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皇帝になったブラック社員  作者: 田子猫
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裏社会の女

「お久しぶりです」


にこやかに馴れ馴れしく話しかけてきたその女性は、見るからに手入れが大変そうなスーパーロングの黒髪と欧米系の堀の深い顔立ち、濃い化粧、大きな胸を強調する黒のコルセット付き白いフリルドレスという、いかにも上流階級ですよという出で立ちであった。


「誰だ?」


押しかけて来た無礼な客に愛想を返す必要はない。

こちらから名刺を出すこともない。

名刺というものがあればの話だが。


「まあ誰だな・ん・て」


(うざっ)


「時間の無駄だな」


ソファの前から立ち去ろうとすると、女は慌てて言葉を継いだ。


「ま、前に収めました拷問道具、使い心地はいかがでしょうか」

「誰に向かって何の話をしているのだ?」

「え?」

「拷問道具とやらが見たいのなら王宮内探してみるが良かろう。そんなものがあればの話だが」

「ええ? いつも奴隷を責め殺していらっしゃったのではありませんか」

「奴隷?」

「はい、そう聞きましたが?」

「王女、そこらにいるエルフを1人呼んでくれ」


扉の所に立っていた王女は無言のまま部屋から出た。

一緒にソファまで来なかったのは高確率で現れるミケを警戒してのことに違いない。

何故か王女はミケを凄く怖がっている。


長話するのも面倒だが、せっかくミケがくれた時間であると思い直してソファに座ると女も対面するソファに深く腰を掛けた。図々しい奴だ。


「はいはーい!」


結界が張ってあっても遮音はしていないので大きな声は普通に飛び込んでくる。

きっと庭園の掃除でもしていたのだろう。


「陛下お呼びですか~?」


幼女がパタパタパタと足音を立てて部屋に入ってきた。

近くに来れるのが嬉しくて仕方なさそうにソファの真横まで来ると絨毯の上にふわっと座った。


「ん?お前、昨日エルフ王の部屋にいただろう」

「はいです。ギルリルと申します」

「今日も仕事なのか?」

「侍女の引継ぎは終わったのです。だからどこにいても怒られないのです」

「そうか」

「はいです。見つけて下さってとても嬉しいのです」

「庭園にやたら花が多いとは思っていたが、お前が手入れをしていたのだな」

「はい。花は皆お友達ですなのです」

「よし、お前には特別に今」

「はい」

「隣に座ることを許そう、ここに来い」

「わーい」


ギルリルはやったとばかりに立ち上がると逡巡なく隣に座った。

そして屈託のない笑顔を向けてくる。


(パパとか呼ばれた日には撃沈間違いないな)


「ギルリル」

「はいです」

「目の前に座っているおばさんがな、俺が奴隷を拷問して殺していると苦情を言ってきたのだが、俺にはそんな記憶はない。お前は何か知らないか?」

「ほへ?」


ギルリルはあからさまに何を言っているのだという表情(ジト目)を女に向けた。


「陛下は奴隷だった私たちを侍女にまで引き上げて励ましてくださったのです。死にそうなところを助けられた仲間もいるのです」

「え、え~?」


女はとても信じられないという顔をする。

その表情がギルリルの何かに火をつけてしまったらしい。


「人間はなぜ陛下に楯突くのですか? なぜ陛下が戦っているのに知らん振りをしているのですか? 散々人間に劣る生き物と言われてきたエルフでさえ陛下のために戦いに出ているのにですよ」

「まあまあギルリル、包囲の主力を任せられるほどエルフを信頼しているし、信用もしている。だが、俺にはまだ人間は信じられないので、それはお互い様なのだ」

「はい。わかりましたです」

「可愛いギルリルはそんなことで腹を立てなくてもいいからな」


ギルリルの頭を撫でると、とても幸せそうな顔をする。


「お前は触り心地がいいし、もっと撫でていたいところだが、エルフ王と后と旅団長が作戦室で頑張っている。何か飲み物を持って行ってくれないか」

「はいです。すぐに葡萄を絞ってお届けするのです!」


ギルリルはソファから立ち上がった。


「本来なら自由時間であろうに。感謝するぞ」

「もったいないお言葉なのです。侍女していない時ならいつでもお呼びください。

何でもするのです」


そう言うと足取り軽く部屋を出て行った。

仕事を申し付けられたのが本当に嬉しいようだ。


「というわけだが?」

「えっと、本物の帝王陛下、でいらっしゃるということは理解いたしました」


女はどうやら前帝王を偽物だったということにしたようだ。


「私は口入屋のヴァイオレットと申します」


また時代劇用語だ。


「口入屋とは職業を紹介する所か?」

「はい、村から出てきたばかりの者をそれぞれに合ったギルドの親方に紹介するのが仕事です」

「本人と仕事のマッチングは大事だが、それで業が成り立つとは思えんな」

「用心棒の派遣などもしていますよ」

「それは表向きであろう。裏の顔は人身売買や犯罪者の元締めといったところか」

「・・・何で分かったかな」

「わからいでか」


ギルリルが部屋に入り、横に座らせたときヴァイオレットは反応を示さなかった。

上流階級の者にエルフへの嫌悪感や蔑視がないというのはおかしい。

奴隷から解放されたと知ってはいても、階級が上の者ほどエルフは生物として劣り、エルフと対等に話すのは恥ずかしいことだという誤った認識が歴史教育で植え付けられているという根の深い問題があるからである。

