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皇帝になったブラック社員  作者: 田子猫
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追撃開始

「十分休養をさせていただきありがとうございました」


振り返るとミリィ(仮名)とギルリルが立っていた。


「お、そうかミリィ、は仮名だよな。名前は何という?」

「アスクレピアスと申しますが、ミリィとお呼びいただけますか、陛下」

「ん? あまりに名前が大仰すぎるからか?」

「いえ、実は娼館でつけられた名前なので」

「娼館で?」

「はい、私は娼館で生まれた奴隷だったので娼館の主に名を付けられました」

「あ、エルフらしくない名前というのはそういう事か」

「はい、人間はエルフに花の名前を付けることが多いと聞いています」

「そうか、それで隠したいのか」

「はい、その名を呼ばれながら鞭打たれたり無理矢理されたりしていたので」

「わかった」


ミケに目配せをするとミケはすぐに頷いた。

身体に残る痕跡は消え去った筈である。


「今辺境伯ら貴族どもを追いつめているところだ。そこで観戦するが良い」

「あ、いえ、その、戦場に戻していただけないでしょうか」

「戻ってどうするの」


エルベレスが感情の籠らない声で言った。

まあ、死傷者が出て配置に穴が開いているならともかく戦闘指揮の真っ最中に「何したらいいですか」と来られてもメルミアには迷惑だろう。

それに例え穴が開いたとしても予備の娘を転移させた方が戦力としては役に立つ。


だが、エルベレスが感情を押し殺しているのは別の理由だろう。


本来エルフ王の立場であれば戦場復帰を望む姿勢は喜ばしい筈だ。

警戒しているのはギルリルを伴って行きそうだというところか。

確証はないが、後宮に残ったギルリルたちは実子なのではないだろうか。


『タマ』

『なぁに』

『戻ってきてるよな』

『娼館にいるよ。面白いことになってる』

『面白い事?』

『目につく女は全部攫ってきたんだけど、貴族とそうでない奴らが対立して、戦争起こりそう』

『ヴァイオレット達は何やってんだ』

『あまりに数が多すぎて手が回んねえってぼやいてる』

『なら、貴族でない奴らは王城の地下牢に移せ、ヴァイオレットにとりあえず平民以下はこっちで引き受けるって伝えてくれ』

『おっけ、貴族とその使用人以外は全部移すよ』

『ああ』

『大きい牢がなかったから勝手に区画作った』

『構わないが、一応ミケにも事後承諾受けといてくれ』

『あいよ。転移させたらびっくりしてやがる、イヒヒ』

『ヴァイオレットに伝えたら作戦室に来てくれ』

『わかった』


「タマが来たところだし、ちょっとみんな耳を貸してくれ」


タマのセーラー服についた埃を軽くはたくと、うひゃっと変な笑い声をあげる。


「遊撃隊での足止めはうまく行ってるし娘たちももうすぐ追いつく。間もなく決定的な戦果を得られるだろう」


旅団長とミケは画面を注視したままだが、しっかり聞いていることは分かっている。


「旅団は敵を殲滅した後、停止することなく辺境伯領を攻撃、領内に燻ぶる火種を鎮圧せよ」

「御意」

「エルフ達旅団は戦場内に潜伏する敵を掃討しつつ王都に戻れ」

「はい」

「戦場内に散乱する人馬の死体は竜族に与える。戦闘終了後速やかに戦場から持ち去るよう竜族に伝えよ」

「分かりました。やや過分な報酬かとは思いますが、竜族に恩を売るのは良い考えだと思います」


と答えつつもミケは思案顔で


「いっそあの3人を竜族から買い取ってしまうというのはどうでしょう」

「できるのか?」

「長老は金細工がとてもお好きなんですよ。そういえば、あら、辺境伯領は金鉱山ありましたよねぇ」

「わかった、細部はミケに任す」

「任せて!」

「魔王様」


旅団長がタマに話し掛けた。


「なぁに?」

「王宮内の死体、戦場に放り投げていただけますか? 3つ転がっています」

「はいはーい」


王宮に死臭が漂うのは困るので、タマが気軽に放り投げてくれたのは助かった。


「エルベレス、相談なんだが」

「はい」

「辺境伯領跡地に冒険者用の学校を開設する予定なのだが、入学のための条件として冒険者の基礎課程を設けたい」

「基礎課程、ですか」

「ぶっちゃけ魔物がいる山で1週間生存できる能力を付与したい。最低限それができないと戦闘技術を覚えても無駄になると思うんだ」

「そうですね」

「学校と違うのは森などでの実践が基本で、身に付いた者はすぐに修了、身に付かない者は基準を満たすまで何年でも挑戦する必要があるというところだ」

「はい」

「で、冒険者基礎という最低限の生存スキル保持が学校入学の条件で、身分や種族などは一切考慮しない」

「わかりました」

「で、この基礎課程のカリキュラムをミリィに考えさせてもらいたい。ミリィをこの課程の教官に考えているからだ。エルベレスとメルミアは学校の方に関わってもらうつもりでいる」

「はい、学校についてはまた、詳しくお話していただけますか?」

「そのつもりだよ、当然」

「では、ミリィはそのように」

「ところでギルリルには読み書きを教えているよな?」

「ご存知でしたか」

「お前のお付きは後継者候補だろう?」

「はい」

「教えているのはエルフ専用の文字か?」

「はい、解読できる人間はほとんどいませんので」

「エルベレス、隠し事をする気はなくなったか?」


エルベレスはふっと息を吐き


「いつ気が付かれました?」


とにこやかに言った。


「必要以上にいつも近くにいるので何となくな」

「それで、ギルリルには何を?」

「ミリィの補佐だ。考えたり言ったことを書きとれば計画になる」

「あ、そうですね。ミリィは口頭でしか報告しようがないですものね」

「将来教官を増やした時に、何をどのように教えるか書かれたものがあれば均等な教育を与えることが出来るだろう」

「ギルリルいい? 責任重大よ」

「はいです」

「で、タマ」

「なぁに?」

「戦勝報告が来て念話で放送したら例の召喚者を一度確認してみたい。案内を頼む」

「あいよっ」


例の召喚者とはエルフを彼女に望み移住してきたオタク君だ。


「まったく、やりたいことが多すぎる。1日がもっと長ければいいのにな・・・」

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