帝国領では聞いたことがありません。普通のカエデならありますが」

「帝国領ではってことは、国外にならあるのか」

「魔王温泉の近くに群生しているとメルミア様から聞いたことがあります」

「あ、そうなんだ」

「珍しい植物の宝庫だとも聞いています」

「それなら今度エルベレスとデートするか。あいつなら何の植物かわかるだろう」

「はい、エルフ王なら間違いなくわかるでしょうが、いいのでしょうか」

「なにが?」

「魔王温泉には恐ろしい魔王が棲むといわれています」

「恐ろしいかどうかは知らんが、そこにいる魔王タマが住んでいるのは本当だよ」

「うん、オレ住んでる」

「え?」

「タマ、お前のところの木から樹液もらっていいよな」

「もちろん。魔物には必要ないからね」

「この方、お后様のご姉妹ではなかったのですか」

「姉妹というより双子だよな」

「双子だよっ」

「つまりだ、人間を支配するミケと魔物を支配するタマと妖精族を支配するエルベレスが俺の女という事なんだが、それでわかるか?」


エルフ達は絶句している。


「まあいい、本当にサトウカエデが生えていたらエルフに樹液を採取させてやってくれ。メイプルシロップという甘い液が採れるから一気に食生活が豊かになるぞ」

「おっけぇ、いいよ。いつでもおいで」


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