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皇帝になったブラック社員  作者: 田子猫
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駅馬車

帝都の中心の王城にある王宮にはミケに命じれば一瞬で帰ることができるのだが、それでは味気ないので「駅馬車」というものに乗ることにした。


駅馬車には貴族用・平民用・荷物用と3種類置かれていたので平民用に乗り込む。


荷馬車につけられた座席へ対面に座り、座りきれなければ立ち乗りするスタイルだ。


ミケの走らせる馬車とは違い地面の凸凹がダイレクトに振動となって伝わってくる。

どうやらトーションバーのようなものさえないらしい。


「頭を幌骨にぶつけそうだな」


座席に座布団がくくり付けられていなかったら尾骶骨を痛めていたに違いない。


御者は威勢よく掛け声を発し、速度をかなり出しているつもりらしいが、実際には時速10キロそこそこといったところだろう。

最初はおとなしく座っていたが、振動と幌の後方から舞い込む埃に閉口して、たまたま開いていた幌の前の部分からミケとメルミアと一緒に立ち上がって頭を出した。


朝早くの出発で駅馬車という乗合馬車に話し相手となる他の乗客がいなかったのが当初は残念であったが、今となっては自由が利く分良かったかなと思う。


「メルミア、目の前が開けてきただろう」

「はい」

「この場所の価値はわかるか?」

「価値、とおっしゃいますと、価格ですか?」

「あ、いや違う」

「メルミア」


優しい声でミケがメルミアを諭すように言った。


「ユーイチがあえてこんなノロノロ馬車を選んだのはなぜかわかりますか?」

「いえ、わかりません」

「ユーイチは敵の立場に立って地形を眺めているのですよ」

「そうなのですか」

「うん」


さすがミケと思いながら


「ここまで馬車で4時間、これまで開けた場所はなかった。ということは敵はここで1日目の野営をするだろう。

貴族は馬だから出発を急ぐ必要がないので飲んだくれて昼過ぎに出発する。

出発前に支給しきれなかった物資はこの辺で支給するはず。

2日目以降は進む馬車と戻る馬車が混在することになり、本隊の後方では細い道ですれ違うのに神経を使うので警戒がおろそかになる。

本隊そのものは前衛、貴族の天幕や食事のための設営部隊と貴族の従者、戦闘部隊、支援部隊、そして貴族のような行進順序になるだろう」


まあ戦略ゲームや中世RPGで得た知識だとそんなところだろう。


「そこまわかるのですか」

「まあね。ここの丘には行進間の行動の転換点となる、そういう価値があるんだよ」

「あ、ではここから野原になって開けるということは、ここまでは・・・」


メルミアの唇を人差し指で触れる。


そう、最終的に辺境伯領への連絡線となる道路を閉じてしまえばどれだけ事前に準備していようとも当初の手持ち以外の物資は枯渇する。


「こういう場所は王都まで何箇所かあるだろう。あと河川や崖など、利用できるものがあれば効果的な使い方を考えてくれ」

「はい」

「わかりました」

「それとメルミア、時々後ろを振り返って、進むときには目に入らない場所で弓矢を道路に射かけられそうなところがないかも見ておくんだよ」

「はい」


駅馬車は各地にある駅と称する馬車溜まり同士を接続する旅客輸送サービスなのでそれ以遠に行く場合には乗り換えなければならない。


辺境伯領から8時間の位置にある馬車溜まりはハウル男爵駅と名前が付けられており、そこから放射線状に延びた街道で各貴族の館前に馬車で結ばれているらしい。


「なるほど、固有の領地を持たない代わりに大きな館と贅沢な生活と馬車という足が保障されているというわけか」


文字通り豪華な造りの館が目の前にある。


「はい、帝国の貴族はほぼ無能なのですが、ハウル男爵ははったりをかます能力だけは高いらしく、パンや靴などのギルドの親方から上前を()ねて懐が豊かだという噂があります」


ミケが噂があるという程度のあいまいな話をするときは、情報として入手してはいるが全くミケにとって興味がない事を示している。


「ミケ、よく教えてくれた。えらいぞ」


だからこそ、こうやって褒めて頭を撫でてやればミケは喜び、些末な情報だからと口が重くなることもない。


「お目に掛ることが出来、光栄の至り」


男爵の館の玄関ホールではゴシックなメイド服を着たエルフたちが片足を引いて屈み込む礼で3人を迎えた。


実は男爵の館に向かう前、ミケが内部にはエルフしかいないのに気付き、メルミアに念話で先触れさせておいたのだが、窮屈な礼は不要と言うのを伝え忘れていた。


「男爵はいない、でいいんだな」

「はい、娼館にいる仲間からお気に入りの娘とベッドに入ったので、今夜は戻らないと連絡を受けています」

「そうか、そのまま足止めしていてもらえるといいのだが」

「大丈夫です」


一番古参らしい長身のメイドがクスリと笑い


「私たち奴隷にはもう何年も前にお飽きになられて、今はもっぱら娼館漁りをなさっておいでです」


資金が潤沢というのは本当のようだ。


「そうか。娼婦にというより娼館にカモにされている状態だな」

「はい、その通りで明日盟主様方がいらっしゃるのさえ忘れておいでです」

「盟主?」

「はい、辺境伯閣下のことをそう呼んでいらっしゃいます」

「ほう、それはそれは」


つまり明日反逆者共の会合がここで開かれるというわけだ。


「その会合、そ奴らをもてなし、詳細な情報をメルミアへ送ってもらえぬか」

「かしこまりました。食事からお酒、お風呂からベッドの中までしっかりおもてなしをして、得られる限りの情報をお送りいたします」

「うむ、男爵を排除した後、この館は高級な宿としてそなたらに経営を任せることで報いようと思う。エルフ王にもここを利用するようお願いするつもりだ」


エルフ王の名前を出した途端、皆の顔がぱっと輝いた。

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