ロザリッテの諜報活動(SIDE ロザリッテ)
ロザリッテは人間、それも氏族の姿で氏族会議場を歩いていた。
今まで黒猫の姿では入り込めなかった警戒の厳しい施設の中にも「氏族の女」であれば容易に入り込めた。
「ご苦労様」
と言って金貨を握らせるだけで、糧秣子だろうが武器庫だろうが自由に立ち入りが出来る。
この国では女性に参政権はないが、逆に言えば女性が政治的に重要な場に居たとしても誰も気にしない。
高位の氏族が真昼間から女を侍らせて酒食を楽しんでいるため、下もそれに倣って職場に女を連れ込むことを何とも思わない。
ロザリッテは会議場のプランターの影に隠れるように立った。
プランターには背の高い植物が植わり、紫の花が咲いている。
もっとも彼女にとって花など腹を満たせないものの名前などどうでも良かった。
そこにいるのは、猫の聴力で会議場にいる者達の会話が十分拾えるからだ。
「また補給を要請して来ただと?」
「ろくに戦果を出していないくせに図々しい」
「給金を上げろとも言っているらしいぞ」
「我ら氏族の金にたかる蛆虫どもが」
何か不穏な会話が聞こえたのでそちらに目を向けると、歩くのにも難儀しそうなほどに肥えた男が4人、寝そべりながら手掴みで食べ物を口に運んでいた。
彼らの後ろには薄めたワインを入れた壺を持つ奴隷女が立っている。
ちなみに、水で薄めない濃いワインを飲むのは氏族では下品という事になっている。
「なに、我らの金を使ってやる必要などあるまい」
「ほう、なにか良い策が?」
「不足しているという糧秣も武器も、氏族お抱えの商人を送ってやればよい」
「どうせ使わない奴らの金を吐き出させるってわけか」
「殺戮と破壊にしか役に立たん蛆虫どもを相手させるのにはちょうど良かろう」
「兵なんぞいくらでも代わりは居る。下手に力をつけて政治に首を突っ込んだりしないように使い潰すくらいで良い」
「どうせ最前線には氏族の者は居らんだろう」
「氏族ではないがうるさい奴が指揮官にいたはずだ」
「商人と一緒に暗殺者を送ってやればよかろう」
「そうだな」
男達は控えていた官吏らしき男を呼び付け、小声で指示を出した後は食い物の話題に移ったため、ロザリッテはその場を離れた。
この情報はきっと高く売れるだろう。
その際に肩から飛び降りたスライムが光学迷彩のまま、分裂しながら男達に忍び寄るのを彼女が目にする事はなかった。




