教会風の建物の中で
「おはようございます」
教会らしき建物に近づくと、黒いマントを羽織った男がにこやかに近づいてきた。
随分前から接近を察知してタイミングを計っていたのは周辺に人員を配置している事からもうかがえる。
細部は建物の中に1人、波打ち際に4人、波打ち際から背後に移動中なのが2人、向かって右の林の中に伏せた状態で10人
どう見ても建物に引き入れられなければ林の方向に逃亡させて捕獲するか、あるいはゆったりとした服に隠し持った短刀などで刺殺するための陣形であり、教会の神父と村民たちというような素人集団ではないことは確かである。
「ここで何をしている」
そうと分かれば無用な社交辞令を交わす意味はない。
さっさと用件に入ると男はぽかんとした顔をしている。
「質問に答えよ」
「えっと、皆さまのお迎えを・・・」
少女と奴隷を従えた怪しい少年が偉そうな態度をとっているのだから、ここの領主の息子か何かだと勘違いしたのだろう。
「中にお菓子もございますので、どうぞお入りください」
「どうぞお入りくださいではない、ここで何をしているのかと聞いておるのだ」
「は?」
「質問の意味が分からないのか? お前はバカなのか?」
男が絶句しているので質問を変えてみる。
「お前の手下はこの周囲にいる16名だけなのか? 他はどうした」
17名と言わないのは、建物の中にいる者が明らかにこの男よりも高い魔力を持っているからである。
「下がりなさい」
「え、でも」
「その方は探知魔法が使える、ということは用があるのは私にだわ」
建物の中から、所謂シスター服を着た女性が顔を出した。
大柄な胸の大きい女で金髪をスカーフのようなもので隠すように纏めている。
剣呑な目付きといい、何となくヴァイオレットを彷彿させる。
「そういう事だ。周辺の雑魚供を引き連れて消えろ。不用意に近付いたら消し炭にしてやると言っておけ」
男は顔を歪めながらも、浜辺の方へ歩いて行った。
「林に伏せていた人たちがばらけました」
ミケが女に聞こえる程度の声でぼそっと言う。
女は戸惑うような表情を見せる。
ミケもタマも魔力を隠してついでにステータスも見えないようにしている。
ちなみに魔力を隠すというのは単に相手の認識を阻害させているだけなので、いつでも好きなように魔力を使用することが出来る。
女から見たらそこそこ魔法を使えそうな少年と魔法的には無能そうな少女2人が奴隷の幼女3人を連れているようにしか見えないだろう。
「どうぞ中へ、椅子がありますしお茶をお出しできますので」
女は首を傾げながらも案内を続ける。
「お邪魔しよう。お前たち3人はここに居ろ。近寄る奴は食っていいからな」
「は~い」
ファイアフライは興味なさそうだが、映電は嬉しそうに返事をした。アンビは舌なめずりをしている。食材としては好みが分かれるのであろう。
「食っていいだなんて、まぁ」
女は歩きながら笑った。冗談を言ったと思っているのだろう。
とりあえず反論がないので同意と受け取った。
建物の中は礼拝堂と呼ばれる造りによく似ている。
祭壇にはキリストやマリア像ではなく、見たことのない女神の像が置かれている。
窓という窓にはステンドグラスが嵌め殺しになっており、屋根の換気口で空気の入れ替えをしているらしいこと、つまりは建物自体は牢に出来る造りになっている。
なるほど人間では逃げだすのも壊すのも困難であろう。人間では。
「すぐにお茶をお持ちしますわ」
最前列の椅子に腰掛けると、ミケとタマが両脇に座ってしな垂れかかって来た。
2人とも甘えられる機会は逃さない。
この世の生命を自由に操れて奇跡を示すことが出来るものを神というならばミケもタマも女神には違いない。
女神像の前で両手に女神というのも変な感じではある。
「お待たせいたしました」
女は手慣れた様子でトレイにティーカップを載せてきた。
自らこのような作業をする私は貴族ではないという、親しみアピールをしているつもりなのだろう。
「ボーンチャイナのカップに紅茶か。お前はイギリス人か?」
「はい?」
「帝国で茶の木の栽培をしているというのは寡聞にして知らんがな、その茶はどこから持ってきた。東インド会社か?」
この世界は時代も文化も元の世界とは異なっているので東インド会社が今でも植民地を牛耳って阿片を栽培させて茶や銀を吸い上げていたとしても驚かない。
「ずいぶん詳しいのね、坊や」
「その方を感心させるために言葉を発しているのではない、質問に答えよ」
下手に買い言葉でババアなどと言ってしまうと少なくともこの女の10倍以上は生きているであろうミケをむっとさせかねないので、そこは慎重に言葉を選ぶ。
まあ、こちらはとにかく情報を得たい。
得られないなら強引に潰すだけの事だが、潰す方が簡単なのであえて手間をかける。タマが大人しくしているのは暇つぶしになっているからだ。
「と、とりあえず年長者は敬わなければ駄目よ、坊や」
「そこらの羽虫にも劣る無能者を敬う趣味はないな」
「無能者って誰の事かしら」
「なんだ、言われなければ気が付けないのか?」
タマが忍び笑いをする。
「あのね、少しくらい魔法が使えるからって調子に乗っちゃだめよ」
「調子に乗るとは何か、言葉の定義が必要だな」
女がぽかんとした顔をする。
まあ、少年のものの言い方ではないので驚いているのだろう。今更であるが。
「その方といい先の男といい、質問の意味すら理解できないのであろう。魔法を使えるかどうか以前にお前たちは揃いに揃ってバカなのか?」
堪え切れなくなったのか、タマがギャハハと笑い出した。
(せめてもう少し女の子らしい笑い方にしてくれ)
『ユーイチ』
『どうした、ミケ?』
『ここのガラス、魔力を吸い取る仕様ですね』
『そうなんだ、気が付かなかった』
『うっとうしいので壊していいですか?』
『壊せるのか?』
『ガラス1枚1枚同時にファイアフライの攻撃魔法程度の魔力を当てれば魔力飽和が起こって一瞬で消え去ります』
『そうなんだ』
『壊した後に漂う魔力はユーイチに吸収させることが出来ますが、やりますか?』
『よし、今からそれらしいことを言うから、合図したらやってくれ』
『わかりました』
「ずいぶんととぼけて時間を稼いでいるが、その方が安心して余に物を言っているのも周りの色ガラスが余を無力化すると思っているからだろう?」
「・・・ステンドグラスに気が付くとは、やはり魔法使いなのね」
「ん? 余は魔法使いではないぞ」
「えっ」
「ただの帝王だ」
右手の親指で抑えた人差し指を中指にこすり合わせて音を出す
パチン
刹那、全てのステンドグラスが粉々になり
小さな光の粒となって消えた。
建物の中に風が起こり、体の中に入って来るのが分かる。
これ、全て俺の仕業に見えるんだろうな・・・
「タマ」
「はいよ」
「ヴァイオレットを連れて来てくれ」
タマもこういう時のノリがいい。
すぐに転移しないで左手をスッと上げるのを待ってから消えた。
これも俺の仕業のように見えるだろう。
案の定、女はへたっと床に座り込んだ。




