マオ―は魔王です
「ここ、温泉、だよな」
目の前に大きな池。普通の池と違うのは湯気が立ち上っているということ。
池の向こうには大きな建物があり、周囲は低い山で囲まれたよく言えば風光明媚、悪く言えば客のいなくなった萎びた温泉といったところか。
「はい、魔王温泉です」
「魔王温泉!? この世界にもスパ・リゾートがあるのか・・・」
「魔法が使えない人は帝国のはずれの村から馬車で8日はかかりますけど」
「帝国ではないんだ」
「だから、魔王温泉です」
つまりは魔王の領土か、と納得したところでミケがニヤッとした
「服を全部消しますよ」
「え、待て、ミケ、どういう意味だ?」
「ここに来たのはもう気付かれています。ただ、魔王は用心深いので裸で温泉の中に入っていかないと出てこないんですよ」
「なるほど」
寸鉄も帯びていないと言うことを裸で温泉に入ることで示すわけか。
説明は理解できたので、ゾフィーを見ると
「どうぞ」と頷いた。
瞬間、ものすごくたわわな、もとい目に毒なものが見えてしまったので視線をミケの頭に移す。
「あ」
「?」
「髪の毛をまとめないとまずいんじゃないか?お湯の中に浸かってしまうぞ、髪が」
「あー・・・」
歩きながらミケの髪の毛が一本一本意識があるかのように持ち上がり、頭の上に束ねられて行く。ミケを知らない者がいたら腰を抜かしてメデューサ伝説ができるんだろうなと思いながら見ているが、素直に言えば面白い。
優一には髪の毛を結うなどというスキルは当然持ち合わせていないので、変な甘え方をして恥をかかさないミケの心遣いが嬉しいのである。
ミケの髪に気を取られていたおかげで全裸で移動というイベントはクリアできた(と思う)
温泉の池は広いのに、なぜかミケとゾフィーはくっついてくる。
「ゾフィーの髪型がポニーテールになってる!」
「はい、髪の毛が勝手に動いて・・・」
温泉の泉質は透明なので、視線を上に保っていないと自分的にヤバイのである。
「よく来たな!」
突拍子もなく、目の前にミケそっくりの少女が現れた。
ただし髪の毛は銀色のボブで、瞳の色が緑ではあったが。
「マオー、髪型変えた?」
「いや、この御仁が長いのを気にするようだったから短くしただけだよ」
マオーと呼ばれた少女とミケが文字通り手を取り合ってきゃっきゃと喜んでいる。
「マオーというのは魔王のことか?」
(優一がユーイチだしな・・・)
ミケがはっとして
「あ、ミケの双子の魔王です」
「あ、どうも、魔王です」
「マオー、ユーイチは帝王陛下、私の旦那様なの」
「うん知ってる」
「大丈夫、討伐に来たわけじゃないよ」
「いや、そっちの遊びしたいんなら別にいいんだけどさ」
「ちょっと待て」
どんどんわけのわからない会話になっていっても困る。
「再会の積もる話は後にしてくれないか」
「はい」
ミケはおとなしく身を引いた。
「魔王とやら、サシで話がしたいんだが」
「いいぜ」
魔王と瞬間的に転移した場所は、どう見てもベッドの上だった。
風が通り過ぎたと思ったら濡れているはずの肌が乾燥していた。便利だ。
周囲を見回すと熱帯魚の水槽らしきものが見える。
どうやら豪邸のようだ。
「えっと」
そして魔王は目の前にいる。
「服は着ないのか?」
「男と女がサシでって、こういうことだろう」
と脚を広げながらニヤリとするので、思わず頭にゲンコツをくらわせた。
もちろん本気でなく、戯れにノリツッコミをするときの強さである。
いい加減理性がやばい。
「ごめんごめん」
魔王はあっさりと自分と優一に服を纏わせた。
髪も黒髪ロングに、つまり見てくれがミケそっくりに変化した。
「客が来るなんて本当に久しぶりなのではしゃいでた、非礼は詫びる」
「双子だけあって、やることが似てるけど、もう少しお前ら自分の体を大切にしろよ」
「大切にしてるぜ。なあ、あいつにミケってつけたんだろ? オレにも名前くれよ」
(オレっ娘かよ・・・)
「じゃあ、タマ」
ミケといえばタマだよな、という軽いノリだ
「やったぜ!」
(猫用の名前でそこまで喜ぶか?)
「タマは魔王だろう、魔王がなぜ俗名を欲しがる?」
「あんたが言ったんだろ、お互い陛下呼ばわりはやめようって」
「もしかしてミケとのことをずっと見ていたのか?」
ミケが前帝王を見ていたようにタマもミケを見ていたということか
「暇だからな」
タマはスッと視線を逸らした。
あまり良いことではないという自覚はあるようだ。
「ミケはここは勝手知ったる場所なのか」
「そうだよ」
「なら安心だな・・・とりあえずベッドから降りて椅子に座って話しよう」
「ん?ここで話して疲れたらそのまま寝ればいいだろ」
「押し倒したくなってしまうんだよ。理性があるうちに、行くぞ!




