反旗を翻せ
「決心が固まりました」
ギルリルやタマと他愛もない言葉遊びをしていた時、オルニダスが隷下の指揮官と参謀を引き連れて指揮天幕に入って来た。
「明日、増援が到着次第、議会に連なるものを排除し、南部との境界で決戦の準備をしようと思います」
「ああ、つまり明日到着予定の仲間とともに反旗を翻すという事だな」
「左様です」
「南部との境界は決戦に向くのか?」
「地積は兵を横隊にして1,500名程度が限界の両側が切り立った岸壁に囲まれた渓谷です。北部は兵の素養はともかく人口が多いので何万を動員してくるのか予想がつきませぬ」
「つまり、大軍を迎え撃てる場所はそこしかないという消去法か」
「左様です」
「そこまでかかる日数と準備に必要な日数は?」
「境界の渓谷までは徒歩で2日、準備は・・・地形を最大に活用するには最低でも2週間は必要かと」
「2週間ねぇ」
「なぁなぁ」
珍しくタマが真面目な話に介入してきた。
「オレが力貸してやろうか」
「ん?」
「いやさ、もともとはオレが撒いた種っぽいじゃん。刈り取りくらいは手伝ってやるよ」
「えっと、魔王様でしたな」
オルニダスが警戒気味の目を向ける。無理もない。
「そだよ。名付けたのは氏族の連中。討滅すべき魔王だそうな」
「!」
「神とか騙ってるくせに魔力を瘴気のように澱ませて、文字通り暗雲垂れこめてるってのに誰も気付いてないのな。もう、この大陸に人神はいらない」
「まあまあ、タマ」
「なぁに?」
「お前がやろうとしていることを語ってくれ」
「はいよ」
タマはオルニダスではなく俺の目を真っ直ぐに見て話し出した。
「まず、この澱んだ魔力を使って戦闘用の獣人を作る。猫科の猛獣、蛇と鷹が候補、だいたいそれぞれ2万くらい作れるかな」
「うん」
「魔力で抵抗線を何線か引いておいて、それぞれに分散して置いておくけど、その線を中心とした地域で待ち伏せと攻撃を繰り返すの。当然夜間も敵を休ませないよ」
「うん」
「で、抵抗線が確定されて全面的な突撃が来る直前に次の線に移動してしまう。戦えば戦うほど敵が増えるという悪夢を体験させてあげる」
「うん」
「で、ここの兵達の装備見たら酷いものだから、南部との境界に着いたらミスリルの槍を支給してあげる」
「おお」
「地形の改修も2週間なんていらない。オレに分かるように説明できれば、すぐにどうとでも地形を変えてあげる」
「ああうん、その能力は俺も知っている」
「でしょ」
「要約すると、まずタマは6万の獣人を作り出して、その戦力でここから南部の境界までの間の地域を使って敵を遅滞させるということだな」
「そだよ」
「それは素晴らしい案だが不安要素もある」
「不安要素ってなぁに?」
「その獣人たちは南部の人間を襲ったりはしないか?」
「しないよ。敵としてタグ付けするのは北部にいる人間の生体魔力だけだから」
「と、いうことだ。オルニダス」
「は、ははっ」
「でタマ、もう1つ、例の魔法の杖を敵はおそらく使って来る」
「うん、そだね」
「俺が敵の指揮官なら、こちらが検知できないのを利用して後方に浸透し、魔法で障壁を張るなり攻撃をするなりして退路を遮断する。これに対応できるか?」
「うーん、無理かな」
「なら俺から提案だ」
「うん?」
「ここに作ったダンジョンの空間を明け渡せ」
「あ、そういう」
「うんうん」
オルニダス以下には知られたくない事なのではっきりは言わないが、俺がダンジョンを使うという事はアリスを増殖させるという意味であることをタマはすぐに察知した。
「で、抵抗線を離脱するときにその地域を押さえられる場所に収容部隊として配置しておく。後ろに回り込んで来た敵の処理は任せてもらっていいだろう」
「任せた!」
「で、ここで作ったダンジョンの魔獣はどうする?」
「それはね」
タマは悪戯っぽく笑うと右手をひらひらと振った。
右手に水晶のようなものが現れ、タマはそれを事も無げにぽいっとオルニダスに投げた。
「わわわっ」
不意を打たれたオルニダスは慌てたが、それでもさすが武人というべきか、しっかりと水晶のようなものを両手でキャッチしている。
「それがダンジョンに置いていた魔獣の核だよ。魔力を直接注げば魔獣が出て来る。魔力量は少なくていい。後ろで震えている小娘の魔力量で十分」
タマの言葉に釣られてオルニダス以下が振り返る。
確かに参謀の背中に隠れるようにして魔法使いの女が震えていた。
まあ、タマの魔力量は俺の比ではないから無理もない。
「まあ、魔石って言ってもそれしか効果がない安全なやつだから、食糧の心配がなくなれば壊しちゃって大丈夫だよ。壊すだけなら短刀でも壊れるから」
「つまり、これがある限り、肉には困らないと」
「そゆこと」
そこにいる者達の安堵の声が漏れた。
「では、オルニダス」
「ははっ」
「明日の行動について細部を詰めるがいい。聞いてのとおりお前たちが最良の戦勝を得られるよう俺達は支援をしよう。また、決戦においても後方遮断等支援を惜しまない」
「忝く存じます。創造の女神様と救世主様から頂いた力を無駄にせぬよう頑張ります」
「タマ」
「はいよ」
「俺とアリスをダンジョンに連れて行ってくれ」
「あなた、私も」
ギルリルがしがみ付いてきた。
「はいはい、行っくよ~」
タマのお気楽な声とともに周囲が暗黒に包まれた。
「おっとぉ」
というタマの声とともに、ダンジョン内部に明りが灯った。