つまり帝王とエルフが目の前で仲良くしていても反発心を抱かないヴァイオレットは恒常的にエルフと接し、取り扱い慣れた人間という事になる。

どうせヴァイオレットというのも偽名であろうが。


「結論から先に言います」

「おう」

「私を飼ってください」

「即答しよう、承知した」

「へ?」

「俺の女にしてやる、と答えたのだが?」

「え、えっと」

「お前には闇の仕事のノウハウがある、違うか?」

「はい、その通りです」

「闇のルートでエルフを量産して儲けていたが、使えなくなったので戦利品を漁りに来た。戦後の辺境伯領の闇市場も仕切らせろ。違うか?」

「うっ」

「お前を飼って良かったと思わせる情報くらい持っているのであろうな」

「はい、もう少し隠して置くつもりでしたが、女にしてやるとのことですので申し上げます」

「おう」

「近衛の兵たちに貴族はおりません」

「は?」

「帝国の規則上、各貴族は近衛に1人子供を差し出さなければならないのですが、実態は農村で攫うか買うかした子供を末子と偽り入隊させているのです」

「なんと」

「この度の戦いで北に向かった貴族というのは近衛とは何の関係もありません」

「何の関係もない?」

「はい、各貴族は辺境伯が勝つと信じているし分け前を多く貰うためにも9割方辺境伯に合流してはいますが、何らかの手違いで負けてしまった時の保険として、一族の中でも末席にいる者を帝王派として北に向かわせているのです」

「そうなのか」

「勝てばついでに殺してもいいし、間違って負けてしまったなら一族の者として助命嘆願をさせるのが目的です」

「理解した。ヴァイオレット、お前が関わっていたのは農村の子供を(さら)ってくるところだな」

「はい、そしてその場で目撃者を消すことですね」

「農民の命は安いな」

「貴族にしてみれば陛下は領地を取り上げた悪人だから不正をするのは当然の権利、農民にしてみれば陛下は働き手を奪う悪人だから力を貸す謂れはないという事になります。お嬢ちゃんには返答しませんでしたが」

「火に油を注がないでくれ・・・で、何をしても嫌われる帝王、という事だな」

「貴族や目の前しか見えない農民のようなカスにとってはそうです」

「お前には違って見えるか」

「はい、陛下は金の生る木ですわ」

「正直だね」

「言葉を飾っても仕方ありませんので」

「エルフを売り買いする奴隷商売は廃業してもらおうかな」

「偽物陛下の鳴り物入りだった特殊娼館はいかがいたしましょう」

「特殊娼館?」

「エルフを縛ったり鞭打ったりしながらすっきりできる娼館です。子供が生まれる確率が高いのでいい儲けになったのですが」


(SMクラブかよ)


「先日何者かに襲われて用心棒が全滅、娼婦に逃げられてしまいました」


(十中八九エルフの遊撃隊の仕業だな)


「しかし、そういう性癖を持った者というか、そんなに客が来るのか?」

「行列ができます。縛り付けた女を鞭で打つのも拷問具で苦しませるのも中出しをするのも自由で銅貨5枚です。平民の男はそういうのが好きなのです」


銅貨5枚と言えばそこそこの奴隷を買うことが出来るはずである。

それを一度きりの行為で出しても惜しくないという事は、余程女の叫び声に飢えているという事か・・・


「ふむ」

「建物は壊れちゃいないから、娼婦さえ確保できればいい商売になるんだけど」


(商売というよりは街全体の風紀上必要だろうな)


『ミケ』

『はい』

『聞こえていたか?』

『はい』

『教えてくれ。貴族の女にとって娼婦にされて平民に抱かれるというのは屈辱になるだろうか』

『死ぬよりも辛いでしょうね。ましてや平民に鞭打たれるのでしょう?』

『わかった、ありがとう』

「ヴァイオレット」

「はい」

「お前の配下に忠誠を誓わせろ」

「はい、必ず、末端の一員まで」

『タマ、今出てこられるか?』

「なに?」


いきなり目の前にタマが現れた。

セーラー服のままだ。


「忙しいところすまん」

「屍はもう確保したよ。きれいなの400体ほどだったけど手は触れてないから臭わないでしょ」

「うん、臭いは大丈夫」


タマは微笑んだ後、ヴァイオレットを一瞥した。


「なに、この女」


(タマ、視線が胸に行ってるぞ)


「この、顔引きつらせてるのはヴァイオレットだ。女にしてくれとやって来た」


いい加減な紹介だが、タマも覗いていただろうから細部は不要だろう。


「ふ・う・ん」

「ヴァイオレット、魔王のタマだ」

「え、え?」

「なんか反応が薄いな」

「さっきからチラチラとオレのステータスのぞくからちょこちょこ書き換えてる。そのせいじゃね?」

「タマ、俺にはステータスが見えないからどう書き換えているのか教えてくれ」

「いいよ。”いけてる魔王”から”キュートな魔王”、そして今は”魔王たん”」

「なんだその魔王たんというのは」

「こっちに移住させた召喚者がそう呼ぶんだよ」


(ああ、あのオタク君か)


「今度一緒に行こう、にひひ」

「その前に、タマまで呼び出したのは大事な用件があるからなのだが、よく聞いてくれよ」

「おう」

「この戦い、予定では戦場で敵を殲滅したらそのまま辺境伯領に侵攻して残った者を粛清するつもりだったが、その前にヴァイオレットとその配下で貴族の女を中心に特殊娼館のための奴隷狩りを行い、その者については粛清の対象外とする。タマはヴァイオレット達を辺境伯領に転移。作戦期間は明朝まで。これでどうだ?」

『特に問題はないと考えます。エルフ王には私から伝えます』


即座にミケからレスポンスがあった。


「オレはこの女と仲間を辺境伯領に送って明日の朝こっちに返せばいいんだな」

「そうだ、ヴァイオレットは?」

「結構です」

「よし、これで貴族の女を攫うという悪名が帝王に加わったな」

「自虐ですか・・・」


ヴァイオレットは半ば呆れた様子で部屋を出て行った。

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