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「二人とも万全だぜ」

 時間は遡る――


「これを書いたのは貴方ですね」


 ルヴォア司祭は怒りの表情を隠そうともせず、エリックに迫る。その手には一枚の紙きれがあった。手のひらに収まる程度の大きさだが、その内容は司祭には無視できない内容だった。


『レオの格闘大会での不正についてお話があります』


 そう書かれた紙きれを一枚の蜂が運んできたのだ。動揺する司祭が蜂を見れば、誘導するように飛び交っている。何とか動揺を隠して蜂についていけば、そこには一人の男と格闘大会準優勝者がいるではないか。

 無視するか。一瞬その考えがよぎったが、相手が不正のことを知っているのは確実だ。それに『話がある』と言った以上、何かしらの交渉をしたいはずだ。息子をこれ以上追い詰めるわけにもいかない。

 エリックは誘導した蜂を指先に乗せ、やってきた司祭に一礼する。


「はい。エリック・ホワイト。蟲使いです。そのお話も、虫を使ってお聞きしました」

「……成程、蜂を使っていたようだしジョブに偽りはなさそうだな。汚らわしい蟲使いが」

「神官様のように綺麗ごとでは生きていけないジョブですので」


 傍にいるネイラとクーは何か言いたげに口ごもるが、前もってエリックが制止していたこともあってギリギリ押し留まる。


「いくらほしい?」

「そちらも魅力ですが……司祭様のお知り合いに伝言をお願いしたく。今ここに来ているアーベライン女史に『この神殿に、色欲神に仕える夢魔三姉妹の片割れのエンプーサがいる』とお伝えください。あと『ナイルの瞳』をもってきてくれと」

「…………どういうことだ? 神殿に悪魔がいるなどありえないだろうが」

「はい。暗号のようなものと思ってください。虫の下卑な例えです。

 伝えてくれれば息子さんの事は忘れましょう。お金は彼女からせびります。天空神の司祭様を脅迫するリスクを考えれば、そちらの方が安全でそして長く稼げそうですので」


 蟲使いは汚い虫を使う卑劣なジョブだ。エリックは世間の印象を利用し、それに沿ったキャラクターを演じていた。虫を使って秘密を探り、脅迫して金をせびる男。正論を説いて司祭を説得している時間はない。そもそも説得する材料がない。なのでエンプーサをこの場に呼び出すのは、これが最速だと判断したのだ。

 ほとんど賭けだ。司祭が紙切れを無視すれば終わり。息子を切り捨てれば終わり。そしてここで脅しに乗らなければ終わり。誰かを呼ばれれば……ネイラが何とかしてくれるだろうけど社会的に終わり。

 思考する司祭。その沈黙がエリックの胸を締め付ける。動揺するな、表情を変えるな、この瞬間こそが勝負の分かれ目だ。


「……そこで待つがいい。だが貴様の顔と名前は覚えたぞ」


 言って席を立つルヴォア司祭。第一段階はクリアしたようだ。

 そして五分後、司祭に連れられたアーベライン――エンプーサが怒りの表情を浮かべてやってくる。

 その手に握られた青い宝石。それを確認し、エリックは深呼吸する。ここからが、本番だ。その前に、


「ごめんね、クー。<命令オーダー>させて」

「ええ……じまでー? エリっち、あーしどちゃくそ気分悪いんだけど……この場所とかもあるけど、さっきのおっさんの態度とかも」

「うん。でも一つだけお願い。クー、『――――――――』」


◆     ◇     ◆


「どういうつもりかしら、エリック・ホワイト!」


 やってきたエンプーサは開口一番エリックに向かって叫ぶ。周囲の人達から注目を受けるが、それも計算の上だろう。エリックが脅迫していると喧伝した方が有利だと判断したようだ。

 心の中で自分が演じるキャラクターを再度復唱し、口を開く。


「ソイツを返してもらおうか」

「あらあら。冒険者ともあろう御方が、遺跡から発掘した宝石を奪い取ろうという事ですか? 貴方達も遺跡から盗んだものを売り飛ばして生活をしているでしょうに」

「外に居るミイラの話は知っているだろう。その宝石がミイラを呼び寄せている」

「証拠でもおありで?」


 予想通りのエンプーサの反応だ。このまま宝石の所有権を維持するつもりだろう。これに関しては覆しようがない。ピラミッドから宝石を盗んだのは彼女だろうが、それは冒険者も同じことをしているのだから。

 なので、別方向から攻めるしかない。

 

「神殿の中は息苦しくないか。アーベライン」

「……何が言いたいのかしら?」

「それを口にしていいのか?」


 悪魔が神殿内で活動しているなどありえない。神殿の聖結界は悪魔を感知し弱体化させるのだから。その効果はクーを見ても分かる通りだ。エンプーサがその影響を受けていないはずがない。エリックの言はそこから来ていた。結界を誤魔化すために何かしらの策を施しているのは確かだろう。

 少なくとも、いつぞやの別荘のように力を振るえないのは間違いない。ならば――


()()()()()()()()()()()()


 エリックの言葉にエンプーサははっとする。人間のエリックは言うまでもなく、冥魔人の支配下にあるはずの聖人ネイラと使い魔のアラクネ(クー)は聖結界の影響を受けているように見えない。二人ともエリックの後ろで、あの時と同じような笑みを浮かべているのだ。


(どういう事? 冥魔人プルトンに支配されている聖人も、アラクネも平気な顔で笑っている? 聖人は元が人型種族だからまだわかるけど、アラクネは地獄の住人。影響を受けないはずがないのに!?

 ……そう、聖結界すら跳ねのけるほどの力。貴方はそれを持っていると暗に誇示しているのね。それを二人に与えている、と)


 エンプーサはそこまで思案し、自らの状況と相手の戦力を比べる。以前戦ったネイラとクーのの実力と、弱体化した今の自分の実力を。

 何をしても、負ける。勝ち目は全くないだろう。周囲に助けを求めても、神殿戦士如きでは彼らを止めることはできない。抵抗するには悪魔の力を開放するしかないが、神殿内で力を封じるために刻んだ紋様を解除すれば聖結界に捕らわれる。

 ここで喧嘩を売られた時点で、勝ち目はないのだ。


「…………わかりました。この宝石を返して街の脅威がなくなると言うのなら、致し方ありません」

「ご協力感謝する」


 エンプーサから『ナイルの瞳』を受け取り、席を立つエリック。周囲から犯罪者を見る目で見られるが、それを受け流すように速足で移動する。


 時間にすれば五分にも満たないやり取り。周囲から見れば蟲使いが司祭と商売人を脅迫して宝石を奪った卑劣な行為。

 それがミイラの群れからオータムを守り、天空神への悪魔の介入を防ぎ、そして宝石の現身である元太陽神と呼ばれた少女を救ったのだ――


「……………もう、やだ」

「あーあ。エリっち緊張のあまり壊れちゃった。大丈夫?」

「ううう……」

「あ。おっぱい押し付けてるのに反応薄い。これマジヤバだわ!?」

「大将も不慣れな演技だったからなぁ」

「エリっち元気だしてー!?」


 その救世主はあまりの精神的な疲弊により、路地裏でぐたぐたになっていたと言う。


◆     ◇     ◆


EXランク依頼『ミイラの群れから街を守れ!』

……未参加!(理由:冒険者ランク不足による参加条件未達成)


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